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第二十一話︰奥様に呼ばれて
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「いつの間にこんな時間ですね……」
「そうねぇ、さすがに終わりにしましょ。もう十分使いこなせてきたし、掴んだ感覚を忘れなければ、儀式も大丈夫なはずよ。」
文音が言いながら汗をぬぐって、体を伸ばす。
「もう夕方って、始めてからどれくらい経ったのかしら?」
「二時間と四十二分かな」
「相変わらずよく覚えてるわね日暮は」
お開きにする前にこの場を片付けようと、四人で散らばった武器を拾い集める。
「案外体力あるなァ巫女様。こんだけやって平気そうな顔してら」
「さすがに疲れてはいますけど、そうですね。体力には自信がある方です」
村での子守りと農業で培ってきた甲斐があった。傷や疲労を癒す妖術が自分に効かない以上、己の身体の強さは大事だ。
強い霊力と体力を兼ね備えていれば、周りを心配させることもない。郷守の巫女として頼もしくいられることだろう。
「里を覆うでかさの結界は練習しようがないし、ぶっつけ本番になるけど、そこは気合いでやり切るしかないね。今ある結界の破壊は、霊力をぶつける感じで──あ。」
「?」
話の途中で、日暮が何かを見つけてぴたと止まったので、他三人は揃って目線の先を追う。
「あ……!」
「お疲れ様です。稽古はどうでしたか?」
そこにいたのは彗月だ。
思わず、文音の方を確認する。彼女は頬を染めつつも、彗月を諦めると宣言したからには、黄色い歓声を頑張って堪えているようだった。
「そのまま抑えとけよ、色々台無しになるからっ」
「わ、わかってるってば!でもやっぱり、格好よくてぇ……」
「なはは、さっさと次のいい男見つけなー。」
なるだけ声を潜めてはいるが、その会話は間違いなく彗月に聞こえている。
紬は誤魔化すように咳払いをして、彼に歩み寄った。
「文音さんやお二人のおかげで、結界術は扱えるようになってきました。再生の儀も成功させることが出来そうです。」
「本当ですか、それは良かった。三人ともありがとう。」
彗月に労われ、時紀と日暮は「いやいや」と声を揃える。文音はうっかりときめく心を抑えつつ、「はい……っ」とか細い声を返した。
「稽古を終えたばかりで申し訳ないのですが、少し来ていただけますか?紬さん」
「……?はい。」
何かあったのかしら、と思い気を引き締めると、彗月は優しく笑いかけてくる。
「そう身構えなくとも大丈夫です。奥様が、紬さんと話がしたいとおっしゃっていて。」
「!」
紬はぱっと顔を明るくした。日和が順調に回復していることは聞いていたが、もう身体を起こして会話が出来るくらいには、元気になっているらしい。
彼女に呼ばれたのは嬉しい。紬はくるりと振り返って、三人に軽く手を挙げた。
「じゃあ、私は奥様のところへ行くので。あとの片付けは頼みました。」
「頼まれましたァ奥様によろしく。」
「俺の分もよろしく」
「ずるいっあたしも奥様とお話ししたい……!」
二人の言伝と一人の嫉妬を預かり、紬は彗月と共に、日和の待つ花の間へと向かった。
「まあ、いらっしゃい!」
花の間に入ると、ふわりと嬉しそうな笑顔に迎えられた。
日和の体調はすこぶる良さそうだった。髪と肌に艶があり、瞳は澄んで、頬の血色が良い。
これが、本来の彼女の姿なのだ。まるで春の陽だまりのようで、見ているだけで、胸の中がぽかぽかとあたたかくなる。
「来てくださってありがとう。ごめんね、おもてなしも出来なくて」
「いえそんな、お気になさらずに。お身体の方はどうですか?」
「おかげさまで、とっても元気よ。今日は少しお散歩もできたの。焔さんには、無理をするなって心配されてしまったけれど」
言いながら、口元に手を当てくすくすと笑う日和。これだけでも、焔がたいそう妻を大事にしていることが、よく伝わってくる。
「改めまして、日和です。先日は本当にありがとう。巫女さん……紬ちゃんって呼んでもいいかしら?」
「!もちろんです」
「よろしくね、紬ちゃん。暁の里へようこそ。」
日和がやたらと、紬と彗月について聞きたがるもので──しばらくの間は、二人の出会い話などをして盛り上がった。
途中、口を滑らせて、彗月に口付けされたことを話してしまった時には、すかさず満面の笑みで深掘りされた。食いつかれて慌てているところを、隣の彗月がにこにこと見守ってきた時間は、非常に居た堪れなかった。
「うふふ、紬ちゃんってとっても可愛らしい子ね。」
「もう勘弁してください……」
これくらいで恥ずかしがって参ってしまうのは、当の本人が良い笑顔で隣にいるからだ。条件が悪い。微笑ましく思われるのは納得いかないところである。
「可愛らしいのは、奥様の方です」
物申したい気持ちも込めつつ本音で返すと、日和は「あらあら~」と頬に手を当てた。
「そんなことを言ってもらえて、嬉しいわ。」
「お世辞ではなく、本心ですよ。」
「そうかしら?ふふ、ありがとう。」
日和は軽く褒め言葉として受け取っている。しかし紬からしてみれば、彼女は本当に可愛い人だった。
(少し、羨ましいくらい。)
可憐な容姿はもちろんのこと、何よりその愛嬌に惹かれた。鈴を揺らすように笑うのも、とても楽しそうに話を聞くのも、自分には出来ないことだ。
まるで少女のような天真爛漫さがあると思ったら、ふと見せる眼差しが大人びて優しいものだから、この方がみんなに好かれるのは当然だわ、と思った。
「そうねぇ、さすがに終わりにしましょ。もう十分使いこなせてきたし、掴んだ感覚を忘れなければ、儀式も大丈夫なはずよ。」
文音が言いながら汗をぬぐって、体を伸ばす。
「もう夕方って、始めてからどれくらい経ったのかしら?」
「二時間と四十二分かな」
「相変わらずよく覚えてるわね日暮は」
お開きにする前にこの場を片付けようと、四人で散らばった武器を拾い集める。
「案外体力あるなァ巫女様。こんだけやって平気そうな顔してら」
「さすがに疲れてはいますけど、そうですね。体力には自信がある方です」
村での子守りと農業で培ってきた甲斐があった。傷や疲労を癒す妖術が自分に効かない以上、己の身体の強さは大事だ。
強い霊力と体力を兼ね備えていれば、周りを心配させることもない。郷守の巫女として頼もしくいられることだろう。
「里を覆うでかさの結界は練習しようがないし、ぶっつけ本番になるけど、そこは気合いでやり切るしかないね。今ある結界の破壊は、霊力をぶつける感じで──あ。」
「?」
話の途中で、日暮が何かを見つけてぴたと止まったので、他三人は揃って目線の先を追う。
「あ……!」
「お疲れ様です。稽古はどうでしたか?」
そこにいたのは彗月だ。
思わず、文音の方を確認する。彼女は頬を染めつつも、彗月を諦めると宣言したからには、黄色い歓声を頑張って堪えているようだった。
「そのまま抑えとけよ、色々台無しになるからっ」
「わ、わかってるってば!でもやっぱり、格好よくてぇ……」
「なはは、さっさと次のいい男見つけなー。」
なるだけ声を潜めてはいるが、その会話は間違いなく彗月に聞こえている。
紬は誤魔化すように咳払いをして、彼に歩み寄った。
「文音さんやお二人のおかげで、結界術は扱えるようになってきました。再生の儀も成功させることが出来そうです。」
「本当ですか、それは良かった。三人ともありがとう。」
彗月に労われ、時紀と日暮は「いやいや」と声を揃える。文音はうっかりときめく心を抑えつつ、「はい……っ」とか細い声を返した。
「稽古を終えたばかりで申し訳ないのですが、少し来ていただけますか?紬さん」
「……?はい。」
何かあったのかしら、と思い気を引き締めると、彗月は優しく笑いかけてくる。
「そう身構えなくとも大丈夫です。奥様が、紬さんと話がしたいとおっしゃっていて。」
「!」
紬はぱっと顔を明るくした。日和が順調に回復していることは聞いていたが、もう身体を起こして会話が出来るくらいには、元気になっているらしい。
彼女に呼ばれたのは嬉しい。紬はくるりと振り返って、三人に軽く手を挙げた。
「じゃあ、私は奥様のところへ行くので。あとの片付けは頼みました。」
「頼まれましたァ奥様によろしく。」
「俺の分もよろしく」
「ずるいっあたしも奥様とお話ししたい……!」
二人の言伝と一人の嫉妬を預かり、紬は彗月と共に、日和の待つ花の間へと向かった。
「まあ、いらっしゃい!」
花の間に入ると、ふわりと嬉しそうな笑顔に迎えられた。
日和の体調はすこぶる良さそうだった。髪と肌に艶があり、瞳は澄んで、頬の血色が良い。
これが、本来の彼女の姿なのだ。まるで春の陽だまりのようで、見ているだけで、胸の中がぽかぽかとあたたかくなる。
「来てくださってありがとう。ごめんね、おもてなしも出来なくて」
「いえそんな、お気になさらずに。お身体の方はどうですか?」
「おかげさまで、とっても元気よ。今日は少しお散歩もできたの。焔さんには、無理をするなって心配されてしまったけれど」
言いながら、口元に手を当てくすくすと笑う日和。これだけでも、焔がたいそう妻を大事にしていることが、よく伝わってくる。
「改めまして、日和です。先日は本当にありがとう。巫女さん……紬ちゃんって呼んでもいいかしら?」
「!もちろんです」
「よろしくね、紬ちゃん。暁の里へようこそ。」
日和がやたらと、紬と彗月について聞きたがるもので──しばらくの間は、二人の出会い話などをして盛り上がった。
途中、口を滑らせて、彗月に口付けされたことを話してしまった時には、すかさず満面の笑みで深掘りされた。食いつかれて慌てているところを、隣の彗月がにこにこと見守ってきた時間は、非常に居た堪れなかった。
「うふふ、紬ちゃんってとっても可愛らしい子ね。」
「もう勘弁してください……」
これくらいで恥ずかしがって参ってしまうのは、当の本人が良い笑顔で隣にいるからだ。条件が悪い。微笑ましく思われるのは納得いかないところである。
「可愛らしいのは、奥様の方です」
物申したい気持ちも込めつつ本音で返すと、日和は「あらあら~」と頬に手を当てた。
「そんなことを言ってもらえて、嬉しいわ。」
「お世辞ではなく、本心ですよ。」
「そうかしら?ふふ、ありがとう。」
日和は軽く褒め言葉として受け取っている。しかし紬からしてみれば、彼女は本当に可愛い人だった。
(少し、羨ましいくらい。)
可憐な容姿はもちろんのこと、何よりその愛嬌に惹かれた。鈴を揺らすように笑うのも、とても楽しそうに話を聞くのも、自分には出来ないことだ。
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