どうやらこの物語、ヒロインが一度死ぬ仕様です

山口三

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38話 皇帝と息子

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 前夜はろくに眠れなかった。一度は贈り物を返却しようと心に決めたが、視聴率のことがあって決心が揺らいだままだ。

 ノックの音と廊下で誰かの声がする。いつもならエリーが洗顔用のお湯を運んでくる時間だ。

 入って来たのはやはりエリー。でも気の置けないはずのエリーが、私に恐慌をもたらした。

「Δ〇Ψ※、ΔΦ〇※§#〇Δ$Σ」

 一言も聞き取れない。驚いて棒立ちになっている私に、エリーが近づいてきてまた何か言っている。やはり聞き取れない。

 心配そうなエリーの表情から察して、適当に取り繕うしかない。

「だ、大丈夫よ。ちょっと悪い夢を見て寝覚めが悪かっただけ。あとは一人でやるわね」

 気がかりだという顔をしたまま、エリーは出て行った。

 どうしよう、この世界に来た時とも前回とも違って、ずっと聞き取れないままだった。いったい、どうして?

  ――返そうとした、その瞬間からだ。
 そう思った途端、胸の奥がひやりとした。

 この間はルイス様、今度はエリー。そうだ、他の人は? 私は支度もそこそこに階下へ降りた。

 お母様がひとり、朝食の席についていた。

「あらまあローズったら、ひどい顔をしてるわよ」

 良かった! お母様の言葉はすべて聞き取れる。

「昨日よく眠れなかったの」

 少し安堵して席に着いた。母は私の方へバターの皿を移動させながら話しだした。

「贈り物……ただの感謝の意にしては重すぎると疑問に思ったのね?」

「皇子様が痩せられたのは彼自身の努力があってこそよ、私は少しお手伝いしただけ。なのに、あれは……」

「皇子様はあなたが思っている以上に、感謝しているってことじゃないかしら? それとも別の感情があるのかもしれないわね」

「別の感情? そんな事ないわ。皇子様にはカトリーヌ様がいらっしゃるのよ」

「年が明けたらジェイミー様が皇太子に指名されると噂が立っているわ。次期皇帝なら皇后だけでなく側室を置くことも出来るのよ。あなたの叔母は皇妃じゃない」

「お母様は皇子様が私を側室に望んでいらっしゃるって思うの?」

「私はあくまで客観的に見た感想を言ってるの。ローズは皇子様と一緒に過ごしていて何か感じたことはないの?」

「あるような、ないような。分からないわ。嫌われてるとは思わないけど」

「じゃあローズ自身はどうなの? 皇子様に対して特別な感情はないの?」

「えっ、私? 私は……」

 私は皇子様のことを……どう思っているんだろう? そんなの今まで考えてみた事もなかったわ。

 初めの頃は皇子様のダイエットを成功させるのに必死だった。その後はどうやったら謀反を阻止できるか……今でもそれがずっと気がかりだし。私は家族の命を守りたい、いえジェイミー様の命も守りたいわ。

 母はしばらく私を見つめてから、ぽつりと言った。

「ひとつだけ、言っておくわね」

 私は顔を上げた。

「受け取るかどうかよりも――返すという行為の方が、よほど強い意思表示になるのよ」

 それは諭すようでもあり、少しだけ娘を案じる声でもあった。


 返す、という行為。
 それはただ遠慮するだけじゃない。

 いらない、と。
 重すぎる、と。
 あなたの気持ちは受け取れない、と。

 そう突きつけることになる……。


 


_______


「ジェイミー様、お申しつけの通りサトリア家への手配が全て終わりました」

 ネイサンは手にした受領書、手配書を確認した。ヴィクター・ウエストウッドから出来上がってきたドレス一式、王室御用達の宝石商から届いたアクセサリー、あとは花屋にたくさんの花束やアレンジメントを用意させた。

「ローズは気に入ってくれるだろうか?」
「ここまでされて、喜ばない方はいないと存じます」

 そうだ。カトリーヌ様でもこんな風に贈り物をされたら喜ぶこと間違いなしだろう。

 ただ、ローズ様が戸惑ってしまわれないかが不安の種だった。

 ジェイミー様は間違いなくローズ様を想っていらっしゃる。だがローズ様はどうなのだろう? 皇室騎士団の副団長と親しくされていらっしゃるようだが……。

 ジェイミー様にはお幸せになって頂きたい。ジェイミー様はとても心の優しいお方だ。子供の頃からそばにいる自分には、よくわかっている。
 
 ネイサンは自分が十一歳のころを思い出していた。

 あれは夏の暑い日だった。皇子といつものように元気よく遊んでいた。だが元気があり余って、皇帝が大切にしている、東洋から贈られた貴重な壺を割ってしまったのだ。おまけに皇子はその破片で手にケガをした。

 壺を倒して割ったのはネイサンだった。なのにまだ六歳の幼い皇子は、自分が割ったと皇帝に申し出た。あの壺はネイサンが一生かかっても買えないような値段の骨董だった。

 皇帝は叱らなかった。が、冷たい目でジェイミーを見つめながら三日間の謹慎を命じた。

 あの出来事の真相は二人しか知らない。それ以外にも皇子の優しさや、優れた頭脳の一端を垣間見る機会が幾度もあった。ジェイミー様は、皇帝にふさわしい知性と優しい心を持ち合わせた方なのだ。

 ネイサンの思考は中断された。ジェイミー皇子が皇帝に呼び出されたのだ。

「皇帝陛下が僕に何の用だろう……」

 陛下に呼び出されるなんて何ヵ月、いや何年ぶりだろう。だが僕も陛下にお話があるのだ。


_______________



 陛下はご自分の書斎におられた。

 そしてシャルルも陛下のデスクの前に立っていた。そうか、皇太子の件だな。正式にシャルルが皇太子に指名されるから、僕が補佐しろという話だな。

 エドワード・リデロ・カパリダ皇帝はジェイミーととても良く似ていた。冷たく見えるほど整った顔立ちに、冷静沈着、頭脳明晰な彼は皇帝の名にふさわしい人物だった。

「二人ともよく来た。今日は皇太子任命についてお前たちを呼んだのだ」

 やはり、思った通りだ。

「ジェイミー、来年の建国祭でお前を皇太子に指名する。臣下たちも異存は無いそうだ。これまで通り政務に励み、勉学にも力をいれ、見識を広げるように」

 えっ、僕が皇太子?

「それからシャルル、お前はまだ幼いがこれから兄を補佐していく重要な役目が待っている。兄と一緒にこの国を守っていけるな?」

「はい、陛下! 僕は兄様のためなら何でもできます!」

 皇帝の表情が和らいだ。

「どうした? ジェイミー」
「はっ、あの陛下。皇太子はシャルルではなく僕ですか?」

「そうだ。宰相もお前の働きぶりを褒めていたぞ。痩せるのも相当努力したようだな。お前には皇帝としての才がある」

 宰相も臣下も褒めていた……父上は?

「しかし頭がいいだけでは立派な皇帝とは言えん。民や臣下の心を掴み、信頼を得、時には厳しい決断をして、日々精進していかねばならぬ。お前にはそれが出来ると、わたしは判断したのだ」

 陛下が……父上が僕を認めてくれた?
 僕が皇帝に相応しく、その努力が出来る人間だと認めてくれたのか?

 ジェイミーは胸が熱くなるのを感じた。父上は僕に無関心ではなかった。ちゃんと僕を見てくれていたのだ。

「兄様、おめでとうございます! 僕も兄様を補佐できるようしっかり勉強します」

「ありがとう、シャルル」

 僕たちは陛下の書斎を一緒に辞した。が、すぐ自分は陛下に別の話しがあったことを思い出した。

「シャルル、すまないが父上に話があったことを忘れていた。また後で会おう」
「そうですか。行ってらっしゃい兄上、頑張ってください!」

 頑張る? シャルルは僕が陛下に何を言うのか分かっているのか? 
 僕はフフッと笑った。そうかもしれないな。きっかけはシャルルの言葉だったのだから。
 
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