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22 そばにいない選択
しおりを挟む鼻につく消毒薬の匂いで怜は目を覚ました。
「そうだ、あのあと母さんのところへ行って、病院に連れてこられて……ここは病室か」
窓から燦々と差し込む陽射しに包まれたサイドテーブルの上のスマホに手を伸ばしたとき、ドアが開いた。
「あら、起きたのね。さっき沢本さんがいらしてたわよ。また出直すって」
花瓶に生けた花をテーブルに置いて、怜の母、季実子はソファに腰掛けた。
「個室も手配してくれたんだ……ごめん」
「無理してはダメってあれほど言ったのに……とにかく少し休養しなさい。ユニット組んでるあの子も、舞台で忙しいんでしょ? いいタイミングじゃない」
「だけど時間が! いや、そうだね……自分から離れないとだめだよな」
それは母にというより、自分に言い聞かせるような言葉だった。
「あなた……上田さんが好きなのね。怜、まだ諦めるのは早いわよ。腫瘍の大きさは変わってないって先生もおっしゃってた……」
「いいんだって!」
怜はいきなりベッドから起き上がった。
「いいんだよ。もう、退院する。寝てたって良くなるわけじゃないし。検査したってなにも変わらないんだから」
「またそんなこと言って。だめよ、一週間は様子見です。沢本さんにもそう話してあるんだから」
季実子も分かっていた。いくつもの病院で、何人もの医者から同じことを言われた。だが笑顔を作り、問答無用で病室を後にした。
イノセント・bのコンサートで事故にあって入院したとき、精密検査で脳に腫瘍が見つかった。腫瘍自体は小さかったものの、手術して除去するには難しい場所にあり、残された時間は長くないと宣告された。
世界がひっくり返った瞬間だった。目の前の白衣を着た男は俺に冗談をかましてるのだとしか思えなかった。俺はまだ二十数年しか生きてないんだぞ。
悲しくはなかった。すぐには実感が沸かなかったから。ただアイドルとして終わることもなく、何も出来ないまま消えるのかと絶望した。自暴自棄で日本にやってきて、舞ちゃんに出会った。
(あれから、病気のことは忘れて夢中になって音楽を作り、舞ちゃんを愛した。でも俺はずっとそばにいてあげられない。中途半端に引きずって、これ以上気持ちが深まる前に、俺から離れるのが舞ちゃんのためだ)
季実子に言いつけられた通り、一週間後退院した。借りていたスタジオ兼自宅は引き払うことにした。
「忘れ物はないですか~?」
トラックから業者が顔を出して、確認を促す。怜は建物を懐かしそうに見上げた。
(一年と少し。短い間だったけど、楽しかった)
「大丈夫、ないです」
そうして母親のマンションに戻った。
舞子の千秋楽を客席から見届けた。
それから、別れを告げた。
元アイドルにしてはうまく演技できてたはずだ。彼女を傷つけてしまったのは辛いが、舞ちゃんに会って再度俺は自覚した。彼女のそばにいて苦しいのは俺自身もだってことを。もっと時間が欲しい、もっと舞ちゃんのそばにいたい、そう思ってしまうから。
「怜くんの病状は?」
伏見の端整な目元がいつになく険しい。誰も取り次ぐなと、秘書に言い渡し、社長室に通された沢本が問われた第一声だ。
「若干の後退、と怜くんのお母さんは言ってました。退院後は普段の生活に戻ったそうです」
自分も全く気付かなかった。足のケガのことはあるが、それ以外は健康そうに見えた。今後のことや舞ちゃんのことを思うと気が重い……そう思いながら沢本は続けた。
「ですが、芸能活動は大幅に縮小したいとの意向です。それに……舞ちゃんとも終わらせたと」
少し沈黙があった。デスクから立ち上がった伏見は、下界を見下ろす大きな窓の前に立って振り向いた。
「上田舞子の様子は?」
「表面上はいつも通りですが、僕はかなり参っていると思います。でも病気の件は内密にしてほしいと怜くんから言われているので」
「怜くんの現状を教えて、諦めさせるという手もある。あのオーディションの話はしたのか?」
「いえ、まだです。この間、養父母とのことがあったばかりで、すぐこれだったので」
沢本は落ち着かない様子で切りだした。
「僕はまだ知らせたくないです」
伏見も同意した。週刊誌に記事が出たタイミングが、養父母の出現と重なったのも気に掛かる。舞子の周囲に気を配ってくれ、と伏見は沢本に告げた。
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