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第6章
五 新しい繋がり
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五
夜カフェ〈金木犀〉の雰囲気はいい。だが、店主の裏表だけはやはり気をつけなければならないのかもしれないと芽依は思った。
(あの二面性は、やはり要注意だな)
「あの、阿倍野さん。僕、聞きたかったことがあるんですけど」
「何ですか?」
「阿倍野さんはいつごろから金木犀を利用していたんですか? よく来ていたみたいですが——」
「あ。実は恥ずかしい話、ある夜に終電を逃してしまって。タクシー代もなくて困っていたときにあのお店を見つけたんです」
「なるほど。じゃあ偶然だったんですね」
「はい……。あ、あの、この話は、天童さんには言わないおいてもらえますか?」
「えっ、どうしてですか?」
「だって。……なんか、バカにされそうだから」
それを聞くと、鞍馬は目を丸くしたのち、肩を揺らして笑った。
「あはは。確かに。わかりました。秘密にしておきます」
「ありがとうございます。助かります……」
芽依は、自分と夜カフェ金木犀との出会いが終電を逃したという失態だったという事実も変わらず残り続けるのだと気付き、少々落ち込んだ。
「私、あの夜カフェを見つけた時はなんて和やかな店主さんなんだろうって思いましたけど、今はもうそんなふうには思えません。イケメンの優しい店主さんだと思ったのに……」
「あやかしですからね。でも、天童さんは優しいと思います」
「鞍馬さん、あれは優しいと言ってはいけないと思いますよ?」
「そうでしょうか」
「そうですよ。鞍馬さんこそ、人が優しいので気をつけてください!」
そう言われ、鞍馬はクスクスと笑っていた。
ところどころで笑顔を見せる鞍馬を見て、芽依は内心ほっとしていた。
理不尽といってしまいえばそれまでだが、鞍馬はあやかしだ。禊を課せられてはいるがもうそこまで心配はないかもしれない。
(人間界は苦行ばかり。悔しいけど、あの天童さんの言葉がしっくりくる)
芽依は思った。
抱える悩みも似ているし、考え方だって人間となんら変わらない。なにより自分は今、あやかしと心を通わせている。その奇妙な関係が、なんだか面白くもあった。
「僕、あの東京ファタジアの冊子を見たとき、ものすごく驚いて気が狂いそうだったけど、阿倍野さんが書こうとしていたものが希望を持っていたとわかって、少し救われました」
「ごめんなさい。あれ実は、金木犀で三人が話しているところを耳にして、勝手に想像して書いたものだったんですが、鞍馬さんが苦しんでいたことも知らずに、本当に配慮が足りませんでした」
「そうだったんですか。実はあの冊子を読んだときに、三人でそんなことを言っていたんです。金木犀にスパイが来てるんじゃないかって」
「えっ、本当ですか!」
「はい。だってあまりにも真実すぎていたので。僕らしか知らない掟だし、まして人間に知られたら大事ですから。でもまさか、阿倍野さんの作り話だったとは。すごい想像力ですよ。あやかしが禊をしているだなんて、普通、思いつきますか?」
「思いついちゃったんですよね。でもまさか、禊を課せられているあたかしがいるなんて思いもしませんでしたけど」
「芽依さんは昔、なにかの縁があったのかもしれませんね。あやかしと」
「えっ?」
「いるみたいですよ。そういう人間」
芽依は飲み物を喉につまらせかけたが、鞍馬が外へ視線を向けていることをいいことに、必死に悶え堪えた。
(まさか私の実家が? ……いや、まさかね)
芽依の実家はかつてあやかし退治をしていた。
得体の知れない事象があれば、芽依の家に助けを求める人間も多く、昔からそれらの力で慕われていたのだという。
だが、人間の伝承なんてものは、自分たちの都合のよいように書きかえられるものだ。
家中に張り巡らされた御札やらお清めやらの木札を見るたび、芽依は家が息苦しくてたまらかなった。
「それに僕は、阿倍野さんに出会えたから、人間を憎まずにいられます」
「や、いや、だめですよ。私なんかで安心したら!」
(まだ言えてない秘密もたくさんあるんだから)
やはり、まだ鞍馬は心配かも。
そんなことを思う芽依だったが、鞍馬の笑う姿を見ながらどこか心に落ち着きが戻っていた。
残り少なくなったカフェラテが氷で薄まる。
やっぱり、ラテを飲むなら金木犀のほうがいい。
「阿倍野さん。今夜、天童さんのところに報告しにいきませんか? あ、もしお疲れでなかったら」
「えっ? もちろん。全然行きます!」
「よかった」
