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羞恥心
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何故に私は敵国の城で風呂を頂戴しているのだろうか。
伊藤家と秋月家の戦は膠着《こうちゃく》状態とはいえ、まだ続いているというのに……
裏切り者への斬首のあと、小姓に連れられて近くの支城へと移動させられた。
支城とは当主が住む本城を守るために建てられた出城や砦、陣屋のことを指す。
いろいろな補助的役割があったりするのだが、この支城は伊藤家の領地と接するような場所に築かれていることからして、見張りや守備を目的にした「境目の城」であろう……
このような城に招かれることになろうとは……心中複雑だ。
城内には城主の留守を預かる女中達や、戦の物資を補給する小荷駄《こにだ》達が忙しなく動き回っていた。
伊藤家の嫡男が血まみれで現れたことにみな一様に驚いてはいたが、事のいきさつを小姓から知らされるとどうぞどうぞと奥の本丸へと通された。
先ずはお体を綺麗にしてくださいと風呂を勧められたのだが……
ちなみにこの時代の風呂とは湯船に浸かるものではなく、湯を沸かして蒸すサウナのようなものであった。
庶民や下級武士にとっては行水が一般的で、蒸し風呂とは武将クラスしか入れない高級なものなのである。
行水で充分だと遠慮したのに……
奥女中達から照景様の命の恩人に風邪でも引かれたら困りますと押し切られてしまった。
丁重に持て成してくれてはいるのだけれど……
照景様を救っていただいて有難う御座いますと何度も言われ、仕舞いには泣かれてしまった。
多分これってみんな照景にホの字なんだろうな。
戦場で首を掻っ切ろうとしただなんて知れたら袋叩きに合いそうだな……
まあそんな訳でふんどしと胸にサラシをした状態で風呂に入っているのだけれど……
見張りの小姓は廊下に居りますので何かあれば声をかけて下さいと言っていたから、見られる心配はなさそうで一先ず安心した。
石窯の上に張られたすのこの隙間からはモウモウと湯気が立ち上っていた。ほのかに香る薬草の匂いが心地良い……
体が冷えきっていたからこのようなふるまいは正直有り難かった。
にしてもいつ女だと気付かれるやも知れない。
なんとかしてここから逃げ出す方法を見つけないと……
この城は石垣や堀で何重にも囲まれており複雑な経路を成していた。
外から攻め入るには難儀するだろうが、内側からならなんとか越えられそうではあった。
先ずは大人しく従う振りをして隙を見出さなければならない。
体にべっとりと付着した血を手ぬぐいで拭っているとサラシが緩んできた。
おなごの胸だけ何故このように腫れるのだろうか……
赤子に乳を与えるためだと言うけれど、それならばその時だけ膨らめばいい話である。
それに私のって人よりちょいとばかしデカいんだよな。侍女のスエは羨ましいとか言うけれど……
重いし素振りをするにも引っかかるし、私にとっては無用の長物でしかない。
胸が目立たないようにキツく巻き直しておかないと……
ため息をつきながらサラシを解こうとしたら、扉の向こうから照景の声がした。
「吉継殿入っても良いか?改めて礼が言いたい。」
──────えっ……それは困る!!
こちらの返事も聞かずに照景はガラリと扉を開けた。
目線がサラシを巻いた胸の膨らみと谷間をとらえると動きが止まった。
静かな緊張感が二人の間に走る──────……
「これは相すまぬ。間違えてしまった。」
一礼をすると照景は扉を閉めた。
誤魔化せ……たのか?
吉継ではなく見知らぬ女が入っていると思ったのか?
いや、それはそれで困るぞ。
ふんどしを締めてサラシを巻いた怪しい女が勝手に風呂になんか入っていたら、問答無用で打首にされるんじゃないだろうか……
ここは素知らぬ振りをして吉継としていち早く風呂場から出た方がいいっ。
手早くサラシを巻き直そうと解いたら、再び扉が開いた。
はっと思ったがもう遅い……照景と目が合った状態で、サラシははらりと床に落ちていった。
「きゃ────────っ!!」
背を向けて胸を隠してしゃがみ込んだ。
も、モロに見られてしまった!!なんなんだこの例えようのない恥ずかしさはっ!!!
「照景様っ!今の悲鳴は一体っ……」
しまった!思いっきり叫んだもんだから大勢呼び寄せてしまった。ふんどし一丁の姿でひっ捕らえられるだなんて冗談じゃないっ!
「問題ない。吉継殿と二人だけで話がしたい上、しばし人払いを頼む。」
照景は家来達が遠のいていったのを見計らうと扉をパタリと閉め、そばへと近寄ってきた。
どどどどうしよう……!
どうすればいいんだこの状況はっ!!
出来るのであれば今直ぐこの胸をもぎ取りたいっ!
丸まったまま身動きが取れないでいると、後ろからそっと布がかけられた。
それは湯帷子《ゆかたびら》という、入浴時に着用する麻でできた単衣《ひとえ》の着物だった。
恐る恐る振り返ると、照景はこちらに背を向けながらスノコの上であぐらをかいて座っていた。
「……吉継殿はおなごであったのか。それはさぞかし生きにくいであろうな。」
照景が神妙な口調で呟いた。
どうも女なのに訳あって男として育てられていると解釈したようだった。
「嫡男がいないと争いごとの火種となる。しかし男に交じって戦にまで出るのは大変であろう……」
同情までしてくれるなんて……人が良すぎる………
さすがにこれ以上騙すのは申し訳なくなくなってきた。
「いえ……吉継ではなく、姉の阿古でございます。」
顔は見えないが頭が混乱している様子が伝わってきた。
そりゃ吉継だと信じて疑わなかった相手が実は阿古姫でしただなんて急に言われても、思考が追いつかないだろう……
「いつ入れ替わった?この城に入ってからか?」
「いえ最初から。吉継ではなく阿古でした。」
「槍を振り回して突っ込んできた時も?」
「阿古です。」
「曲芸師のように騎馬隊の上を飛び越えたのも?」
「阿古です……」
「馬の尻に噛み付いたのも?」
「だから、最初から全部阿古ですっ!」
改めて自分がしてきたことを問われると、姫のヒの字もなさすぎていたたまれなくなってきた。
照景は口元を手で隠すと、ふるふると肩を震わせた。
「あのっ……照景殿?」
「すまぬ。そのような姫が世の中におるとは驚いた。」
驚いたというか、完全に笑ってたよね……?
しくじった……阿古姫だとは名乗らない方が良かったかも知れない。
照景は何かを思い出したのか、そうかと言ってこちらに視線を向けた。
「最初に出逢《でお》うた時に、何故刀を持つ手が止まったのかと疑問に思っておったのだが……さては阿古姫殿、この照景に見惚れておったな?」
湯気の向こうで照景が意味ありげにニッと笑うもんだから、体が爆発するんじゃないかってくらい一気に火照った。
「ちち、違う!!」
「冗談じゃ。はだけておるぞ、しっかり隠せ。」
動揺しすぎて着物が肩からずり落ちてしまった。
慌てて袖に手を通す私を見て、照景は楽しげに笑っている。
なんか私のことをからかって面白がってないかっ?
心臓がバクバクして壊れそうだから止めて頂きたいっ!
「入れ替わっておるのは、なにかしらの作戦か?」
「いえ…勝手にしたことで、侍女と幼馴染の家臣しか知りません。父上が知れば卒倒します。」
「ではなにゆえ入れ替わったのじゃ?」
「それは……」
何から話せば良いのだろう……
きっかけは不甲斐ない吉継が原因だ。
でも、本当の理由は────────……
母上が亡くなった時、まだ幼かった私は泣きじゃくる吉継に大丈夫じゃと言いながらも心細くて仕方がなかった。
最後に父上に会わせてあげたくて、夏の暑い最中なのに火葬をするのを拒み、腐っていく母上と何日も……戦が終わる日を待ち続けた。
「いつ帰るか分からぬ人を待つのが嫌になったのです。」
もうあんな思いをしながら城で大人しく待つのが嫌だった。
二度と会えなくなるかもと思いながら見送るのがもう…耐えられなかった───────……
照景はそうかとだけ言うと、それ以上は何も聞いてはこなかった。
きっとこれ以上追求すれば、私が泣いてしまうと思ったのだろう……
「この事はわしの所で留めておいた方が良かろう。阿古姫殿がこのまま無事に帰れるよう、出来る限りの力添えを致そう。」
それは願ってもない申し出だ。
女のくせに男のナリをして戦に出るだなんてこんなふざけた悪行を、突き出さないどころか戻れるように協力までしてくれるだなんて……
照景の懐の深さに感動して深々と頭を下げた。
「有難う御座います照景殿っ。」
「阿古姫殿、そのようにしゃがまれると丸見えじゃぞ。」
腰紐をきっちりと結んでなかったもんだから、頭を下げた拍子に着物の真ん中がパックリと割れた。
何回裸を見せれば気が済むんだ私はっ!!
