ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三

文字の大きさ
27 / 61

27 ディナーのお誘い

しおりを挟む

「ああ、コーマック令嬢の言っていた事は本当だったんだね」

 きょろきょろと物珍しそうにしながら、バートレットベーカリーに入って来たのはクリストファーだった。

 当たり前だけど、大公家の子息が庶民の利用するパン屋になんか来たことがある訳ないわね。それにしてもキャシー・コーマックったらおしゃべりなんだから!

「何か御用? こんな所までやって来るなんて」
「もちろんジーナに会いに来たに決まってるじゃないですか」

 クリストファーはパンに顔を近づけながら、おいしそうだ、いい匂いだと連呼している。ファラマン夫人も買い物客も、この見るからに高位貴族でハイテンションな珍しい客を呆気に取られて眺めていた。

「ジーナ、お仕事は何時に終わるの? 僕と食事に行きましょう」

「まだまだです。それに私は帰って家族の夕食の支度もしないといけないの。だからあなたと食事には行けないわ」

 私の説明に目を丸くしたクリストファーは「へぇ、家族の……」と呟きながらスタスタと戸口へ向かった。

 あら、案外素直に引き下がってくれたわ。と、思っていると従者を引き連れて戻って来た。あれは狩猟大会の時にもいた、ごますり侍従ね。

「ホフマン、君はクリコット伯爵邸にディナーの配達の手配をしてくれ。伯爵に満足して頂けるような上質な物を頼むよ。それからワッツを呼んで来てくれ」

 私が何か言いかけると、「いいからいいから」とクリストファーは手を振る。ホフマンが下がると次は使用人風の男が入って来た。クリストファーはそのワッツに何か指示すると、カウンター越しにファラマン夫人に話しかけた。

「ご夫人、お店にある品物は僕が全部買いましょう」

 ファラマン夫人ににっこり微笑みかけると、今度はくるっと店内に向かって手を広げた。

「さあ皆さん、お好きなパンをお持ちください。ジーナとの初デートを記念して僕からのささやかな贈り物です!」

 店内に居た客は戸惑いながらもパンを選んで帰って行く。「貴族様ってのは太っ腹だねぇ」とか「じゃあせっかくだから焼き菓子も」と両手に抱えるほど持っていく人もいた。クリストファーはファラマン夫人が計算した金額をワッツに支払わせている。

「ああ、ワッツ、そのチェリーが乗ったデニッシュは二個ほど屋敷に持ち帰ってくれ。余りが出たら君たちで分けるといい」

 戸惑い、言葉を失くしていると、クリストファーがカウンターに進んで来て私の手を取った。

「さあお待たせしました、ジーナ。もう売る物はないから今日は閉店でしょう?」

 私の戸惑いは怒りに変化しつつあった。いきなり現れたと思ったら、好き勝手にこんな事をして。何が初デートよ! 

 そうは思うものの、今日の夕食は手配されてしまったし、クリストファーの誘いを断って家に帰っても、家に手配されたディナーに私の分はカウントされていないだろう。

 どうしたらいいか決められず、助けを求めてファラマン夫人に振り向いた。

「ジーナちゃん、行っといでよ。このお人の言う通り、もう今日は店じまいだし」

 ファラマン夫人はそう言って肩をすくめた。それでも私はまだ行くと即答する気になれず食い下がる。

「でもまだバートレットさんが配達から帰って来ていないから……」
「ああ、ああ、それならあたしが言っとくよ。心配しなさんな」

「ありがとう、ご夫人。感謝します」

 クリストファーは大仰に頭を下げた。

「……分かったわ、着替えるから待ってて」



 クリストファーは王都でも指折りのレストランに私を連れて来た。貴族の社交場としてのサロンも併設するここは、貴族専用だ。平民と変わらない粗末な服装の私は悪目立ちしている。

 クリストファーも気づいたのか支配人に声を掛け、私たちは広いフロアから個室に席を移した。

「すまない。初めから個室にするべきでした」

 やけに殊勝な態度でクリストファーは謝って来た。

「もう慣れっこだわ。でも個室の方が落ち着くのは正直なところね」
「じゃあこれからは個室を予約するよ」

「次があるかは分からないと思うけど」

 運ばれてきたスープに遠慮なく口を付けながら、私は言う。

 ここはジェリコとも来たことがあるレストランだ。その時ももちろん個室だったわね。ジェリコは城外に出る口実に私を使っていたから、ここ以外にもあちこち連れまわされたわ。まだ一年も経っていないのに、随分と昔の事に感じる。

 学園での生活やどんな花が好きか、何色のドレスが好きかなど延々と続く質問に、私は目を合わさず淡々と答える。流石のクリストファーも、あまりに私の態度がつれないので、小さなため息をついた。でも次の質問の声はガラリと雰囲気が変わった低音で、私はハッと顔を上げた。

「アーロンは元気ですか?」
「げ、元気よ」

「痛めた足は?」
「もう走れるようになったわ」

 クリストファーは質問をやめてじっと私の顔を見ている。そんな風に見るのはやめて。嘘を見抜かれそうでどぎまぎしてしまうわ。

「ねぇ、ジーナが未だに怒っているのは狩猟大会の時のせいなんだろう?」

 ああ! 私が彼に素っ気ないのは、アーロンの事で私がずっと怒っていると思っていたのね。そういう誤解なら都合がいいわ。そうよ、私ったら心配し過ぎ。あのキツネとアロイスを結び付けて考える人なんて、まずいないわね。

