23 / 49
第5章
一 誰かにつけられている
しおりを挟む
一
芽依は緊急事態に見舞われていた。
それは、夜カフェ・金木犀へと向かってる最中のこと。
妙な視線を感じ、ふと振り返った芽依は、黒マスクをした男が近くの店に隠れたのを目撃した。
見間違いではない。確実にそれは身を隠す動作だった。
黒マスクをし、髪は茶髪。白と黒の幾何学模様入ったシャツに黒の細身パンツ姿で、歳も若く見えた。
一瞬のことではあったが、手にはスマホを持っていた気もする。
私をつけてきているのだろうか。
芽依の勘は、ほぼ当たる。だからこそ怖かった。
そもそも、付けられるような覚えもなければ、様子からしてナンパ目的でもないだろう。けれども、見知らぬ男が付けてきていることは確かであった。
これはやばい。どうしようかと思った芽依は、なるべく人の多い道を選び、なんとか東京駅の駅前広場までやってきた。
(どこかに交番ないかな)
午後九時半過ぎ。消灯した東京駅は予想に反して薄暗かった。
これなら、道路沿いの道の方がまだ人も多くて明るい。
困った芽依は、スマホを取り出してマップを開いた。
(ええっと、交番はどこに……)
探していない時は見かけるものだが、必要としている時には見当たらない。
幸い、金曜の夜ということもあり、夜カフェ〈金木犀〉のある通りは人が多く、その中に紛れていればひとまずは安心だろうという気持ちが働いた。
道の途中で、芽依はそっと後ろを振り返る。すると男の姿は見当たらなかった。
(いや、違う。人が多すぎてわからないという方が正しいかも。ああもうどうしたら?)
そのとき、頭の片隅に浮かんだのは夜カフェ〈金木犀〉であった。
店に逃げ込ませてもらえないだろうか。そんなことを思った芽依は時刻を確認する。
現在、午後九時四十分。開店までまだ二時間弱はある。
「交番を探した方が早いか……」
けれども、芽依は店へ行ってみることにした。
もしかしたら、店主がいるかもしれない。
芽依は幼い頃からよく勘の働くところがあった。そして、よくもわるくも、それは芽依の人生を左右した。
光煌めく夜の街。
歩行者天国となっている丸の内仲通りを有楽町方面へ向けてある歩き、車道と交差する通り沿いに店を構えている夜カフェ〈金木犀〉。
店の入るビルが見えてきたが、やはりまだ灯りはついていなかった。
(やっぱり早かった……)
店先には看板も出ておらず、中に人がいる気配もしなかった。
と、思った矢先に、暗い店内に人影が映ったあと、店の扉が開いてカフェラテ店主が外に出てきた。
(嘘でしょ、カフェラテ店主さんだ!)
腕まくりをした白シャツに黒の細身パンツ姿はカウンターにいるときの格好と同じ。ただ、腰巻きのエプロンをつけていないだけの姿であった。
その姿を見て、芽依はもしかしたら自分と歳が自分と近いのではないかと思うほど、かカフェラテ店主は若々しく見えた。
カフェラテ店主は雨も降っていないというのに傘立てを外に出している。そこには、芽依が置き忘れていった傘が一本だけ、そのまま入っていた。
「あ、あのっ。それ、私の傘です!」
「えっ?」
芽依は店主へ向けてとっさに叫んだ。
カフェラテ店主は驚いた様子で芽依を見つめている。
「すみません。その傘、私のです。先日忘れてしまって……」
すると、カフェラテ店主はようやく思い出したかのように言った。
「ああ。やはり、お客様の傘でしたか」
「はい! 私のです!」
「あれからお見えにならないので、どうしようかと思っていたところです」
そう言うと、店主は傘を手に取り、芽依へと差し出した。
「ようやくお会いできました」
「はい……。えっ?」
そのとき、嫌な気配がして芽依は後ろを振り返る。
そこには、逃げも隠れもせず、例の男が芽依の後ろに立っていた。
「ひゃあっ!」
「どうかされましたか?」
芽依は驚いてカフェラテ店主の後ろに隠れ、身を縮こませる。
「あ、あ、あのっ……。あの人、ずっと私のあとを付けてくるんです! 警察……、それか交番とか、どこにあるかご存知ないですか!」
芽依がパニックになる一方で、カフェラテ店主は妙に落ち着いていた。
「あとをつけられていたんですね……」
店主は視線を黒マスクの男へ移すと、男へ何かを差し出した。
「ありがとう。助かったよ」
そう言って、カフェラテ店主は黒マスクの男に手のひらサイズの木札のようなものを渡した。
黒マスクの男は黙ったままそれを受け取る。そして何も言わずに立ち去っていった。
(え……どういうこと?)
芽依は緊急事態に見舞われていた。
それは、夜カフェ・金木犀へと向かってる最中のこと。
妙な視線を感じ、ふと振り返った芽依は、黒マスクをした男が近くの店に隠れたのを目撃した。
見間違いではない。確実にそれは身を隠す動作だった。
黒マスクをし、髪は茶髪。白と黒の幾何学模様入ったシャツに黒の細身パンツ姿で、歳も若く見えた。
一瞬のことではあったが、手にはスマホを持っていた気もする。
私をつけてきているのだろうか。
芽依の勘は、ほぼ当たる。だからこそ怖かった。
そもそも、付けられるような覚えもなければ、様子からしてナンパ目的でもないだろう。けれども、見知らぬ男が付けてきていることは確かであった。
これはやばい。どうしようかと思った芽依は、なるべく人の多い道を選び、なんとか東京駅の駅前広場までやってきた。
(どこかに交番ないかな)
午後九時半過ぎ。消灯した東京駅は予想に反して薄暗かった。
これなら、道路沿いの道の方がまだ人も多くて明るい。
困った芽依は、スマホを取り出してマップを開いた。
(ええっと、交番はどこに……)
探していない時は見かけるものだが、必要としている時には見当たらない。
幸い、金曜の夜ということもあり、夜カフェ〈金木犀〉のある通りは人が多く、その中に紛れていればひとまずは安心だろうという気持ちが働いた。
道の途中で、芽依はそっと後ろを振り返る。すると男の姿は見当たらなかった。
(いや、違う。人が多すぎてわからないという方が正しいかも。ああもうどうしたら?)
そのとき、頭の片隅に浮かんだのは夜カフェ〈金木犀〉であった。
店に逃げ込ませてもらえないだろうか。そんなことを思った芽依は時刻を確認する。
現在、午後九時四十分。開店までまだ二時間弱はある。
「交番を探した方が早いか……」
けれども、芽依は店へ行ってみることにした。
もしかしたら、店主がいるかもしれない。
芽依は幼い頃からよく勘の働くところがあった。そして、よくもわるくも、それは芽依の人生を左右した。
光煌めく夜の街。
歩行者天国となっている丸の内仲通りを有楽町方面へ向けてある歩き、車道と交差する通り沿いに店を構えている夜カフェ〈金木犀〉。
店の入るビルが見えてきたが、やはりまだ灯りはついていなかった。
(やっぱり早かった……)
店先には看板も出ておらず、中に人がいる気配もしなかった。
と、思った矢先に、暗い店内に人影が映ったあと、店の扉が開いてカフェラテ店主が外に出てきた。
(嘘でしょ、カフェラテ店主さんだ!)
腕まくりをした白シャツに黒の細身パンツ姿はカウンターにいるときの格好と同じ。ただ、腰巻きのエプロンをつけていないだけの姿であった。
その姿を見て、芽依はもしかしたら自分と歳が自分と近いのではないかと思うほど、かカフェラテ店主は若々しく見えた。
カフェラテ店主は雨も降っていないというのに傘立てを外に出している。そこには、芽依が置き忘れていった傘が一本だけ、そのまま入っていた。
「あ、あのっ。それ、私の傘です!」
「えっ?」
芽依は店主へ向けてとっさに叫んだ。
カフェラテ店主は驚いた様子で芽依を見つめている。
「すみません。その傘、私のです。先日忘れてしまって……」
すると、カフェラテ店主はようやく思い出したかのように言った。
「ああ。やはり、お客様の傘でしたか」
「はい! 私のです!」
「あれからお見えにならないので、どうしようかと思っていたところです」
そう言うと、店主は傘を手に取り、芽依へと差し出した。
「ようやくお会いできました」
「はい……。えっ?」
そのとき、嫌な気配がして芽依は後ろを振り返る。
そこには、逃げも隠れもせず、例の男が芽依の後ろに立っていた。
「ひゃあっ!」
「どうかされましたか?」
芽依は驚いてカフェラテ店主の後ろに隠れ、身を縮こませる。
「あ、あ、あのっ……。あの人、ずっと私のあとを付けてくるんです! 警察……、それか交番とか、どこにあるかご存知ないですか!」
芽依がパニックになる一方で、カフェラテ店主は妙に落ち着いていた。
「あとをつけられていたんですね……」
店主は視線を黒マスクの男へ移すと、男へ何かを差し出した。
「ありがとう。助かったよ」
そう言って、カフェラテ店主は黒マスクの男に手のひらサイズの木札のようなものを渡した。
黒マスクの男は黙ったままそれを受け取る。そして何も言わずに立ち去っていった。
(え……どういうこと?)
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる