ヤンキー、悪役令嬢になる

山口三

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 本を読み終えた後、しばらくはその内容が信じられなかった。もしこちらの世界に来ていなければ、わたくしは投獄されて死んでしまう所だったのね。

 いえ、やはり藤本先輩が言っていたように、そもそもわたくしは存在しないのかもしれない。わたくしは和華の中の人格で、ただの小説の中の登場人物・・。でもそれならなぜ和華は小説の事を言わなかったかしら。

 プロボスト王国でのわたくしの最後の記憶は・・そうだわ夏の休暇が明けてアカデミーに向かう途中だったのだわ。その後戻ったのはダンスのレッスンの時。その時にはもうゴードン様とリンの婚約は発表されていた。待って! 本は・・本の内容と違うわ! 本の中ではダンスの発表会でゴードン様がリンをパートナーに指名した後で婚約が発表されている。これはどういう事なの?!

 そこへ突然、母親がわたくしの部屋に来た。「ちょっと和華、藤本先輩が来てるわよ!」

「えっ、ここに藤本先輩が?」
「そうよ、和華の部屋に来てもらっても大丈夫? 大丈夫そうね、部屋は綺麗だしあんたもいつもみたいにパジャマじゃないし」

 母は勝手に決めつけて部屋を出て行った。すぐわたくしも後を追って玄関に行くと先輩がこちらへやって来るところだった。

「ごめんね、約束もしてないのに突然来ちゃって」
「いえ、大丈夫ですわ。わたくしの部屋はこちらです、どうぞ」

 藤本先輩は本の事について話に来たのだろう。ちょうど良かったわ、リンの婚約の時期について話したかったところだから。

 母が飲み物とお菓子を持ってきてくれた後、先輩はわたくしが心配になって来たと訪問の理由を話した。小説の中でわたくしが死んでしまう事を知って、わたくしが打ちひしがれているのではないかと思ったらしい。

「確かにショックでしたわ。でもそれより気づいた事があるんです」

 婚約の時期について話すと先輩はわたくしから本を受け取り言った。

「確かに違うね、でも思い違いという事もあるし・・岸田さんが何か‥その心に傷を負っていたりして人格障害を患っているとしたら、俺は岸田さんの助けになりたいんだ。自分では認めたくない事だと思うけど・・」

「でも和華の家にはこの本は無かったんです。和華が本を読んでなければわたくしの‥ジュリエットの事を知り得るはずがありません」

 わたくしが必死に訴えていているとドアがノックがされた。

「康之だけど、ちょっといいか」

 2番目の兄の康之が部屋に入って来た。

「岸田君、お邪魔してます。久しぶりだね」

 兄と先輩の面識があるらしい態度にわたくしが驚いていると、先輩が笑って言った。

「俺らは同級生だからね。クラスは一緒になった事ないけど家も近所だし」

 藤本先輩に向かって同意するように頷いた康兄さまはすぐ本題に入った。

「俺さ、悪いんだけどお前たちの話が聞こえたんだよ。こいつは夏休み明けからずっとおかしいんだ。藤本はそれが人格障害のせいだと思うんだな?」

「どうする岸田さん。俺に話した事、お兄さんにも話してみるかい?」

 家族である兄にわたくしが人格障害だと思われてしまったら、わたくしは病院送りになってしまうのかしら・・あのテレビで見た女性のように。

「安心しろ、お前が病気だとしてもそうじゃないにしても、悪いようにはしねえ。本当に助けが必要だと俺が判断するまでは、藤本と俺とお前3人の秘密にしてやる」

 わたくしの不安を察してか、康兄さまはそう言った。わたくしはその言葉を信じて全てを話した。

「そうか‥お前は異世界から来たと思っていたのに、その世界は小説の中のお話だったって訳か」
「でもこの家には『月の女神に愛された少女』という本はありませんでしたわ」

「だからって和華がその本を読んでいないとは言えないけどよ、確かに大学へ迎えに行った時のお前の様子はおかしかったぜ。こいつ車のドアを開けられなかったんだぞ。人格が入れ替わっただけでそんな風になっちまうのかよ?」

 兄はわたくしに向かって言ったあと、藤本先輩にも疑問を投げかけた。

「そういった日常の動作は体が覚えていて勝手に動きそうだけどね。よほど強く思い込んでいるか・・あるいは本当に異世界から飛ばされてきた人なのか・・」

 
 話は平行線でこれ以上は進展しなかった。それでも藤本先輩は何かあったらすぐ相談してほしいと言って帰って行った。

 翌日わたくしは人格障害について調べてみようと思い、図書館へ行こうと部屋を出た。

「あら和華、出掛けるの? じゃその前に布団カバーとシーツをはずして持ってきて。洗濯しちゃうから」

 母に言われた通り、わたくしは部屋に戻ってカバーを外した。シーツを外すときにベッドの下にある物が足に当たった。

「あら、ベッドの下に本が・・」

 それは『月の女神に愛された少女』だった!

 ショックだった。足元がガラガラと崩れていくようで立っていられなくなったわたくしは、思わずシーツを抱えたままベッドに座り込んでしまった。やはり藤本先輩の言った事が正しかったのね・・。

「和華~まだなの~?」

 母が呼んでいる。しっかりしなければ。

 洗面所にシーツを持って行きながら、わたくしはまだ逃げ道を探していた。そうだ、これはきっと昨日康兄さまが、自分も小説を読んでみると言って持って行った本だわ。一晩で読み終えてわたくしの部屋に戻しておいたのが、ベッドの下に潜り込んでしまったのよ!

 けれどリビングを覗くと康兄さまはソファに座って本を読んでいた。ああ、やはりわたくしは和華の人格の一人だったのね。和華があの本を読んで作り上げた妄想だったのだわ。

 絶望の波が襲って来た。全身から力が抜けていくようで、わたくしはベッド下から見つけた本を落としてしまった。

「お前こんな所で何やってんだ? あ、やっぱり本があったのか・・」

 リビングから出て来た康兄さまが、落ちている本を拾い上げた。だがそれをパラパラとめくっていた康兄さまの目が見開かれた。

「なんだこれ」


 
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