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第3章
二 希望みたいなもの
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二
ビデオを終了し、パソコン画面を閉じた芽依は、崩れるように身を投げた。
ありがたいことに、企画書はOKをもらえた。
こまかな変更はあるものの、ほぼ芽依の書いた通りで進行することが決まった。
先方への確認も林田がプレゼンしてくれるとなり、芽依の任務はさっそくこの企画書でプロローグの執筆を始めることだった。
それに伴い、さらなる取材が必要ではあるが、芽依は達成感に満ちていた。
(採用された……。うれしい)
自分の企画が採用されたというより、あの夜カフェを舞台にした物語が書けることが嬉しかった。あの夜、終電を逃さなければ出会えなかったであろう夜カフェ〈金木犀〉。それだけではない。夜カフェ・金木犀は現在進行形で芽依に謎をもたらしている。正直、居心地が良すぎるので誰にも教えたくない気持ちもあるが、魅力的であるのは確かだ。
「あのお店に、許可とか取っておいたほうがいいのかな」
お店をモデルに物語を書きたい。いや、きっかけにはなったが、芽依の書くカフェはまた別物だ。そこまでお店に寄せるつもりもなく、なんたって設定があり得ないので逆に断られそうでもある。
(念のため、林田さんにも相談してみよう)
そう結論づけたあと。芽依は先日の夜のことを思い出していた。
二度目の夜カフェ・金木犀での時間は、非常に奇怪なものだった。カフェラテ、エスプレッソ、ロイヤルミルクティーと、芽依が勝手に名付けた三人であるが、カウンターに集まって一晩中、謎の語り合いをしていたことを、芽依は二階席から伺っていた。
あれはいったいなんだったのか。
ときに親密に。ときに笑い合う。途中、エスプレッソ男子が気になる発言をした。
——つまり、君はレシピを盗まれてしまったんだね・
レシピとは。やはり気になってしかたない。
あのロイヤルミルクティー男子。通りすがりにしたバニラ花の香りが忘れられない。
エスプレッソの話から立てた芽依の予想は、ロイヤルミルクティー男子はレシピを盗まれ、困っているところ金木犀にやってきた。見かねたカフェラテ店主は、エスプレッソ男子とともに、なにか策を提案をしているようにも見えた。
だが、その間が繋がらなかった。ロイヤルミルクティー男子は、あの店は初めて訪れたように見えたというのに、食事が運ばれ、カフェラテ店主から渡されたカードを読んだあとから、彼らは意気投合していた。いったい、どういう関係なのだろうか。
芽依は自分の企画書の束に手を伸ばし、表紙から読み直していく。
『その街には、終電頃からひっそりとオープンする夜カフェがあった。その店の名は夜カフェ・〈カナリヤ〉。そこでは、カフェラテのようにほろ苦くも甘い雰囲気の店主が夜迷い人へ癒しのひとときを提供している。
その日、店にやってきたのはマッシュルームカットの男性。まるでロイヤルミルクティのようにやさしい髪色を持つ彼は、ラテを一口飲むと悩みを店主に打ち明けた。「僕、アイデアを盗まれてしまったんですよ。人間に」すると、店主はこう答える。「それなら、私があなたのお悩み、お引き受けいたします」
その店には、秘密があった。それは、古に犯した罪を償うために、禊を課せられたあやかしのいる夜カフェだということ。彼らは復讐を目論んでしまうのだが………。』
エスプレッソ男子が口にした「禊」という言葉から、芽依は設定をあやかしの運営するカフェに変更した。店の名前も芽依が勝手につけた名である。
芽依は部屋に置かれている都内のカフェ特集の雑誌や書籍の山から一冊引き抜き、パラパラとめくった。もちろん、どの本にも夜カフェ〈金木犀〉は掲載されていない。
(勝手にあやかしにされてるだなんて知られたら、怒られちゃうだろうな)
芽依は無性に金木犀ラテが飲みたくなった。
部屋で時を刻む、ウッド調の掛時計は午後五時半を表していた。
今日も金木犀に行ってみようか。芽依は起き上がると、着替えを始めた。
