7 / 52
景子と沙耶
しおりを挟む
私は高野家の養女になったが、どちらかというと使用人のような扱いだった。
高野家は家政婦が一人、通いのお手伝いさんが一人いたが、その通いのお手伝いさんを辞めさせて私にその代わりを務めさせた。お料理は家政婦が、学校から帰ってきた私は家の掃除やら雑用を手伝った。
家政婦の園田さんは気のいい人で私をとても可愛がってくれた。まだ子供だった私が家の雑用、さらには景子の宿題から身支度、学校の準備まで全部やらされている事を知って、少しでも私の負担を軽くしようと努めてくれた。
「沙耶ちゃんはほんとに色んな事が出来るのね」
「うん、お母さんと二人だったから出来る事は自分でやってたの」
「あのね沙耶ちゃん・・こんな事言うとあれだけど、景子さんの宿題とか奥さんのお使いとか少しは断った方がいいんじゃないかしら。いくら養女にしてもらったからって、これじゃ使用人以下の扱いじゃない?」
「景子ちゃんはね私が将来この家を出た時に困らないように沢山勉強したほうがいいから、わたしに宿題をさせてくれてるんだ。お使いもね、ちゃんと出来た時にはお小遣いを貰えるんだよ!」
ちゃんと出来た時、だった。だから色々難癖をつけてほとんどお小遣いは貰えていないのが真実だった。
「それから景子ちゃんのお下がりを貰えるんだ。あんな可愛いお洋服、私は着たことがなかったからすごく嬉しいの!」
これもただ単に景子が新しい服が欲しかっただけの話だ。飽きた服はちょっとシミを付けたり、穴を開けたりして私に下ろし、自分は次から次へと新しい服を買って貰っていた。
高校を卒業すると景子は有名私立大学へ、私はメイクアップアーティストの専門学校へ通うことになった。
景子の両親は私をすぐ働かせようと思っていたから専門学校へ通うことを反対したが、ここで私の味方になったのは他でもない景子だった。
「どうしてお前が沙耶の味方をするんだ、あいつにはこれまで食わせてやった分働いて返して貰わないといけないんだぞ」
「お父さん、私将来女優になりたいのよ。いえ、絶対なるわ! 沙耶には私のマネージャーをやらせるつもりなの。ヘアメイクも全て一人でこなせるマネージャーよ。そうすれば私の取り分が増えるでしょ? マネージャーやヘアメイクを雇う人件費を省けるんだから。長い目で見たらこっちのほうが得なのよ!」
「景子ってホント頭がいいわ! あなた、景子の言う通りじゃない。沙耶もメイクアップアーティストになりたいって言ってるんだから丁度いいわ」
リカ叔母さんとよく似て美人に育った景子は二人にとって自慢の娘だった。敦司叔父さんも遅くに出来た一人娘は可愛くて仕方ないようだ。
「よし、なら専門学校へ通う費用は出そう。だが成人したら高野家の籍からは抜くぞ」
___________
大学時代、ミスキャンパスに選ばれた景子は芸能界にスカウトされてモデルとしてデビューした。
某ビール会社のイメージガールに抜擢され、巷には水着姿の景子のポスターをよく見かける様になった。だから大学でもずっと景子は女王様だった。
「景子さん、今度の日曜に合コンがあるんだけどどう? サークルの先輩がぜひ景子さんに来て欲しいってうるさいんだよね」
「日曜は撮影があるからダメなの。ごめんなさいね」
顔では笑っていたが内心は、たかが公立大学の合コンになんて自分が行くわけがない。安く見られたものだと景子は憤慨していた。
「そっかぁ残念!」 景子と同じ社会学を専攻しているその男は後ろにいる沙耶に目を付けた。
「後ろの人・・景子さんの妹さんだっけ?」
「やだ、違うわよ。うちに住まわせてあげてるだけ。孤児なのよ」
「ふぅ~ん。なんかよく見ると結構可愛いじゃん。景子さんがダメなら君どう?」
「えっ、私が合コンですか?」びっくりしている沙耶に返事する隙を与えず景子が割り込んだ。
「ごめんねぇ、沙耶は私のメイクを担当しているの。だから撮影には沙耶も一緒に行くのよね」
日曜に撮影なんてあったかしら? 私が聞いてないだけ? と沙耶は首を傾げている。
「何の撮影がある・・ぐっ」
景子のヒールが沙耶のつま先を踏んづけた。ちょうど小指の辺りを踏まれて涙が出そうになった沙耶は口をつぐんだ。
「私たちはもう行くわね。またねー」
景子は沙耶の腕を掴んでその場からさっさと立ち去った。
家に帰ってくると景子は沙耶を浴室に連れてきた。
「ねぇ沙耶って顔立ちがハッキリしているから髪型は短い方が似合うと思うの、うんと短いのがね」
そう言いながら景子は沙耶の髪を掴んでバリカンをかけて行った。ジージーという音と共に沙耶の髪がバサバサと床に落ちていく。
「さ、出来たわ。これからはずっとこの長さを保ってね。それからこの眼鏡、これを付けるとぐっとアーティストっぽくなるわ。何事も見た目からだし」
