戦らん浪まんス♡

タニマリ

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政略結婚

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あっ、この漬物美味しい。パリパリモグモグ。


………って。

何故に私は敵国の城で呑気に食事を頂戴しているのだろうか。
伊藤家と秋月家の戦はまだ続いているというのに……

この城に連れて来られてから丸二日が経った。戦況がどうなってるんだかま───ったく伝わって来ない。
小荷駄が武器の補給をしている様子もなく暇そうにしてるところからして、本格的な戦はまだ始まってはいないんだろうけれど……
私はいつまでこうしていればいいんだ?

まあこんな時ほど焦っても仕方がない。
今のところ女だと疑う者はいないし、客人のような丁重な扱いを受けている。
このまま油断はせず、ここぞという時には動けるように体力を付けておこう。
白米をおかわりし、もりもりと平らげていると急に外が騒がしくなってきた。
見張りの小姓が何事かと廊下を確認すると、慌てた様子で床に身をかがめてひれ伏した。
部屋へと入ってきた人物に、私も箸を置いて頭を下げた。


紅楊がいきなりやってきたのである。


私と向かい合うように上座の位置にドカッと腰を下ろすと、後から続いてやってきた重臣達も私を挟むように左右に分かれて座り始めた。
河原にいた本陣がそのまま移動してきたようだった。
何故このような状況になっているのかが全く理解出来ない。
戦はどうなったのだろうか……
ここに居ていいのかも分からず、頭の中が混乱しまくった。


「兄上。吉継殿に説明してもよろしいか?」


遅れて入ってきた照景が私のそばへとやって来て、頭を上げよと肩に手をかけた。

「照景殿、これは一体……?」
「驚かせてすまぬ。一刻ほど前、伊藤家がこちらからの和睦《わぼく》を受け入れた。戦はもう終わったのじゃ。」

……えっ?戦ってもないのに?
しかも嫡男を人質にしているという秋月家が圧倒的に有利な状況にもかかわらず、和睦の条件は一切しなかったのだという……


「それというのもあの矢の出処が肥後《ひご》の司馬《しば》家だったからじゃ。」


────────司馬家って………

司馬の当主、司馬 道西《どうせい》。
主君を謀殺して下克上で成り上がった元商人だ。
仇敵の子息を全員処刑するだけではなく、見せしめとして城内にいる女子供まで串刺しにして晒すような残虐極まりない極悪人だ。

人取りや乱取りといった武士にあるまじき領民への略奪行為を禁ずることなく、むしろ雑兵たちを戦場に駆り立てる“飴”として推奨している。
さらには拉致した人間を奴隷として南蛮人に売り渡しているという噂まであった……

なるべくならば戦いたくない相手なのだが、近隣諸国を荒らし周り、今や50万国にも迫ろうかという大国となっていた。
北にある海外貿易港の博多を目指して侵攻していたはずなのに、同時に南での戦にも関与してくるだなんて……

司馬の狙いは恐らく……九州統一だ──────……


「こんな小さな領土を取り合ってる場合じゃない……」


思わず口から出てしまった言葉に、重臣達が我が領土が小さいとは何たる侮辱じゃと言って騒ぎ立てた。
しかし紅楊がそれを制するように口を開いた。

「なかなかに察しが良いの小僧。こやつらは伊藤家と同盟を組むのは嫌だとケチを付けよる。この事態をまるで分かっておらぬ。」

ざわついていた重臣達がしんと静まり返った。
秋月家が仲間になるのならこんなに心強いものはない。この同盟を知れば乗ってくる隣国も出てくるだろう。
そうなれば司馬家もうかつには手を出せなくなる。
でも……私達がこんなにも仲が悪くなったのは、過去に秋月家が同盟を組んでいたにも関わらず裏切ったからだ。
そう易々と信用してもいいものなのだろうか……
私の心を読んだのか、紅楊が再び口を開いた。


「この関係をより強固なものとするため、嫁を用意してやろう。」


えっ、嫁……?誰の?
きょとんとしている私を無視して紅楊は重臣達に呼びかけた。

「この小僧に似合いの娘はおるか?」

もしかして吉継の?!
ちょっと待ってと喉まで出かけたのだが、ギロリといちべつされて有無を言えなくなった。
明日にでも輿入《こしい》れを行いそうなほどのド迫力だ。

同盟を結ぶために政略結婚を行うことはよくある話だ。
でもこのまま私が祝言を挙げることになったらどうしよう……夜まで共にしようもんならさすがに女であることが誤魔化しきれないっ。

重臣達はみな青ざめながらも視線を逸らしていた。大事な娘を伊藤家になど嫁がせたくないのであろう……
紅楊からの無言の圧にガタガタと震え、まるで我慢比べのようだ。
そんな胃が痛くなりそうな緊張感の中、照景が僭越《せんえつ》ながらと割って入ってきた。


「吉継殿は嫡男であり家督《かとく》を継ぐ者。そのお相手を伊藤家の承諾も無しに勝手に決めてしまうのは余りにも無礼かと。」


結婚とは家と家との繋がりだ。嫡男の嫁ともなれば行く行くは当主の奥方になられる。
先を見越したそれ相当のお相手を考えなければならないのだ。
紅楊は照景からの助言に少し冷静になったのか、腕を組んで天井を見上げた。
傍若無人にみえる紅楊も、弟の言うことは聞くらしい。

良かった……私が勝手に結婚相手を決めてきたりなんかしたら、吉継から一生口を聞いてもらえなくなるところだった。



「伊藤家には娘もおったな。」



………えっ……まさか────────……

紅楊のこの言葉の意味を察した重臣達は、目を合わせないように下を向いて縮こまった。
相手がいないんじゃ嫁ぎようがないからこれで良いんだろうけれど、なんだか嫁失格の烙印を押されたようでムカッときた。
しかし紅楊が指名したのは………


「照景、どうだ?」


なっ!!



「殿!照景様には今、谷家との縁談話が進んでおります!」

さっきまで地蔵のように黙りこくっていた重臣達が一気に色めき立った。


「お相手の寧々ねね姫は九州一の手弱女と名高く、聡明でしとやかで、照景様にはそれはそれはふさわしい姫君でございます。」
「それに比べ伊藤家の阿古姫ときたら、おなごのくせに泥まみれになりながら毎日剣を振り回し野山を駆け回っているとのこと。」
「まるで野猿そのものだと評判のとんでもない姫なのですじゃ!」

はぁああ?!
ちょっとあんたら本人が目の前にいるってのになんてことをっ!!
口をあんぐり開けている私を見て、照景は口元を手で隠して肩を震わせた。
照景も笑うんじゃないっ!!



「照景、どちらが好みだ?」



なんて質問をするんだ……
紅楊からの不躾《ぶしつけ》な質問に、照景がどう答えるのかと重臣達が注目した。

こんなもん聞くまでもなく寧々姫でしょ……
いくら敵国の姫だからってこんな風に侮辱して言い訳がない。
照景は私を傷付けないようにと、言葉を選びながら慎重に答えた。


「谷家とは昔からの信頼ある関係です。寧々姫殿とは日取りも決まり今更断ると亀裂が生じるかも知れませぬ。しかしながら伊藤家との新しい関係を築こうとする兄上の考えも一理あり……」
「くどいな照景。わしはどちらが好みかと聞いたのじゃ。」


チラリと照景がこちらを伺った。
もう私のことは気にしないで良いからと、目を伏せて合図を送ったのだが……





「ならば………じゃじゃ馬の方が可愛いかと。」





────────えっ……わ、私っ?!

思いもよらぬ返答に、自分が吉継であることも忘れて真っ赤になってしまった。
恥ずかしいというか嬉しいというか……なんなんだこの腹から沸きあがるこしょばい感覚はっ………

照景は好みなどではなく、あくまでも伊藤家と谷家のどちらがより有益かを考えて答えただけのこと。
可愛いとか言ったのも場の雰囲気を和ませるために使ったのだ。のぼせ上がるんじゃないっ、落ち着け私っ!


「書状を書き伊藤家に伝えろ。照景が相手ならあちらも文句はなかろう。」


紅楊はそう言うと愉快げに笑いながら去っていった。
やっぱり兄弟だな……笑うと良く似ている。












返事は直ぐに届き、謹んでお受けすると書かれていた。

誰にも渡しとうないと言っていた父上が意外にもあっさりと承諾したことを不思議に思ったのだが、和睦の仲介役として伊藤家の陣に出向いたのが照景だと聞いて納得した。
きっと父上は、照景と会ってその人柄に惚れたのであろう……



「照景殿!」


家臣を引き連れて城を出ようとしていた照景を見つけて引き止めた。
照景は走って来ているのが私だと気付くと、乗っていた馬を止めてヒラリと地面に下りた。

「照景殿には此度のことでご迷惑をおかけしました。お陰でこうして無事に国に帰れます。」
「当然のことをしたまでじゃ。迎えの者はもう来られたと聞いた。慣れない生活で気疲れしたであろう。早う家に戻られて休まれよ。」

照景は私が無事に帰れるように協力すると言ってくれていた。
伊藤家と秋月家との間に入って仲を取り持ったのは、少なからずとも私が原因ではあっただろう。
長年いがみ合ってきた両家がたった二日で条件も無しで和睦するだなんて、普通ならありえない事だ。
最善を尽くしてくれたのだ……


「この縁談を機に両家がともに繁栄していければと切に願います。だけど、その……寧々姫とのこと、本当に………」 
どう言えばいいのだろう。
これから照景が向かおうとしているのは谷家だ。婚約破棄になったことを詫びにいくのであろう……
照景が寧々姫と会えるのはきっとこれが最後だ。
私は照景の愛しい人との仲を引き裂いてしまったのではないだろうか……


「しばし吉継殿と二人だけで話がしたい。先に進んでいろ。」


家臣達が離れていくのを見送ると、照景は困ったような顔をして私の顔を覗き込んだ。

「阿古姫殿は何か勘違いをしておられるな。谷家との縁談にはわしは乗り気ではなかった。」
「でしたら私との結婚に至っては尚のこと。両家の防衛のためとはいえ、本当にこれで良かったのですか?」

照景にはたくさん甘えてしまった。
優しいから何も言わないだけで、本当は私の起こした行動に呆れているかも知れない。
縁談自体乗り気ではないのに、その相手が私だなんて……

「阿古姫殿はこの照景が相手では不服か?」
「滅相もないっ!!」

ブンブン首を振って全否定した。
不服ではないかと聞きたいのは私の方なのに!でもこんなこと、面と向かって聞けないっ……!
本当に申し訳ないと謝ると、照景の口からふうっとため息が漏れた。


「阿古姫殿を選んだのは、家のためだけではなかったのだぞ……?」


伏し目がちにそう呟いた照景の頬がなんだかほんのりと赤い。
あれ……これって──────……

「もう行かねばならない。では、道中くれぐれも気を付けて帰られよ。」

馬に乗った照景は足早に二三歩進ませたのだが、直ぐに引き返してきて私の腕を掴むとグイッと引き寄せた。




「阿古姫殿の花嫁姿。楽しみにして待っておるぞ。」




耳元でそうささやき……甘い笑みを残して去っていった。
夢じゃなかろうかと頬っぺたを強めに引っぱたいたらかなり痛かった。




照景殿が私を……?

う、嘘でしょ……………




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