ヤンキー、悪役令嬢になる

山口三

文字の大きさ
21 / 42

嫌味な一言

しおりを挟む

 マギーの家を辞する際、ライオネルはペックにお菓子の袋を与えていた。

 あたしがその様子を見ていると「腹が減ったから食おうと思って持ってきてたんだよ」と、聞きもしないのに答えた。

 馬車に戻ると医者があたし達に説明を求めた。

「わたしはやはり聞く権利があると思いますね」医者は腕を組んで、意地でも聞いてやると言った顔をして座り直した。

「ええと、なあ・・」言葉につまるライオネルに代わってあたしが答えた。

「本当の事を言うわ。今日アカデミーに入った泥棒の家族なのよ。あの子の薬代欲しさに盗みに入ったそうなの。それを聞いて放っとけなかったから、わたしがライオネル殿下に頼んだのよ」

 医者は目を丸くした。組んだ腕をほどいてあたしのほうへ身を乗り出すと彼は言った。

「失礼ですが、あなたはクレイ公爵令嬢でいらっしゃいますね? あの泥棒を捕まえたのは令嬢だと伺いましたが」
「そうね。だからこそわたしには彼女に対して責任があると思ったのよ。やり過ぎだって言われるかもしれないけど・・」

「いえ、立派なお考えだと思います。考えにとどまらず行動された事にも驚きました。わたしが耳にしていた令嬢の評判とは随分違うようです」

「彼は優秀な医者でもあるし、革新的な考えの持ち主なんだよ」
「わたしはアイザック・ブロナーと申します。何かお困りの事があればぜひ私にご相談下さい」

 なんだかやけにドクターブロナーに気に入られたあたしはこのまま自分の屋敷に帰して貰った。


 
 屋敷に帰るとマリアンが慌ててあたしを迎えに出て来た。

「ジュリエット様、旦那様がお待ちです。それはもう大変お怒りのご様子で・・」

 ご立派なクレイ公爵様がお怒りなのはあたしがダンスの発表会を欠席した事だった。王様や他の貴族の前で大恥をかかされたというのだ。

 泥棒に入ったマギーに関わっていると知ったら、火に油を注ぐ様なものだろうから秘密にしておこう。それ以外は真実を話し、屋敷に帰るまでの時間は『婚約者になるのライオネル殿下と親交を温めていた』事にした。ライオネルと一緒だった事を聞くと公爵はそれ以上あたしを咎めなかった。


 翌日、あたしはマギーに話をするために早くに屋敷を出た。アカデミーに向かう途中、首都の大通りを通った時だった。

 王家ご用達の高級な店が立ち並ぶ通りでリンが1人、そわそわと歩いているのだ。あたしは馬車を止めて窓からリンに声を掛けた。

「パラディ令嬢、どうしたのこんなところで?」
「それが‥馬車が見つからなくて」

「じゃあ乗って。一緒にアカデミーに向かいましょう」

 馬車に乗り込んだリンはあたしに礼を言った。「助かりました。早朝だったせいか馬車がなかなか見つからなくて」

「あんな所で何をしていたの?」
「レンタルしていたドレスを返却しに行ったのです。ダンスの発表会で着る様なドレスを持っていなかったもので・・」

 リンは少し恥ずかしそうに頬を染めた。小説にはドレスを借りている様子は書かれていなかったが、考えてみればパラディ家は貴族とはいえ名ばかりの貧乏な家庭だった。

「ジュリエット様はアカデミーに向かうにしては時間が早いようですけれど?」

 あたしはリンにも本当の事を話した。小説の世界とは言え、リンは未来の王妃だ。貧困にあえぐ平民の暮らしをいつか改善できるかもしれない。

「そんな事があったのですね。私の家も決して裕福ではありませんから他人事ではないですわ。私にも何かお手伝い出来たらいいのですけど」

「それなら相談したい事があるわ!」

 あたしはリンに自分の考えを話し始めた・・。



_________




「何? あの泥棒を釈放してほしいですと?」

 始業前に警備室を訪れたあたしとリンとライオネルに警備主任は目を丸くしていた。

「そうです。盗み自体は未遂に終わってるんだし、情状酌量の余地も十分にあるわ。何より当人が深く反省しているわ」

「それで、身元の引き受けはパラディ令嬢がなされると?」
「そうです。私には身の回りの世話をする侍女が必要なのです」

「何か起きた時の責任は俺が持とう」

 これはライオネルだ。流石にこの国の王子にこう言われては警備主任も断れないんじゃない?