浴室の鏡を覗くとガリ勉だが野球少年と言った体の姿が映っていた。
ショートヘアといった生易しい長さではなくスポーツ刈りというほうが正しいスタイルだ。大きな丸い黒ぶちの眼鏡は伊達だが、人物の印象を全て眼鏡に持っていかれる程のインパクトがあった。
「ね、いいでしょ?」
「えっ、ええ」
沙耶は横を向いたり角度を変えて鏡の中の自分を確かめた。
「あっ! 頭が凄く軽いわ。これなら首も肩こりも解消されるかも! ありがとう、景子」
(ぷっ、おめでたい性格ね。でも私よりあんたが目立つなんて絶対あってはならない事よ。・・よく見たら確かに沙耶は綺麗な顔立ちをしてるわ。今まで気にした事なかったけど、これからは気を付けなきゃね)
無邪気に喜んでいる沙耶を横目で見ながら景子はほくそ笑んだ。
今までは景子のお下がりが沙耶の衣類の全てだった。時には下着まで。だがこの日以降、景子は新しい服を沙耶に買ってくるようになった。
背が高い沙耶はメンズでも着られたから、ほとんどがメンズだった。体の線が出ない大きめのシャツ、地味な色合い、ダボダボのパンツ。撮影現場ではスエットの上下を着せる事もあった。
高野家は家政婦が一人、通いのお手伝いさんが一人いたが、その通いのお手伝いさんを辞めさせて私にその代わりを務めさせた。お料理は家政婦が、学校から帰ってきた私は家の掃除やら雑用を手伝った。
家政婦の園田さんは気のいい人で私をとても可愛がってくれた。まだ子供だった私が家の雑用、さらには景子の宿題から身支度、学校の準備まで全部やらされている事を知って、少しでも私の負担を軽くしようと努めてくれた。
「沙耶ちゃんはほんとに色んな事が出来るのね」
「うん、お母さんと二人だったから出来る事は自分でやってたの」
「あのね沙耶ちゃん・・こんな事言うとあれだけど、景子さんの宿題とか奥さんのお使いとか少しは断った方がいいんじゃないかしら。いくら養女にしてもらったからって、これじゃ使用人以下の扱いじゃない?」
「景子ちゃんはね私が将来この家を出た時に困らないように沢山勉強したほうがいいから、わたしに宿題をさせてくれてるんだ。お使いもね、ちゃんと出来た時にはお小遣いを貰えるんだよ!」
ちゃんと出来た時、だった。だから色々難癖をつけてほとんどお小遣いは貰えていないのが真実だった。
「それから景子ちゃんのお下がりを貰えるんだ。あんな可愛いお洋服、私は着たことがなかったからすごく嬉しいの!」
これもただ単に景子が新しい服が欲しかっただけの話だ。飽きた服はちょっとシミを付けたり、穴を開けたりして私に下ろし、自分は次から次へと新しい服を買って貰っていた。
高校を卒業すると景子は有名私立大学へ、私はメイクアップアーティストの専門学校へ通うことになった。
景子の両親は私をすぐ働かせようと思っていたから専門学校へ通うことを反対したが、ここで私の味方になったのは他でもない景子だった。
「どうしてお前が沙耶の味方をするんだ、あいつにはこれまで食わせてやった分働いて返して貰わないといけないんだぞ」
「お父さん、私将来女優になりたいのよ。いえ、絶対なるわ! 沙耶には私のマネージャーをやらせるつもりなの。ヘアメイクも全て一人でこなせるマネージャーよ。そうすれば私の取り分が増えるでしょ? マネージャーやヘアメイクを雇う人件費を省けるんだから。長い目で見たらこっちのほうが得なのよ!」
「景子ってホント頭がいいわ! あなた、景子の言う通りじゃない。沙耶もメイクアップアーティストになりたいって言ってるんだから丁度いいわ」
リカ叔母さんとよく似て美人に育った景子は二人にとって自慢の娘だった。敦司叔父さんも遅くに出来た一人娘は可愛くて仕方ないようだ。
「よし、なら専門学校へ通う費用は出そう。だが成人したら高野家の籍からは抜くぞ」
___________
大学時代、ミスキャンパスに選ばれた景子は芸能界にスカウトされてモデルとしてデビューした。
某ビール会社のイメージガールに抜擢され、巷には水着姿の景子のポスターをよく見かける様になった。だから大学でもずっと景子は女王様だった。
「景子さん、今度の日曜に合コンがあるんだけどどう? サークルの先輩がぜひ景子さんに来て欲しいってうるさいんだよね」
「日曜は撮影があるからダメなの。ごめんなさいね」
顔では笑っていたが内心は、たかが公立大学の合コンになんて自分が行くわけがない。安く見られたものだと景子は憤慨していた。
「そっかぁ残念!」 景子と同じ社会学を専攻しているその男は後ろにいる沙耶に目を付けた。
「後ろの人・・景子さんの妹さんだっけ?」
「やだ、違うわよ。うちに住まわせてあげてるだけ。孤児なのよ」
「ふぅ~ん。なんかよく見ると結構可愛いじゃん。景子さんがダメなら君どう?」
「えっ、私が合コンですか?」びっくりしている沙耶に返事する隙を与えず景子が割り込んだ。
