世界でひとつ、君の歌声〜命を諦めた彼と、夢を賭けた私の再生譚〜

山口三

文字の大きさ
9 / 36

9 イノセント・b

しおりを挟む

 怜の中には元々、自分は他のメンバーより優れているという自惚れがあったのだろう。

 怜はピアノもギターも得意で歌も上手い、日本語、韓国語、英語を流暢に操り、祖母がアメリカ人の影響で瞳は緑がかった茶色、髪色もブロンドに近い茶髪で目立つ。長身から繰り出すダンスはダイナミックかつ品があり、ファン投票でも一位の常連だった。他の奴らと自分は一線を画している、そう思っていることを、怜自身、隠しきれなくなりつつあった。


「ハヌル! またお前だけワンテンポ遅れてるぞ」

 新曲の振り付けの時だった。怜は音楽を止め、ハヌルにきつい視線を向ける。最年少のハヌルは五人の中では一番小柄でかなり華奢だ。体力面で若干皆より劣り、ダンスでは遅れをとることがままあった。

「ちょっと休憩にしよう、もう一時間ぶっ通しだ」

 リーダーのヨンジュンはメンバーをよく見ているし、責任感が強い。それは最年長なだけでなく、慎重な性格も影響していると思われた。見た目の華やかさはないが、イノセントには必要な人材だ。

 ジュハは怜と同い年。気が強いジュハと怜はよく衝突していた。一つ年上のスンヒョンは飄々としていてクッション的な役割をする事が多かった。

 怜は確かにイライラしていた。最近出す曲はどれもチャート三十位以下ばかりでパッとせず、歌番組の出演も少なくなっていた。俺はちゃんとやってるのに、俺は……。

「五人の息がぴったり合ってないんだよ、誰かが足を引っ張るせいで」

「そう言うなって、怜。みんながみんな、お前みたいになんでも完璧にこなせる訳じゃないんだ。出来るお前がフォローしてやんないと……」

「リーダーはヨンジュンだろ、お前がちゃんとフォローしろよ! ああ~ヨンジュンは二十五か、アイドルと言うにはギリギリな年だよな。そろそろグループは抜けて役者としてやって行きたいんだろ? 辞めたいってはっきりそう言ったらいいじゃないか?!」

「怜! 何言ってんだお前!」

 珍しくスンヒョンが声を荒げ、怜に掴みかかった。咄嗟にハヌルがスンヒョンの腕を抑えて懇願する。

「やめて! やめてよ、二人とも! ごめん、僕が悪いんだ。僕がちゃんと踊れるように頑張るから、二人ともやめてよ……」

 怜はスンヒョンの腕を振りほどき、その場から出て行った。

「ったく、あいつは……」

「焦ってるんだろ、イノセントも五年目だ。正念場なんだよ」

 ヨンジュンは怜の焦る気持ちが理解出来ないでもなかった。だが自分の焦りをメンバーにぶつけ過ぎだ。

 そんな中で迎えたイノセント結成四周年記念コンサートの時だった。最終日、最後の曲が終わり舞台袖へ下がる時に、怜の後ろを歩いていたハヌルがコードに引っかかり、怜に重なるようにして倒れた。コードは大型のスピーカーの物で、運の悪い事に倒れたスピーカーは怜の足首に直撃した。

 アンコールの声がかかる中、スピーカーが倒れた音に観客は驚いたが、スタッフが機転を利かせ、アンコールの時に使用する予定だった花火の音でごまかした。アンコールは四人でステージに上がった。予定を変更してジュハがリードボーカルを歌う曲にしてやり過ごした。

 怜は腓骨を粉砕骨折した上に、折れた骨が靱帯を傷つけるという大けがを負った。二ヶ月後に退院はしたものの、まだ杖をついた状態での歩行だった。

 退院したあと、イノセントの事務所では今後について話し合いの場が持たれた。

「おはようございます、遅くなりました。あれ、俺が最後かと思ったけど」

 スンヒョンが持ち前の親しみやすい笑顔で遅刻を誤魔化しながら事務所の会議室に入ると、まだメンバーの三人しか席についていない。

「マネさんは怜を迎えに行ってる」

「怜さん、退院はしたけどまだ杖が必要みたいだから。僕が怜さんを巻き込んだのにかすり傷だけで、怜さんはあんな大ケガを……」

 ハヌルは俯いて唇を噛んだ。

「ハヌルはわざと転んだんじゃないんだ、仕方ない。怜は……罰が当たったんだよ、傲慢で人の気持ちを考えないから」

「ジュハ、やめろ」

「ヨンジュンだって腹ん中では同じような事考えてんだろ? あいつは実際トラブルメーカーじゃないか。あいつがいないここ二ヶ月、イノセントは随分平和だったじゃないか」

「俺がいなくて平和なら抜けてやるよ」

 会議室のドアが開いて、怜が入って来た。後ろにはマネージャーが立っている。眉根を寄せ、深刻さをありありと浮かべていた。

「リードボーカルもジュハで問題ないだろ? 現に新曲だってジュハで録ったんだから」

 イノセントは四周年を記念した新曲、三曲を連続発売する予定だった。怜のケガでそのうちの二曲を怜の代わりにジュハが歌った。リードボーカルの代わりがいるなら自分はイノセントには必要ない。四人で仲良く続けていけるなら、俺がいなくなればせいせいするだろう。それ以前に俺はもう……。

