どうやらこの物語、ヒロインが一度死ぬ仕様です

山口三

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10話 カトリーヌの顔

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 こうして最初の一ヵ月が過ぎて行った。

 私は家から皇宮に通い、皇子が自室にいる間は話し相手になったり、部屋を少し片づけたりしたが、本当の目的は皇子の監視だった。

 私がいない所で甘いお菓子やこってりした間食を取られてはダイエットが成り立たない。
 
 一ヵ月を過ぎた頃から、初めは「まずい、まずい」を連呼して残しまくっていた皇子だが、それではやはりお腹が空く。お腹が空いているところで食べると多少は美味しく感じる。それの繰り返しで少しずつダイエット食に慣れてきたようだった。

 二ヵ月経った今、やっと皇子もダイエット食の味付を普通に受け入れていた。

食事は家族とは別にしてもらい、他の人が美味しいものを食べているのを見なくて済むようにしている。私も経験したけど、あれはかなりきついからね。


 今日は皇子の執務室で、臣下から報告を受けている皇子にお茶を淹れていた。  
 濃いめのお茶にブラウンシュガーをひとさじ加える。


「このお茶にも慣れてきたな……」

 皇子はお茶をじっと見つめながら、ぽつりと呟いた。

 臣下が下がると入れ替わりに、皇子に来客が告げられた。

「メッサ―伯爵令嬢さまがおいでです」

「通してくれ」皇子は機械的に答えた。

 ゴージャスなブロンド美人が、優雅に皇子に歩み寄る。はい、テロップの出番です。

『カトリーヌ・メッサ―・ジェイミー皇子のフィアンセ。二人がまだ幼い頃に、皇帝と現財務長官であるメッサ―伯爵との間に交わされた約束がきっかけ』

 あら、今回はずいぶん長文だわ。カトリーヌの胸元の文章をじっと読んでいる私に、彼女は胡散臭そうな視線を送りつつ、皇子の隣に立った。

「ジェイミー様、ご機嫌よう。あなたのカトリーヌが参りましたわ」

 うわ、『あなたのカトリーヌ』だって! やば、思いっきり呆れ顔になってたかも。チラッとカトリーヌ嬢を見ると、私なんて眼中になく皇子の肩に手を置いている。ちょっと気が強そうで、いかにも貴族令嬢といった物腰で。

「あら、あなたがジェイミー様の新しいお食事係ね」

 やっと私を認識したのね。その、人を見下す目つきもまさにお偉い貴族さまって感じだわ。それと食事係じゃないですから!

「お初にお目にかかります。ローズ・サトリアと申します」

 内心とは裏腹に、私は丁寧に頭を下げた。

「ああ! お父様の部下の娘ね。あなた、ジェイミー様におかしな物を食べさせないで頂きたいわ。とてもじゃないけど食べられないようなまずい食事を出してるんですって? この方は次期皇帝になられるのよ、最高の食事を用意するのが当然なんですからね」

 お前もか、ブルータス! そんなふうに甘やかすのは本人のためにならないし、その敵意むき出しの言い方には、私も思わずカチンときた。

「ですが、皇帝陛下の許可を頂いております。皇子様に健康になって頂くのが私の仕事です」

 私がそう言い返すとカトリーヌはムッとしてそっぽを向いた。やがて気を取り直したのか、皇子へなまめかしい視線を向けた。

「ジェイミー様、痩せるなんて程ほどになさいませね。カトリーヌはジェイミー様のふくよかなお顔が大好きなんですから」と、小首をかしげて微笑んで見せた。

 わぁお、気持ち悪い。その顔、ぜったい心から笑ってないわよね。これはただの感だけどカトリーヌはその態度ほど皇子を愛してないわね。私の感は当たるんだから。

 それにしても初対面のはずなのに、どこかで見た事があるような気がするのは私の気のせいかしら?

 私の考えを読んだかのように、再度テロップが出た。

『カトリーヌ・メッサ―・十七歳 メッサ―伯爵家の長女・デブを毛嫌いしている』

 えええーっ、言ってることが正反対じゃない! しかしテロップにこんなことまで出るのかぁ。なんだか人の秘密を覗いちゃうみたいで少し後ろめたい気がするわ。

 それにしても太ってるのが嫌ならダイエットに賛同しそうなものなのに、どうして『程々に』なんて言うのかしらね。自分の未来の夫が痩せてくれるなら嬉しいはずでしょ?

 カトリーヌは皇子と二、三言交わすと、すぐに暇を告げた。私の存在はまるで無視して、彼女は言った。

「では、わたくしはこれで。また参りますわね」

 彼女が去ると皇子は大きなため息を一つついた。少ししか居てくれなくて、寂しいのかしら?

「今日は部屋に戻る。ローズ、部屋でまたお茶を淹れてくれ」

 えっ、皇子様、もうお仕事は終わったんですか? さっき一通り書類を見ていたけれど、パラパラめくっているだけできちんと読んでいるようには見えなかったけどなあ。

 皇子の部屋でお茶を淹れているとき、ふとあの顔に思い当たって「あっ」と思わず声が漏れてしまった。

「どうした?」

「いえ、その……明日はまたちょっと趣向を凝らしたお茶をお持ちしようかと思いまして」

「それはいいな。ミルクなしのお茶は慣れてきたが、少し飽きてきた所だった」

 皇子の言葉はほとんど耳に入らず、頭の中はさっき思い出したカトリーヌの顔のことでいっぱいだった。

 そう、あれは冬華の世界のハリウッド女優、リース・ディロンだ!

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