そして芽依はその夜、鞍馬とともに、天童のいる夜カフェ〈金木犀〉へと向かった。
夜カフェ〈金木犀〉の雰囲気はいい。だが、店主の裏表だけはやはり気をつけなければならないのかもしれないと芽依は思った。
(あの二面性は、やはり要注意だな)
「あの、阿倍野さん。僕、聞きたかったことがあるんですけど」
「何ですか?」
「阿倍野さんはいつごろから金木犀を利用していたんですか? よく来ていたみたいですが——」
「あ。実は恥ずかしい話、ある夜に終電を逃してしまって。タクシー代もなくて困っていたときにあのお店を見つけたんです」
「なるほど。じゃあ偶然だったんですね」
「はい……。あ、あの、この話は、天童さんには言わないおいてもらえますか?」
「えっ、どうしてですか?」
「だって。……なんか、バカにされそうだから」
それを聞くと、鞍馬は目を丸くしたのち、肩を揺らして笑った。
「あはは。確かに。わかりました。秘密にしておきます」
「ありがとうございます。助かります……」
芽依は、自分と夜カフェ金木犀との出会いが終電を逃したという失態だったという事実も変わらず残り続けるのだと気付き、少々落ち込んだ。
「私、あの夜カフェを見つけた時はなんて和やかな店主さんなんだろうって思いましたけど、今はもうそんなふうには思えません。イケメンの優しい店主さんだと思ったのに……」
「あやかしですからね。でも、天童さんは優しいと思います」
「鞍馬さん、あれは優しいと言ってはいけないと思いますよ?」
「そうでしょうか」
「そうですよ。鞍馬さんこそ、人が優しいので気をつけてください!」
そう言われ、鞍馬はクスクスと笑っていた。
ところどころで笑顔を見せる鞍馬を見て、芽依は内心ほっとしていた。
理不尽といってしまいえばそれまでだが、鞍馬はあやかしだ。禊を課せられてはいるがもうそこまで心配はないかもしれない。
(人間界は苦行ばかり。悔しいけど、あの天童さんの言葉がしっくりくる)
芽依は思った。
抱える悩みも似ているし、考え方だって人間となんら変わらない。なにより自分は今、あやかしと心を通わせている。その奇妙な関係が、なんだか面白くもあった。
「僕、あの東京ファタジアの冊子を見たとき、ものすごく驚いて気が狂いそうだったけど、阿倍野さんが書こうとしていたものが希望を持っていたとわかって、少し救われました」
「ごめんなさい。あれ実は、金木犀で三人が話しているところを耳にして、勝手に想像して書いたものだったんですが、鞍馬さんが苦しんでいたことも知らずに、本当に配慮が足りませんでした」
「そうだったんですか。実はあの冊子を読んだときに、三人でそんなことを言っていたんです。金木犀にスパイが来てるんじゃないかって」
「えっ、本当ですか!」
「はい。だってあまりにも真実すぎていたので。僕らしか知らない掟だし、まして人間に知られたら大事ですから。でもまさか、阿倍野さんの作り話だったとは。すごい想像力ですよ。あやかしが禊をしているだなんて、普通、思いつきますか?」
「思いついちゃったんですよね。でもまさか、禊を課せられているあたかしがいるなんて思いもしませんでしたけど」
「芽依さんは昔、なにかの縁があったのかもしれませんね。あやかしと」
「えっ?」
「いるみたいですよ。そういう人間」
芽依は飲み物を喉につまらせかけたが、鞍馬が外へ視線を向けていることをいいことに、必死に悶え堪えた。
(まさか私の実家が? ……いや、まさかね)
芽依の実家はかつてあやかし退治をしていた。
得体の知れない事象があれば、芽依の家に助けを求める人間も多く、昔からそれらの力で慕われていたのだという。
だが、人間の伝承なんてものは、自分たちの都合のよいように書きかえられるものだ。
家中に張り巡らされた御札やらお清めやらの木札を見るたび、芽依は家が息苦しくてたまらかなった。
「それに僕は、阿倍野さんに出会えたから、人間を憎まずにいられます」
「や、いや、だめですよ。私なんかで安心したら!」
(まだ言えてない秘密もたくさんあるんだから)
やはり、まだ鞍馬は心配かも。
そんなことを思う芽依だったが、鞍馬の笑う姿を見ながらどこか心に落ち着きが戻っていた。
残り少なくなったカフェラテが氷で薄まる。
やっぱり、ラテを飲むなら金木犀のほうがいい。
「阿倍野さん。今夜、天童さんのところに報告しにいきませんか? あ、もしお疲れでなかったら」
「えっ? もちろん。全然行きます!」
「よかった」
そして芽依はその夜、鞍馬とともに、天童のいる夜カフェ〈金木犀〉へと向かった。
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