「怜さん、そんな事言わないで下さい。僕が責任もって怜さんをフォローします。ダンスは極力減らしてもらって……」

「ハヌル、減らすだけじゃだめなんだ。俺、もう踊れないんだよ」
「えっ」

 マネージャーが前に出てきて、まずは怜を座らせようとした。

「いいよ、座って話し合う事なんて無い。四人で頑張ってくれ」

 怜は会議室から出て行った。廊下に響く杖の音が遠ざかって行く。会議室は重苦しい空気が立ち込めていた。

「マネさん、怜の言ってたのって……」

 沈黙を破ったのはヨンジュンだった。

「怜の足、元々疲労骨折の一歩手前だったみたいなんだ。みんなも知っての通り、怜は才能があるけど努力家でもある。ダンスの練習量はこの中で一番だと思うぞ」

「そういや、イノセントの結成当初、自分が完璧に出来た上で、俺たちを引っ張っていくって言ってたな」スンヒョンが呟いた。

「俺もリーダーは自分じゃなく、あいつになると思ってた」

「それで、なんでダンスが出来ないんです?」

「ジュハ、怜は弱ってた足に決定打を受けてしまったんだよ。断裂したじん帯は回復不可能だと医者に宣告された。不安定感が残り、無理を重ねると歩けなくなると言われた」

「じゃあダンスは無しで行けばいいんじゃ!」

「ハヌル、俺たちはダンスと歌でオーディションを勝ち抜いてイノセントが生まれたんだ。ダンスを取ったらイノセントの半分が無くなってしまうんだぞ」

「だけど、ヨンジュンさん。だけど……」

 イノセントのマネージャーはこの道のベテランだ。ヨンジュンがああは言っているが、いずれダンスの規模を徐々に縮小していくのはアイドルの通例だ。アイドルだって年を取るのだから。それを少し前倒しするのは無理がある話ではない。

 だが怜がいない間、四人が伸び伸びと活動する姿を見てしまっては、もう怜を引き留める理由を彼は捻出できなかった。あのままなら遅かれ早かれ、解散かソロ活動にシフトしていただろう。四人でイノセントの寿命が延びるなら、試す価値はある。



 怜はイノセントを脱退した。

 半年ほどはリハビリに集中して、普通の生活が送れるまでには回復した。だがやはり医者からは激しい運動は無理だと念を押された。

 父親は「だからアイドルなんて辞めろと言ったのだ」と頭ごなしに叱られ、今からでも音楽大学に入ってクラシックの路線に戻れと諭された。

 まだ俺にそんなことを強要するのか。あの男は自分の息子を理解しようという思考を欠片も持っていない。そして自分もその性質を受け継いでいると、今回で思い知らされた。自分も父親のことは言えない、イノセントのメンバーは俺が父親に抱いた感情を、俺から感じ取ったんだから。

 怜は逃げるように韓国を発った。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

お兄様「ねえ、イケナイ事をしよっか♡」

小野
恋愛
父が再婚して新しく出来たお兄様と『イケナイ事』をする義妹の話。

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

【完結/番外追加】サリシャの光 〜憧れの先へ〜

ねるねわかば
恋愛
彼女は進む。過去に囚われた者たちを残して── 大商会の娘サーシャ。 子どもの頃から家業に関わる彼女は、従妹のメリンダと共に商会の看板娘として注目を集めていた。 華々しい活躍の裏で、着実に努力を重ねて夢へと向かうサーシャ。しかし時には心ないことを言う者もいた。 そんな彼女が初めて抱いた淡い恋。 けれどその想いは、メリンダの涙と少年の軽率な一言であっさり踏みにじられてしまう。 サーシャはメリンダたちとは距離をおき、商会の仕事からも離れる。 新たな場所で任される仕事、そして新たな出会い。どこにあっても、彼女が夢を諦めることはない。 一方、光に囚われた者たちは後悔と執着を募らせていき── 夢を諦めない少女が、もがきながら光を紡いでいく軌跡。 ※前作「ルースの祈り」と同じ世界観で登場人物も一部かぶりますが、単体でお読みいただけます。 ※作中の仕事や制作物、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

処理中です...