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35 アロイスとブリジット、お茶をする
しおりを挟むそれ以降、ジーナに話しかけられる隙は全く無かった。話しかけようとすると、ジーナは席を立ってしまう。明らかに避けられていた。だがそれは俺だけではなく、クリストファーも同じらしかった。
パン屋で起きたクリストファーとの一件から、レニーに気を使っているのかもしれない。それなら俺も、レニーの前でジーナと親しくするのは遠慮した方がいいだろう。
放課後、俺は司書に言われた通り図書室に行ってみた。
貸し出しの窓口へ行くと女子生徒が一人、司書と話している。俺に気づいた司書が手を挙げた。
「ちょうど良かったですよ、こちらの生徒さんが返却しに来た所です」
女子生徒が振り返った。見た事がある気がするが、アカデミーの生徒なのだから当たり前か。だが相手は確実に俺を分かっているようで、軽く会釈したあと近づいて来た。
「わたし、ブリジット・ランディスです。レニーの妹ですわ」
「ああ!」
見た事があるはずだ。教会でのバザーでジーナとレニーの間に立って、二人の邪魔をしていたな。あの時のジーナの困った様子を思い出して口元が緩んでしまう。
「お兄様とよく食堂で一緒だったのをお見掛けしてました。ジーナさんと聖女さまと四人で」
「ああ、そうだね。以前はそうだった。俺はアロイス・スタークだ」
「スターク先輩もシュタイアータに関する本をお探しだったのですね」
「そうだね」
「あの差し支えなければ、どんな事をお知りになりたかったのか伺ってもいいですか?」
レニーの妹は期待と遠慮が入り混じった表情でこちらを見ている。自分と同じく、シュタイアータに興味を持っているらしい俺と話してみたいのだろうか。
どうせ放課後はこれといった用事もないし、俺はレニーの妹、ブリジットをお茶に誘った。
アカデミーからさほど遠くない場所にあるカフェに入った。場所柄、店内にはアカデミーの生徒が多い。皆おしゃべりに花を咲かせ、笑い声や茶器の音で店内は賑やかだ。
広い店内に辛うじて静かな場所に席を取った。注文したお茶が来ると、俺は本来の目的は言わず、歴史の授業の為にシュタイアータとこの国の関係を調べていると話した。
「ここ数十年は和平が続いていますけど、ラスブルグとシュタイアータの歴史は戦争の歴史でもありますね」
「今のラスブルグ国王は聡明な方だから当分は戦争は起きないだろうな」
父上は我が国に不足している資源は貿易によって賄う方針で一貫している。戦争は自国民にも負担を強いることをよく理解しているのだ。
「問題は次の国王ですね。第一王子の話題は全く聞こえてきませんし、そうなるとジェリコ殿下が……」
ブリジットは一旦口を閉じたが、俺の表情を見ながら続けた。
「その……殿下と同じクラスのご学友の先輩にこんな事を言っていいのか分かりませんけど」
「俺は殿下とはあまり親しくないよ。だから気兼ねなく話してくれていい」
「ジェリコ殿下は、その、国王の器ではないと思います。アカデミーでは人気がありましたけど。国の平穏安泰より、極端な国益を重視される方に見えます。またシュタイアータとの戦争を、あっ、でもクレア様と結婚されるなら……」
アカデミーでも人気が『あった』とブリジットは言った。やはりジーナが言っていた様にジェリコは表面だけを取り繕っていたらしい。そしてそれはもう通用していないという事だ。
「ジェリコ殿下がクレアと結婚すれば、国王になったとしても流石に戦争を望んだりはしない、だろう?」
「ええ。でもクレア様の事も少し気になる事があって……」
ブリジットはここのところ頻発している奇妙な事件の話を持ち出した。それは人の突然死だ。
「前日まではまったく健康だった人が、急激な老化が原因とみられる突然死。私なりに調べてみたんです。まずはお医者さまに」
医者が調べても原因は不明、突然死する人に共通することは何も無い。年齢も性別も様々だ。現在この症状で亡くなった人は二十人近くになるそうだ。
「最近増えてきているらしいんです」
深刻な表情でブリジットは訴える。確かに原因が分からない上に、増えてきているというのは憂慮すべき事だ。だが……
「それが、クレアの気になる事とどんな関係が?」
「スターク先輩が調べたシュタイアータの事で、聖女についての変わった話はなかったですか?」
「今の所はなかったな」
「そうですか。私、先日誕生日に本を貰ったんです、兄から。ジーナさんも一緒に選んでくれた本なんです」
話がなかなか本題に入らない。わざと遠回りしているのか、俺に話していいものか迷っているのか。
「その本の中に神聖力についての変わった記述があるんです」
俺は急いで住まいの離宮に戻った。
「アロイス様、遅いお戻りでしたね。剣術の稽古は食事のあとにされますか?」
いつもの様にヴィンセントがキッチンから顔を出した。
「王宮の図書室へ行く、食事も稽古もその後だ。クリストファーから何か連絡は?」
俺のただならぬ様子に、ヴィンセントの表情が引き締まる。
「連絡はまだないですね。図書室はこの時間なら使用人達も交代で食事をとっていますから人が少ないでしょう。私もキッチンの火を始末してすぐ向かいます」
図書室で俺の身分を誰かに問われてもヴィンセントの従者だとでも言えばいいだろう。後から来たヴィンセントがそれを証言してくれる。今はブリジットから聞いた話を検証しなければ。
離宮を出て王城に入る。離宮も一応は王城の敷地内だから門番などはいない。城の中も食事時のせいか、人はまばらだ。時々すれ違うメイドは俺に頭を下げて通り過ぎていくが、俺の顔を見知った人物などいないから問題ない。
ところが図書室のある廊下に出ると、図書室の扉の前に警備兵がふたり立っているのが見えた。
王城で働く者で制服の無い職業の人は、メダリオンを所持している。手のひらに収まるくらいの金属製だ。身分が高くなるにつれて装飾が豪華になり、官位職だと宝石が埋め込まれている物もある。
王城には沢山の人が出入りするから、安全対策の為に重要な場所に入るときにはメダリオンを提示する必要がある。だが図書室にまで警備兵がいるとは思わなかった。
「こんなことなら俺もメダリオンを作ってもらうんだった」
仕方なくヴィンセントを待っていると、二,三分でやって来た。
「警備兵がいる」
「ジェリコ殿下が襲撃されてから警備が強化されましたからね。では私のメダリオンをどうぞ」
ヴィンセントのメダリオンを提示すると、警備兵はすんなりと俺を中へ入れてくれた。
ヴィンセントが言っていたように、図書室に人影はなかった。目的の物があるのは中二階。そこへの階段を半分ほど登りかけた時、話し声が聞こえて来た。
俺は咄嗟に階段を駆け上がり、声が聞こえて来た方角とは反対の書架の陰に隠れた。
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