「ううむ。その泥棒‥マギーの話の裏は取れているんですね、病気の妹がいたと。その上でパラディ令嬢が身元を引き受けて侍女教育をされると・・」

「学園長の許可はもちろん得てあるぞ」
「そうですか。それではいいでしょう。これが教室の鍵です」

 マギーが拘束されている教室の鍵を受け取ったあたし達は早速マギーを開放しに向かった。

「マギー、家に帰れるわよ!」

 マギーはあたしを見てとても驚いた。いや、あたしの言った事を聞いて驚いたのかもしれない。あたしは事情を説明し、ベスを医者に診せた事も話した。

「あんたは深く反省している事になってるから、そこら辺はよろしくね!」
「あたし‥あたし、反省してます。こんなに良くして貰って‥ありがとうございます」

 目に涙を浮かべてマギーは喜んでいた。マギーには一旦家に帰って貰って、授業が終わり次第リンが迎えに行くことになった。マギーは何度も頭を下げながら帰って行った。

「マギーに支払う給金の事は心配するな。俺がちゃんと払ってやる。いや、ゴードンに払って貰ったほうがいいかもしれないな」

 そんな話をしながら3人で廊下を歩いていると、当のゴードンが向こうからやって来た。あたしとリンが一緒にいるのを見て、少し怪訝そうな顔をしながら・・。

「珍しい取り合わせだな。3人で何をしていたんだ?」
「いい所に来たなゴードン。ちょうど話があったんだ」

「昨日アカデミーに入った泥棒なんですけど‥彼女を私の侍女にしようと思いますの」
「なんだって?! 泥棒を侍女にするなんて一体・・」

「本人はちゃんと反省しているし、事情があったんだよ。身元は調査した。根は悪い人間じゃないんだ」

 当惑するゴードンをライオネルが説き伏せる。

「それでさ、マギーの給金を出してやって欲しいんだ。リンの侍女になるんだからいいだろう?」
「あ、それと殿下! ダンスのパートナーに指名するなら、リンにドレスくらい用意してあげて下さいね」

 あたしもついでに一言言ってから、当惑しているゴードンと笑顔のリンを残してライオネルとその場を去った。


「ちょっと嫌味っぽかったかな?」
「いいさ、ゴードンはああいう事に疎いから、あれくらい言ってやった方がいいんだ。そんな事より授業なんかすっぽかして、これから俺と何か食べに行こうぜ」

「・・いいわ。朝が早くてわたしもお腹が空いたわ」

 あたしとゴードンはそのままアカデミーを抜け出して首都の街へ繰り出した。

 軽食を取った後で、気持ちのいい風が吹き抜ける川べりの並木道を歩きながらふとゴードンが質問してきた。

「そういえば足の方はもういいのか? 普通に歩いてるみたいだが」

 やばっ、すっかり忘れてたわ。「ええ、そうなの! あたしって直りが早いもんだから・・」

 そんな嘘を見透かしたようにライオネルは立ち止まって言った。

「嘘なんだろ? マギーに話を聞きに行く為に嘘ついたんだろ?」
「あ、はは。バレちゃったか」


「嘘をついたお詫びに、今ここで俺とダンスしてくれないとな」
「えっ、ここで?」

「そうだ。ダンスの発表会で踊れなかったんだから。それにここなら誰も見てないさ」

 あたしは渋々ライオネルの手を取った。だが1分もしないうちにあたしはライオネルの足を踏んづけた。

「イタタタ」
「ああっ、ごめんなさい。だからダンスは嫌だって・・」

「足を踏んだのはいい。それより君は・・君は一体誰なんだ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、 魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

処理中です...