ヤンキー、悪役令嬢になる

山口三

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10異国の地

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「次は市立病院前。市立病院前」

 聞き覚えのない女性の声でわたくしは目を覚ました。

 小さな部屋の中でうたた寝していたらしいが、周囲には沢山の人が座っている。しかもこの部屋は動いている様だわ! 乗合馬車にしては大きすぎるけれど・・。

 わたくしのすぐ横には大きな窓があり外の景色が良く見える。
 外には見た事も無い無機質な建物が溢れかえり、下を見るとこの動く部屋の横に並んでこれまた見た事も無い機械の様な物体が高速で走り去っていく。

「ここは・・一体どこなの?!」

 わたくしは・・そうだわ、夏の休暇が明けてアカデミーに向かう馬車の中に居たはずなのに。

 しかもこの部屋にいる人々は全員おかしな恰好をしている。
 皆平民のようで、どう見ても女性なのに短髪の上にズボンまで履いている者がいる。そして皆一様に何かを手に持ってそれをずっと見つめている。

(皆、頭髪が黒いし瞳も黒のようだわ。わたくしが馬車で居眠りをしている間に遠い異国に連れて来られたのかしら)

 周囲の奇怪さに驚いていたあまり自分の事を気に掛けていなかったが、ふと見るとわたくしの手にも彼らと同じように長方形の小さな物体が握られていた。

(これは・・金属で出来ているようだけど。はっ!)

 わたくしの手! 手入れの行き届いた白く美しい手のはずが、黄色くなってマニュキュアすら剥がされているわ。それにわたくしまでズボンを履いている! 横にあるこれはバッグかしら? 一体これはどうやって開くの?

 すると通路を挟んで隣にいる婦人が同じようなバッグの金属部分をいじってバッグを開いた。

(なるほど、この金属部分をどうにかするのね‥)

 端の部分に付いているつまみを引くと閉じたレールが開きバッグが開いた。
 中にはノートの様な物と本が沢山入っている。ハンカチと小さめのポーチと、これは鏡ね。

 鏡を覗き込んだわたくしは思わずその小さな鏡を取り落としそうになった。
 鏡からこちらを見ているその顔はまったく見慣れない人種だった。この部屋にいる他の人と同じように黒い髪に黒い瞳。肌は黄色みがかっている。頬骨が高くあまり凹凸のない顔。

(これが‥わたくしだというの?!)

 黒い瞳は大きくきらきらと輝いて活力に満ちているが、いくつ位かしら? 異国の女性の年齢は計り知れない。でも若い女性ではあるようだ。

 これはきっと魔術に違いないわ。わたくしを惑わせて混乱させようとしているのね。でもこんな事をしなくてもわたくしは十分混乱しているというのに。

 部屋の動きが止まった。わたくしの前に座っていた男性が部屋の前方のドアから外へ出て行った。ドアはひとりでに開いたわ・・。この国には魔法が存在するの?? 驚いているとまた部屋は動き出した。

 わたくしはもう一度バッグの中を確かめたが自分の持ち物は入っていなかった。急に不安が押し寄せてくる。なぜわたくしはここへ連れて来られたのかしら? 一体誰が? 

 わたくしが公爵家の令嬢だと知っての事なのかしら。わたくしは誘拐されたの? それにしてはわたくしをここへ置き去りにしたのはなぜ? この部屋にいる人たちはわたくしには無関心のようだもの。

 誰かに声を掛けようかしら‥いえ無理だわ、きっと言葉が通じない。

 また部屋が止まった。今度は2人が外に出て行き、後ろのドアから3人が部屋に入って来た。その3人のうち2人が知り合いらしく、楽しそうにおしゃべりしている。

 そこでわたくしはある事に気が付いた。そう、彼女達の話の内容が聞き取れるのだ。わたくしは思い切って通路を挟んで隣の席の婦人に声を掛けてみた。

「あの、お聞きしたい事があるのですが」
「はい、なんでしょう?」

 やっぱり! 言葉はプロボスト王国と同じなのだわ。どう見ても異国なのに言葉が同じだなんて。
 相手の婦人が次の言葉を待っていた。

「ここは何という国でしょうか?」

 わたくしの質問に婦人は一瞬ためらいを見せた。だが「日本ですよ‥ここは旭町です」

「日本・・旭町」反芻するわたくしをその婦人はおかしな目で見ていたがすぐまた手元の小さな機械に見入ってしまった。

 日本ですって? そんな国の名前は聞いたことがないわ。同じ言葉を使っているならプロボスト王国の近くにあるのかしら。もしかしたら最近独立したばかりなのかもしれない。

 そう考えていると『次は大学前、大学前』と声がした。その時なぜだかわたくしはそこが目的地だと感じた。さっきの男性の様に外に出なければ!

 部屋が止まるとわたくしは横にあるバッグを掴んで前方のドアに向かって行った。ステップを降りようとすると制服を着た男性がわたくしを睨み付けた。

「お客さん、料金を払ってくださいよ」
「料金・・」この大きな馬車はやはり乗り合い馬車なのね。バッグの中にお金があるのかしら? 一体幾ら払えばいいの?

 わたくしがバッグを開いてまごついていると先ほどの婦人が後ろに立って制服の男に声を掛けた。

「この人外国人みたいよ。分からないんじゃないかしら」

 そしてわたくしの持っているバッグを指して言った。「ここに定期がぶら下がってるじゃない。これでタッチしてみたら?」

 婦人はその『定期』という物を手に取り、降り口の近くにある機械に当てた。奇妙な音がした。

「ほら、やっぱりね。もう降りて大丈夫ですよ」
「ご親切にありがとうございます」

 わたくしは礼を言ってその馬車から降りた。だが走り去る馬車は馬に引かれていなかった。一体どういう原理であの部屋は動いているのかしら。しかもあんなに速く。

 いえ、今はそれどころではないわ。
 ここで降りたのはいいけれど、ここでどうしたらいいのかまるで見当もつかないのだから。


 わたくしは途方に暮れていた。だがどうも人の流れが一定方向に向かっている。
 わたくしと同年代と思しき男女が皆、同じ方角へ歩いていくのだ。わたくしも彼らに付いていくと前方に大きな建物が見えてきた。あれが『大学』なのだろうか?

