ヤンキー、悪役令嬢になる

山口三

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28ゴードンの回想

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「ゴードン様、パラディ男爵令嬢がおいでです。緑の応接間にお通ししてございます」
「ありがとう、カイエン。すぐ行くよ」

 アカデミーの模擬戦から早くも10日が過ぎた。今日はリンを王宮に招待した日。緑の応接間には王室お抱えのドレスメーカーを呼んである。リンにドレスを何着かプレゼントしようと思ったからだ。

『あ、それと殿下! ダンスのパートナーに指名するなら、リンにドレスくらい用意してあげて下さいね』 

 模擬戦の後、ジュリエットに言われた事がずっと気に掛かっていた。それでリンに心当たりを聞いたところ、ダンスの発表会で着たドレスはレンタルだったとリンが打ち明けてくれた。

 考えてみればパラディ男爵家は領地も狭く、あまり裕福な家柄ではなかった。婚約発表の後に安物のドレスを着て私の横に立つのは、私に恥をかかせる事だと考え、レンタルしたのだろう。上等なドレスを持っていない事を配慮できなかった私の落ち度だ。

 しかしそれをジュリエットに指摘されるとは思ってもみなかった。

 ジュリエットはずっと、私とリンが一緒にいる事を快く思っていなかった。昼休みの時間も私とリンを二人きりにさせまいと、必ず私達の間に割り込んで来た。挙句にはリンに相当な嫌がらせをしていると私の耳に入ってくる始末。それも自分が直接手を出すのではなく、取り巻きの令嬢たちにやらせているというから卑劣極まりない。

 そんなジュリエットがリンを庇護するような発言をするとは・・。それとも配慮に欠いた私への嫌味だったのか。

 ジュリエットが変わってしまったのは何時からだったろう。幼い頃は活発で表情豊かでとても愛らしい少女だった。小さな体で私とライオネルの後を必死について回るジュリエット。可愛い妹が出来たようで自分もうれしかった。

 ジュリエットを王太子妃候補として、妃教育を実施すると聞いた時は戸惑いも感じた。ジュリエットの事は妹の様に思っていたからだ。それでも家族になればそれなりに慈しみ合い、上手くやって行けるだろうと思っていた。

 だがジュリエットは変わってしまった。上品で、高位貴族としての威厳は十分過ぎる程備えたが、幼い頃の様な純粋さが失われてしまったように私は感じた。更に妃教育が始まってからは周囲への態度が尊大になったと噂が流れて来た。


 初めてその話を聞いたのは2年ほど前の春の茶会でだったか。

 王宮で毎年春に開催される大規模な茶会で、私と同じテーブルについていたジュリエットが、手にしていたお茶のカップを取り落とし、こぼれたお茶がドレスを汚すというハプニングが起きた。

 これは同じテーブルにつこうとしたピケット伯爵夫人がジュリエットにぶつかったせいだった。ジュリエットは共の侍女とすぐ席を立ち、しばらくしてから着替えて戻って来た。その後は何事も無く茶会は終わったはずだった。


「ピケット伯爵夫人にはとんだ災難でございました」
「ピケット伯爵夫人? ジュリエットではなくてか?」

 側近のカイエンが自室で私の着替えを手伝いながら言った。カイエン・ロバーツは5年ほど前から私の側近を務める伯爵家の令息だ。よく気の付く、私より少し年上の頼りになる側近だ。

「はい。その‥ジュリエット様とぶつかったのはわざとではないのですから・・」
「何かあったのか?」

「伯爵夫人にジュリエット様の控えの間がどこか聞かれまして、お連れしたところ・・」

 今日のカイエンはやけに口が重く、なかなかその先を話そうとしない。

「はっきり言ってくれて構わない。何かあったのなら、きちんと把握しておきたいんだ」

「それが、中からジュリエット様が怒鳴り散らす声が聞こえて参りまして‥『ゴードン様の前で大恥をかかされた』とか『ドレスを弁償しなさい』と。その場に同席していた夫人の侍女によりますと法外なドレスの賠償金を請求されたそうで、金額について抗議すると『払えないなら同じ目に合うといいわ』とおっしゃって熱いお茶をかけられたそうでございます」

 この話にはさすがの私も驚いた。まさかジュリエットがそんな事をしていたとは。でも確かに、誰かが火傷をしたらしいと侍女が慌てているのを廊下で見かけた。ジュリエットが火傷をしたのなら侍女と退席した時に治療を受けたはずだ。やはりお茶を掛けられたピケット伯爵夫人が火傷を負ってしまったのだろう。

 ジュリエットが他の貴族に対して『自分は未来の王妃』なのだからと、傲然とした態度を取るのはこれが初めてではない、とカイエンは言っていた。

『未来の王妃』

 確かに私と結婚すれば、ゆくゆくはジュリエットがこの国の王妃になるだろう。だが今のジュリエットと私は上手くやって行けるのか? 子供の頃はあんなに表情豊かだったジュリエットが、今は私に対して全く感情を見せなくなった。これはジュリエットが欲しているのは、王妃と言う地位だけだからではないか? 彼女は私に対して愛情の欠片も持ち合わせてはいないのではないか。

 そんな事を考える様になった時、リンと出会った。リンは私が王太子だからと言って特別な態度を取る事は無かった。一人の生徒として私と話し、意見もした。私だけでなく誰とも分け隔てなく接し、いつもひまわりのように明るく笑った。

 リンと一緒にいると私は自分が王太子だということをつい忘れてしまう。気づけばすっかり彼女に心奪われていた。リンに自分の気持ちを打ち明けると、彼女も私を想ってくれていると返事をくれた。

 王太子とはいえ、私にも幸せになる権利があるはずだ。クレイ公爵家と政治上のしがらみがあるわけではない。リンを選んで王室に不都合は無い。

 ジュリエットが妃教育を受けているとはいえ、現状ジュリエットにその資格があるのだろうか? 心優しいリンの方がずっと王妃に相応しいのではないか?

 アカデミーではリンへの嫌がらせが頻発していた。このまま見過ごすわけにはいかない。私はとうとう陛下にリンとの婚約を申し入れたのだった。

 幸い、陛下も母上もリンとの婚約を承諾してくれた。リンがしがない男爵令嬢である事を承知の上でだ。リンの身分については反対される大きな要因になると思っていたのだが、意外だった。

 婚約発表後はリンに対する嫌がらせは無くなった。アカデミーの生徒たちは手のひらを返したようにジュリエットに冷淡な態度を取るようになった。だがそれも因果応報だろう。

 
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