30 / 52
普通の夫婦
しおりを挟む
次の週の女性週刊誌に高野景子の密会写真が載った記事が出た。
結花は兄から記事を鵜呑みにするなと言われていた。だがこの記事には写真が付いている。ホテルの一室から出てくる景子の写真、もう1枚はその部屋から顔を出した馨とドアの前に立つ景子。どう見てもホテルで会っていたとしか思えない写真だ。
朝食の席で週刊誌を開きながら結花は詰め寄った。
「兄さん、これ何なの?」
「結花、記事を信じるなって言っただろ」
「でもこの写真!」
「部屋で少し話をしただけだ。ものの15分も一緒にいなかったよ」
「沙耶さんは知ってるの?」
「ちゃんと話したさ。彼女も疑ってない」
そこへ当の沙耶が入って来た。
「どうしたの? そんな深刻そうな顔をして」
「だって・・あんな記事が」
「結花は高野景子と俺の事を疑ってるらしい」
「大丈夫よ結花ちゃん。私はそんな事ないって分かってるから」
沙耶の笑顔を見て、結花はひとまず頷いた。(でも沙耶さんは兄さんを庇っているのかもしれない。兄さんを疑いたくないけど・・)
結花は自分の部屋へ戻る振りをしてそっと2階の踊り場から出掛ける兄の動向を見張った。食堂から馨が先に出て、すぐ沙耶も見送りに出てきた。
沙耶はまた『行ってらっしゃい』を復活させようと馨の頬にキスしようとした。すると「今日からはこっち」と、沙耶を抱き寄せると馨の方から沙耶の唇に口づけた。
沙耶は恥ずかしそうにしながらも「あ・・はい、明日からはそうします」と返事している。
(なぁんだ、普通のラブラブ夫婦じゃない。心配して損した。だけど兄さんってあんなデレデレだったんだ。ちょっと意外、ちょっと面白い)
クククッと忍び笑いをしながら、安心した結花はまた階下に降りて来た。今日は学校は休みだ、外には記者が張ってるから映画館には行けないけど沙耶さんと一緒にお家でロードショーだ!
「沙耶さん、今日はどの映画見る?」
_______
景子から沙耶へ連絡があったのはそれから2、3日後だった。大事な話があるから○○橋まで来て欲しいとの呼び出しだった。
11月の初めだが夕刻のこの時間は気温も下がり土手には人通りがほとんど無かった。
シンプルだが上質なコートを着込んだ沙耶が景子の待つ橋の近くの土手へやって来た。
「時間通りね」景子は沙耶をジロっと上から下まで睨み付けた。――高そうなコートね、髪も随分伸びて綺麗になってる・・なんて生意気なのかしら。
「どうしたの景子、こんな所に呼び出して。大事な話って何?」
「沙耶、五瀬馨と別れなさい」
「えっ、いきなり何言うの、そんな事・・」
「週刊誌にも報道されてるけど馨さんの本命は私なの、沙耶は邪魔なのよ」
来た時は困惑した表情だった沙耶も景子の発言に真顔になった。
「私・・そんなの信じないわ」
「写真見てないの? 馨さんの家であんたがお茶を淹れてる間、庭で馨さんは私を抱きしめてくれたのよ」
「それは転んだ拍子にそうなっただけだって聞いたわ」
「博多では? 用事もないのに私とホテルの部屋で会ってたっていうの? ふふ、バカね。あの日私と馨さんは結ばれたのよ」
「うそ! 馨さんはこの契約が終わっても景子とは結婚しないって言ってたわ!」
言ってしまってから沙耶はあっ、という顔をした。
(契約? 契約が終わっても私とは結婚しない・・って・・まさか契約結婚だったの? 降って湧いた様な結婚話だと思っていたけど、そういう事だったのね・・ふふふ、なるほどねぇ)
景子は急に勝ち誇った態度になった。
「気が変わったみたいよ。私は契約期間の話は聞いてないけど、彼は期間満了の前にあんたとの契約を解除して私と結婚するって言ってくれたわ」
さも元から契約結婚の話を知っていたかのように話す景子の態度に、沙耶は不安が押し寄せるのを感じて動揺した。
「そ、そんなの・・」
「私の出まかせだって言うの? 考えてもごご覧なさいよ、なんの取り柄もない沙耶なんかより私の方を彼が好きになるのは当たり前でしょ? 契約結婚なんて誰でも良かったのよ、本命の私が現れた今はあんたなんて用済みなの」
沙耶の自分は馨にとって特別な存在だという自信が揺らぎ始めた。景子が言っている事はもっともな気がしてきた。
(美人で華やかで人気女優の景子。それに比べて私は・・私にはなんの取り柄があるだろう? 馨さんと別れたらまた私は一人ぼっちになってしまう。高野家の人達は家族なんかじゃなかった。五瀬家に来てそれがよく分かったわ。私に本当によくしてくれるお義父さまや可愛い結花ちゃんと離れたくない・・馨さんを景子に渡したくない!)