慌てて着物を整えていると、照景が私の右手を取り上へと持ち上げた。
……っえ。な、なにっ?
「おなごの柔肌に傷を付けてしまい悪かった。痛くはないか?」
私の両手首には縄でくぐられて馬に引きづられた時の傷がくっきりと残っていた。
お風呂に入っている間もジンジンと鈍い痛みはしていたのだが……
「平気です。これくらいの傷なら子供の頃からしょっちゅうで、乳母からは耳にタコが出来るほどそれでも姫君かあ!と怒鳴られてましたから。」
余計なことまでペラペラと喋ってしまった。
これでは根っからのおてんば姫だと思われてしまう……
「照景殿こそ頭を打っておられましたが大丈夫でしたか?」
照景は目を細め、まるで赤子を見るかのような優しい表情をして微笑んだ。
「阿古姫殿のおかげで命が救われた。心から礼を言う……有難う。」
照景の周りだけがキラキラと輝いて見えるのは、お風呂に沸き立つ湯気のせいだろうか……
とても眩くて……
胸が、苦しい─────────……
「……照景様。宜しいでしょうか。」
扉の向こうから低く呼びかける声がしてきた。
なに用だと照景が聞くと、矢の出処が分かったという報告であった。
戦国時代の合戦において鉄砲伝来以降も弓矢は主力武器として用いられていた。
両者が接近した際に先ずは撃ち合いとなるため大量の弓が必要となり、専属の矢師を抱えて作らせているところも多かった。
一体どこの者が照景を狙ってきたのであろうか。私も知りたいところではあったのだが……
「これにて失礼。阿古姫殿はゆっくりと風呂を楽しまれるが良い。」
照景は急ぎ足で、河原で陣を張る紅楊の元へと向かっていった。
伊藤家と秋月家の戦は膠着《こうちゃく》状態とはいえ、まだ続いているというのに……
裏切り者への斬首のあと、小姓に連れられて近くの支城へと移動させられた。
支城とは当主が住む本城を守るために建てられた出城や砦、陣屋のことを指す。
いろいろな補助的役割があったりするのだが、この支城は伊藤家の領地と接するような場所に築かれていることからして、見張りや守備を目的にした「境目の城」であろう……
このような城に招かれることになろうとは……心中複雑だ。
城内には城主の留守を預かる女中達や、戦の物資を補給する小荷駄《こにだ》達が忙しなく動き回っていた。
伊藤家の嫡男が血まみれで現れたことにみな一様に驚いてはいたが、事のいきさつを小姓から知らされるとどうぞどうぞと奥の本丸へと通された。
先ずはお体を綺麗にしてくださいと風呂を勧められたのだが……
ちなみにこの時代の風呂とは湯船に浸かるものではなく、湯を沸かして蒸すサウナのようなものであった。
庶民や下級武士にとっては行水が一般的で、蒸し風呂とは武将クラスしか入れない高級なものなのである。
行水で充分だと遠慮したのに……
奥女中達から照景様の命の恩人に風邪でも引かれたら困りますと押し切られてしまった。
丁重に持て成してくれてはいるのだけれど……
照景様を救っていただいて有難う御座いますと何度も言われ、仕舞いには泣かれてしまった。
多分これってみんな照景にホの字なんだろうな。
戦場で首を掻っ切ろうとしただなんて知れたら袋叩きに合いそうだな……
まあそんな訳でふんどしと胸にサラシをした状態で風呂に入っているのだけれど……
見張りの小姓は廊下に居りますので何かあれば声をかけて下さいと言っていたから、見られる心配はなさそうで一先ず安心した。
石窯の上に張られたすのこの隙間からはモウモウと湯気が立ち上っていた。ほのかに香る薬草の匂いが心地良い……
体が冷えきっていたからこのようなふるまいは正直有り難かった。
にしてもいつ女だと気付かれるやも知れない。
なんとかしてここから逃げ出す方法を見つけないと……
この城は石垣や堀で何重にも囲まれており複雑な経路を成していた。
外から攻め入るには難儀するだろうが、内側からならなんとか越えられそうではあった。
先ずは大人しく従う振りをして隙を見出さなければならない。
体にべっとりと付着した血を手ぬぐいで拭っているとサラシが緩んできた。
おなごの胸だけ何故このように腫れるのだろうか……
赤子に乳を与えるためだと言うけれど、それならばその時だけ膨らめばいい話である。
それに私のって人よりちょいとばかしデカいんだよな。侍女のスエは羨ましいとか言うけれど……
重いし素振りをするにも引っかかるし、私にとっては無用の長物でしかない。
胸が目立たないようにキツく巻き直しておかないと……
ため息をつきながらサラシを解こうとしたら、扉の向こうから照景の声がした。
「吉継殿入っても良いか?改めて礼が言いたい。」
──────えっ……それは困る!!
