男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三

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銀座デート

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 かおるが沙耶を連れてきたのは銀座の蕎麦屋、少し奥まって分かりにくい場所だったが有名な店だった。
 個室に通され、少しすると料理が運ばれてきた。

「ランチで予約したんだが、足りなければ好きな物を頼んでくれ」
「はい。あの、かおるさんはお蕎麦で良かったですか? わたし自分が食べたいものを言ってしまいましたけど・・」
「俺も蕎麦は好きだから大丈夫だ」

 そばを食べながら二人は蕎麦談議に花を咲かせた。馨が蕎麦好きなのは間違いないようで、蕎麦に対する馨の話ぶりからよく分かった。

「ごま蕎麦のツルツルした食感もいいですよね」
「うん、ごま蕎麦の食感はいいな。ただ蕎麦の香りがごまに負けてしまうからな。蕎麦の香りを損なわないような量のごまを混ぜ込むのは相当な技術がいるな。以前食べたごま蕎麦は・・」

(彼女の前だとついつい色んな話をしてしまう。今日はおしゃれしてメイクもして女性らしい外見なのに、全く嫌な気分にならないな。彼女と一緒にいて動悸が起きた事もない・・)

 食後は腹ごなしに歩いて宝飾店まで向かった。5、6分で目的のハリーウィンストンに着いた。

「ダイヤを買うならここがいいだろうと涼に勧められた」

 馨はそう言って、中に入った。アポイントメントを取ってあったらしく奥の部屋へ通された。
 いかにも高級そうな店に沙耶は気後れしたが、馨は優しく微笑みかけて「緊張しなくてもいい」と沙耶に囁いた。

 アドバイザーが色々なデザインを見せてくれ、デザインが決まると次に石の大きさを選んだ。
 結婚指輪の他に、エンゲージリングも買うためだ。

「2カラットのシェイプダイヤですとこれくらいになります」

 サンプルとしてアドバイザーが持って来たリングを指にはめた沙耶は目をしばたいた。

「お、大きいですね。なんだか私が付けると偽物みたいです」
「はははっ、偽物か。そんな事はないと思うぞ、とてもよく似合ってる」

「どうせならもっと大きい石にしてみるか?」
「いえいえいえ、私はこの位がいいと思います!」
「このエンゲージリングに合わせてブライダルリングを選ぼうか。どれがいい?」

 沙耶はシンプルなプラチナのリングを選んだ。そのデザインのサンプルリングを合わせてみたが、シンプルすぎるようで少し違和感が出てしまった。

「ダイヤ入りのこちらか、もう少し重量感のあるこちらがいいかもしれません」

 アドバイザーの勧めは確かで、結局沙耶もダイヤ入りのブライダルリングに決めた。

「ブライダルリングはすぐお渡しすることが可能でございます。エンゲージリングの方は少々お時間を頂きますがよろしいでしょうか?」

 エンゲージリングは後日受け取りに来ることにして二人はハリーウィンストンを後にした。
 外に出ると既に17時近かった。指輪選びは思ったより時間がかかってしまったようだった。

「ちょっと待っててくれ、涼にこのまま帰宅すると連絡するよ」

「涼か、今ハリーウィンストンを出た所だ。今日はこのまま帰宅するぞ」
『えっ、戻ってこないんですか? うーん、この案件どうしようかな・・』

「どうとでもなるだろ、じゃあな」
『あっ、かお・・プツッ』

「これでよし、と。夕食にはまだ早いな、どこか行きたい所は無いか?」
「さっきは私のリクエストで蕎麦屋に連れて行って貰ったので今度は馨さんが行きたい所へ行きませんか?」

「俺が行きたい所か・・国立映画アーカイブに行ってもいいか? あまり時間がないからゆっくり見られないが」
「あっいいですね! そこは私も興味があったんです」

 閉園時間の18時半ぎりぎりまで映画アーカイブを満喫した馨たちは夕食を取るため、イタリアンレストランを訪れていた。

「こういうお店は予約がないと入れないと思ってました」
「本当は・・な。支配人にちょっと無理を言って入れて貰ったんだ。ここにはよく来るから融通がきく」

「あ、家に連絡を入れないと。もう夕食作ってしまったかしら・・」
「大丈夫、アーカイブへ行く前に連絡しておいた」
「流石です・・」

 馨の好みを熟知しているらしく、オーダーをしなくても料理が次々と運ばれてきた。

「馨さんはイタリアンがお好きなんですね。ベラージオでもお昼がイタリアンだった気が」
「そうだな、子供の頃母が良くパスタを作ってくれたからかな・・」

「あの・・お母様は・・」
「俺が7歳の時に病気で亡くなった。結花は後妻の子なんだ」

 結花の母親もつい2年前に亡くなったと聞いていた沙耶は、馨と結花の兄妹に同情の念を禁じえなかった。同情だけではない、両親を亡くした自分と近しいものを感じていた。

「小さい頃にお母様を亡くされるなんて・・お寂しかったでしょうね」
「君のほうこそ両親を。俺には父がいたからまだ・・」

 二人共次の言葉が出てこなかった。しんみりとした空気が流れる。

「やめよう! せっかくの食事が台無しになる。仕事の方はどうだ? あのディレクターは気難しいから大変だろう?」
「そうなんです! とても細かい方で・・・」

 表情をコロコロと変えながら話す沙耶を馨は楽しそうに見つめていた。
 デザートが出てきた時、馨は思い出して結婚指輪を取り出した。

「付けて帰ろう」そう言って沙耶の左手を取り薬指にプラチナのリングをそっとはめた。
「うん、いいな。俺のは君がはめてくれるか?」

 馨に差し出された箱を開ける沙耶の顔は上気していた。

(顔が熱いのも心臓の鼓動が早いのも、きっとワインのせいよ・・)

 馨に指輪をはめる沙耶の手は少し震えていた。


________



 帰りのタクシーの中で沙耶はうつらうつらし始めた。話が弾み、料理も美味しくて、ついついワインを飲み過ぎてしまったのだ。

 隣で舟をこぎはじめた沙耶の肩を馨はそっと自分の方へ引き寄せた。沙耶の頭が自分の肩に乗っても馨は平気だった。むしろ、安らかな寝息と沙耶の体温を心地よく感じている自分がいるのだった。
 
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