「ごめんねぇ、沙耶は私のメイクを担当しているの。だから撮影には沙耶も一緒に行くのよね」
日曜に撮影なんてあったかしら? 私が聞いてないだけ? と沙耶は首を傾げている。
「何の撮影がある・・ぐっ」
景子のヒールが沙耶のつま先を踏んづけた。ちょうど小指の辺りを踏まれて涙が出そうになった沙耶は口をつぐんだ。
「私たちはもう行くわね。またねー」
景子は沙耶の腕を掴んでその場からさっさと立ち去った。
家に帰ってくると景子は沙耶を浴室に連れてきた。
「ねぇ沙耶って顔立ちがハッキリしているから髪型は短い方が似合うと思うの、うんと短いのがね」
そう言いながら景子は沙耶の髪を掴んでバリカンをかけて行った。ジージーという音と共に沙耶の髪がバサバサと床に落ちていく。
「さ、出来たわ。これからはずっとこの長さを保ってね。それからこの眼鏡、これを付けるとぐっとアーティストっぽくなるわ。何事も見た目からだし」
浴室の鏡を覗くとガリ勉だが野球少年と言った体の姿が映っていた。
ショートヘアといった生易しい長さではなくスポーツ刈りというほうが正しいスタイルだ。大きな丸い黒ぶちの眼鏡は伊達だが、人物の印象を全て眼鏡に持っていかれる程のインパクトがあった。
「ね、いいでしょ?」
「えっ、ええ」
沙耶は横を向いたり角度を変えて鏡の中の自分を確かめた。
「あっ! 頭が凄く軽いわ。これなら首も肩こりも解消されるかも! ありがとう、景子」
(ぷっ、おめでたい性格ね。でも私よりあんたが目立つなんて絶対あってはならない事よ。・・よく見たら確かに沙耶は綺麗な顔立ちをしてるわ。今まで気にした事なかったけど、これからは気を付けなきゃね)
無邪気に喜んでいる沙耶を横目で見ながら景子はほくそ笑んだ。
今までは景子のお下がりが沙耶の衣類の全てだった。時には下着まで。だがこの日以降、景子は新しい服を沙耶に買ってくるようになった。
背が高い沙耶はメンズでも着られたから、ほとんどがメンズだった。体の線が出ない大きめのシャツ、地味な色合い、ダボダボのパンツ。撮影現場ではスエットの上下を着せる事もあった。
7
あなたにおすすめの小説
【完結】きみは、俺のただひとり ~神様からのギフト~
Mimi
恋愛
若様がお戻りになる……
イングラム伯爵領に住む私設騎士団御抱え治療士デイヴの娘リデルがそれを知ったのは、王都を揺るがす第2王子魅了事件解決から半年経った頃だ。
王位継承権2位を失った第2王子殿下のご友人の栄誉に預かっていた若様のジェレマイアも後継者から外されて、領地に戻されることになったのだ。
リデルとジェレマイアは、幼い頃は交流があったが、彼が王都の貴族学院の入学前に婚約者を得たことで、それは途絶えていた。
次期領主の少年と平民の少女とでは身分が違う。
婚約も破棄となり、約束されていた輝かしい未来も失って。
再び、リデルの前に現れたジェレマイアは……
* 番外編の『最愛から2番目の恋』完結致しました
そちらの方にも、お立ち寄りいただけましたら、幸いです
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした
ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。
なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。
ザル設定のご都合主義です。
最初はほぼ状況説明的文章です・・・
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?
桜
恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
【完結】美人な姉と間違って求婚されまして ~望まれない花嫁が愛されて幸せになるまで~
Rohdea
恋愛
───私は美しい姉と間違って求婚されて花嫁となりました。
美しく華やかな姉の影となり、誰からも愛されずに生きて来た伯爵令嬢のルチア。
そんなルチアの元に、社交界でも話題の次期公爵、ユリウスから求婚の手紙が届く。
それは、これまで用意された縁談が全て流れてしまっていた“ルチア”に届いた初めての求婚の手紙だった!
更に相手は超大物!
この機会を逃してなるものかと父親は結婚を即快諾し、あれよあれよとルチアは彼の元に嫁ぐ事に。
しかし……
「……君は誰だ?」
嫁ぎ先で初めて顔を合わせたユリウスに開口一番にそう言われてしまったルチア。
旦那様となったユリウスが結婚相手に望んでいたのは、
実はルチアではなく美しくも華やかな姉……リデルだった───
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる