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第1部 第1章 ケース オブ 調香師・鞍馬天狗『盗まれた香り』
二 終電を逃す阿倍野芽依、27歳
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二
『お久しぶりです。○○大学でサークルをご一緒していた林田茜です。覚えていてくれると嬉しいんだけど……』
芽依と同じ人文学部、かつサークル仲間でもあった林田茜。とりわけ親しいわけではなかったが、突然のメールは数週間前の夜、芽依のスマホにやってきた。
差出人【林田茜】の名前を見るまで、当時のことはすっかり忘れていた芽依であったが、メールには予想だにしない内容が書かれていた。
——物語を書いてもらえませんか?
卒業後、四年勤めた会社を辞めて、地域活性化を主とするプロモーション事業の会社を立ち上げたという彼女。芽依は己との真逆の人生を歩んでいるかつての仲間がいることにひとまず驚愕した。
林田は今、『都会で出会えるファンタジー』というテーマで、企業協賛のもと、とあるプロジェクトを進行中なのだという。現代の東京にファンタジーを見出したい。そんな想いから始めたという企画。そのプロジェクトをより身近に感じてもらうために、林田はプロジェクトに並行して物語を作りたいため、その協力を芽依に依頼してきたのだ。
大学時代、芽依はサークル内でたくさんの執筆をした。芽依の書く記事は、題材に取材力、内容含めとても評判だった。さらに芽依は、趣味でいくつかの投稿サイトにも自作を上げるなどする活動を行っており、ノリで応募したとあるラノベ文学賞では最終選考まで残ってしまったという経歴さえ持っている。
そして林田は、当時芽依が書いていた物語の読者の一人だった。なぜ彼女が芽依の作品を見つけたのかは謎であったが、林田は〈ミルミル〉というアカウント名でたくさんの感想を送ってくれた。つまりは林田は芽依をライターとしてスカウトしたのだ。
だが自分は作家ではない。当時書いていたものは、あくまでも趣味の範疇であり、それ以上を目指そうと思うこともなかった。
それでも、林田は芽依の文才に強く惚れ込んでいるようで、メールには心を動かすひとことが添えられていた。
『芽依さんの書く物語は、他にはない時間を私に与えてくれました。まるでファンタジーのようだった』と。
芽依は素直に嬉しかった。
今の芽依は一年後、どうなっているかわからない日々を送るギリギリの人間だ。一人暮らしをする芽依にとって、いよいよ実家へ帰ることも考えなければというところまできていたりする。
そもそも、芽依が上京したのは、実家を出るためが大きかった。芽依の家は神社を営んでおり、家系は代々なんらかの神職に就いている。芽依はその家の長女であった。
芽依の祖先には、国に仕える高貴な身分であった人物もいると言う話を飽き飽きする親戚に聞かされていた。
一年中とり行われる様々な儀式に、小学生から中学まで、オカルト的なことを行う家だとクラス中から揶揄され、居心地の悪い思春期を送っていた芽依。芽依は自分の家が大嫌いだった。
いずれは巫女にならなければならない。そう育てられてきた。
芽依の家には、子供が芽依しか生まれず、母はそのことで苦労したこともあったようだが、それでも巫女になるなんてのはお断りであった。
そのため、芽依は家族中からの猛反対を受けながらも、東京の大学へ進学、そして就職した。
だがまさか、ウイルスによって自分の未来が奪われようとは。想像もしなかったことだ。
職を失った芽依は、もしかしたら実家へ戻らなければならないのかもしれないと、そのことが現実味を帯びているということを考えると不安でたまらなかった。まるで、いずれや己を迎えに来る化け物が控えているような、そんな切迫感に似ていた。
そのため、林田から来たメールは、いままで持っていなかった地図を渡されたような感覚であり、新たな光のように見えた。
物語を書く。いいかもしれない。
現実と幻想が混じり合い、何が正しいのかもわからなかったが、芽依は直感を信じる方を選び、林田と会うことにした。
約束の地は東京・丸の内。ビジネスの中心地の一つである街は、見渡す限りにスタイリッシュな高層ビルが立ち並び、その間に伸びる路地は洗練されたトーキョープライドを匂わせるお洒落な通りだった。
立ち並ぶ店のガラスには、青空に浮かぶ雲さえも映し出し輝いている。街を歩きながら、そのまばゆさに芽依は心を踊らせた。
何かが、始める予感がする——。
『お久しぶりです。○○大学でサークルをご一緒していた林田茜です。覚えていてくれると嬉しいんだけど……』
芽依と同じ人文学部、かつサークル仲間でもあった林田茜。とりわけ親しいわけではなかったが、突然のメールは数週間前の夜、芽依のスマホにやってきた。
差出人【林田茜】の名前を見るまで、当時のことはすっかり忘れていた芽依であったが、メールには予想だにしない内容が書かれていた。
——物語を書いてもらえませんか?
