郷守の巫女、夜明けの嫁入り

春ノ抹茶

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第三十一話︰昼食会議

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「やっぱ君か」
「ええ。このあたしの名案よ」

 部屋に入ると、既に人数分の膳が用意されていた。
 文音の他には沖と連、そして焔が待ち受けている。

「お待たせしました」
「ああ、座れ」

 彼らに向かい合う形で、遅れてきた四人は横並びに席につく。

「お前さんはこっち」
「……ん」

 文音と日暮が対面になると食事中でも喧嘩をしかねないため、時紀がさらりと場所を代わった。それが出来るなら、先程もぜひ気を使ってほしかったものである。

「……昼食と会議を兼ねる必要があるのか……?」

 ぼそ、と連のひとりごとが聞こえてくる。日暮と同じ疑問だ。聞き逃さなかった文音は腰に手を当てて、あっけらかんと返した。

「真面目な話し合いって、退屈で眠くなるじゃない。食べながらの方が楽しいわ」
「はあ……」

 困ったように眉を下げる連。その向かいで、日暮が苦言を呈するように眉を寄せている。

「何よ、なんか文句ある?」
「あのなぁ……」

 (対面でなくてもこれだわ)

 あと五秒も放っておけば言い合いが始まりそうである。それはまずいと思って、紬はわざとらしく手を叩いた。

「さあっ皆さん。冷めないうちにいただきましょう。」
「……」
「ええ、そうですね」

 口を挟んで制すと、なんとかこの場は事も無くおさまった。
 いただきますと手を合わせて、一同は食事を始める。黒漆の茶碗を持ち上げると、ふわりと炊きたての米の香りがした。

「ん~おいしいっ」
「なーんかいつもより豪華な気がすんなァ」

 上司である彗月が、なによりあの焔が同席している。沖と連は緊張した面持ちでいるが、一方で自由人マイペースな文音と時紀は、すいすいと箸を進めている。

「──この食事が済んだら、祝言と再生の儀を執り行う旨を、里中に報せる予定だ。」

 なんとも言えない空気の中、焔は味噌汁をひと口飲み、平然とした顔で会議を始めた。
 動じないにも程がある彼を思わず凝視しながら、紬は漬物を口に運ぶ。

「夜まで騒ぎになるでしょうね。今の里には、巫女の存在を見たことがない者も多いですから」
「……」

 そんな彼女の横で、彗月もまた平然と口を開いた。
 さすがは里の二大頭と言うべきか。淡々としすぎていると言うべきか。

「これ食べて」
「へーへー」

 日暮から押し付けられた漬物を口に放り込んでから、時紀は扇子を揺らす癖で、箸を揺らす。

「どの代でも、見物人はわんさか来てる。明日はここら一帯がごった返して大変でしょうよ」
「警備もザルになりやすいんだよね。まあ今回の巫女様は、魔物に襲われても大丈夫そうだけど」
「縁起でもないことを……」

 細めた目を向けつつ、当日の流れはどんなものかと聞くと、日暮はざっくりと説明してくれた。
 影族と巫女の祝言の流れは、一般的なそれと大きく変わることはない。ただし、白無垢を身に纏う巫女は、金の瞳をよく見せるために、綿帽子を被らない決まりがあるそうな。

「代わりに簪を挿すんだよ。その簪は祝言の終わりに、鬼族の火で燃やす。」
「燃やす……」
「火が尽きる前に再生の儀に移って、退魔の結界を張ったら、無事に終了ってわけ」

 祝言で身につけるなら立派な簪でしょうに、燃やすのはもったいないわね。そんなことを思いながら、口に運んだ白米を飲み込んで、「なるほど」と頷く。

「篝火にくべるとか、そういう感じですか?」
「いやいや、鬼族の火ってのは妖術。直で火つけんの。」
「巫女様はあの時間が一番無防備になる、気ぃつけな。なんせ今回は──」

 時紀が何か、重要らしいことを言いかけたところで。

「ちょっと時紀!」
「!」

 文音がかき消すように声を上げ、ピッと箸の先を彼に向けた。

「あんた、喋ってばっかで全然おかずが進んでないじゃない!」
「えぇ?言うほど喋ってなくねェか、俺」
「人に箸向けるなよ。行儀悪いな」

 思いがけない指摘をされて、さすがの時紀も困惑したように笑っている。日暮はもっともな叱責をとばしている。

 (文音さん……?)

 突然、どうしたのだろうか。
 不思議に思って様子を伺っていると、文音は一同に目を向けてから、すました顔で口を開いた。

「まあ……進まないのもわかるけど。“この魚、少し味付けが濃いものね”。」
「!」

 その言葉を聞いた途端──この場の空気が引き締まった。
 紬はさっと膳を見下ろす。食事に魚なんて使われていない。

「……」

 横目で密かに彗月を見る。彼はにこやかな顔を浮かべて、沖と連に話を振る。

「二人はたしか、“魚が苦手”だったよね。“食べられるかい?”」
「そうですね……“骨が無ければ、大丈夫なのですが”」
「じゃあ、“あたしが食べてあげるわよ”」

 それは一見、なんでもないような会話だった。料理に魚さえ入っていれば、食事中の雑談に過ぎないのだが。
 紬は黙って小鉢を手に取った。交わされる言葉と裏腹に張り詰めた雰囲気に、じっとりと手汗がにじんだ。

「……“この味付けは不満か?”文音」

 焔に問われ、文音はぴくりと耳を動かしてから、頷いた。

「“他のはおいしい”けれどこれはダメです!“まだ、舌に塩気が残っていますもの”」
「そうか。──料理番によく言っておこう。」

 焔が味噌汁を飲み干し、コトと碗を置いた。
 それを合図としたように、妙な空気はふと緩む。

「そういやァ巫女様、結界術の方はもうバッチリかい?」
「え……ええ。明日の儀式も、問題ないと思います」
「あたしが教えたんだから当然ね!」

 胸を張る文音に、彗月はくすりと笑い、沖と連は「流石です」と頷いている。
 一同は何事も無かったかのように、明日の式の話に戻っている。

「……」

 合わせながらも内心怪訝に思う紬は、一人、先程の会話を振り返った。

 (“魚”……隠して話すということは、安易に聞かれてはいけない内容で、その内容はここの人たちに共有されている……それが明日の式にも関係あることだとすれば……)

「……あ。」

 そうか、と紬は声にならない声で呟いた。
 思わず文音に顔を向ける。その目線に気がついた彼女は、紬の言いたいことを察した様子で、後でね、と唇だけを動かした。
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