パソコンをバッグに詰め、芽依は駅前のカフェへと向かった。
ビデオを終了し、パソコン画面を閉じた芽依は、崩れるように身を投げた。
ありがたいことに、企画書はOKをもらえた。
こまかな変更はあるものの、ほぼ芽依の書いた通りで進行することが決まった。
先方への確認も林田がプレゼンしてくれるとなり、芽依の任務はさっそくこの企画書でプロローグの執筆を始めることだった。
それに伴い、さらなる取材が必要ではあるが、芽依は達成感に満ちていた。
(採用された……。うれしい)
自分の企画が採用されたというより、あの夜カフェを舞台にした物語が書けることが嬉しかった。あの夜、終電を逃さなければ出会えなかったであろう夜カフェ〈金木犀〉。それだけではない。夜カフェ・金木犀は現在進行形で芽依に謎をもたらしている。正直、居心地が良すぎるので誰にも教えたくない気持ちもあるが、魅力的であるのは確かだ。
「あのお店に、許可とか取っておいたほうがいいのかな」
お店をモデルに物語を書きたい。いや、きっかけにはなったが、芽依の書くカフェはまた別物だ。そこまでお店に寄せるつもりもなく、なんたって設定があり得ないので逆に断られそうでもある。
(念のため、林田さんにも相談してみよう)
そう結論づけたあと。芽依は先日の夜のことを思い出していた。
二度目の夜カフェ・金木犀での時間は、非常に奇怪なものだった。カフェラテ、エスプレッソ、ロイヤルミルクティーと、芽依が勝手に名付けた三人であるが、カウンターに集まって一晩中、謎の語り合いをしていたことを、芽依は二階席から伺っていた。
あれはいったいなんだったのか。
ときに親密に。ときに笑い合う。途中、エスプレッソ男子が気になる発言をした。
——つまり、君はレシピを盗まれてしまったんだね・
レシピとは。やはり気になってしかたない。
あのロイヤルミルクティー男子。通りすがりにしたバニラ花の香りが忘れられない。
エスプレッソの話から立てた芽依の予想は、ロイヤルミルクティー男子はレシピを盗まれ、困っているところ金木犀にやってきた。見かねたカフェラテ店主は、エスプレッソ男子とともに、なにか策を提案をしているようにも見えた。
だが、その間が繋がらなかった。ロイヤルミルクティー男子は、あの店は初めて訪れたように見えたというのに、食事が運ばれ、カフェラテ店主から渡されたカードを読んだあとから、彼らは意気投合していた。いったい、どういう関係なのだろうか。
芽依は自分の企画書の束に手を伸ばし、表紙から読み直していく。
『その街には、終電頃からひっそりとオープンする夜カフェがあった。その店の名は夜カフェ・〈カナリヤ〉。そこでは、カフェラテのようにほろ苦くも甘い雰囲気の店主が夜迷い人へ癒しのひとときを提供している。
その日、店にやってきたのはマッシュルームカットの男性。まるでロイヤルミルクティのようにやさしい髪色を持つ彼は、ラテを一口飲むと悩みを店主に打ち明けた。「僕、アイデアを盗まれてしまったんですよ。人間に」すると、店主はこう答える。「それなら、私があなたのお悩み、お引き受けいたします」
その店には、秘密があった。それは、古に犯した罪を償うために、禊を課せられたあやかしのいる夜カフェだということ。彼らは復讐を目論んでしまうのだが………。』
エスプレッソ男子が口にした「禊」という言葉から、芽依は設定をあやかしの運営するカフェに変更した。店の名前も芽依が勝手につけた名である。
芽依は部屋に置かれている都内のカフェ特集の雑誌や書籍の山から一冊引き抜き、パラパラとめくった。もちろん、どの本にも夜カフェ〈金木犀〉は掲載されていない。
(勝手にあやかしにされてるだなんて知られたら、怒られちゃうだろうな)
芽依は無性に金木犀ラテが飲みたくなった。
部屋で時を刻む、ウッド調の掛時計は午後五時半を表していた。
今日も金木犀に行ってみようか。芽依は起き上がると、着替えを始めた。
パソコンをバッグに詰め、芽依は駅前のカフェへと向かった。
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