卒業後、四年勤めた会社を辞めて、地域活性化を主とするプロモーション事業の会社を立ち上げたという彼女。芽依は己との真逆の人生を歩んでいるかつての仲間がいることにひとまず驚愕した。
林田は今、『都会で出会えるファンタジー』というテーマで、企業協賛のもと、とあるプロジェクトを進行中なのだという。現代の東京にファンタジーを見出したい。そんな想いから始めたという企画。そのプロジェクトをより身近に感じてもらうために、林田はプロジェクトに並行して物語を作りたいため、その協力を芽依に依頼してきたのだ。
大学時代、芽依はサークル内でたくさんの執筆をした。芽依の書く記事は、題材に取材力、内容含めとても評判だった。さらに芽依は、趣味でいくつかの投稿サイトにも自作を上げるなどする活動を行っており、ノリで応募したとあるラノベ文学賞では最終選考まで残ってしまったという経歴さえ持っている。
そして林田は、当時芽依が書いていた物語の読者の一人だった。なぜ彼女が芽依の作品を見つけたのかは謎であったが、林田は〈ミルミル〉というアカウント名でたくさんの感想を送ってくれた。つまりは林田は芽依をライターとしてスカウトしたのだ。
だが自分は作家ではない。当時書いていたものは、あくまでも趣味の範疇であり、それ以上を目指そうと思うこともなかった。
それでも、林田は芽依の文才に強く惚れ込んでいるようで、メールには心を動かすひとことが添えられていた。
『芽依さんの書く物語は、他にはない時間を私に与えてくれました。まるでファンタジーのようだった』と。
芽依は素直に嬉しかった。
今の芽依は一年後、どうなっているかわからない日々を送るギリギリの人間だ。一人暮らしをする芽依にとって、いよいよ実家へ帰ることも考えなければというところまできていたりする。
そもそも、芽依が上京したのは、実家を出るためが大きかった。芽依の家は神社を営んでおり、家系は代々なんらかの神職に就いている。芽依はその家の長女であった。
芽依の祖先には、国に仕える高貴な身分であった人物もいると言う話を飽き飽きする親戚に聞かされていた。
一年中とり行われる様々な儀式に、小学生から中学まで、オカルト的なことを行う家だとクラス中から揶揄され、居心地の悪い思春期を送っていた芽依。芽依は自分の家が大嫌いだった。
いずれは巫女にならなければならない。そう育てられてきた。
芽依の家には、子供が芽依しか生まれず、母はそのことで苦労したこともあったようだが、それでも巫女になるなんてのはお断りであった。
そのため、芽依は家族中からの猛反対を受けながらも、東京の大学へ進学、そして就職した。
だがまさか、ウイルスによって自分の未来が奪われようとは。想像もしなかったことだ。
職を失った芽依は、もしかしたら実家へ戻らなければならないのかもしれないと、そのことが現実味を帯びているということを考えると不安でたまらなかった。まるで、いずれや己を迎えに来る化け物が控えているような、そんな切迫感に似ていた。
そのため、林田から来たメールは、いままで持っていなかった地図を渡されたような感覚であり、新たな光のように見えた。
物語を書く。いいかもしれない。
現実と幻想が混じり合い、何が正しいのかもわからなかったが、芽依は直感を信じる方を選び、林田と会うことにした。
約束の地は東京・丸の内。ビジネスの中心地の一つである街は、見渡す限りにスタイリッシュな高層ビルが立ち並び、その間に伸びる路地は洗練されたトーキョープライドを匂わせるお洒落な通りだった。
立ち並ぶ店のガラスには、青空に浮かぶ雲さえも映し出し輝いている。街を歩きながら、そのまばゆさに芽依は心を踊らせた。
何かが、始める予感がする——。
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