ヤンキー、悪役令嬢になる

山口三

文字の大きさ
37 / 42

37判決

しおりを挟む

 ピケット伯爵夫人はお茶会の後に、ジュリエットの控えの間を訪問した所から詳しく説明した。

「私が1人で控えの間に入ると、ジュリエット様は手首に負われた火傷の治療を受けておいででした。そして私の要件が、ぶつかってお茶をこぼしたことの謝罪だと知ると、笑って気にしなくていいとおっしゃいました。それより、アカデミーに私の娘が同期で入学するのをご存じで、友達になれたら嬉しいと微笑んでおっしゃられました」
 
 それから伯爵夫人はロバーツに睨み付ける様な視線を送り、付け加えた。

「後からジュリエット様の侍女に聞いたのですが、着替えの時に火傷の治療を受けなかったのは、包帯をしてお茶会の席に戻れば、せっかくのお茶会で私に心苦しい思いをさせると考えたからだそうでございます。暴言はおろか、私は法外なドレスの賠償金を請求された事も、お茶を掛けられて火傷を負わされた事もございません」

 ピケット伯爵夫人が去るとライオネルはもう一度カイエン・ロバーツを召還した。カイエンは明らかに動揺しており、しきりにゴードンの顔色を窺って何度も振り向いた。

「さてカイエン。君は被告が法外なドレスの賠償金を請求していたとゴードン殿下に話したようだが、わたしなら火傷の慰謝料を請求するね。そちらの方がよほど高額を請求できるからね。それをしなかったのは君がジュリエットの火傷の事を知らなかったからだ。なぜならゴードンにした話は全て君の作り話だったからね。伯爵夫人の侍女から聞いた話だと言ったそうだが、ピケット伯爵夫人は一人で謝罪しに行かれたのだよ」

「そっ、それは・・」

「ミナ・ロバーツは君の従兄だそうだね。パラディ嬢が毒に倒れ、その犯人がジュリエットなら次の王太子妃候補は間違いなくミナだろう。ミナが王太子妃になれば、君を重要なポストに引き上げてくれるとでも言われたかな? それとも毒殺を計画したのはカイエン・ロバーツ、君なのか?」

「違います! 決して私はそんな大それた事は・・あれは全部ミナが考えたんです。私じゃない、私じゃない!」

 カイエンはガタガタと震えながらその場にへたり込んでしまった。

 その様子を見たライオネルは勝ち誇ったように宣言した。

「これで弁論を終わります」


 判決は無罪だった。

 裁判が終わるとすぐミナとカイエンは王立騎士団に拘束され、裁判院から連れ去られた。


 


_____________




「それで、誰なんだ?」

 ここは王宮のゴードンの部屋。執務室でもなければ、書斎でもない全くプライベートなゴードンの居間だ。

 裁判から数日経ったこの日、あたしとライオネル、そしてリンがここに招かれた。

 ゴードンが聞いているのは、マギーが裁判で証言した『さるお方』の事だ。

「正確に言うと俺とジュリエットだな。だが、リンも知っていた。そこで一つ、ゴードンには謝らなければならない事がある」

 ゴードンはどんな反応をするだろう? やっぱり怒るかな・・。

「実はリンが毒に倒れたというのはお芝居だったんだ。ドクターブロナーに協力してもらってたんだよ」
「なっ、なんだって!?」

「ごめんなさい、ゴードン様。本当に・・ごめんなさい。あの吐血はイチゴジャムとトマトピューレを水で薄めた物だったんです」

 リンもゴードンに叱られる覚悟でいるのだろう。ぎゅっと目をつぶって体を固くしている。

「いやリンは悪くないんだよ。俺がどうしてもってお願いしたんだ。ジュリエットもゴードンに協力して貰った方がいいって言ったんだが、俺が、その‥ゴードンは嘘をつくのが下手だからってさ」