こちらの返事も聞かずに照景はガラリと扉を開けた。
目線がサラシを巻いた胸の膨らみと谷間をとらえると動きが止まった。
静かな緊張感が二人の間に走る──────……
「これは相すまぬ。間違えてしまった。」
一礼をすると照景は扉を閉めた。
誤魔化せ……たのか?
吉継ではなく見知らぬ女が入っていると思ったのか?
いや、それはそれで困るぞ。
ふんどしを締めてサラシを巻いた怪しい女が勝手に風呂になんか入っていたら、問答無用で打首にされるんじゃないだろうか……
ここは素知らぬ振りをして吉継としていち早く風呂場から出た方がいいっ。
手早くサラシを巻き直そうと解いたら、再び扉が開いた。
はっと思ったがもう遅い……照景と目が合った状態で、サラシははらりと床に落ちていった。
「きゃ────────っ!!」
背を向けて胸を隠してしゃがみ込んだ。
も、モロに見られてしまった!!なんなんだこの例えようのない恥ずかしさはっ!!!
「照景様っ!今の悲鳴は一体っ……」
しまった!思いっきり叫んだもんだから大勢呼び寄せてしまった。ふんどし一丁の姿でひっ捕らえられるだなんて冗談じゃないっ!
「問題ない。吉継殿と二人だけで話がしたい上、しばし人払いを頼む。」
照景は家来達が遠のいていったのを見計らうと扉をパタリと閉め、そばへと近寄ってきた。
どどどどうしよう……!
どうすればいいんだこの状況はっ!!
出来るのであれば今直ぐこの胸をもぎ取りたいっ!
丸まったまま身動きが取れないでいると、後ろからそっと布がかけられた。
それは湯帷子《ゆかたびら》という、入浴時に着用する麻でできた単衣《ひとえ》の着物だった。
恐る恐る振り返ると、照景はこちらに背を向けながらスノコの上であぐらをかいて座っていた。
「……吉継殿はおなごであったのか。それはさぞかし生きにくいであろうな。」
照景が神妙な口調で呟いた。
どうも女なのに訳あって男として育てられていると解釈したようだった。
「嫡男がいないと争いごとの火種となる。しかし男に交じって戦にまで出るのは大変であろう……」
同情までしてくれるなんて……人が良すぎる………
さすがにこれ以上騙すのは申し訳なくなくなってきた。
「いえ……吉継ではなく、姉の阿古でございます。」
顔は見えないが頭が混乱している様子が伝わってきた。
そりゃ吉継だと信じて疑わなかった相手が実は阿古姫でしただなんて急に言われても、思考が追いつかないだろう……
「いつ入れ替わった?この城に入ってからか?」
「いえ最初から。吉継ではなく阿古でした。」
「槍を振り回して突っ込んできた時も?」
「阿古です。」
「曲芸師のように騎馬隊の上を飛び越えたのも?」
「阿古です……」
「馬の尻に噛み付いたのも?」
「だから、最初から全部阿古ですっ!」
改めて自分がしてきたことを問われると、姫のヒの字もなさすぎていたたまれなくなってきた。
照景は口元を手で隠すと、ふるふると肩を震わせた。
「あのっ……照景殿?」
「すまぬ。そのような姫が世の中におるとは驚いた。」
驚いたというか、完全に笑ってたよね……?
しくじった……阿古姫だとは名乗らない方が良かったかも知れない。
照景は何かを思い出したのか、そうかと言ってこちらに視線を向けた。
「最初に出逢《でお》うた時に、何故刀を持つ手が止まったのかと疑問に思っておったのだが……さては阿古姫殿、この照景に見惚れておったな?」
湯気の向こうで照景が意味ありげにニッと笑うもんだから、体が爆発するんじゃないかってくらい一気に火照った。
「ちち、違う!!」
「冗談じゃ。はだけておるぞ、しっかり隠せ。」
動揺しすぎて着物が肩からずり落ちてしまった。
慌てて袖に手を通す私を見て、照景は楽しげに笑っている。
なんか私のことをからかって面白がってないかっ?
心臓がバクバクして壊れそうだから止めて頂きたいっ!
「入れ替わっておるのは、なにかしらの作戦か?」
「いえ…勝手にしたことで、侍女と幼馴染の家臣しか知りません。父上が知れば卒倒します。」
「ではなにゆえ入れ替わったのじゃ?」
「それは……」
何から話せば良いのだろう……
きっかけは不甲斐ない吉継が原因だ。
でも、本当の理由は────────……
母上が亡くなった時、まだ幼かった私は泣きじゃくる吉継に大丈夫じゃと言いながらも心細くて仕方がなかった。
最後に父上に会わせてあげたくて、夏の暑い最中なのに火葬をするのを拒み、腐っていく母上と何日も……戦が終わる日を待ち続けた。
「いつ帰るか分からぬ人を待つのが嫌になったのです。」
もうあんな思いをしながら城で大人しく待つのが嫌だった。
二度と会えなくなるかもと思いながら見送るのがもう…耐えられなかった───────……
照景はそうかとだけ言うと、それ以上は何も聞いてはこなかった。
きっとこれ以上追求すれば、私が泣いてしまうと思ったのだろう……
「この事はわしの所で留めておいた方が良かろう。阿古姫殿がこのまま無事に帰れるよう、出来る限りの力添えを致そう。」
それは願ってもない申し出だ。
女のくせに男のナリをして戦に出るだなんてこんなふざけた悪行を、突き出さないどころか戻れるように協力までしてくれるだなんて……
照景の懐の深さに感動して深々と頭を下げた。
「有難う御座います照景殿っ。」
「阿古姫殿、そのようにしゃがまれると丸見えじゃぞ。」
腰紐をきっちりと結んでなかったもんだから、頭を下げた拍子に着物の真ん中がパックリと割れた。
何回裸を見せれば気が済むんだ私はっ!!
慌てて着物を整えていると、照景が私の右手を取り上へと持ち上げた。
……っえ。な、なにっ?
「おなごの柔肌に傷を付けてしまい悪かった。痛くはないか?」
私の両手首には縄でくぐられて馬に引きづられた時の傷がくっきりと残っていた。
お風呂に入っている間もジンジンと鈍い痛みはしていたのだが……
「平気です。これくらいの傷なら子供の頃からしょっちゅうで、乳母からは耳にタコが出来るほどそれでも姫君かあ!と怒鳴られてましたから。」
余計なことまでペラペラと喋ってしまった。
これでは根っからのおてんば姫だと思われてしまう……
「照景殿こそ頭を打っておられましたが大丈夫でしたか?」
照景は目を細め、まるで赤子を見るかのような優しい表情をして微笑んだ。
「阿古姫殿のおかげで命が救われた。心から礼を言う……有難う。」
照景の周りだけがキラキラと輝いて見えるのは、お風呂に沸き立つ湯気のせいだろうか……
とても眩くて……
胸が、苦しい─────────……
「……照景様。宜しいでしょうか。」
扉の向こうから低く呼びかける声がしてきた。
なに用だと照景が聞くと、矢の出処が分かったという報告であった。
戦国時代の合戦において鉄砲伝来以降も弓矢は主力武器として用いられていた。
両者が接近した際に先ずは撃ち合いとなるため大量の弓が必要となり、専属の矢師を抱えて作らせているところも多かった。
一体どこの者が照景を狙ってきたのであろうか。私も知りたいところではあったのだが……
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