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五瀬家
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かおると涼は予定通り1週間後に日本に帰国した。
「父さん、戻りました。具合はどうですか?」
離れに住まいを移した父親に帰国の挨拶をしに行った馨は、ベガスでの結婚証明書を入れた封筒を手にしていた。
母屋は洋館で明治に入ってから建築された建物だが、この父が隠居した住まいは江戸時代からある数寄屋風書院造りの家で、関東大震災にも耐え、第2次世界大戦の戦火からも逃れ江戸時代の貴重な建築様式を保っている。
ただ、昔の造りなために天井が低い。一部の部屋に入る時、身長が190以上ある馨は屈まなければないけなかった。
「帰ったか。商談は上手く行ったのか?」
「ええ、全く問題はないですね。テレビ局の方は金額も想定内でまとめる事が出来ました。相手側は値段をつり上げられたと喜んでいるでしょうね」
「そうか。よくやった」
「それで・・体調はどうなんですか?」
「何も変わらんよ、心配するな。そうそうすぐ死ぬことはない。それよりお前の縁談だ」
「それなんですが、向こうで結婚しました」
「な、なに?!」
「これがその結婚証明書です。同居する予定なので近いうちにご挨拶に伺います。それと・・父さんも早く休んで下さい、遅くまで新聞を読むのは良くないですよ」
今は会長となって一線を退いた後も五瀬義久は何部もの新聞を毎日欠かさず読んでいた。沢山の五瀬グループの会社の動向をチェックするのも怠らない。社長をしていた時の秘書もそのまま同じ仕事をしている。
馨が出て行くと義久はニヤリと笑って呟いた。「とうとう結婚しおったか」
______
「会長への報告はどうでしたか?」母屋の玄関で帰り支度をしていた涼が尋ねた。
「驚いていたよ、細かい説明は省いたが。これから帰るのか?」
「ええ、明日はやることが山積みでしょうから。では失礼致します」
二人きりの時以外、涼は秘書としての立場をきちんとわきまえていた。外国帰りなどで遅くなった時はよく母屋に泊まっていたが今日は帰るらしい。
馨は少し何か食べようと食堂に行くと結花が一人、テーブルについてアイスクリームを食べていた。
「結花ちょうど良かった、ベガスのお土産を買ってきたぞ」
「おかえり。そこ置いといて」
結花は馨の方を見もせず、スマホをいじりながらスプーンを口に運んでいた。
「これBaisinwhiteってブランドのバスグッズなんだ。いいらしいぞ」
「・・うん」
「アイスクリームか、いいな。俺も食べるかな」
そう言ってから一呼吸置いたが、予想通り結花はアイスを持ってきてくれそうにはなかった。仕方なく馨はキッチンへ向かった。
アイスと水のボトルを持って戻ると結花はもういなくなっていた。だがお土産もちゃんとテーブルの上から消えていた。
結花は後妻と父の間に生まれた子だ。気が強く支配的な母親に抑圧されて育ったせいか自分に自信がなく、人前に出るとおどおどして委縮してしまうタイプだった。
小さな子供の頃は馨によく懐いていたが最近は今の様に素っ気ない態度になってしまった。年頃の女の子だから仕方ないのかもしれないと、馨は半ば諦めていた。
結花が中3の時に母親は事故で亡くなったが、結花はあまり悲しんでいる様には見えなかった。むしろほっとしているように見えたのは気のせいではないはずだ。
そしてそれは馨も同じだった。
__________
翌日出社すると涼が馨を待ち構えていた。
「1週間ぶりですから仕事が溜まっていますよ。それから例の件、如何いたしますか? 石井さんにはいつ連絡を入れたらいいでしょうか」
社長室にお茶を運んだ秘書の女性が出て行った。
「早めに話をした方がいいな。少し話を作らないといけないしな」
「部屋はどうするんです? 恋愛結婚なのに別々の部屋で寝るんですか? それと結花さんには話しましたか? いきなり連れて行ったら気を悪くするかもしれませんよ」
涼はスラスラと問題点を挙げて行く。
「結花にはまだ話してない。今日帰ったらすぐ話すよ。それと部屋か・・それは考えてなかったな。俺の寝室にベッドをふたつ置くのはどうだ?」
「まあそれなら何とか恰好はつきますね。ベッドの手配は今日中に済ませます。奥様の自室として隣の部屋に家具やら必要な物を準備します。一応ですが石井沙耶について調べておきました」
「流石手回しがいいな。何か問題があったか?」
「いえ、問題と言うほどの物は見つかりませんでした。彼女は小5の時に母を亡くし天涯孤独の身になっています。母親が働いていた工場の社長が高野敦司で、高野景子の父親です。この人物の好意で養女にとられ、高校卒業後メイクアップアーティストの専門学校に通い、卒業。大学在学中にスカウトされた高野景子の付き人、マネージャー、ヘアメイク全般を手掛けています。男性との目立った交際は見られませんでした。品行方正で学業も優秀だったようです」
「天涯孤独か。そんな風には見えなかったな。父方や母方の親類もいなかったのか?」
「そうですね。父親は誰か分かっておりません。今は高野家から籍は抜いていますが、その戸籍に父親の記載がありません。母親は1人っ子。母親の両親も共に1人っ子同士の結婚でその両親(石井さんにとっては祖父母)も早くに死んでおり親類が見つかりませんでした。それゆえか、高野家には恩を感じて景子によく尽くしてると言った評判が聞こえてきました」
「なるほどな・・では明日か明後日ここに来てもらえるように手配してくれ」
