夜カフェ〈金木犀〉〜京都出禁の酒呑童子は禊の最中でした〜

花綿アメ

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第5章

一 誰かにつけられている

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 一

 芽依は緊急事態に見舞われていた。
 それは、夜カフェ・金木犀へと向かってる最中のこと。
 妙な視線を感じ、ふと振り返った芽依は、黒マスクをした男が近くの店に隠れたのを目撃した。
 見間違いではない。確実にそれは身を隠す動作だった。
 黒マスクをし、髪は茶髪。白と黒の幾何学模様入ったシャツに黒の細身パンツ姿で、歳も若く見えた。
 一瞬のことではあったが、手にはスマホを持っていた気もする。
 私をつけてきているのだろうか。
 芽依の勘は、ほぼ当たる。だからこそ怖かった。
 そもそも、付けられるような覚えもなければ、様子からしてナンパ目的でもないだろう。けれども、見知らぬ男が付けてきていることは確かであった。
 これはやばい。どうしようかと思った芽依は、なるべく人の多い道を選び、なんとか東京駅の駅前広場までやってきた。
(どこかに交番ないかな)
  午後九時半過ぎ。消灯した東京駅は予想に反して薄暗かった。
これなら、道路沿いの道の方がまだ人も多くて明るい。
 困った芽依は、スマホを取り出してマップを開いた。
(ええっと、交番はどこに……)
 探していない時は見かけるものだが、必要としている時には見当たらない。
 幸い、金曜の夜ということもあり、夜カフェ〈金木犀〉のある通りは人が多く、その中に紛れていればひとまずは安心だろうという気持ちが働いた。
 道の途中で、芽依はそっと後ろを振り返る。すると男の姿は見当たらなかった。
(いや、違う。人が多すぎてわからないという方が正しいかも。ああもうどうしたら?)
 そのとき、頭の片隅に浮かんだのは夜カフェ〈金木犀〉であった。
 店に逃げ込ませてもらえないだろうか。そんなことを思った芽依は時刻を確認する。
 現在、午後九時四十分。開店までまだ二時間弱はある。

「交番を探した方が早いか……」

 けれども、芽依は店へ行ってみることにした。
 もしかしたら、店主がいるかもしれない。
 芽依は幼い頃からよく勘の働くところがあった。そして、よくもわるくも、それは芽依の人生を左右した。
 光煌めく夜の街。
 歩行者天国となっている丸の内仲通りを有楽町方面へ向けてある歩き、車道と交差する通り沿いに店を構えている夜カフェ〈金木犀〉。
 店の入るビルが見えてきたが、やはりまだ灯りはついていなかった。
(やっぱり早かった……)
 店先には看板も出ておらず、中に人がいる気配もしなかった。
と、思った矢先に、暗い店内に人影が映ったあと、店の扉が開いてカフェラテ店主が外に出てきた。
(嘘でしょ、カフェラテ店主さんだ!)
 腕まくりをした白シャツに黒の細身パンツ姿はカウンターにいるときの格好と同じ。ただ、腰巻きのエプロンをつけていないだけの姿であった。
 その姿を見て、芽依はもしかしたら自分と歳が自分と近いのではないかと思うほど、かカフェラテ店主は若々しく見えた。
 カフェラテ店主は雨も降っていないというのに傘立てを外に出している。そこには、芽依が置き忘れていった傘が一本だけ、そのまま入っていた。

「あ、あのっ。それ、私の傘です!」
「えっ?」

 芽依は店主へ向けてとっさに叫んだ。
 カフェラテ店主は驚いた様子で芽依を見つめている。

「すみません。その傘、私のです。先日忘れてしまって……」

 すると、カフェラテ店主はようやく思い出したかのように言った。

「ああ。やはり、お客様の傘でしたか」
「はい! 私のです!」
「あれからお見えにならないので、どうしようかと思っていたところです」

 そう言うと、店主は傘を手に取り、芽依へと差し出した。

「ようやくお会いできました」
「はい……。えっ?」

 そのとき、嫌な気配がして芽依は後ろを振り返る。
 そこには、逃げも隠れもせず、例の男が芽依の後ろに立っていた。

「ひゃあっ!」
「どうかされましたか?」

 芽依は驚いてカフェラテ店主の後ろに隠れ、身を縮こませる。

「あ、あ、あのっ……。あの人、ずっと私のあとを付けてくるんです! 警察……、それか交番とか、どこにあるかご存知ないですか!」

 芽依がパニックになる一方で、カフェラテ店主は妙に落ち着いていた。

「あとをつけられていたんですね……」

 店主は視線を黒マスクの男へ移すと、男へ何かを差し出した。

「ありがとう。助かったよ」

 そう言って、カフェラテ店主は黒マスクの男に手のひらサイズの木札のようなものを渡した。
 黒マスクの男は黙ったままそれを受け取る。そして何も言わずに立ち去っていった。
(え……どういうこと?)
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