沙耶は今はっきりと自分のこの気持ちが何か理解できた。(私は馨さんを愛してるんだ。契約だと分かっていたけれど私は馨さんを愛してしまったんだ)
自分の気持ちに気づいた沙耶は冷静さを取り戻した。
「景子、私はやっぱり馨さんを信じるわ。私は特別だって彼は言ってくれたの。景子のおかげで私も自分の気持ちに気づけたわ。私も馨さんが好きなの、帰ったらこの気持ちをきちんと彼に伝えるわ」
「なっ、これだけ言っても分からないの?!」
「ごめんね景子、私、馨さんだけは譲りたくない」
今までに見た事の無い様な強い沙耶がそこに居た。バカでお人好しで、何でも自分の言う事を聴いて来た沙耶が今は別人に見える。
「いいから私の言う事を聞きなさいよっ!」
沙耶のくせに、生意気なっ! カッとなった景子が沙耶の腕を強く引っ張ると沙耶の手からバッグが吹っ飛んだ。
バッグを拾おうと沙耶は景子に背を向けて屈んだ。
(このまま帰すもんですか!)景子はその沙耶の背中を両手で力いっぱい突き飛ばした・・。
結花は兄から記事を鵜呑みにするなと言われていた。だがこの記事には写真が付いている。ホテルの一室から出てくる景子の写真、もう1枚はその部屋から顔を出した馨とドアの前に立つ景子。どう見てもホテルで会っていたとしか思えない写真だ。
朝食の席で週刊誌を開きながら結花は詰め寄った。
「兄さん、これ何なの?」
「結花、記事を信じるなって言っただろ」
「でもこの写真!」
「部屋で少し話をしただけだ。ものの15分も一緒にいなかったよ」
「沙耶さんは知ってるの?」
「ちゃんと話したさ。彼女も疑ってない」
そこへ当の沙耶が入って来た。
「どうしたの? そんな深刻そうな顔をして」
「だって・・あんな記事が」
「結花は高野景子と俺の事を疑ってるらしい」
「大丈夫よ結花ちゃん。私はそんな事ないって分かってるから」
沙耶の笑顔を見て、結花はひとまず頷いた。(でも沙耶さんは兄さんを庇っているのかもしれない。兄さんを疑いたくないけど・・)
結花は自分の部屋へ戻る振りをしてそっと2階の踊り場から出掛ける兄の動向を見張った。食堂から馨が先に出て、すぐ沙耶も見送りに出てきた。
沙耶はまた『行ってらっしゃい』を復活させようと馨の頬にキスしようとした。すると「今日からはこっち」と、沙耶を抱き寄せると馨の方から沙耶の唇に口づけた。
沙耶は恥ずかしそうにしながらも「あ・・はい、明日からはそうします」と返事している。
(なぁんだ、普通のラブラブ夫婦じゃない。心配して損した。だけど兄さんってあんなデレデレだったんだ。ちょっと意外、ちょっと面白い)
クククッと忍び笑いをしながら、安心した結花はまた階下に降りて来た。今日は学校は休みだ、外には記者が張ってるから映画館には行けないけど沙耶さんと一緒にお家でロードショーだ!
「沙耶さん、今日はどの映画見る?」
_______
景子から沙耶へ連絡があったのはそれから2、3日後だった。大事な話があるから○○橋まで来て欲しいとの呼び出しだった。
11月の初めだが夕刻のこの時間は気温も下がり土手には人通りがほとんど無かった。
シンプルだが上質なコートを着込んだ沙耶が景子の待つ橋の近くの土手へやって来た。
「時間通りね」景子は沙耶をジロっと上から下まで睨み付けた。――高そうなコートね、髪も随分伸びて綺麗になってる・・なんて生意気なのかしら。
「どうしたの景子、こんな所に呼び出して。大事な話って何?」
「沙耶、五瀬馨と別れなさい」
「えっ、いきなり何言うの、そんな事・・」
「週刊誌にも報道されてるけど馨さんの本命は私なの、沙耶は邪魔なのよ」
来た時は困惑した表情だった沙耶も景子の発言に真顔になった。
「私・・そんなの信じないわ」
「写真見てないの? 馨さんの家であんたがお茶を淹れてる間、庭で馨さんは私を抱きしめてくれたのよ」
「それは転んだ拍子にそうなっただけだって聞いたわ」
「博多では? 用事もないのに私とホテルの部屋で会ってたっていうの? ふふ、バカね。あの日私と馨さんは結ばれたのよ」
「うそ! 馨さんはこの契約が終わっても景子とは結婚しないって言ってたわ!」
言ってしまってから沙耶はあっ、という顔をした。
(契約? 契約が終わっても私とは結婚しない・・って・・まさか契約結婚だったの? 降って湧いた様な結婚話だと思っていたけど、そういう事だったのね・・ふふふ、なるほどねぇ)
景子は急に勝ち誇った態度になった。
「気が変わったみたいよ。私は契約期間の話は聞いてないけど、彼は期間満了の前にあんたとの契約を解除して私と結婚するって言ってくれたわ」
さも元から契約結婚の話を知っていたかのように話す景子の態度に、沙耶は不安が押し寄せるのを感じて動揺した。
「そ、そんなの・・」
「私の出まかせだって言うの? 考えてもごご覧なさいよ、なんの取り柄もない沙耶なんかより私の方を彼が好きになるのは当たり前でしょ? 契約結婚なんて誰でも良かったのよ、本命の私が現れた今はあんたなんて用済みなの」
沙耶の自分は馨にとって特別な存在だという自信が揺らぎ始めた。景子が言っている事はもっともな気がしてきた。
(美人で華やかで人気女優の景子。それに比べて私は・・私にはなんの取り柄があるだろう? 馨さんと別れたらまた私は一人ぼっちになってしまう。高野家の人達は家族なんかじゃなかった。五瀬家に来てそれがよく分かったわ。私に本当によくしてくれるお義父さまや可愛い結花ちゃんと離れたくない・・馨さんを景子に渡したくない!)
