世界でひとつ、君の歌声〜命を諦めた彼と、夢を賭けた私の再生譚〜

山口三

文字の大きさ
8 / 36

8 歌声

しおりを挟む
「呼んでるって言われたんですけど、ご用でしょうか?」
「あるある、大有り」

 モニターがいっぱい! 事務所に初めて入る舞子の第一印象はそれだった。だけど佐々木さんが何の用だろう?

「舞さ、なんかクリスマスソング歌えない?」
「きよしこの夜とかですか?」

「いやいやそんなんじゃなくてさ、もっとポップで、尚且つみんなが知ってるやつ」

 この切羽詰まった時にどいつもこいつも能天気な返事しやがって。佐々木はイライラをなんとか抑えようと電子タバコに手を伸ばしながら、舞子を急かした。

「キャリー・アライアのクリスマスソングなら……」
「おお、そういうの! それステージで歌って」

「ええっ、ショーの時にって事ですか?」
「そうそう、ルナ来られないんだって。んじゃ頼んだよ」

 そう言うと、佐々木は舞子を事務所からさっさと追い出した。あいつもここに来て三ヵ月だ、がむしゃらな奴は辞めない。そのうち何とか慣れてくる。慣れさえすればこっちのもんだ。

「ま、なんとかなるだろ」



 超ミニスカートの赤いサンタ服を着た女の子たちが、ダンスを終えてステージから下りて行く。照明が一旦消えて、スポットライトがステージの真ん中を切り抜いた。と、キャリー・アライアのクリスマス定番ソングのイントロが流れ、ポップなリズムに合わせて緑と赤のライトがステージで踊る、べたな演出が始まった。

 頭にサンタ帽を乗せた舞子がマイクに向かう。英語の発音もいい、かなりアップテンポな曲で難しい節回しも多いが、舞子は難なく歌ってのける。難しい曲を簡単に歌っているように聞かせるのは、相当な実力がある証拠だ。

 後半はダンスの女の子たちがもう一度ステージに上がって、タンバリンを叩きながらノリノリで歌を盛り上げる。舞子は初めてステージに立ったとは思えない程、堂々としていてプロの様だ。そこはやはり子役の経験が生きているのだろう、本番にはめっぽう強い舞子だった。

 曲が終わってステージ裏に戻る舞子。だが客席からアンコールの声がかかった。ゾイサイトでこんな事が起こるのは初めてだった。一人、二人のアンコールが他の客席に飛び火して、フロア全体からアンコールの手拍子が鳴っている。

「おいおい、アンコール来てるぜ」

 佐々木は驚きを隠せない顔のまま舞子の背中を叩いた。「今度はバラードで行け、みんなが知ってて感動するようなやつ!」

「クリスマス?」舞子は佐々木の顔を見上げる。
「いや、なんでもいい」

 再びの緊張で足が震えながらも舞子は考えた。ついこの間、フランスのオリンピックの開会式で歌った歌手の顔が浮かんだ。彼女のあの歌ならみんな知ってるかな……。

 ティン・ホイッスルの哀愁漂うイントロが流れると、フロアから「おお~」という声がちらほら聞こえてきた。さっきのクリスマスソングより舞子の声の綺麗さがはっきり分かる曲だった。透明感のある声が語り掛けるように歌詞をなぞっていく。

 怜がフロアに足を踏み入れたのはこの時だった。入り口辺りからもう聞こえて来ていた歌に、初めはBGMだと思っていた。だがそれにしては声の質が違う、歌い方ももっと優しい。

 だが最後のアウトロで突き抜けるような力強い高音がフロアを席巻した。その歌声を聞いていたその場の全ての人に、電気が流れたような衝撃が走った。それは怜も同じだった。伸びやかに堂々とした高音は最後まで安定してフィニッシュを迎える。曲が終わると一瞬、フロアはシーンとなったがすぐに割れるような拍手が起こった。客もバーテンダーもボーイも、佐々木も思わず拍手していた。

 舞子は一礼してステージを降りた。ステージ裏でもダンサーの女の子達から、凄いねー、プロみたいだねー、びっくりした、あれ、映画の主題歌だよね、と舞子への賛辞が飛び交っている。

 怜は拍手も出来ずに、その場に立ち尽くしていた。呆けたようにライトが消えたステージを見つめている。すぐ後ろで「あいつスゲーな」というボーイの声がして、弾かれるように怜は我に返った。

