郷守の巫女、夜明けの嫁入り

春ノ抹茶

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第二十四話︰憎悪

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「彗月さま、おひさしぶりです!」
「今日は俺たちの教室から来てー!」
「あーずるい、こっちの教室からだもんっ」

 彗月はあっという間に子供たちに囲まれ、紬はその輪から弾き出される。
 ぽかんと立ち尽くしていると、後からやって来た教師が、慌てて生徒たちを止めた。

「こらっ、ご迷惑にならないように!」
「お久しぶりです実奈みな先生。今日も元気な子たちで何より。」
「すみません……みんな、彗月様が大好きで」

 実奈というらしい若い女性教師は、彗月と知り合いのようだ。紬は輪の外で会話を眺めながら、夫の人脈と人望とに感心する。

「今日はうちの使用人を連れてきました。教員志望だそうで、学校を見学させていただけたらと」
「もちろんです!教師の先輩として、私がご案内します」

 実奈はこちらへやって来ると、「はじめまして」とニッコリ笑いかけてきた。

「実奈といいます。知りたいことや分からないことがあったら、なんでも聞いてくださいね」
「ありがとうございます。私は紬と申します。本日は何卒、よろしくお願いいたします。」

 今の自分は、彗月に付き従う使用人。少々お堅い感じを出してみようと、かしこまった自己紹介で頭を下げる。生真面目な印象を与えれば、この無愛想な無表情面も誤魔化せるだろう。

 ──さて、この学校の警備体制はいかほどか。日和が倒れた日に何か異変は無かったか、調べなければならない。
 彗月の立場ならともかく、紬がこれらについて詳しく教師に聞くのは不自然。となると、生徒たちとの会話で、さりげなく探るのが良いだろう。

「!……」

 紬が目配せをすると、彗月はそれに気がついて歩み寄ってくる。

「よく学ばせていただきなさい。」
「はい。」

 二人はいかにも上司と部下らしいやり取りをしてみせてから、互いにしか聞こえないよう、声を潜めた。

「彗月さんは、教師の方に聴取をお願いします。私は子供たちに」
「ええ。」

 さっと言葉を交わしてから、何事も無かったかのように、実奈の案内に従って校舎に入る。
 彗月はこの学校を定期的に視察しているらしく、中に入ると、すぐに学校長が挨拶をしに出てきた。

「おぉ彗月殿。よく来てくれた。」
「こんにちは、ヒノキ学校長。突然の訪問ですみません」
「いやいや、むしろ都合が良い。腰を据えて、色々と話したいと思っておったところじゃ。この頃は物騒だからのう」
「ええ。それは是非。」

 彗月は、紬が小さく頷いたことを確認すると、彼女にニコリと笑いかけた。

「では、私は檜学校長と話してきますので。」
「かしこまりました。」
「実奈先生、うちの者を頼みます」
「お任せください!」

 彗月と学校長が談話室に向かい、この場を去る。
 ──目論み通り二手に分かれた。

 彗月に任された実奈は、張り切って校舎内を案内してくれた。若手の彼女は熱心に教師の仕事に取り組んでいるようで、生徒たちからも好かれ、人気があった。

「おねーさんここの先生になるのー!?」
「ねーねー見て見て!これ!かいた!」

 そんな実奈の隣にいる紬も、生徒たちから興味津々に見られた。やたらと話しかけられたり、図画工作の作品や書き初めを自慢されたりなどして、肝心の聞き込みはなかなか進まない。

「すみません、下級生の子たちはみんな元気で……」
「いえ。子供が元気なのは良いことです」
「でもせっかくなら、落ち着いた授業も見たいですよね。上級生の教室に行きましょうか。」

 どうやら、生徒は小さい子供たちだけではないらしい。今いる階は十歳までの下級生、上の階には十一歳以上の上級生がいるという。
 上の階に上がろうと、実奈が階段の方に向かう。紬も着いていこうとしたが、ふと誰かに足元をつつかれて、振り返った。

「お姉さん、お姉さん」
「……?どうしましたか?」

 そこにいたのはあやかしの男子生徒。しゃがみこんで目線を合わせると、彼はニコーッと笑顔になって、小さな手を差し出してくる。

「え~とね、よろしくねの握手しよっ」
「!……」

 子供は隠し事が下手だ。明らかに何かを企んでいる。幼いあやかしというのはどうも、やんちゃな悪戯好きが多いと聞く。
 紬は顔が引き攣るのを堪えながら、おそるおそる、握手に応じた。
 ──バチバチッ!

「きゃああ!?紬さん!」
「……!……!!」

 その瞬間、紬の手元を襲ったのは、雷の妖術だった。
 まだ幼い子供が使うもので、威力は未熟だが、人間の体には十分に効く。流石に目を白黒させる紬を見て、仕掛けた生徒は嬉しそうに跳びはねた。

「やったー!引っかかった、引っかかった!」
「何するの光太郎コウタロウくんッ!危ないでしょ!?」
「わ、おこられる!逃げろー!」
「待ちなさあい!」

 走って逃げていく光太郎を、実奈がすぐに追いかける。
 取り残された紬は、遠ざかる二人を呆然として見送った。

 (……元気が良すぎるのも困りものね……)

「コータローくんってばイジワル!」
「だいじょうぶ?お姉さん」
「う、うん。大丈夫」

 子供たちが心配して寄ってきたので、さっと手元を隠して立ち上がる。

 (追いかけてくれた実奈先生には悪いけれど……自由に聞き込みを進めるには、都合が良いかも。)

 紬は一人、いそいそと階段に向かった。
 まだ少し痺れが残る右手を見る。雷に触れて皮膚が焼け、火傷の痕ができてしまっている。
 日が経てば治る程度の軽い火傷だが、手元だと少々目立ってしまう。こんな時、癒しの妖術が効く身体なら便利だったのにと、紬は小さく肩を落とした。



 上の階に上がると、廊下には、先程よりも背丈があり落ち着いた様子の生徒たちがいた。
 彼らはこちらに気がついて振り向く。

「あ。彗月様と一緒に来たのって、あの人じゃない?」
「教員志望なんだってね」

 下の階が騒いでいたからか、紬の話は上級生にまで知れ渡っている。

「──ねえ。紅蓮邸の人なら、あのこと知ってるかもよ」
「うん……確かに。」

 (!)

 近くの教室から出てきた二人の女子生徒が、なにやら小声で話し合っている。
 それから、歩いて紬に近付いてきた。

「こんにちは。紅蓮邸の使用人さんですか?」
「ええ、そうです。はじめまして」

 一人はあやかしの恭子キョウコ、もう一人は人間の千歌ちかというらしい。どちらも歳は十四とのこと。
 うつむいていた恭子は、ぐっと胸元に手を置き、こちらを見上げて聞いた。

「あの。日和先生の容態は、どうですか?」
「!」

 その名前が出てきたことに驚いて、紬はハッと目を見張る。

「私たち、日和先生が倒れた時、先生と一緒にいたんです。突然目の前で倒れて……先生はもう、一週間も学校に来てない。心配なんです」
「……」

 そういえば日和は、「一緒にいた子たちに怖い思いをさせてしまった」と眉を下げていた。日和が倒れた場に居合わせた生徒というのは、この二人か。
 これは有益な情報どころではない。紬ははやる気持ちを抑えて、じっくりと聞き込むことにする。

「そうだったのですか……お二人はその時、ちょうど奥様とお話を?」
「はい。いつもみたいにお喋りしに行ってたんです。あの場には私たちしかいなくて、もうどうしようかと思って……大声で助けを呼びました。」
「周りには、誰も何もいなかったと」
「はい。」

 (じゃあ、魔物が奥様を襲ったのはいつ……?)

 紬が難しい顔をして考え込むと、恭子は不安そうに眉を下げた。

「過労のせいだって聞かされましたけど、一週間も音沙汰ないなんておかしい。」
「……」
「日和先生、またここに戻ってこられますか?それとも……」
「恭子」

 声を震わせる恭子の背中を、千歌がそっとさすった。
 現在の日和の安否は、生徒たちには何も知らされていないのだ。つい先日まで魔物の瘴気で死の淵に立たされていたのだから、無理もない。
 しかし、この二人は日和の身を案じている。目の前で教師が倒れてさぞかし怖い思いをしただろう。何も知ることができないのは不安で仕方がないだろう。

「恭子さん。千歌さん。これは、後日知らされることだと思いますが……」

 この子達に、奥様の無事を伝えるくらいはいいわよね。
 紬は安心させるように笑いかけて、優しい声色で言った。

「奥様は──日和先生は大丈夫です。近いうちに、この学校に戻ってきますよ。」
「え……!ほ、本当ですか!?」

 恭子は潤んだ目を輝かせた。そして、飛び跳ねるように喜んだ。

「やった、よかったあ!元気になったんだ!」

 ああ、よかった。笑ってくれた。
 この子の心を晴らすことが出来てよかったと、紬はつられて頬を緩めた。
 二人とも、さぞ安心したことだろう。そう思って、恭子の隣の千歌を見る。

「……うそだ」

 遅れて反応した千歌は目を見開き、茫然として呟いていた。

 (──あれ)

 その時。紬は強い違和感を抱いた。
 無事だと聞いて浮かべる表情が、これなのか。
 単純に驚いているというより、まるで、到底信じられない話に衝撃を受けているように見える。

「ねえ千歌、日和せんせー戻ってくるって!」

 喜んで抱きついてくる恭子を受け止めながら、千歌は何も言わないままでいる。

「腕のいいお医者さんがいたのかな?それか、すごい回復の術を持つ人とか!」
「……」

 千歌は、恭子の言葉に瞳を揺らした。
 ふと紬の手元に気がついて、ビタと目を止める。それから小さく口を開く。

「お姉さん。手、怪我してる。」
「!」

 火傷の痕を見つめる千歌は、瞬きひとつしていない。

 (……この子……)

 明らかに様子が変わった彼女を見て、紬はかたく眉を顰めた。

「ケガ?……あれ、本当だっ」

 遅れて気がついた恭子が目を丸くすると、千歌が「恭子」と呼びかけた。
 呼ばれた彼女は頷いて、紬の手に両手をかざす。

「火傷ですね。ダメですよ、こういうのは放っておいちゃ!」

 フワ、とほのかな光が、紬の手を包んだ。

「──え?ちょっと、待ってください。これって」
「恭子は癒しの妖術を使います。これくらい軽い火傷なら、五秒もあれば治せます。」
「……!」

 しまった。
 千歌の様子に気を取られすぎた。説明を聞いて一歩後ずさった時には、もう遅かった。
 恭子は妖術を発動し続けて、十秒ほど経った頃に、怪訝そうに首を傾げる。

「あ、あれ……?ヘンだな、全然治らない」
「……」

 まさか、恭子が癒しの術を使えるとは。油断した。
 どう言い訳して逃れようか。妖力切れだとでも言ってみようか。必死に頭を回していると、先に千歌が治療を止めた。

「妖力切らしたんでしょ。恭子、よくやるし」
「えーそうかなあ?今日はちょっと下級生の子のケガを治しただけだよ?」
「だって、そうじゃないとおかしいじゃん。……治らないなんて。」

 (!!)

 千歌はふらりと紬を見た。
 真っ黒い瞳をこちらに向けて、力無く笑っている。

 (──ああ)

 紬はかすれた声で呟いた。
 今向けられている感情の正体は、嫌でも分かった。しかし、まだ頭のどこかが追いついていない。理解をしたくなかったのだ。

 (奥様が倒れた時、近くにいたのはこの子たちだけ。奥様に触れることが、出来たのは……)

 そうだ。思い返してみれば、うつむいていたのも、声を震わせていたのも、恭子だけ。
 当時のことを話して、日和を心配する言葉を口にしていたのは、ずっと恭子だけだった。
 どうして気に留めなかったのか。

「まさか……妖術が効かない訳でもないんだからさ。」

 千歌の声は静かだった。
 もう隠すつもりのない冷たさが、どす黒い感情が──憎悪が、紬を睨みつけていた。
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