沙耶は今はっきりと自分のこの気持ちが何か理解できた。(私は馨さんを愛してるんだ。契約だと分かっていたけれど私は馨さんを愛してしまったんだ)
自分の気持ちに気づいた沙耶は冷静さを取り戻した。
「景子、私はやっぱり馨さんを信じるわ。私は特別だって彼は言ってくれたの。景子のおかげで私も自分の気持ちに気づけたわ。私も馨さんが好きなの、帰ったらこの気持ちをきちんと彼に伝えるわ」
「なっ、これだけ言っても分からないの?!」
「ごめんね景子、私、馨さんだけは譲りたくない」
今までに見た事の無い様な強い沙耶がそこに居た。バカでお人好しで、何でも自分の言う事を聴いて来た沙耶が今は別人に見える。
「いいから私の言う事を聞きなさいよっ!」
沙耶のくせに、生意気なっ! カッとなった景子が沙耶の腕を強く引っ張ると沙耶の手からバッグが吹っ飛んだ。
バッグを拾おうと沙耶は景子に背を向けて屈んだ。
(このまま帰すもんですか!)景子はその沙耶の背中を両手で力いっぱい突き飛ばした・・。
4
あなたにおすすめの小説
【完結】きみは、俺のただひとり ~神様からのギフト~
Mimi
恋愛
若様がお戻りになる……
イングラム伯爵領に住む私設騎士団御抱え治療士デイヴの娘リデルがそれを知ったのは、王都を揺るがす第2王子魅了事件解決から半年経った頃だ。
王位継承権2位を失った第2王子殿下のご友人の栄誉に預かっていた若様のジェレマイアも後継者から外されて、領地に戻されることになったのだ。
リデルとジェレマイアは、幼い頃は交流があったが、彼が王都の貴族学院の入学前に婚約者を得たことで、それは途絶えていた。
次期領主の少年と平民の少女とでは身分が違う。
婚約も破棄となり、約束されていた輝かしい未来も失って。
再び、リデルの前に現れたジェレマイアは……
* 番外編の『最愛から2番目の恋』完結致しました
そちらの方にも、お立ち寄りいただけましたら、幸いです
逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした
ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。
なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。
ザル設定のご都合主義です。
最初はほぼ状況説明的文章です・・・
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?
桜
恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~
吉武 止少
恋愛
ソフィアは小さい頃から孤独な生活を送ってきた。どれほど努力をしても妹ばかりが溺愛され、ないがしろにされる毎日。
ある日「修道院に入れ」と言われたソフィアはついに我慢の限界を迎え、実家を逃げ出す決意を固める。
幼い頃から精霊に愛されてきたソフィアは、祖母のような“精霊の御子”として監視下に置かれないよう身許を隠して王都へ向かう。
仕事を探す中で彼女が出会ったのは、卓越した剣技と鋭利な美貌によって『魔王』と恐れられる第二王子エルネストだった。
精霊に悪戯される体質のエルネストはそれが原因の不調に苦しんでいた。見かねたソフィアは自分がやったとバレないようこっそり精霊を追い払ってあげる。
ソフィアの正体に違和感を覚えたエルネストは監視の意味もかねて彼女に仕事を持ち掛ける。
侍女として雇われると思っていたのに、エルネストが意中の女性を射止めるための『練習相手』にされてしまう。
当て馬扱いかと思っていたが、恋人ごっこをしていくうちにお互いの距離がどんどん縮まっていってーー!?
本編は全42話。執筆を終えており、投稿予約も済ませています。完結保証。
+番外編があります。
11/17 HOTランキング女性向け第2位達成。
11/18~20 HOTランキング女性向け第1位達成。応援ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる