26 / 42
26オーディション
しおりを挟む「あーーっ、オーディション!」
「そうだった。もうすっかり忘れてたよ」先輩までこんなことを言っている。
せっかく自分の世界に帰ってこられたのに、さっそく難題が待ち受けてるなんて。あたしついてなくない? 異世界に行ってて練習出来てないんだよ!
「オーディション? なんだそれ」
「演劇サークルのオーデョションだよ。明日の夕方にあるんだ」
藤本先輩が兄貴に説明しちゃう。あ~バレちゃった。からかわれるから、家族には絶対言わないでおこうと思ってたのに。
「お前演劇サークルなんかに入ってたのか」
「うっ‥うん、まあね。あーでもさ、せっかくジュリエットがいるんだからジュリエットに出て貰えばいいよね」
『それはダメですわ。大塚奈美とは正々堂々と渡り合わなくてはいけません。そんなに長いセリフではありませんから、今からでも暗記できるはずです」
「えええ~そんなあ。ここはやっぱりお上品なジュリエットの方がぁ・・」
「お前何ひとりでしゃべってんだ」
「あ、そっか。康兄ぃ達には聞こえないんだった。ジュリエットがあたしの代わりはやらないって言うんだもん」
「台本はうちにあるから、これから練習しよう和華ちゃん。シーンは舞踏会でダンスをする所からキスの手前まで。短いから大丈夫だよ」
「なにぃ、キスするだあ?」
「しないしない、オーディションではそこまでしないから。練習でもしないよ」
藤本先輩はブンブン手を振って否定している。あれ、待ってよ。それって本番ではキスするってことじゃないの?
あたしは自分の顔がカーッと熱くなるのを感じた。やばい、恥ずかしい、キスシーンがある事をすっかり忘れてた。
『なんだかんだ言っても康兄さまは和華を大事に思っているのですね』
『そんな風に感じた事ないけど・・そうなのかな』
『ふふ、口が悪いだけですわ』
「よし、練習するところも俺が見届けてやる。ほら初めろ」
「ええ~やだよ。康兄ぃは先に帰っててよ」
「演劇は人前で演じるんだぞ。恥ずかしがってちゃ話になんねぇだろ」
「家族はまた別なの。いいから帰って帰って。あ、帰りに炭酸系買っておいてよ。向こうの世界に無くてさ~」
あたしは康兄ぃの背中をぐいぐい押しながら先輩の部屋から追い出した。
「最初に読み合わせをしよう。その後動きを付けてセリフを言う練習。台本をコピーするからちょっと待ってて」
そのままあたしは夕飯も藤本先輩の家でご馳走になり、20時過ぎまで練習したあと家に帰った。
「お母さん、ただいまーっ! ああ~会いたかったよぉ」
「何言ってんの、さっき会ったばっかりでしょ。ほらシーツとカバー乾いたから持ってってよ」
洗濯物を持って自室に戻ると康兄ぃが入って来た。
「ほら炭酸、コーラとかジンジャーエールとか色々だ」
「おお~サンキュー。ゴクゴク‥ぷはーっ! ああ~最高」
「練習は上手く行ったのか?」
「うーん、自分じゃ分かんない。てかさ、お母さん達には言ってないよね? あたしが異世界に行ってる事」
「言ってねーよ、みんな本気にしないだろうし。兄貴には異世界とか、理解すら無理だろうな」
まあ智兄ぃは脳筋だからなぁ。自分の部屋でこうして炭酸飲料なんか飲んでると、あたしだって異世界に行っていた事が夢の様に感じられるわ。
「明日の為にも今日は風呂入って早く寝とけよ。じゃあな、おやすみ」
早く寝とけよって言われても・・あたしは湯船の中でぼんやりとさっきまでの事を考えていた。せっかくこっちの世界に帰って来てるのに、早く寝るのは勿体ない気がする。
それにしてもあたしが読んでいた小説が白紙のページになってるなんて。あれはどこで買った本だったか‥イーオンだな。大学の帰りにイーオンの中にある書店で買ったんだ。ファンタジー映画に出てくるような曰くありげな古書店なんかじゃない、至って普通の書店だわ。
どうしてこんな事になっちゃったのか自分でもさっぱり分からない。
『ジュリエット、居る?』
『居ますわ。どうかしまして?』
