10 / 36
10 曲作り
しおりを挟む「出来た……」
あれからずっと曲を書き続けた怜が、五曲目を作り終えた時には翌日の昼になっていた。無我夢中で湧き上がってくる音を曲にしていて、夜が明けた事すら気づかなかった。
ソフトが起こした楽譜を再度チェックして精度を上げる。その作業の中で浮かぶのは、あの子が俺の曲を歌う姿だ。これを二人で歌ったら? と想像した曲もある。何にせよ、曲を作ったのは本当に久しぶりだ。音楽に対してこんな情熱が湧き上がる事はもうないと思っていた。曲作りがこんなに楽しかったのもいつぶりだろう?
徹夜明けのだるい体と、妙に冴えた頭。「明らかにテンションがおかしくなってるな」独り言ちながらリビングに行くが人気はない。カウチソファの前のガラステーブルにメモ紙が1枚、母親は出掛けた後だった。
「『あまり無理してはダメよ、お昼はキッチンにあります』か、どれどれ」
食事をしたら、歌詞もあててみるか。いま無理しないでいつするんだ、きっと俺にはそんなに時間がないはずだ。それから部屋を探しに不動産屋へ行こう。母さんは心配するかもしれないけれど、音楽をまたやりたいというこの気持ちを押さえられない。
怜が再びゾイサイトを訪れたのは二週間ほどが過ぎた、年明けすぐの事だった。舞子を指名したがまだ来ておらず、舞子と仲のいい女の子をテーブルに呼んで欲しいと希望を出した。
「まみで~す。よろしくお願いします~」
まみは大喜びで怜のテーブルについた。イノセントのファンではなかったけれど、間近で見る怜はドキドキするくらいイケメンだった。
いいなあ舞は。いつもこんなイケメンに指名されちゃって。RAYは星の数ほどいるここの客の中でも、間違いなくナンバーワンだわ。
「まみちゃんは舞ちゃんと仲がいいの?」
「そうですね~この店の中ではいい方だと思いますよ」
「舞ちゃんはここで働いて半年くらいって言ってたけど、その前は知ってる?」
「えーと学生だったんじゃないかな、お金が必要になって学校は休学してるって言ってた。なんだか親が借金してたとか」
「ふう~ん」
「ねね、舞のこと、教えてあげたんだから、私も質問していいですかぁ?」
せっかく怜のテーブルにつけたのに話題は舞のことばかりで、まみは少しがっかりしていた。
「質問によるかな」
まみは少し怜に顔を寄せて囁いた。
「あの『イノセント・b』のRAYさんですよね? ここだけの話にしますから!」
「あ~、うん。まぁ、元ね」
「やっぱり! でもプライベートなんですよねぇ。ここにもよく芸能人は来るけど……あとでこっそりサインなんか貰えたりしませんかぁ?」
まみの押しに負けて、サインはしたが写真のお願いは丁重にお断りした怜だった。ほどなくして舞が入店した。
「こんばんは、怜さん。いつもご指名ありがとうございます」
「久しぶりだね、この間のステージ見たよ。素晴らしい歌だった」
「あれ、見てらしたんですね。ルナちゃんが復帰するまで、あれからずっとステージに立ってたんですよ」
「そうなんだ、うわぁ見逃しちゃって損したな。ところでさ、ちょっと相談があるんだけど」
「はい?」
「舞ちゃん、バイトしない? 俺の作った曲のコーラスを担当してほしいんだ」
「わあ、怜さん曲を作るんですね。凄い! あっそうか、怜さんは歌手なんですもんね」
「それはオフレコで頼むよ。先に曲を聞いてからでもいいからさ。何時がいいかな?」
数日後、カフェで待ち合わせた二人は店内でも目立たない隅の席で向かい合った。怜は目深にキャップを被り、マスクをしているが舞子が来るとマスクを外した。
「好きなものを頼んでね。曲の仕上がりを見て、舞ちゃんがOKならTikTikに上げようと思ってるんだ」
「はい」
「それから……」
二人は熱心に話し込んでいたが、マスクを外した怜に若い女性客たちが気づき始めていた。
「ねぇ、絶対あれそうだよね」
「でもここ日本だよ」
「RAYって母親が日本人じゃん。居てもおかしくないよ」
「そっか! どうする、声掛けてみる?」
ひそひそと話しているが、視線はしっかりと怜を捉えている。
「舞ちゃん、ごめん。場所を変えよう、気づかれちゃったみたいだ」
怜は再びマスクを付けてカフェを出た。有名人である事の苦労は舞子も子役の頃に体験済みだ、そのあたりは理解できる。
「俺の部屋へ行こう。スタジオもそこにあるんだ」
怜は母親の家を出て、部屋を借りていた。正確には部屋ではなくて家。高い塀に囲まれたその家は、以前の持ち主がミュージシャンで、地下には広いスタジオを装備していた。
「うわぁ~広いですね。天井が高い」
「適当に座ってて、今飲み物を持ってくるから」
リビングに物は少なかった。U字型の大きなソファ、テーブルが窓を背にして中心に置かれている。ソファの向かいの壁には大型のテレビがはめ込まれ、右の壁向こうにはキッチンが見える。
