郷守の巫女、夜明けの嫁入り

春ノ抹茶

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第三十二話︰紅蓮邸の怒り

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「式神……!?」
「そう。さっきの集まりはずーっと見られてたってわけ」

 昼食を終えてすぐ、紬は文音に呼び出された。人気の無い廊下で事情を説明され、声を抑えつつ目を丸くする。

「まったく、分かりませんでした」
「ムリもないわよ。密偵用の式神って、なんの“気”も纏ってないし。あたしの耳と鼻でやっと勘付くくらいだもの」

 さすがは猫族。結界術が得意なことといい、文音はこの屋敷の護り手として、非常に優秀だ。

 (これでいて勝気で喧嘩っ早くて、クナイ捌きは攻撃的。本当に攻守共に頼りになるわね……)

 出会い頭にクナイを投げつけられ、「泥棒猫」呼ばわりされたのが懐かしい。今やずいぶんと打ち解けたものである。
 勝手に感慨深くなる紬をよそに、文音は真面目な顔で腕を組んだ。

「あの式神を寄越したのは、たぶん魔物。例の千歌っていう生徒と手を組んでるやつだと思うわ」
「!」

 やっぱり、文音も千歌の件を知っている。先程の場にいた全員には知らされているのだろう。

「文音さん。“魚”って、もしかして……千歌ちゃんや魔物に関する話をしていたんですか」
「そうよ。明日の式が妨害、襲撃される可能性を考えて、対策をね。その話以外は、わざと隠さず式神に聞かせたんだけど……」
「わざと?」

 紬は思わぬ言葉に眉をはね上げてから、口元に指を当てた。

「油断させるために、ですか?」
「そ。ご飯食べながら呑気に話し合いなんて、向こうも拍子抜けでしょ?……これでほくそ笑んでたら腹立つけど……!」
「どうどう……」

 握り拳を作る文音をなだめると、彼女は「とにかくっ」と咳払いをする。

「朝から式神がうろちょろしてたのは分かってたから、焔様に提案して、ひと芝居打ったってわけ。これで相手は、自分たちの所業は気付かれていない、なんて思ってるはずよ。」
「なるほど」

 紬は相槌を打ちながら、“魚”に関するやり取りを思い返す。
 沖と連は、“骨がある魚を食べる”のが得意ではない。一方で文音は、それを率先して担える。
 妨害や襲撃を想定した対策を話していたのなら──あれは恐らく、役割や立ち回りを決めていたのだ。

「有事の際は、文音さんが武力行使。沖さんと連さんが捕獲や援護サポートを担当……ですか?」
「大体そんなところよ。わかってるじゃない」

 ふふんと満足げに笑う文音。しかし、瞬きと同時にその表情が一変、涼やかなものになる。

「巫女様。あんたが、千歌とかいう生徒をどう思ってるかは知らないけど……あたしたちは容赦しないわ。」
「!」
「明日、何か行動を起こしたら、その場で引っ捕らえて牢屋にぶち込む。何も無かったなら、一刻も早く罪の証拠を揃えて、尋問する。」

 その凄むような声に息を飲む。

「まだ子供だとか関係ない、そいつは奥様を殺すところだった。しかも魔物なんかを使って……!」
「……」
「絶対に許される所業じゃないわ。紅蓮邸が、然るべき処罰を与える。」

 文音の瞳には、鋭い瞳孔の奥には、深く静かな怒りがあった。苛烈な炎を燃やしていないことが、かえって恐ろしくて、紬は何も言えずに押し黙った。

 (……この屋敷の人達は、奥様のことをとても大切に思っている。きっとみんな、文音さんと同じ気持ちなんだわ)

 魔物と手を組み、日和を死に至らしめようとした、一人の人間への怒り。その怒りは憎しみ、恨みへと姿を変える。
 もちろん紬とて、千歌の犯した罪を許せるとは思えない。けれど──

 (千歌ちゃんは、どうしてあんなことをしたのか。私達は何も知らない。)

 何も知らぬまま憎むのは、果たして正しいことだろうか。
 かつての暁の里は、そうして崩壊してしまうところだった。一度生まれた大きな亀裂は、千年の時を経た今でも完全に直ることはない。その歴史をまた繰り返すのだろうか。

 (そんなこと……日和様が望むとは、思えないのに)

 紅蓮邸は千歌を許さない。
 この里の為に、みんなの為に──自分は郷守の巫女として、どうするべきだろうか。


「──ん?」

 ふと、文音は耳を動かして、屋敷の外に意識を向けた。

「どうしました?」
「なんか、外が騒がしいわ。里中が騒いでいるみたい」
「里中が……あっ」

 紬はそうだと思い当たって、声を上げる。

「紅蓮邸が、祝言と再生の儀を執り行うことを公表したんですよ!」
「ああっそっか!そういえば、お昼ご飯の後に~っておっしゃってたわね、焔様」

 いよいよだ。一世一代の大仕事が、明日に迫っているという実感が湧いてくる。
 今、里のみんなは何を言い合っているのだろう。喜んでくれているだろうか、それとも──

「私、少し外に出てきます」
「えっ?……ああちょっと、目の色は隠していきなさいよ!?」
「時紀さんのところに寄りますから、大丈夫」
「本当に気をつけてよね!あんたの正体、絶っ対にバレちゃいけないんだから!」

 百聞は一見に如かず。善は急げだ。
 文音が慌てて叫ぶ声を背中に聞きながら、紬は、廊下を駆けていった。
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