 ボーイは立ったままの怜をテーブルへ案内しようと進み出た。怜の顔はもうスタッフに認知され、「舞を指名されますか?」と尋ねて来た。

「うん。あ、いや……俺やっぱり帰らなきゃ。でも指名料は払っておく」
「はぁ」

 指名料の一部は舞子に還元されることは承知していた。不思議そうな顔をしているボーイに怜は微笑んだ。

「歌を聞かせてもらったからね」



 怜はゾイサイトを出ると急いでタクシーを探した。心臓が息苦しいくらいに高鳴っている。気分が高揚し、興奮を抑えきれない。舞子の歌が頭の中でループし、脳内を支配している。歌が上手い歌手なんて韓国にもざらにいる。でもあの歌声は……こんなに魂を揺さぶられたのは初めてだった。この気持ちを早く曲にしたい、ピアノでもギターでもいい、音にして紡ぎ楽譜に書き殴りたい。

 母親のマンションに着くと、靴を脱ぐのももどかしく感じる勢いで自分の部屋に駆け込んだ。

「あら、怜。今日は早かったわね」

 タブレットを片手に母親の季実子が怜を見送る。最近、よく出掛けるようになって、気持ちの切り替えがうまくいってるのかと思っていたけれど……。

 母親が息子の事を心配するのは当然だ。怜が望んだこととはいえ、大切な一人息子をあの父親の手に委ねてしまった。彼は悪い人じゃない、でも理想を追い求めるあまり頑なになってしまう事がよくあった。怜に悪影響がなければいいが、と憂慮していたのだ。世界を駆け巡る美術商の仕事は楽しかった。でもそれと引き換えるような形で息子と離れたのは、果たして正解だったのだろうか? 

 怜の部屋からは、まもなくギターの音色が聞こえて来た。音楽はあの人の血ね。季実子はまたタブレットに目を落とし、このブラジル人の絵を買い付けに行くか悩み始めた。


 弦を弾く指が止まらない、自動変換ソフトの楽譜はどんどん音符で埋め尽くされていく。作曲するのがこんなに楽しい事だと怜はずっと忘れていた。

 はじめて曲を作ったのはいつだっただろう? 三歳の頃からピアノを始めて、小学校の卒業までにはオリジナルのピアノ曲を五つは作っていた気がする。それからクラシック以外も聴くようになり、中等部二年からはダンスを始めた。ダンスには想像以上にのめり込んだ。楽器を使って間接的に表現するより、もっとダイレクトに自分の感情を表現することが出来る。才能もあったと思う。

 中高一貫の音楽学校で、高等科に上がってすぐの頃だった。通っていたダンススクールの発表会でスカウトされ、アイドルオーディション番組の候補生になった。歌とダンスの両方に満点近い評価を得た怜は、同じ番組内で勝ち上がった四人と『イノセント・b』というユニットを組んだ。

 オーディションを勝ち抜いた五人で結成されたイノセントは初めから注目度が高かった。怜はその歌唱力を買われ、センターでリードボーカルを担当する事になった。オーディション番組は卒業したが、実力のあるメンバーで構成されたイノセントはあっという間にトップアイドルの仲間入りをした。

 端から見れば順風満帆だっただろう。だがアイドルの世界は厳しく、次から次へと出てくる新人達に負けないように、人気を維持し続けるのは大変だった。だからみんな努力した。候補生の時と変わらないくらいの練習量をこなし、色んな事にチャレンジした。

 それでも四年が経つ頃には、人気に陰りが見えてきた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

お兄様「ねえ、イケナイ事をしよっか♡」

小野
恋愛
父が再婚して新しく出来たお兄様と『イケナイ事』をする義妹の話。

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

【完結/番外追加】サリシャの光 〜憧れの先へ〜

ねるねわかば
恋愛
彼女は進む。過去に囚われた者たちを残して── 大商会の娘サーシャ。 子どもの頃から家業に関わる彼女は、従妹のメリンダと共に商会の看板娘として注目を集めていた。 華々しい活躍の裏で、着実に努力を重ねて夢へと向かうサーシャ。しかし時には心ないことを言う者もいた。 そんな彼女が初めて抱いた淡い恋。 けれどその想いは、メリンダの涙と少年の軽率な一言であっさり踏みにじられてしまう。 サーシャはメリンダたちとは距離をおき、商会の仕事からも離れる。 新たな場所で任される仕事、そして新たな出会い。どこにあっても、彼女が夢を諦めることはない。 一方、光に囚われた者たちは後悔と執着を募らせていき── 夢を諦めない少女が、もがきながら光を紡いでいく軌跡。 ※前作「ルースの祈り」と同じ世界観で登場人物も一部かぶりますが、単体でお読みいただけます。 ※作中の仕事や制作物、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

処理中です...