夜カフェ〈金木犀〉〜京都出禁の酒呑童子は禊の最中でした〜

花綿アメ

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第4章

六 ロイヤルミルクティ男子の事情

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 五

 そこには、『志摩しまユウキが誘う香りの世界——パフュームコレクション』と題されたタペストリーが志摩ユウキの顔写真とともにガラスケース内に掲げられていた。
 滴る水を浴びる志摩ユウキがこちらを挑発するように見つめている写真。モノクロで撮られた顔ながら、その目には光り輝くオーラが見え、彼の背後で弾ける七色の光を際立たせ、まるで香りのゆらぎを表現しているかのような麗しいデザインだった。
(志摩ユウキ……。松井さんが開く予定の香りのコレクションって、まさかこれのこと!)
 志摩ユウキ。彼は、自らがプロデュースした【シーミィ(SEEmy)】という香水で時の人となった有名調香師だった。彼の香水を愛用していると、有名モデルがSNSで紹介したことで話題となり、時の人として躍り出たイケメン調香師だった。
 元々、クリエイターとしても活躍していた彼が生み出したシーミィの香水は、オーガニック素材を取り入れた新しい概念の香水で、正式な香水とはまた違うらしいのだが、ボトルデザイン含め、今、大注目されているブランドだった。
 香水に疎い芽依ですらその名を知っているほどであり、先日も新作の予約サイトがサーバーダウンしたとニュースになったほどだ。

「まさか。このためにクレームが入ったの?」

 非常に興味を引くコレクションだが、東京ファンタジーのプロローグの内容といったい何が悪かったというのだろうか。
 芽依は近くに設置されていた告知のチラシを一枚手に取った。

「~花開く、バルファン、志摩ユウキ~……」

 どうやら、コレクションは志摩ユウキの他にも、十三人のクリエイターが彼の香りとコラボしたさまざまな展示を行うことになっているらしい。
(もしかして、調香師被りしてたから敬遠されたのか)
 だが、芽依はそこに引っかかった。
 それならば、職業を変えるだけでもよかったのではないだろうか。
 イメージが損なわれる(ディスる)と言われたが、あのプロローグのなにをそんなに警戒したのだろうか。
 芽依の作ったプロットは、あやかしである調香師が人間に調香レシピアイデアを盗まれてしまい、途方にくれて夜カフェ〈カナリヤ〉を訪れることから始まる流れになっていた。それは、まさしく芽依が見たロイヤルミルクティー男子の来店から着想したものである。
 そして、物語の中の夜カフェ〈カナリヤ〉の店主は、店にやってくるあやかし達の悩みを解決する役目を担っており、事件解決したあとの一杯で、あやかしは心からの開放を味わえるという設定にしている。
 物語の登場に、あやかしを起用していることがよくないのだろうか。カフェラテ店主もそのあたりが気に入らない様子を感じた。確かに、馴染みない層からすれば、あやかしが活躍するなど夢を見過ぎな領域なのかもしれない。ましてや自分が命をかけて取り組んでいる調香師という職業をあやかし扱いされることに不快な思いをしたということも考えられなくもない。

「……アイデアを盗まれた……」

 ——つまり、レシピを盗まれてしまったんだね。
 そこで出てくるのが、エスプレッソ好青年がロイヤルミルクティー男子に発したあの言葉だった。
(なんだろう。すごいモヤモヤする……)
 志摩ユウキがアイデアでも盗んだというのだろうか。
 まさか、そんなことでもしたら調香師の人生が終わってしまうレベルの話だ。人気絶頂の彼がさすがにそこまではしないだろう。
 芽依は、昔から勘が働きすぎるところがあった。
 友達のちょっとした表情の変化。クラスの空気感。担任教師の機嫌など、なんとなく思ったことが現実になりやすかった。
 今だって、このショーウィンドウから志摩ユウキのアイデア盗作まで飛躍してしまったほどだ。
(いやいや。さすがにそれはない。だってあやかしだもん……)
 あやかしは物語の世界の話だ。当りようもない勘であることは確かなのだ。
(う~ん、それにしても、ロイヤルミルクティー男子さんも同じクリニックに通っていたなんておもわなかったな)
 芽依の頭の中に、あの日の物憂げな表情のロイヤルミルクティーが浮かぶ。
 そのとき、芽依の鼻腔を覚えのある香りが掠めた。
 驚いてあたりを見渡すと、少し先で、ショーウィンドウを見つめて立ち尽くすロイヤルミルクティー男子が居た。
(嘘! なんで——)
 どうしてこんなところにいるのだろうと思うよりも前に、彼から放たれている空気に芽依は目を奪われる。
 ——俺の作品を。こんなことに。
(えっ?)
 それは小さく弱々しい声だった。
 幻聴のように思えたが、薬が効いているのか、街の雑踏がそれをかき消してくれているのか、はっきりとはわからなかった。
 だが、芽依が見つめるロイヤルミルクティー男子の瞳は、穏やかではなかった。悔しさを抑え込んでいるような、怒りすら感じる目をしている。
 芽依は思った。
 志摩ユウキとロイヤルミルクティー男子、もしかして二人は知り合いなのか。
 そしてロイヤルミルクティー男子は芽依に気付くことなく、そのまま夜の街へと消えていった。
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