 門から中に入ってはみたがどうしよう? わたくしはまた立ち止まってしまった。

「和華、おはよう!」

 背後から声がした。その女性は笑顔でわたくしの顔を覗き込んでいる。

「おはようございます」わたくしの事を『ワカ』とこの人は呼んだ。この顔は魔法で変えられただけではなく誰かに似せて作られたの?

「は? そんな丁寧な言葉遣いしちゃって、ああ~また私をからかおうっていうんでしょ? だめよ、その手は食いません」

 そう言いながらスタスタと歩いていくその人は、わたくしが付いてこないので驚いて振り返った。

「どうしたの? 授業始まっちゃうよ」

 授業。ここはアカデミーの様な場所なのかしら? 「あの‥『ワカ』という人はあなたのお友達なのかしら?」

「やだもう、まだそれ続けるの? あっ、まさか演劇の練習のつもり?」
「演劇? ここは演劇を教えるアカデミーなのですか?」

「えええ、もう私だって怒るよ!」
「すみません。でも本当にここがどこか分からないんです」

「あなた‥和華よね? どう見たって和華なんだけど・・」
「わたくしにも分かりませんわ」

 相手の女性はぎょっとした。どうやらわたくしの態度が彼女の知るワカと明らかに違うようだ。

「和華さ、今日は帰りなよ。なんか混乱してるみたい、具合が悪いんじゃないの?」
「それが‥家に帰る方法が分からないんですの」
「えっ、困ったな。私は授業受けないとまずいし‥じゃあさ、お兄さんたちに迎えに来てもらうのはどう?」

「どうしたらいいのでしょうか」
「時間ないから私が電話してあげる。スマホ貸して」

 すまほ? もしかして手に持っていたあの小さな機械の事かしら? わたくしはバッグにしまっておいた機械を取り出した。「これですか?」

 するとその女性は機械に触れた後、それを耳にあてて話し出した。まぁ! あれは通信機器だったのね、驚きだわ。この国は随分と科学が発展しているんだわ。

「もしもし、あの私、和華の友達の栄子ですけど‥そうです。お久しぶりです。あの授業があるんで急いでるんですけど、和華が具合が悪いみたいで家にも自力で帰れないみたいなんです。
 なので迎えに来てもらえないでしょうか? ええ、ホントです。冗談じゃなくて。じゃあ校門の前にいるように伝えますね」
 
 その栄子という女性はわたくしを校門まで連れ戻して言った。「ここで待ってて、真ん中のお兄さんが迎えに来てくれるから。じゃ私は行くね、授業に遅れちゃう」

 真ん中の兄。このワカという女性には兄が沢山いるのかしら。わたくしは1人っ子だったから兄や姉が羨ましかったわ。兄弟がいるってどんな感じかしら。

 それから30分はゆうに過ぎた頃、例の馬が引かない乗り物から痩せた若い男性がわたくしに声を掛けてきた。

「迎えに来たぞ、早く乗れ」その男性は無表情で投げやりな言葉を放った。

 わたくしはその乗り物に近づいたがどうやって乗ったらいいのか分からない。ドアらしき物を触ってみたが取っ手がどれか分からない。

 いつまで経っても乗り込めないわたくしに業を煮やして、その真ん中の兄という人は乗り物から降りて来てドアを開けてくれた。立つとかなり背が高いその人はわたくしをそっと中へ誘導した。

 言葉はぶっきらぼうだけど優しい人なんだわ。

「お前何やってんだよ、ドアも開けられない程具合悪りぃのか?」わたくしを睨みながら彼は言う。

 乗り物の中は随分と狭かった。だが座席は柔らかく座り心地は良かった。とにかく迎えに来てくれたお礼を言わなくてはね。

「『ワカ』のお兄様、迎えに来てくださってありがとうございます」

 急に乗り物がグンと横に揺れた。「あっ、あっっぶねぇ。お前が変な事言うからハンドル操作誤ったじゃねぇか。何だよそれ」

「これは・・何だと申されましても」
「あああ? やっぱお前変だわ。寝てろよ、家に付いたら起こしてやるから。ったく俺が授業無い日でよかったよ」

 さっきの栄子という方もそうだけど、この人たちは貴族ではないのね。だから言葉遣いも乱暴なのだわ。でも親切な人達ではあるようね。

 乗り物は少し揺れたが馬車と違って心地よい座席では自然とリラックス出来、気づくとわたくしはうつらうつらし始めていた。




「エッコ~じゃまた夏休みが明けたらね。でもいいなぁベトナム旅行なんてさ。お土産たんまり期待してるからね!」

 これはさっきの栄子という人に話しかけてる・・わたくしかしら? わたくしというよりこの『ワカ』の記憶みたいね。

 場所はさっきの『ダイガク』だわ。ダイガクを出て・・これは目が覚めた時に乗っていた大きな動く部屋。この乗り合い馬車に乗って家に帰るのかしら。

 それにしてもずっとあの『スマホ』を見ているのね。文字を読んだり・・これは! 絵が動いているわ! それもなんて写実的な絵なのかしら。

 わたくしは目的地に着いたらしく降りて歩いていると「着いたぞ」男性の声がする・・・・。
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