「あれは随分意地悪な態度だったと思うわ」

「うん、悪かったよ。ホフマンの好きなようにさせて君を困らせて。本当に申し訳なかった」

 クリストファーの態度からは、彼が本当に反省している気持が滲み出ているように私は思えた。

「分かったわ。あなたの謝罪を受け入れるわ」

「良かった! じゃあこれからも、こうして一緒に出掛けてくれますね? あちこちの貴族からお茶会やら夜会に招待されていて。ジーナに一緒に来て欲しいんです」

「それは難しいわ」

「どうして……僕の事、許してくれたんじゃ?」

「わたし、お付き合いを約束した人がいるの。だからもう私を誘わないで欲しいの」

「えっ、ジーナってアロイスと付き合ってたんですか?」

「どうしてアロイスだなんて……違うわ。とにかくそういう事だから」



 自分の馬車でクリコット邸まで送ると言ってきかないクリストファーを断って、別に馬車を呼んでもらい、私は帰宅した。

 ダイニングルームへ行くと、夕食の後がそのままテーブルに散らかっている。

「やっぱり私の分は無かったわね」

 汚れた食器やグラスを片付けていると、母が入って来た。

「ちょっとジーナ、あなたいつシュタイアータのフェダック大公家と知り合いになったのよ」

「アカデミーに転校してきたのが、たまたまフェダック家の次男だっただけです」

「その方がたまたまうちにディナーを届けてくれたっていうの?」

 どうしてこの人はいつも私を非難するような口調でしか喋れないのだろう。 

「そうよ、たまたまよ。大公家はお金持ちなんでしょうね。だから余計な事は考えないで下さい、お母様」

「余計な事ですって?!」

 激高する母を見て『しまった』と思ったが、ルドルフが入って来て母は話の腰を折られた。

「あ、姉上。お帰りなさい、今日は姉上のお陰でとても豪華なディナーを頂きましたよ!」

「そう、良かったわ」

 ルドルフは無邪気に喜んでいる。これに関してはクリストファーにお礼を言わないといけないわね。

「ねぇ姉上、この間馬車に乗せてくれたクリストファー様が、大公家の方なのですよね?」

「えっ、ええ、そうなの。彼ね、ご馳走したかったんですって。ルドルフがとってもいい子だから、クリストファーはあなたの事が大好きになったんですってよ」

 母の手前、悪いけどルドルフには嘘をつかせてもらうわ。クリストファーが気に入ったのは私じゃなくてルドルフだと印象付けたいから。

「わあ、嬉しいな。僕もクリストファー様が好きになりました!」

 子供らしく正直に、現金な感想を聞かせてくれたルドルフは水を飲もうとキッチンに向かった。不審げな顔をしている母が口を開く前に、私もルドルフの後を追ってキッチンに入って行った。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

靴を落としたらシンデレラになれるらしい

犬野きらり
恋愛
ノーマン王立学園に通う貴族学生のクリスマスパーティー。 突然異様な雰囲気に包まれて、公開婚約破棄断罪騒動が勃発(男爵令嬢を囲むお約束のイケメンヒーロー) 私(ティアラ)は周りで見ている一般学生ですから関係ありません。しかし… 断罪後、靴擦れをおこして、運悪く履いていたハイヒールがスッポ抜けて、ある一人の頭に衝突して… 関係ないと思っていた高位貴族の婚約破棄騒動は、ティアラにもしっかり影響がありまして!? 「私には関係ありませんから!!!」 「私ではありません」 階段で靴を落とせば別物語が始まっていた。 否定したい侯爵令嬢ティアラと落とされた靴を拾ったことにより、新たな性癖が目覚めてしまった公爵令息… そしてなんとなく気になる年上警備員… (注意)視点がコロコロ変わります。時系列も少し戻る時があります。 読みにくいのでご注意下さい。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

❲完結❳乙女ゲームの世界に憑依しました! ~死ぬ運命の悪女はゲーム開始前から逆ハールートに突入しました~

四つ葉菫
恋愛
橘花蓮は、乙女ゲーム『煌めきのレイマリート学園物語』の悪役令嬢カレン・ドロノアに憑依してしまった。カレン・ドロノアは他のライバル令嬢を操って、ヒロインを貶める悪役中の悪役!    「婚約者のイリアスから殺されないように頑張ってるだけなのに、なんでみんな、次々と告白してくるのよ!?」   これはそんな頭を抱えるカレンの学園物語。   おまけに他のライバル令嬢から命を狙われる始末ときた。 ヒロインはどこいった!?  私、無事、学園を卒業できるの?!    恋愛と命の危険にハラハラドキドキするカレンをお楽しみください。   乙女ゲームの世界がもとなので、恋愛が軸になってます。ストーリー性より恋愛重視です! バトル一部あります。ついでに魔法も最後にちょっと出てきます。 裏の副題は「当て馬(♂)にも愛を!!」です。 2023年2月11日バレンタイン特別企画番外編アップしました。   2024年3月21日番外編アップしました。              *************** この小説はハーレム系です。 ゲームの世界に入り込んだように楽しく読んでもらえたら幸いです。 お好きな攻略対象者を見つけてください(^^)        *****************

聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!

碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった! 落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。 オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。 ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!? *カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※表紙はAIにより作成したものです。 ※小説内容にはAI不使用です。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」「カクヨム」様にも掲載しております。

異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。

バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。 全123話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処理中です...