「部屋数はそんなに多くないんだけど、地下のスタジオが気に入ってさ。音響設備が本格的なんだ」
キッチンからグラスを持った怜が戻って来て言った。
「スタジオ、見てみたいです」
「うん、曲もそこで聞いてもらおうと思ってた」
リビングの左側に地下に降りる階段があった。階段を降り切った先で、怜がスイッチを押すと暗闇の中にスタジオが現れた。真っ先に黒光りするグランドピアノが目に飛び込んで来た。壁には数本のギターが立てかけられている。ドラムセットはないが、それを入れても十分な広さがスタジオにはあった。
ガラスの大窓がついた隣部屋はレコーディングスタジオになっていて、本格的なミキシング装置が完備されている。怜はピアノに向かって座り、用意してあった楽譜を前に鍵盤の上で指を躍らせる。
「こんな感じの曲」
少し照れ臭そうにしながらピアノを弾く手を止め、怜は舞子に振り向いた。
「いい曲です、とっても! なんだか優しい気持ちになる曲ですね!」
「うん、歌詞も付けたんだけど、もしおかしな日本語だったり、こうした方がいいと思う箇所があったら遠慮しないで言って欲しいんだ」
曲を聞いた舞子の瞳は、好奇心と期待でキラキラと輝いていた。
クラブの人工的な照明の中で見る、ホステスとしての舞子も綺麗だったが、こうして化粧っ気のあまりない、素の舞子も可愛らしいと怜は思った。むしろ、こういう飾り気のない姿の方が、舞子らしいと感じる。
怜の曲はデュオに近かった。初めは怜が舞子のパート部分も歌って聞かせた。怜は声量があり、音域も広く艶のある声をしている。何度か歌い合わせて録音した物を聞いてみたが、二人の声の相性は思った以上に良かった。優し気で透明感のある舞子の声は曲の雰囲気とも合っている。
舞子は日中はパン屋でバイトをして夜はゾイサイトで働いていた。怜との曲作りはパン屋が休日の日に集中して行われた。初めは自分のパートを歌うだけだった舞子も、だんだんと曲作りに夢中になっていった。
舞子が出す抽象的なアイデアを、怜は見事に形にしてみせた。逆に怜が要求する表現を、舞子も的確にこなしてみせた。
「この曲でさ、ミュージックビデオを作るとしたらどんなのがいいと思う?」
「う~ん、そうですねぇ……独りぼっちで浜辺を彷徨っていた子犬を拾った主人公と、子犬が大きくなっていく姿を撮るとか」
「『君と出会って僕の世界は色づいた』って歌詞から言ってる?」
「そうです、出会いの感動が綴られた歌かと思ったので」
「じゃあ『君』っていうのはワンコなんだね」
怜はくすっと笑った。君に出会ったのは俺で『君』は舞ちゃんなのに、と内心で囁く。でも出会いの感動を綴っているのは間違っていない。
「怜さんはギターも弾けるんですか?」
「うん。俺、芸能界に入る前までは音楽学校にいたんだ。専攻はピアノだったけど、ギターは趣味で。舞ちゃんは?」
「私はどっちもだめです」
「ギター、教えようか?」
壁からギターを外し、持ち方から教える。基本コードがこれとか、これで……。
「あっ、手がつる! だめです、指の長さが足りません!」
舞子はよくしなるゴムみたいに屈んだり、反ったりしながら手を振った。
「あははは、最初はそうなるよ、みんな」
「きっと私には向いてないんです、ほら見て下さい。こんなに手の大きさが違う!」
笑い転げている怜の腕を掴んで、舞は自分の手のひらを怜の手の平にぴったり合わせた。
「うん、子供の手だ、これは。舞ちゃんはウクレレがいいかな」
怜はそう言ってまた笑い出した。
0
あなたにおすすめの小説
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
【完結/番外追加】サリシャの光 〜憧れの先へ〜
ねるねわかば
恋愛
彼女は進む。過去に囚われた者たちを残して──
大商会の娘サーシャ。
子どもの頃から家業に関わる彼女は、従妹のメリンダと共に商会の看板娘として注目を集めていた。
華々しい活躍の裏で、着実に努力を重ねて夢へと向かうサーシャ。しかし時には心ないことを言う者もいた。
そんな彼女が初めて抱いた淡い恋。
けれどその想いは、メリンダの涙と少年の軽率な一言であっさり踏みにじられてしまう。
サーシャはメリンダたちとは距離をおき、商会の仕事からも離れる。
新たな場所で任される仕事、そして新たな出会い。どこにあっても、彼女が夢を諦めることはない。
一方、光に囚われた者たちは後悔と執着を募らせていき──
夢を諦めない少女が、もがきながら光を紡いでいく軌跡。
※前作「ルースの祈り」と同じ世界観で登場人物も一部かぶりますが、単体でお読みいただけます。
※作中の仕事や制作物、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる