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12ヤンキー誕生
しおりを挟むその男の子は貝殻の詰まったガラス瓶をぷらぷらと振りながらワカをからかった。
「ちょっと返してよ!」
「返して欲しけりゃ取ってみろよ~」
ワカより一回り大きいその男の子は自分の頭上に瓶を持ち上げた。
「返せっ!」ワカが精一杯手を伸ばしても届かない。だがワカは諦めず腕を振り回して瓶を掴もうとしている、やがて案の定男の子の手から瓶が滑り落ち、瓶は割れて貝殻が散乱した。
「あっ」
「お前が俺の手を叩くからだぞ」男の子が一歩下がると散乱した貝殻を踏みつけてしまい、バリンと割れる音が響いた。
周囲でオロオロしながら見ていた女子たちからも「ひどぉい」「大塚君、サイテー」とヤジが入る。
「こぉんのぉ~よくも割ってくれたな・・」うなだれて踏みつけられた貝殻を見ながらワカが呟いた、と思った途端、ワカは『大塚君』に掴みかかった。
頭から突っ込んで来たワカに押されて男の子はひっくり返った。その顔にワカの平手打ちが入る。パチーン! と派手な音がした。
「いってぇぇ」顔を思いっきり叩かれた男の子はワカを押し返そうともがいているが、左手で髪の毛を掴まれた上に次から次へとワカの平手打ちが襲ってきて、男の子の手は宙をかき分けただけだった。
「うわぁぁ、痛てえ、やめろ。やめろって!」
「謝れっ、このっ、このっ」
周囲の生徒達はワカの気迫に押されて呆然と見守るだけだった。男の子は半泣きになってきている。
「わ、悪かったよぉ。やめてくれぇ」
始業のベルが鳴るまでワカはビンタをやめなかった。それ以来ワカは『切れると手が付けられない恐ろしい生き物』と認定され、誰もワカにちょっかいを出さなくなった。
(この世界では貴族と平民の階級が存在しないのかしら。それにしても女性があんな風に乱暴を働くなんてわたくしの世界では考えられないことだわ)
また場面が変わった。ワカはもうひとつ上の学園に通うようになったようだ。
生徒でごった返している廊下をワカが友達と楽しそうにおしゃべりしながら歩いていると、角を曲がって来た上級生とぶつかってしまった。
「いったぁい。ちょっとどこ見て歩いてんのよ!」明らかによそ見をしていたのはその上級生の女子生徒の方だったが、その女子生徒はワカに文句をつけてきた。
「あたしもおしゃべりしてたけど、ちゃんと前を見てたわ。よそ見してぶつかってきたのはそっちじゃない」ワカが言い返す。
「和華・・あの人この中学で番張ってる3年生だよ。竜崎さんだったかな。やめた方が・・」ワカの友達が耳打ちした。
「それが何よ。間違ってるのは相手の方じゃん」
「はぁ? あんた誰に向かってそんな口きいてんのよ!」
竜崎がぐいっとワカにつめ寄った時だった。腰パンにピアスをして肩までの髪を後ろで束ね、ポケットに手を突っ込んだ男子生徒がワカ達の姿を見て近付いて来た。
「おう、ワカじゃねえか。いいとこで会った、昼飯代貸してくれよ」
「ああ? トモ兄ぃ今朝お母さんからお弁当受け取ってたじゃん」
「それはもう食っちまったって。な、後で返すから」
「絶対に返してよ!」
ワカからせしめた500円をまたポケットに突っ込んで智則は去って行った。
今度は上級生側の友達が囁いた。「今のって岸田さんだよね? その妹って事はあの『切れると手が付けられない生き物』っていう・・」
ワカはそのあだ名が嫌いだった。「あたし、そう言われるの嫌いなんだけど」
ワカの不機嫌そうな表情を見た相手は震えあがった。
「あっ、岸田君の妹さんなんだね。今日はいい天気だよね、アハハ。じゃあ私はこれで・・」
竜崎とその友達はそそくさとワカの前から立ち去った。
この日から1年生のワカに誰も頭が上がらなくなった。元々智則がこの中学校のトップだったが、そのすぐ下に弟の康之が居て3番目の位置に竜崎を退けたワカが押し上げられた形になったのだ。
(番を張るって何を指すのか分からないけれど、このアカデミーでの実力者という事は間違いないみたいね。ワカは望んでそうなった様には見えないけれど、周囲の好きにさせているみたいだわ)
そこからしばらくこの中学校というアカデミーでの生活や家庭での様子が流れた。ワカの家は漁業を生業にしているらしく父親が遠洋に出るとしばらく帰ってこないらしかった。
智兄ぃはがさつで言葉遣いも乱暴だが母親や兄弟をとても大切にしていた。康之はボクシングという格闘技が好きらしいが母親は勉強が出来る康之をどうしても大学へ入れたいらしい。
ここで目が覚めた。
とてもおかしな気分だわ。まるで生まれ変わって新しい人生を生きて来たような気分になる。わたくしは魔術で顔を変えられたのではなく、和華に憑依しているのかもしれない。
でもこの国についての知識も結構得られたわね。もう少し詳しく知る必要があるからしばらくは家から出ないでおきましょう。
わたくしは和華の部屋でこの世界について知識を深めた。その過程で世界地図という物を見て驚愕した。プロボスト王国がどこにもないのだ。過去に存在していた形跡すらない。
ここは完全にわたくしが生きていた世界とは違う。わたくしは異世界に来てしまったんだわ。
なぜ異世界に飛ばされてしまったか理由が分からないまま4、5日が過ぎた。
ただこの世界に放り出されただけだったら、わたくしは今頃精神病院送りになっていたかもしれない。だがどうやらわたくしは『岸田和華』という同年代の女性の体に入ってしまったようなのだ。
その和華の記憶のおかげでわたくしはこの世界に少しずつ馴染む事が出来ている。今では『スマホ』を使いこなす事まで出来るようになった。
この世界の人間から見たらわたくしはまだおかしな所が沢山あるかもしれないが、ずっと家に籠っていては元の世界に戻る方法を見つけられない。
だから今日から『大学』というアカデミーへ行くことにわたくしは決めた。
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