「父さん、戻りました。具合はどうですか?」
離れに住まいを移した父親に帰国の挨拶をしに行った馨は、ベガスでの結婚証明書を入れた封筒を手にしていた。
母屋は洋館で明治に入ってから建築された建物だが、この父が隠居した住まいは江戸時代からある数寄屋風書院造りの家で、関東大震災にも耐え、第2次世界大戦の戦火からも逃れ江戸時代の貴重な建築様式を保っている。
ただ、昔の造りなために天井が低い。一部の部屋に入る時、身長が190以上ある馨は屈まなければないけなかった。
「帰ったか。商談は上手く行ったのか?」
「ええ、全く問題はないですね。テレビ局の方は金額も想定内でまとめる事が出来ました。相手側は値段をつり上げられたと喜んでいるでしょうね」
「そうか。よくやった」
「それで・・体調はどうなんですか?」
「何も変わらんよ、心配するな。そうそうすぐ死ぬことはない。それよりお前の縁談だ」
「それなんですが、向こうで結婚しました」
「な、なに?!」
「これがその結婚証明書です。同居する予定なので近いうちにご挨拶に伺います。それと・・父さんも早く休んで下さい、遅くまで新聞を読むのは良くないですよ」
今は会長となって一線を退いた後も五瀬義久は何部もの新聞を毎日欠かさず読んでいた。沢山の五瀬グループの会社の動向をチェックするのも怠らない。社長をしていた時の秘書もそのまま同じ仕事をしている。
馨が出て行くと義久はニヤリと笑って呟いた。「とうとう結婚しおったか」
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「会長への報告はどうでしたか?」母屋の玄関で帰り支度をしていた涼が尋ねた。
「驚いていたよ、細かい説明は省いたが。これから帰るのか?」
「ええ、明日はやることが山積みでしょうから。では失礼致します」
二人きりの時以外、涼は秘書としての立場をきちんとわきまえていた。外国帰りなどで遅くなった時はよく母屋に泊まっていたが今日は帰るらしい。
馨は少し何か食べようと食堂に行くと結花が一人、テーブルについてアイスクリームを食べていた。
「結花ちょうど良かった、ベガスのお土産を買ってきたぞ」
「おかえり。そこ置いといて」
結花は馨の方を見もせず、スマホをいじりながらスプーンを口に運んでいた。
「これBaisinwhiteってブランドのバスグッズなんだ。いいらしいぞ」
「・・うん」
「アイスクリームか、いいな。俺も食べるかな」
そう言ってから一呼吸置いたが、予想通り結花はアイスを持ってきてくれそうにはなかった。仕方なく馨はキッチンへ向かった。
アイスと水のボトルを持って戻ると結花はもういなくなっていた。だがお土産もちゃんとテーブルの上から消えていた。
結花は後妻と父の間に生まれた子だ。気が強く支配的な母親に抑圧されて育ったせいか自分に自信がなく、人前に出るとおどおどして委縮してしまうタイプだった。
小さな子供の頃は馨によく懐いていたが最近は今の様に素っ気ない態度になってしまった。年頃の女の子だから仕方ないのかもしれないと、馨は半ば諦めていた。
結花が中3の時に母親は事故で亡くなったが、結花はあまり悲しんでいる様には見えなかった。むしろほっとしているように見えたのは気のせいではないはずだ。
そしてそれは馨も同じだった。
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翌日出社すると涼が馨を待ち構えていた。
「1週間ぶりですから仕事が溜まっていますよ。それから例の件、如何いたしますか? 石井さんにはいつ連絡を入れたらいいでしょうか」
社長室にお茶を運んだ秘書の女性が出て行った。
「早めに話をした方がいいな。少し話を作らないといけないしな」
「部屋はどうするんです? 恋愛結婚なのに別々の部屋で寝るんですか? それと結花さんには話しましたか? いきなり連れて行ったら気を悪くするかもしれませんよ」
涼はスラスラと問題点を挙げて行く。
「結花にはまだ話してない。今日帰ったらすぐ話すよ。それと部屋か・・それは考えてなかったな。俺の寝室にベッドをふたつ置くのはどうだ?」
「まあそれなら何とか恰好はつきますね。ベッドの手配は今日中に済ませます。奥様の自室として隣の部屋に家具やら必要な物を準備します。一応ですが石井沙耶について調べておきました」
「流石手回しがいいな。何か問題があったか?」
「いえ、問題と言うほどの物は見つかりませんでした。彼女は小5の時に母を亡くし天涯孤独の身になっています。母親が働いていた工場の社長が高野敦司で、高野景子の父親です。この人物の好意で養女にとられ、高校卒業後メイクアップアーティストの専門学校に通い、卒業。大学在学中にスカウトされた高野景子の付き人、マネージャー、ヘアメイク全般を手掛けています。男性との目立った交際は見られませんでした。品行方正で学業も優秀だったようです」
「天涯孤独か。そんな風には見えなかったな。父方や母方の親類もいなかったのか?」
「そうですね。父親は誰か分かっておりません。今は高野家から籍は抜いていますが、その戸籍に父親の記載がありません。母親は1人っ子。母親の両親も共に1人っ子同士の結婚でその両親(石井さんにとっては祖父母)も早くに死んでおり親類が見つかりませんでした。それゆえか、高野家には恩を感じて景子によく尽くしてると言った評判が聞こえてきました」
「なるほどな・・では明日か明後日ここに来てもらえるように手配してくれ」
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