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51 ジーナ
しおりを挟む「レニー、どこへ行くの?」
レニーは私の腕を物凄い力で掴んでいる。ここへ入るためにだろう、礼装はしているが伸びた髪はぼさぼさで無精ひげも目立つ。目も落ちくぼんでいて目つきが悪くなっていた。とても同じ人とは思えない人相だ。
どうして? もうゲームの流れに干渉するのはやめたのに、どうしてレニーは元のレニーに戻ってくれないの? このゲームはジェリコルートだ。そしてクレアとジェリコは婚約まで漕ぎ着けた。このルートは成功に終わったと思っていいはずだわ。私は一体どうすべきなの? ゲームの中のジーナは婚約破棄された後は登場しない。ジーナみたいなモブはその後どうなったかの説明すらないのだ。
「どうしようか? ジーナは家で尊重されてないんだろう? そんな家なんか出て二人で遠くへ行こうか」
レニーと二人で表舞台から退場すれば、このゲームの世界は元の秩序を取り戻すのだろうか? せっかくアロイスの気持ちを知ることが出来たのに、やはり諦めるのが正解なのだろうか。
そう、私が自分の気持ちをすぐアロイスに伝えなかったのは、もうゲームの登場人物に関わるのはやめようと考えていたからだった。でも本当にそれでいいのかな……。
「その顔を見る分に、俺と行く気は無さそうだな。でも俺は何でもやるからな」
銀の間を出て、長い廊下を進む私たちの前に、タイミングよく、と言っていいのだろうか。すぐ手前のドアからジェリコがため息をつきながら出て来た。
「ジーナと……レニーか? こんな所で何してるんだ?」
「ジェリコ殿下、今日のおめでたい日にこんな事はしたくないのですが、出来ればご協力願えませんでしょうか?」
「何がめでたいものか。っと、何だこれは! レニー、お前は一体……」
レニーは懐から短剣を取り出してジェリコの顔の近くへ持って行った。鋭く光る刃にジェリコの目が釘付けになる。
「ジーナ、逃げるような真似をすればジェリコ殿下がただじゃ済まない。殿下は俺とジーナを王宮の外まで連れ出して下さい。あなたがいれば近衛兵もすんなり通してくれるでしょう」
「わ、分かったわ。だから危ない事はしないでレニー」
私の返事を聞いてジェリコも黙って頷いた。ここで逆らわない方がいいことくらいはジェリコもすぐ察したのだろう。
私の腕を放し、今度はジェリコの背中に短剣を突き付けながら歩き出したところへアロイスたちが追いついた。
「それ以上は来るな! 殿下が人質だ。下がれ!」
アロイスとクリストファー、ブリジットもいる。ジェリコを人質に取っているのを見たブリジットの悲痛な表情が私の胸を打った。
「お兄様、お二人を放してください。レニーお兄様はこんな事をする人ではないはずです」
「そ、そうだぞレニー。何か困っているなら私が力になろう」
ジェリコも恐る恐るレニーに話しかけたが、レニーは意味が分からないとでも言いたげな表情でジェリコを見返しただけだった。
「殿下、ここから一番近い外への出口へ向かって下さい」
ジェリコは躊躇して私の顔を見る。こんな時でさえ私に頼ろうとするんだから、この人は。でも逆らってこの間みたく逆上されたら大変だわ。私は何も言わず、頷いてジェリコを進ませた。
「さすがランディス君は鍛錬を積んで来た方ですね、隙が無い」
人質がジェリコではクリストファーも迂闊には手が出せないようだった。アロイスはブリジットに何かを囁き、ブリジットは今来た廊下を戻って行った。
そんな三人の動きなどお構いなしに、レニーは先を急ぐ。クリストファーとアロイスは遠巻きに付いてきているが、レニーを刺激しない様に大人しくしている。
だが中庭に出る廊下に近付いた時、数名の近衛兵が私たちの行く手を塞いだ。
「殿下を解放しなさい、ここからは逃げられないぞ」
私たちはT字の廊下の手前に居た。左に曲がれば中庭に出る扉があり、右の廊下は王宮の中央へ続いている。近衛兵は右から来て私たちが左へ行くのを阻止していた。
きっとアロイスから指示されてブリジットが近衛兵を連れて来たのだろう。前方には近衛兵、後ろにはクリストファーとアロイスがいる。レニーは後退する方を選んだが、そちらの方にも近衛兵が駆け付けた。
「レニー、ジェリコ殿下を解放したら、私たちは自由にしてくれると思うわ。ね、そうしましょう?」
「ジーナ、俺はそう思わないよ」
私も内心ではそう思っていなかった。この国の第二王子を拉致して、そのままで済むわけがない。
「いや、私を解放してくれたらジーナとお前は自由にするように、私から命令しよう。だからレニー、私を離してく……」
ジェリコが自分だけ助かろうとしていると、右側のひとつの扉が開いてクレアが顔を出した。
「あ、殿下。それにジーナさんもどうし……」
レニーはその隙を逃さなかった。開いたドアに向かって私とジェリコの腕を掴んで突進する。
扉の先は小規模の広間で中央に中二階に上がる階段があった。そうか、クレアは階段を上った先にある礼拝堂にいたんだわ。きっとショックだったのね。婚約記念の舞踏会であんな事があったら、私だって神にすがりたくなるわ。気の毒なクレア。
扉の向こうで言い争う声が聞こえてくる。中に突入するか揉めているのかもしれない。でもすぐ扉が開いてアロイスとクリストファーが入って来た。扉は開いたままで、外には近衛騎士が待機している。
「レニー、一体どうされたのですか?」
私たちに巻き込まれて、また扉の内側に押し込まれてしまったクレアは、驚いてレニーを見上げている。この状況を見たら誰だって何事かと思うわよね。
「ジーナが……やっぱり俺から離れて行くつもりなんだ」
「それは辛いわね。でも変ね、ジーナはあなたの事が大好きなはずでしょう?」
「そうだ、ジーナが俺を嫌いになるはずがない。大公家のあいつが無理やりジーナをシュタイアータに連れて行こうとしてるんだ!」
「この先は礼拝堂よ、そうなる前に神の前で永遠の愛を誓うといいわ。そして誰にも取られない様に、ジーナの命を私が貰ってあげる。それならジーナは永遠にあなたの物よ」
「えっ」l
クレア? 何言ってるの、そんな優しい微笑を浮かべながら……冗談よね。
「ジーナに恨みはないわ。でもあなたが悪いの、あなたったらあんまり私の邪魔をするんですもの」
「邪魔って……私はクレアとジェリコの邪魔をするつもりなんてこれっぽっちもないわ。誤解よ!」
「本性を現したな!」
アロイスが険しい顔で叫んだ。クレアの本性をアロイスは知ってたの? でも本性ってどういう事。
「あら、やはりあなた方も気付いていらしたのね。でも知らない事もあるとは思わない?」
「クレア、あなたがラスブルグに復讐しようとしている事は分かっている。ラスブルグが過去にした事は、戦争とはいえ確かに許しがたい事だ。だからといって罪もない人達の命を奪っていいことにはならない」
「御大層な説教だこと。でも私の目的が復讐と分かっているなら、これから私が何をするか想像がつくでしょう?」
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