 初めは何か言いたそうに口を開いたゴードンが、大きなため息を一つ吐いてソファに背を預けた。

「確かに私は嘘が下手だ。嘘をつくのは良くない事だと認識しているからな」 

「は、はは。まあ嘘も方便って事だよ。リンに毒を飲ませる訳にはいかないが、それじゃあミナをあぶり出せない。ミナの計画が上手く行ったと油断させる必要があったんだ。これはジュリエットすら知らなかった事だ。ジュリエットには、リンはお茶は飲まないという計画だと言ってあったんだ」



 そう。あの、ボートに乗って密談した日。ミナの不審な行動の理由をあたしたちは考察した。

 あたしの思いつく動機は曖昧だったけど、流石はライオネル、この世界の住人だけあってミナの動機に思い当たったのだ。

『王妃の座を巡っての毒殺計画か! うわぁ昔の昼ドラみたいにドロドロしてるのね。まだ寝取った、取られたが無いだけましか・・』

 動機についてのライオネルの憶測を聞いた時、思わずあたしはそう言っちゃったわ。

 動機が判明した所で今度は手段だ。本来はジュリエットが自分のカップに毒を入れる。それを確認したミナが、席替えの時にカップを移動するふりをして、実際には移動せずにまた元に戻したという事になる。だからジュリエットの席に座ったリンがジュリエットの毒入りのお茶を飲んでしまうのだ。

「でもそれじゃあジュリエットが毒を入れたのは自分のカップだと主張したら、ミナはどうするつもりだったのかしら?」

「ミナの言い分は、『ジュリエットに薬を入れて欲しいと頼まれた』だ。ジュリエットが自分のカップに毒を入れる瞬間を誰も見ていなかったとしたら、証拠はない。そうなると動機の有無とどちらの話に信ぴょう性があるか、という話になってくる。ジュリエットの評判を落とすために、リンを虐めているという印象を付ける必要がミナにはあった訳だな」

「それは成功してるわよね。実際にちょっとした嫌がらせをしてたのも事実だし。だけど社交界にまでジュリエットの良くない噂が広まっているのはどうしてなのかしら?」

 小説ではジュリエットの態度が、愛想が無く、かしこまっていると書かれている。そしてこれが冷たい女性と言われる要因になっていた。でもお茶会でのピケット伯爵夫人との出来事は書かれていなかったから、社交界にまでジュリエットをよく思わない風潮が流れているのが、あたしには不思議なのだ。

 それを調査したのがライオネルだ。ライオネルの側近や侍従に噂話を集めさせて、噂の出所をカイエンだと突き止めたのだ。

 カイエンがミナの従兄だと判明すると、もう点と点は繋がった。

 そして泥棒に入った時の身軽さに目を付けて、マギーにミナの尾行を依頼したのだった。マギーはずっとミナの動向を探っていたから、毒物の在処も分かっている。小瓶の中身を無害な薬にすり替えたのもマギーだった。裁判で証人になるにしても、被害を受けた側のリンの侍女だから都合がいい。

 そこで、ミナがよからぬ企みをしているらしいとリンに相談し、リンは一芝居打つことになったという訳だ。リンのお芝居のうまさには正直びっくりしたわ。


「アカデミーで受けた酷い嫌がらせは、全てミナがやらせていたみたいなの。ミナは『ジュリエット様に命令された』と嘘をついていたから、みんなジュリエットさんが悪者だと勘違いしてたのね」

 リンはロザリンとアノンから打ち明けられたらしい。

「物凄い計画的よね。怖いわ~、女って怖いわ~」
「何言ってんだ、自分も女だろう」

 腕をさすって身震いするあたしに、ライオネルが横目をくれた。

「そうなんですけどね」
「ジュリエットさんは本当に楽しい方ですね」
「だな」

 あたし達3人はほがらかに笑い合った。それを見ていたゴードンがちょっとした驚きを交えて言った。

「私の知らぬ間に随分と仲良くなったのだな」

 そして、そろそろお暇おいとましようとしたあたしに声を掛けて来た。

「待ってくれ。少し話をしたいんだが」
 






 

 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、 魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

処理中です...