7 / 42
7ライオネルの回想
しおりを挟む夏の休暇が明けてからのジュリエットの様子は本当に奇妙だった。
冷たい程に毅然としていた態度は影を潜め、ちょっとした事でも驚いたり興味を示したりといった表情が次々と顔に浮かんでいた。これまでの仮面の様に感情を表に出さない態度とは180度違っている。
一番顕著だったのは食堂だな。
アカデミーの食事は豪華な事で有名だが、ずらっと並ぶ食べ物に目を輝かせて悩む姿なんて初めて見たぜ。その上、もっと食べたいのを我慢して悶絶している姿もおかしくて俺は吹き出しそうになった。
それに食堂ではいつも兄上の姿を追いかけていたのに、休暇が明けてからは兄上を避けていると言っても過言ではない様子だった。
俺と兄上は騎士科だから普通科のジュリエットが俺たちと顔を合わせられるのは昼時の食堂くらいだ。今までは必ずと言っていい程兄上と同じテーブルについて一緒に食事しようとしていた。そして食後も行動を共にしたがった。
それが最近は兄上に近づきもしなくなった。そのせいでゴードンは余計にリンといる時間が長くなった気がする。
言葉遣いもおかしな時があるし、それを何とか誤魔化そうと焦っている姿は今までの彼女からはとても想像がつかない。
まるで小さな子供の頃のジュリエットに戻ったみたいだ。
小さな頃はよく兄上と3人で遊んだな。小さな体で一生懸命俺たちについて来ようとして必死になっている姿が今でも目に浮かぶ。
俺がイタズラをしようとするのを止める兄上、それをハラハラして見てるジュリエット。
噴水に絵の具をぶちまけた時は3人ともびしょ濡れ、絵の具まみれになって大笑いしたな。まぁ俺は後でこってり母上に絞られたが。
ジュリエットが変わりだしたのは妃教育を受けだしてからだ。
きっと母上みたいに口うるさい教育係りに品格がどうの淑女としての振る舞いがどうのと叩きこまれたに違いない。
だがジュリエットが必死だったことを俺は知っている。ジュリエットはゴードンを好きだった。
ジュリエットは心底ゴードンに惚れている。ジュリエットの目にはゴードンだけが映っていて、ジュリエットの生きる目的はゴードンと結婚する事だった。
ある時俺たちがイタズラしたあの噴水で、ジュリエットが疲れた足を冷やしている所に遭遇した事がある。横に転がっていたのはびっくりするような高さのハイヒールだった。
あの靴でダンスのレッスンをさせられたのだろう、目にはうっすら涙が浮かんでいた。夕暮れ時の噴水に足を沈めて憂いだ瞳をたたえた彼女は震えがくるほど美しかった。
俺は物陰から見ていたが、彼女は俺に気づいた。俺は見とれていた事を大いに恥じた。だからあんな風に子供っぽい態度を取ってしまったんだ。
「お姫様、お履き物をお忘れですよ~」俺はジュリエットのヒールを拾い上げブラブラと振って見せた。
「あ、わたくしの靴。ライオネル様返してください」
「その濡れた足で靴を履くのか? あそこのベンチに置いといてやる。そのまま少し歩けは足も乾くだろう?」
俺は離れた場所にあるベンチに靴を置いてその場を去った。本音を言えば俺はまともにジュリエットの顔を見られなかったのだ。
ゴードンだったらきっとジュリエットの足を拭いてやったりしたんだろうが、俺には恥ずかしくてそんな真似は無理だった。
だけどあの時のジュリエットの美しさは今でも忘れられない。
そうだ、俺は子供の頃からジュリエットが好きだった。でも彼女の目はいつもゴードンを追いかけている。だから俺は何かとジュリエットに辛く当たってしまうのだ。自分の行動がいかに子供じみていてばかげているか分かっているのに・・。
ジュリエットは厳しい妃教育を受けながら王族や高位貴族が王妃にふさわしいと思い描く立派なレディになった。
父上も母上もジュリエットが王太子妃になる事に異存はなかった。俺もそのつもりで覚悟をしていた。
だがアカデミーでゴードンがリンと出会ったことによって状況は一変した。
ゴードンはリンとの婚約を国王陛下に願い出ている。まだ公にはなっていないが、父上も母上も概ね賛成の意を表している。母上も父上もゴードンに甘いのだ。
ただ、ジュリエットに妃教育を受けさせていた手前クレイ公爵家の面目を潰さないための処遇を考えねばならない。
それが解決すればあとはリンをどこかの高位貴族の家に養女縁組をして地位を上げるだけだ。
公になっていない話ではあるがゴードンのアカデミーでのあからさまなリンへの態度で皆ほぼ予想しているだろう。
そのリンに嫉妬してジュリエットがリンに辛く当たっているという噂もよく聞こえてきている。今は皆、見て見ぬ振りをしているが、リンとゴードンの婚約が正式に発表されれば態度を変える者も出てくるだろう。
だが・・先ほどのジュリエットの態度は不可解だった。普段は冷たい表情の中に嫉妬の炎を燃え上がらせてリンを見ていたジュリエットがあんな風にリンを庇うとは。
しかもあのドスの効いた啖呵で取り巻き3人を黙らせるなんて!
1
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる