4 / 12
虎視眈々と
しおりを挟む
追撃する伊藤家と撤退する秋月家とが最後尾でやり合う音が聞こえてきた。
伊藤家の方が数では優っているのに私が捉えられているがため、迂闊《うかつ》に鉄砲や弓が打てずに苦戦しているのがみてとれた。
先頭をいく照景達に連れられてぬかるんだ山道を川沿いに上っていった。
勾配のついた川の流れは勢いを増すばかりで恐怖を感じるほどであった。
しばらくいくと川幅が狭まった箇所に小さな橋がかかっているのが見えた。
あんなところに橋なんて、いつの間に作ったのだろうか……
「予め組み立てておいた材料を夜明けとともにここまで運び入れ、まだ薄暗いうちにかけたのじゃ。」
はっ……?そんな短時間でこんな立派な橋を?!
近付くとそれは竹で出来ていた。竹ならば軽いから持ち運びもし易いだろう……
私が目をパチパチさせて驚いているのを見て照景がフフっと愉快そうに笑った。
この作戦を思いついたのは兄上なのだという。
橋を渡ると騎馬隊の一人がほら貝を吹いた。
それを合図に後方で戦っていたしんがり隊が一斉に引き上げてきた。
最後の一人が渡り終えると、橋に油を撒いて火矢を放った。
伊藤家が橋を渡って追って来れぬようにしたのだ。
何から何まで用意周到だ……
どうやら新しい当主とやらは戦術に長けた頭のキレる男らしい。
木々の隙間から、燃え盛る橋を前に呆然とたたずむ銀次の姿が見えた。
すっかり暗くなった山道を、敵方が陣を構える河原へと向かって下った。
私はこれからどうなるのだろう。
ひとまずは追撃から逃げ延びる道具として生かされたが、用済みとなったら敵陣で切腹させられるかも知れない……
いや、それならばまだいい。
私の命と引き換えに降伏しろなどと父上に迫るようなことがあるのならば、今直ぐにでも舌を噛み切って死にたいっ……
「そう身を案ずるな。悪いようにはしない。」
照景が馬上から笑みを浮かべてみせた。
この人はなぜ戦場でこうも穏やかに笑っていられるのだろうか。
味方ならまだともかく、敵である私にまで─────……
他所から来たとはいえ、今まで両家が領地を取り合ってどれだけの血が流れたかは家臣から聞いているはずだ。
騎馬隊達からは分かりやすいほどの敵意の目を向けられている……それが当然だ。私だってそうする。
腕に巻かれた縄を足軽が強く引っ張るもんだから痛くて仕方がなかったのだが、照景は乱暴なことは止せとたしなめてくれた。
私は命まで奪おうとしたのに……
照景から優しく接せられて、どのような心持ちでいればいいのやら分からなくなってきた。
幼き頃から戦へと旅立つ父上を何度も見送った。
元々体の弱かった母上がもう幾日ももたないであろうと医者から告げられた日も、父上は戦へと向かった。
二度と会えなくなると分かっていたのに……
母上が亡くなった後も、一ヶ月戻っては来なかった。
「人ではなく時代が悪いのです。恨むのではなく愛すことこそが、人を強くするのです。」
母上が死ぬ間際に遺した言葉に、吉継は涙ながらに何度もうなづいていた。
───────でも私は………
こんな時代を作った悪の根源こそ、人なのだと思っていた。
峠を越えるとようやく、かがり火に照らされた陣幕が見えてきた。
あの中に敵の総大将がいる……
痺れるような緊張感で胸の鼓動がひときわ強く波打った時、私の鼻先が不穏な空気をとらえた。
青々しく酸味の混じった花の香りが微かにする。
これは……スズラン?
初夏に咲く花が稲刈りの始まるこの時期に森の中から香ってくるだなんて不自然だ。
スズランはその清楚で可愛らしい見た目とは違い有毒物質を含んでいる。トリカブトやケシと並んで毒矢として使われる植物として有名なのだ。
「……あの木の陰に誰か潜んでいるぞ。」
縄を持つ足軽に小声で伝えたのだけれど、不機嫌にフンと鼻を鳴らしただけで全く相手にされなかった。
真っ暗な陰に目を凝らすと野良着姿の農民が見えたのだが、その手には弓矢が握られており、矢面は真っ直ぐに照景を狙っていた。
知らせていたのでは間に合わないっ。
回し蹴りを足軽の後頭部に喰らわし、月毛の馬の尻に飛びついてガブリと噛んだ。
照景は紙一重で飛んできた毒矢からは逸れたものの、前足を高く上げていなないた馬の背中から振り落とされてしまった。
落馬した際に頭を打ったのかぐったりとしたまま動かない……心配だが、今は犯人を捕まえる方が先決だ。
「弓を打った者はあそこじゃ!ひっ捕らえろ!!」
そう叫んで先頭切って追いかけようとしたら怒り心頭の騎馬隊達に取り押さえられてしまった。
私じゃなくて捕まえるのはあっちだって!!
騎馬隊の一人が私に繋がれた縄を持つと馬を走らせた。
馬の速さについていけるはずはなく、地面を転がるようにして引きづられた。
体は甲冑で守られてはいるけれど、くぐられた手が千切れるかと思うほど痛いっ!
やがて馬が止まると、今度は首根っこを掴まれてポイっと無造作に投げ捨てられたもんだから受身が取れずに顔面着地をしてしまった。
いくらなんでもこの扱い方は酷いっ!!
「この者は伊藤家の嫡男、吉継です。照景様のお命を二度も奪おうとした不届き者!今直ぐ打首に処すべきです!!」
騎馬隊がひざまづいて頭《こうべ》を垂れた相手……顔を上げてみると、重臣達が居並ぶ陣中のど真ん中で大股を広げて座っている人物と目が合った。
その男は、上弦の月の前立てが施された兜の下で眼光鋭い目をしていた。
甲冑越しでも分かるほどに鍛え上げた体からは陰々たる殺気が放たれている……
兄弟なのに、受ける印象がまるで違う─────……
その人物こそ、秋月家の当主、秋月 紅楊《こうよう》だった。
ただそこに座っているだけなのに、百の目で四方八方から睨まれているかのような威圧感を感じた。
息をするのも阻《はば》かられる………
女だからないけれど、金玉があれば縮み上がっているに違いない。
だがしかし、臆している場合ではないっ。
「確かに首を掻っ切ろうとはしたがそれは戦なのだから当然……でも先程のは違う!弓を構えた怪しい者が狙っていたからだ!」
「黙れ黙れ黙れ!!そのような戯言《ざれごと》を殿の前で無礼千万《ぶれいせんばん》!現に“落馬して死ね”と言って馬の尻に噛み付いたではないか!」
いや、そんなこと言ってないし!!
私は後ろから襲うような姑息《こそく》な真似はしないっ。
けれど……長年憎み合ってきて命まで取ろうとした者が、助けたのだと主張したところで誰が信じるだろう……
しかも私は拘束されていつ殺されるかもしれない身なのだ。
怪しい者が矢で狙っていたのならば、見て見ぬふりをして混乱に生じて逃げようするのが普通であろう。
そんなことを考えるより先に体が動いてしまっていた……
自分でも何故そんな行動を取ったのか分からないのに、相手に信じてもらおうだなんて不可能だ。
黙り込んだ私を見て観念したと思ったのか、紅楊が右手を上げた。
それを合図に脇に控えていた小姓《こしょう》が立ち上がり、左腰に差した刀の鍔《つば》を親指で押し出した。
─────────切られるっ……!!
戦場で華々しく死ぬならともかく、こんな恥ずべき汚名を着せられて殺されるだなんてっ───────……
「吉継殿が言うておることは真《まこと》でございます。」
殺伐とした中に染み入るるように響いた柔らかな声………
声をした方を振り向くと、照景が陣幕をめくり入ってきた。
「付近を捜査したところ木の枝に矢が一本刺さっておりました。この矢に使用された羽根は、我が軍のものとも伊藤家のものとも違います。」
そう言って両手の平に乗せて見せた矢には、矢羽に真っ白な白鳥の羽根が使用されていた。
証拠となる飛んできた矢をわざわざ探して持ってきてくれたのだ。
気を失うほどに頭を強く打っていたはずなのに……
私のことを……
照景は、信じてくれたのだ───────……
しばしの沈黙のあと、紅楊が口を開いた。
「刺客が何故その場にいた?」
低くて抑揚のないその声に、辺りは張り詰めたように静まり返った。
奇襲は秘密裏に行わなければならない。
作戦直前までは上層部でも一部の者にしか伝えてはいなかっただろう。
なのに照景がそこを通るのを知っていて待ち構えていた。
誰かが事前に漏らしたとしか考えられない……
紅楊の視線は私を引っ張ってきた隣にいる騎馬隊に向けられていた。
騎馬隊は蛇に睨まれた蛙のごとく額から脂汗を滲ませ、傍目からも分かるほどに震えていた。
「奇妙な話だのう……見当はつくか?」
「わわ、私にはさっぱり……」
もしやこいつはどこかの国と密通している?
この合戦のどさくさに紛れて照景を亡き者にしようと画策したのか?
失敗して露呈《ろてい》することを恐れ、私に罪をなすりつけようとありもしないことを言いやがったのだな。
こんっの野郎~……
腹の底から怒りがフツフツと湧いてきた。ぶん殴ってやりたいっ!
紅楊はすくりと立ち上がると騎馬隊の前まで足を進めた。
口笛を鳴らしたような甲高い音がした、次の瞬間……
騎馬隊の首がカクンと折れ曲がり、皮一枚繋がった頭が自身の膝の上にゆっくりと落ちていった。
く……くびを……はねたっ─────────!!
腰から抜いて振り下ろしたのだろうが刃筋《はすじ》が全く見えなかった……
紅楊の見事すぎる太刀さばきに驚いていると、首のない胴体が火山のような血飛沫を吹き出しながら私の肩にもたれかかってきた。
人肌の血の温もりを全身に浴びてしまい、その気持ちの悪い生々しさに一気に吐きそうになった。
紅楊は刀身に付着した血を振り落とすと、今度は私に向かって刀を振りかぶった。
身構えるひまもなく、手に巻かれていた縄が一分《いちぶん》の狂いもなく鮮やかに切り落とされた。
ビビった……殺されるかと思った。
「その矢がどこのものか調べろ。」
照景にそう言って刀身を鞘に納めると、紅楊は陣幕の奥へと消えていった。
伊藤家の方が数では優っているのに私が捉えられているがため、迂闊《うかつ》に鉄砲や弓が打てずに苦戦しているのがみてとれた。
先頭をいく照景達に連れられてぬかるんだ山道を川沿いに上っていった。
勾配のついた川の流れは勢いを増すばかりで恐怖を感じるほどであった。
しばらくいくと川幅が狭まった箇所に小さな橋がかかっているのが見えた。
あんなところに橋なんて、いつの間に作ったのだろうか……
「予め組み立てておいた材料を夜明けとともにここまで運び入れ、まだ薄暗いうちにかけたのじゃ。」
はっ……?そんな短時間でこんな立派な橋を?!
近付くとそれは竹で出来ていた。竹ならば軽いから持ち運びもし易いだろう……
私が目をパチパチさせて驚いているのを見て照景がフフっと愉快そうに笑った。
この作戦を思いついたのは兄上なのだという。
橋を渡ると騎馬隊の一人がほら貝を吹いた。
それを合図に後方で戦っていたしんがり隊が一斉に引き上げてきた。
最後の一人が渡り終えると、橋に油を撒いて火矢を放った。
伊藤家が橋を渡って追って来れぬようにしたのだ。
何から何まで用意周到だ……
どうやら新しい当主とやらは戦術に長けた頭のキレる男らしい。
木々の隙間から、燃え盛る橋を前に呆然とたたずむ銀次の姿が見えた。
すっかり暗くなった山道を、敵方が陣を構える河原へと向かって下った。
私はこれからどうなるのだろう。
ひとまずは追撃から逃げ延びる道具として生かされたが、用済みとなったら敵陣で切腹させられるかも知れない……
いや、それならばまだいい。
私の命と引き換えに降伏しろなどと父上に迫るようなことがあるのならば、今直ぐにでも舌を噛み切って死にたいっ……
「そう身を案ずるな。悪いようにはしない。」
照景が馬上から笑みを浮かべてみせた。
この人はなぜ戦場でこうも穏やかに笑っていられるのだろうか。
味方ならまだともかく、敵である私にまで─────……
他所から来たとはいえ、今まで両家が領地を取り合ってどれだけの血が流れたかは家臣から聞いているはずだ。
騎馬隊達からは分かりやすいほどの敵意の目を向けられている……それが当然だ。私だってそうする。
腕に巻かれた縄を足軽が強く引っ張るもんだから痛くて仕方がなかったのだが、照景は乱暴なことは止せとたしなめてくれた。
私は命まで奪おうとしたのに……
照景から優しく接せられて、どのような心持ちでいればいいのやら分からなくなってきた。
幼き頃から戦へと旅立つ父上を何度も見送った。
元々体の弱かった母上がもう幾日ももたないであろうと医者から告げられた日も、父上は戦へと向かった。
二度と会えなくなると分かっていたのに……
母上が亡くなった後も、一ヶ月戻っては来なかった。
「人ではなく時代が悪いのです。恨むのではなく愛すことこそが、人を強くするのです。」
母上が死ぬ間際に遺した言葉に、吉継は涙ながらに何度もうなづいていた。
───────でも私は………
こんな時代を作った悪の根源こそ、人なのだと思っていた。
峠を越えるとようやく、かがり火に照らされた陣幕が見えてきた。
あの中に敵の総大将がいる……
痺れるような緊張感で胸の鼓動がひときわ強く波打った時、私の鼻先が不穏な空気をとらえた。
青々しく酸味の混じった花の香りが微かにする。
これは……スズラン?
初夏に咲く花が稲刈りの始まるこの時期に森の中から香ってくるだなんて不自然だ。
スズランはその清楚で可愛らしい見た目とは違い有毒物質を含んでいる。トリカブトやケシと並んで毒矢として使われる植物として有名なのだ。
「……あの木の陰に誰か潜んでいるぞ。」
縄を持つ足軽に小声で伝えたのだけれど、不機嫌にフンと鼻を鳴らしただけで全く相手にされなかった。
真っ暗な陰に目を凝らすと野良着姿の農民が見えたのだが、その手には弓矢が握られており、矢面は真っ直ぐに照景を狙っていた。
知らせていたのでは間に合わないっ。
回し蹴りを足軽の後頭部に喰らわし、月毛の馬の尻に飛びついてガブリと噛んだ。
照景は紙一重で飛んできた毒矢からは逸れたものの、前足を高く上げていなないた馬の背中から振り落とされてしまった。
落馬した際に頭を打ったのかぐったりとしたまま動かない……心配だが、今は犯人を捕まえる方が先決だ。
「弓を打った者はあそこじゃ!ひっ捕らえろ!!」
そう叫んで先頭切って追いかけようとしたら怒り心頭の騎馬隊達に取り押さえられてしまった。
私じゃなくて捕まえるのはあっちだって!!
騎馬隊の一人が私に繋がれた縄を持つと馬を走らせた。
馬の速さについていけるはずはなく、地面を転がるようにして引きづられた。
体は甲冑で守られてはいるけれど、くぐられた手が千切れるかと思うほど痛いっ!
やがて馬が止まると、今度は首根っこを掴まれてポイっと無造作に投げ捨てられたもんだから受身が取れずに顔面着地をしてしまった。
いくらなんでもこの扱い方は酷いっ!!
「この者は伊藤家の嫡男、吉継です。照景様のお命を二度も奪おうとした不届き者!今直ぐ打首に処すべきです!!」
騎馬隊がひざまづいて頭《こうべ》を垂れた相手……顔を上げてみると、重臣達が居並ぶ陣中のど真ん中で大股を広げて座っている人物と目が合った。
その男は、上弦の月の前立てが施された兜の下で眼光鋭い目をしていた。
甲冑越しでも分かるほどに鍛え上げた体からは陰々たる殺気が放たれている……
兄弟なのに、受ける印象がまるで違う─────……
その人物こそ、秋月家の当主、秋月 紅楊《こうよう》だった。
ただそこに座っているだけなのに、百の目で四方八方から睨まれているかのような威圧感を感じた。
息をするのも阻《はば》かられる………
女だからないけれど、金玉があれば縮み上がっているに違いない。
だがしかし、臆している場合ではないっ。
「確かに首を掻っ切ろうとはしたがそれは戦なのだから当然……でも先程のは違う!弓を構えた怪しい者が狙っていたからだ!」
「黙れ黙れ黙れ!!そのような戯言《ざれごと》を殿の前で無礼千万《ぶれいせんばん》!現に“落馬して死ね”と言って馬の尻に噛み付いたではないか!」
いや、そんなこと言ってないし!!
私は後ろから襲うような姑息《こそく》な真似はしないっ。
けれど……長年憎み合ってきて命まで取ろうとした者が、助けたのだと主張したところで誰が信じるだろう……
しかも私は拘束されていつ殺されるかもしれない身なのだ。
怪しい者が矢で狙っていたのならば、見て見ぬふりをして混乱に生じて逃げようするのが普通であろう。
そんなことを考えるより先に体が動いてしまっていた……
自分でも何故そんな行動を取ったのか分からないのに、相手に信じてもらおうだなんて不可能だ。
黙り込んだ私を見て観念したと思ったのか、紅楊が右手を上げた。
それを合図に脇に控えていた小姓《こしょう》が立ち上がり、左腰に差した刀の鍔《つば》を親指で押し出した。
─────────切られるっ……!!
戦場で華々しく死ぬならともかく、こんな恥ずべき汚名を着せられて殺されるだなんてっ───────……
「吉継殿が言うておることは真《まこと》でございます。」
殺伐とした中に染み入るるように響いた柔らかな声………
声をした方を振り向くと、照景が陣幕をめくり入ってきた。
「付近を捜査したところ木の枝に矢が一本刺さっておりました。この矢に使用された羽根は、我が軍のものとも伊藤家のものとも違います。」
そう言って両手の平に乗せて見せた矢には、矢羽に真っ白な白鳥の羽根が使用されていた。
証拠となる飛んできた矢をわざわざ探して持ってきてくれたのだ。
気を失うほどに頭を強く打っていたはずなのに……
私のことを……
照景は、信じてくれたのだ───────……
しばしの沈黙のあと、紅楊が口を開いた。
「刺客が何故その場にいた?」
低くて抑揚のないその声に、辺りは張り詰めたように静まり返った。
奇襲は秘密裏に行わなければならない。
作戦直前までは上層部でも一部の者にしか伝えてはいなかっただろう。
なのに照景がそこを通るのを知っていて待ち構えていた。
誰かが事前に漏らしたとしか考えられない……
紅楊の視線は私を引っ張ってきた隣にいる騎馬隊に向けられていた。
騎馬隊は蛇に睨まれた蛙のごとく額から脂汗を滲ませ、傍目からも分かるほどに震えていた。
「奇妙な話だのう……見当はつくか?」
「わわ、私にはさっぱり……」
もしやこいつはどこかの国と密通している?
この合戦のどさくさに紛れて照景を亡き者にしようと画策したのか?
失敗して露呈《ろてい》することを恐れ、私に罪をなすりつけようとありもしないことを言いやがったのだな。
こんっの野郎~……
腹の底から怒りがフツフツと湧いてきた。ぶん殴ってやりたいっ!
紅楊はすくりと立ち上がると騎馬隊の前まで足を進めた。
口笛を鳴らしたような甲高い音がした、次の瞬間……
騎馬隊の首がカクンと折れ曲がり、皮一枚繋がった頭が自身の膝の上にゆっくりと落ちていった。
く……くびを……はねたっ─────────!!
腰から抜いて振り下ろしたのだろうが刃筋《はすじ》が全く見えなかった……
紅楊の見事すぎる太刀さばきに驚いていると、首のない胴体が火山のような血飛沫を吹き出しながら私の肩にもたれかかってきた。
人肌の血の温もりを全身に浴びてしまい、その気持ちの悪い生々しさに一気に吐きそうになった。
紅楊は刀身に付着した血を振り落とすと、今度は私に向かって刀を振りかぶった。
身構えるひまもなく、手に巻かれていた縄が一分《いちぶん》の狂いもなく鮮やかに切り落とされた。
ビビった……殺されるかと思った。
「その矢がどこのものか調べろ。」
照景にそう言って刀身を鞘に納めると、紅楊は陣幕の奥へと消えていった。
0
あなたにおすすめの小説
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる