ヤンキー、悪役令嬢になる

山口三

文字の大きさ
8 / 42

8ダンスと弓

しおりを挟む

 あたしがこの世界に飛ばされてもう軽く2週間が過ぎた。
 アカデミーに通う傍らこの世界について色々と調べてみたが元の世界に戻れるようなヒントはどこにもなかった。

 ただ小説で描かれているよりもっと多くの事をあたしは知った。この王国の成り立ちや国の制度についてもその内のひとつだ。

 この世界は堅固な封建制度が根付いており、身分が絶対で国を動かす重要なポストに平民は就くことが出来なかった。

 日本でいったら戦国時代が終わった後くらいの時代感覚なのかな。平民からは決して貴族になることは出来ない。どんなにお金持ちでも能力があっても平民は平民なのだ。

 でもこういう垣根って国の発展を妨げるんだよね、確か。ここ2百年くらいは大きな戦争もなく平和だから問題なく行ってるんだろうけど。

 さてと次の授業はダンスかぁ。なんかワルツとか踊るんだよね? そんなの踊れる気がしない。あたしの中で踊りって言ったら盆踊りくらいだもの・・。


______ 



 周囲がざわついている。

「えっ」とか「あら、どうされたんでしょう?」「まさかジュリエット様がダンスが苦手なんて・・」
 とヒソヒソと囁き合っている。

 ええそうですとも、あたし運動音痴じゃないけれどダンスはさっぱりダメなのよ。

 ジュリエットの体はステップやターンをきちんと覚えているけれど、それをあたしが再現するとカクカクと動くロボットみたいになっちゃう。音楽とも微妙にずれてる気がする。

 さすがに公爵令嬢のダンスを見て笑う人はいなかったけど、笑いだす寸前。必死に笑いをを押し殺しているのが分かる。

 パンパンとダンスの講師が手を叩いた。

「クレイ嬢、もっと音楽をよく聴いて下さい。音楽をよく聴いてリラックスして!」

 そんな事言われてもなぁ。この相手がいるポーズを取って一人で踊る姿も滑稽だし苦手なものは苦手なんだよ!

「では他の方のダンスをよく見ていて下さい」講師は小さなため息をつきながら言った。

 大抵の女子生徒はそれなりのダンスを披露した。中でもミナが抜群に上手だった。素人のあたしが見ても優雅で身のこなしが素晴らしかった。

「では1か月後の発表会に向けてこれからは毎日ダンスの授業が入ります。みなさん、また明日に」

 授業の後、大きなため息をつくあたしにミナが声を掛けてきた。

「大丈夫ですわ、ジュリエット様。ダンスの発表会は1か月も先ですし、正式な夜会や舞踏会ではありませんから」
「発表会っていうくらいだから参観する人がいるんでしょ? どんな会なの?」

「今度行われる騎士科の模擬戦はご存じでしょう? その模擬戦の上位3名が自分の好きな相手を指名してダンスをするんです。その他の生徒は男女別に列を作って隣り合わせた生徒同士で踊ります。騎士科の上位者はアカデミーの憧れの的ですから、そのダンスの相手に選ばれる事は名誉な事でもあるんですわ」

 ミナは付け加えた。「参観するのは国王陛下御夫妻です。それと何名かの高位貴族の方。クレイ家の方も招待されるのではないでしょうか」

「げっ、私のダンスをあの家族に見られるなんて勘弁してもらいたいわ」
「げ・・?」

「げ・・月曜日だったかしらね、その日は」
「いえ、金曜のはずですわ」
「そうなのね、おほほほ・・」



 それから毎日ダンスの授業があったが、あたしのダンスは一向に上達しない。授業中に周りから感じる気の毒そうな視線がたまらなかった。

 ジュリエットの家族が招待されるせいか、ダンスの講師はなんとかあたしのダンスを上達させようと、あたしばっかり練習させるんだもん、疲れ果てたよ・・。

 毎日の楽しみだったお昼も、さすがに今日は食欲がなかった。

 昼食後一人でアカデミーの中庭をぶらぶらしているとライオネルが声を掛けてきた。

「よっ、浮かない顔をしてどうした?」
「私にも色々と事情があるんです」あたしは冷たく返した。

 ライオネルはやんちゃな次男坊といった小説の設定そのままの性格だった。真面目で優等生の長男ゴードンと違って破天荒で自由気ままでなかなかの問題児らしい。国の行事を勝手に欠席するのは日常茶飯事だと聞いている。

「それならこの間出来なかった弓の腕前を披露するってのはどうだ。ちょっとした気晴らしになるんじゃないか?」
「そうね。いいわ、今度こそあたしに合う弓を持ってきてちょうだい」


 ライオネルが用意した弓は確かに女性でもひける程度の硬さの弓だった。あたし達は騎士科が使っている練習用の的の場所までやってきた。

「さて、お手並み拝見だ」ライオネルは偉そうに腕組みしてニヤついている。

 あたしは弦の具合を確かめ弓を構えた。向こうの世界で使っていた弓とは少し形が違うけれど原理は同じだろうから大丈夫ね。

「へぇ~構えはさまになってるじゃん」からかうようにライオネルが言った。

 あたしはそれを無視して矢を放った。ヒュンっと小気味のいい音がして矢は的に刺さった。だがど真ん中とはいかなかった。

「やるなぁ! 公爵家のお嬢様が弓を射れるなんて驚きだよ」ヒュ~と口笛を吹いてライオネルが目を丸くしている。
「言ったでしょ、弓くらい射れるって」

 その後も何度か矢を放ったがどうも真ん中に当たらない。

「どうも上手く行かないわ」
「いや、全部的に当てるだけで十分すごいと思うが・・まぁその靴のせいじゃないかな」

 ああ、確かに。ヒールは高くないけれど安定感のないこの靴じゃ重心が定まらずブレが生じるのかもしれないわ。

「じゃ明日は靴を履き替えてくる!」あたしが意気込んで言うとライオネルは本当に驚いたように言った。
「明日もやるつもりなのか?」
「そうよ。久しぶりに弓を触ったら確かにいい気晴らしになったわ。明日は放課後にやり・・致したいと思いますですワ!」



  翌日もそのまた次の日もあたしは騎士科の練習場を借りて弓の練習をした。

 3日目になると噂を聞きつけた生徒がチラホラ見物に来るようになった。初めは半信半疑だった生徒もあたしが本当に弓を射る姿を見て仰天していた。

 公爵家の令嬢が弓を射るだけでも驚きなのにそれがまた上手いとなって皆驚いているらしい。あの翌日からは安定感のある靴に変えたから当然よ! 今では放つ矢がほぼ全て真ん中に命中している。

「お前ならパルティアンショットもいけるかもな」
「何そのパル? ショットって」
「俺を初め、騎士科の生徒が練習してただろ? 馬上から弓を射る」

 ああ、流鏑馬(やぶさめ)の事ね。でもあたしは馬に乗れないわ。

「でもあた、私は馬に乗ったことがないわ」
「乗馬は俺が教えてやる。どうだやってみないか?」
「そうね・・面白そうね」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、 魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

処理中です...