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27オーディションの結果
しおりを挟む『ジュリエット、時間が・・』
和華の声が聞こえたと思うと一瞬暗くなり、わたくしが表に出ていた。
『和華、いませんか? 和華』
呼びかけに和華は答えない。また小説の世界に戻ってしまったのね。お互いの世界に居られるのはちょうど1日程なのだわ。
「はい、結果を発表するよ~」
代表の声がかかり、ざわついていた部室が静かになった。
「オーデョションの結果、ジュリエット役は岸田和華さんに決定しました。岸田さんおめでとう~これからすぐ衣装作成に取り掛かって貰うよ」
サークルメンバーの拍手がわたくしに向けて起こる中、大塚奈美は他のメンバーを押しのけ前に出て、代表に猛抗議し始めた。
「私、納得がいきません。絶対私の方が上手だったわ」
「確かに大塚さんも上手かったよ。でも岸田さんがその上を行ってただけ」
「岸田さんは演技初心者じゃないですか、いきなり主人公役なんて無理に決まってるわ」
「そこはこれからみっちり特訓するから、大塚さんが心配することじゃないよ」
「岸田さんが今回良かったのはたまたまよ! もう1回やらせて下さい。私の方が上手いってみんなに認めさせます」
「そこまで言うならこちらもハッキリ言うけどね、大塚さんは上手く演じてるけどジュリエット向きじゃないんだ。自身の傲慢な性格が演技にも出てる。大塚さんはそうだな・・白雪姫の継母タイプが合ってるんだよね」
大塚奈美は自分に対する的確な指摘にぐうの音も出なかった。初めは怒りで上気していた顔が今は蒼白になっている。
「うわ、代表もはっきり言うなあ」
「代表の家は芸能一家だからね。見る目が養われてるんだよ」
部員達も代表の物言いに驚いている。
「ま、そういう事だから今回は潔く諦めてよ。ジュリエットに向かないだけで、大塚さんの演技力が低い訳じゃないんだから」
「・・分かりました」
代表のフォローに溜飲を下げた大塚奈美はおとなしく結果を受け入れ、その場は丸く収まった。
その帰り道、エッコが合格祝いをしようと食事に誘ってくれた。
「いやあ、大塚奈美を撃退してスッキリしたね! 傲慢な性格って代表に言われた時の顔は見ものだったよ」
「とりあえずホッとしたわ」
「私は脚本担当だから審査にも加わったんだ。まず佐藤さん。彼女も経験者で演技も上手で特に文句の付け所もなかったんだけど、ロミオ役との身長差があり過ぎでさ。ダンスのシーンにも無理があるって意見が多くて」
確かに身長差が30センチ以上あるとロミオが猫背になるわね・・。
「大塚奈美はさっき代表が言ってた通りで、和華はね動きが少しぎこちなかったけど、ジュリエットの初々しいロミオに対する気持ちが表現出来てて良かったって。見た目の相性も良かったし。まぁこれからが大変だと思うけど頑張って。私に出来る事なら、なんでもサポートするから」
和華のその表現は演技ではなくて、藤本先輩に対する素直な自分の気持ちなのかもしれませんわね。そう思うとわたくしは思わず笑みを漏らしてしまった。
数日、バタバタと忙しい日々が続いたある夜だった。
夕食の後に母が白くて丸い物をお皿に山盛りにして緑茶と一緒に供してきた。わたくしはこちらの世界でこの緑茶がとても気に入っている。
「これは何ですか?」
「あらやだ、和華ってば知らなかった? これお月見団子よ」
「母さん、今日は十五夜でも何でもねーぞ」康兄さまがお団子をつまみながら言っている。
「満月だからいいじゃない。今日はスーパームーンだってテレビでやってたし」
わたくしもお団子を頂きながらお茶でひと息ついたが、ふと閃くものがあった。
「ご馳走様でした。康兄さま、ちょっと私の部屋に来てくれますか?」
自室に戻ってすぐわたくしはスマホである事を調べた。
「何やってんだ?」
「和華とわたくしがそれぞれの世界に戻った日を調べたのです。両方ともに半月の日でしたわ!」
「なるほど、偶然と言えばそれまでだが・・そういや本のタイトルに月が入ってたな。半月になると戻って来て、一日経つと帰っちまうのか」
「そうみたいですわ‥それと当たり前ですが、小説ですから作者がいるのですわね?」
「作者か‥そうだな。よし、まずそっち方面を色々調べてみるか」
『月の女神に愛された少女』の作者は橘めぐみという女性だった。出版元にこちらの身分を告げ、演劇サークルの題材にしたいので作者に取材したいと申し入れた。
ところが作者は交通事故にあい入院しているという。
「今はリハビリをしているそうですわ。ですからお見舞いを許可していただきました」
今回は取材という形のお見舞いで、わたくしと藤本先輩が一緒に行くことになった。
橘めぐみは2都市離れた場所にある大きな総合病院に入院していた。事前に取材の約束をしてから向かったので私と藤本先輩はすぐ談話室に案内された。
「ご無理をお願いして申し訳ありません」
「いえいえ全然構いませんよ。入院生活が長引いて退屈していた所でしたし」
30代の後半位だろうか。真面目そうな風貌で、いかにも小説を書きそうな知性的な目が、眼鏡の奥から覗いている。
「ええと、大学の演劇サークルで私の小説をやりたいんですか?」
「はい。『月の女神に愛された少女』を。ですので、この作品について色々お伺いしたいのです」
「どんな事が聞きたいのかしら?」
「この作品は先生の著書の中でも特に人気のある1冊ですけど、特別な思い入れなどはございますか?」
橘先生ははにかみながら言った。
「こんな事を言うのはあれなんですけど、実は『月の女神に愛された少女』は嫌いな作品なんです」
これには藤本先輩も驚いて声を上げた。「そうなんですか?!」
「これ、当初はかなり違うお話だったんですよ。でも今の流行とそぐわないし、ヒットしないと編集者に言われて、大幅に修正したのが今のストーリーで・・当時は自分でも納得して修正したつもりだったんです。でもやっぱり心のどこかで、自分の書きたい物じゃないって思ってたんですね」
「そうだったんですか・・」今度はわたくしの口から先輩と同じセリフがついて出た。
「つい最近までは私もこんな事、意識していなかったんです。でも事故にあって救急車で運ばれている時に『ああ、もう私はここで死んでしまうんだ。こんな事なら編集者を説得して、意地でも自分の書きたいストーリーを貫けば良かった』ってすごく後悔したんです。その時に思い知りました。自分はこの作品が嫌いなんだなって」
「あの、よろしければ当初のストーリーを教えていただけませんでしょうか?」
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