『あの後の事を話そうかと思って』
『大体の事は小説で読みましたわ。泥棒に‥マギーに情けをかけたのですね』
『うん。平民の暮らしは酷かったよ、中でもマギーの家はかなり厳しい状況だった。宝石職人のお父さんが貴族の馬車に轢かれて腕を切断したんだって。お父さんの代わりにマギーやお母さんが仕事をしてるんだけど、家族を養えるほどの賃金は得られないみたいでさ』
『お父さまを轢いた貴族は何も補償しなかったのでしょうか?』
『その場で金貨を2、3枚放り投げて「医療費だ」と言ったみたい。馬車から降りても来なかったらしいよ』
『そうですか‥でも和華が行動することでストーリーが変化するなら、他にも出来ることが色々ありそうですわ』
『それは大袈裟だよ・・あ、だめだ。のぼせる』
色々考えなきゃいけない事が沢山あるけど、今日は康兄ぃに言われた通り早く寝よう。
翌日はあたしが表になって大学へ行った。オーディションの事が気になって講義には全然集中できない。
昨日藤本先輩は根気よくあたしの練習に付き合ってくれた。立ち稽古の時は本番さながらにダンスをしながら演技した。先輩の手はあたしが想像してたよりずっと大きくて、見つめ合いながら台詞を言う間中、心臓はどきどきしっぱなしだった。
とうとうオーディションの時間が来てしまった。今日はサークルの部員全員が集まっている。とりあえず台詞は全部覚えた。あとは藤本先輩と練習した通りにやるしかない。
1番手は佐藤さんだ。小柄で可愛らしい雰囲気の先輩。平凡な顔立ちだけどメイクすると別人のように美人に化ける人。この人も高校から演劇をやっていて流石に上手だ。
2番手は大塚奈美。自信満々で、普段と変わらない様子は余裕さえ感じさせる。佐藤さんと比べると動作がオーバーリアクションに見えるけど、舞台だとあれくらいが丁度いいのかもしれない。藤本先輩と並んだ様子もとてもお似合いだと、あたしすら思っちゃう。
やばい、次はあたしだ。このシーンでジュリエットはロミオに自分の気持ちを打ち明ける。藤本先輩の顔を見ながらだもの、自分の気持ちに正直に台詞を言えばいい!
ダンスのパートナーチェンジでロミオとあたしが歩み寄る。ロミオはジュリエットにハンドキスをして、お互いに一礼したあと、ダンスに入る。
「踊ってくださいますか?」
「喜んで」
「良かった、また会えて。知らないでしょうけど、橋の上でお会いしたんです」
「知ってるわ。3日前に川を見つめていらしたわね」
「それは嬉しい! 僕はあれからあなたの事ばかり考えていた。今日ももしかしたらお会いできるかもと思い、ここの門をくぐったのです」
「お世辞が上手いのね。そんな嬉しい言葉、鵜呑みにしてしまいそう」
「笑わないで欲しい。僕はあなたを想い煩って毎朝スズカケの森にでかけていたのです」
「毎朝ですって? すれ違いだわ。わたしもお昼にあの森に」
一瞬動きが止まり、驚きの表情を見せるロミオ。「なんて事だ。ではもう好きな人が?」
「もちろん」
「誰です。そんな幸せなヤツは・・殴ってやりたい!」
「それは無理だわ。とても素敵な人だし・・」ジュリエットはクスクスと笑う。
「あなたを奪ってやりたい! 一体いつからなんです?」
「3日前に、橋の上で」
「なんですって。からかわないで下さい。僕は真剣なんだ」
「私も真剣だわ」
「はい、カット―。このあと審査に入るから適当に時間潰しててね」代表がみんなに声を掛けた。
エッコこと石原栄子が近寄ってきてお茶をくれた。「はい、喉乾いたでしょ。お疲れ様、すっごく良かったよ。正直、和華があそこまで出来るとは思ってなかったよ」
「あたしもそう思う・・」
それが素直な感想だった。貴族らしい立ち居振る舞いも自然に出来ていたと思う。向こうの世界に居た事が少し役に立ったのかな。
突然目の前が真っ暗になった。あれ、停電? と思ったが違う。あの時と同じだ。
『ジュリエット、時間が・・』
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる