32 / 41
第三十二話︰紅蓮邸の怒り
しおりを挟む
「式神……!?」
「そう。さっきの集まりはずーっと見られてたってわけ」
昼食を終えてすぐ、紬は文音に呼び出された。人気の無い廊下で事情を説明され、声を抑えつつ目を丸くする。
「まったく、分かりませんでした」
「ムリもないわよ。密偵用の式神って、なんの“気”も纏ってないし。あたしの耳と鼻でやっと勘付くくらいだもの」
さすがは猫族。結界術が得意なことといい、文音はこの屋敷の護り手として、非常に優秀だ。
(これでいて勝気で喧嘩っ早くて、クナイ捌きは攻撃的。本当に攻守共に頼りになるわね……)
出会い頭にクナイを投げつけられ、「泥棒猫」呼ばわりされたのが懐かしい。今やずいぶんと打ち解けたものである。
勝手に感慨深くなる紬をよそに、文音は真面目な顔で腕を組んだ。
「あの式神を寄越したのは、たぶん魔物。例の千歌っていう生徒と手を組んでるやつだと思うわ」
「!」
やっぱり、文音も千歌の件を知っている。先程の場にいた全員には知らされているのだろう。
「文音さん。“魚”って、もしかして……千歌ちゃんや魔物に関する話をしていたんですか」
「そうよ。明日の式が妨害、襲撃される可能性を考えて、対策をね。その話以外は、わざと隠さず式神に聞かせたんだけど……」
「わざと?」
紬は思わぬ言葉に眉をはね上げてから、口元に指を当てた。
「油断させるために、ですか?」
「そ。ご飯食べながら呑気に話し合いなんて、向こうも拍子抜けでしょ?……これでほくそ笑んでたら腹立つけど……!」
「どうどう……」
握り拳を作る文音をなだめると、彼女は「とにかくっ」と咳払いをする。
「朝から式神がうろちょろしてたのは分かってたから、焔様に提案して、ひと芝居打ったってわけ。これで相手は、自分たちの所業は気付かれていない、なんて思ってるはずよ。」
「なるほど」
紬は相槌を打ちながら、“魚”に関するやり取りを思い返す。
沖と連は、“骨がある魚を食べる”のが得意ではない。一方で文音は、それを率先して担える。
妨害や襲撃を想定した対策を話していたのなら──あれは恐らく、役割や立ち回りを決めていたのだ。
「有事の際は、文音さんが武力行使。沖さんと連さんが捕獲や援護を担当……ですか?」
「大体そんなところよ。わかってるじゃない」
ふふんと満足げに笑う文音。しかし、瞬きと同時にその表情が一変、涼やかなものになる。
「巫女様。あんたが、千歌とかいう生徒をどう思ってるかは知らないけど……あたしたちは容赦しないわ。」
「!」
「明日、何か行動を起こしたら、その場で引っ捕らえて牢屋にぶち込む。何も無かったなら、一刻も早く罪の証拠を揃えて、尋問する。」
その凄むような声に息を飲む。
「まだ子供だとか関係ない、そいつは奥様を殺すところだった。しかも魔物なんかを使って……!」
「……」
「絶対に許される所業じゃないわ。紅蓮邸が、然るべき処罰を与える。」
文音の瞳には、鋭い瞳孔の奥には、深く静かな怒りがあった。苛烈な炎を燃やしていないことが、かえって恐ろしくて、紬は何も言えずに押し黙った。
(……この屋敷の人達は、奥様のことをとても大切に思っている。きっとみんな、文音さんと同じ気持ちなんだわ)
魔物と手を組み、日和を死に至らしめようとした、一人の人間への怒り。その怒りは憎しみ、恨みへと姿を変える。
もちろん紬とて、千歌の犯した罪を許せるとは思えない。けれど──
(千歌ちゃんは、どうしてあんなことをしたのか。私達は何も知らない。)
何も知らぬまま憎むのは、果たして正しいことだろうか。
かつての暁の里は、そうして崩壊してしまうところだった。一度生まれた大きな亀裂は、千年の時を経た今でも完全に直ることはない。その歴史をまた繰り返すのだろうか。
(そんなこと……日和様が望むとは、思えないのに)
紅蓮邸は千歌を許さない。
この里の為に、みんなの為に──自分は郷守の巫女として、どうするべきだろうか。
「──ん?」
ふと、文音は耳を動かして、屋敷の外に意識を向けた。
「どうしました?」
「なんか、外が騒がしいわ。里中が騒いでいるみたい」
「里中が……あっ」
紬はそうだと思い当たって、声を上げる。
「紅蓮邸が、祝言と再生の儀を執り行うことを公表したんですよ!」
「ああっそっか!そういえば、お昼ご飯の後に~っておっしゃってたわね、焔様」
いよいよだ。一世一代の大仕事が、明日に迫っているという実感が湧いてくる。
今、里のみんなは何を言い合っているのだろう。喜んでくれているだろうか、それとも──
「私、少し外に出てきます」
「えっ?……ああちょっと、目の色は隠していきなさいよ!?」
「時紀さんのところに寄りますから、大丈夫」
「本当に気をつけてよね!あんたの正体、絶っ対にバレちゃいけないんだから!」
百聞は一見に如かず。善は急げだ。
文音が慌てて叫ぶ声を背中に聞きながら、紬は、廊下を駆けていった。
「そう。さっきの集まりはずーっと見られてたってわけ」
昼食を終えてすぐ、紬は文音に呼び出された。人気の無い廊下で事情を説明され、声を抑えつつ目を丸くする。
「まったく、分かりませんでした」
「ムリもないわよ。密偵用の式神って、なんの“気”も纏ってないし。あたしの耳と鼻でやっと勘付くくらいだもの」
さすがは猫族。結界術が得意なことといい、文音はこの屋敷の護り手として、非常に優秀だ。
(これでいて勝気で喧嘩っ早くて、クナイ捌きは攻撃的。本当に攻守共に頼りになるわね……)
出会い頭にクナイを投げつけられ、「泥棒猫」呼ばわりされたのが懐かしい。今やずいぶんと打ち解けたものである。
勝手に感慨深くなる紬をよそに、文音は真面目な顔で腕を組んだ。
「あの式神を寄越したのは、たぶん魔物。例の千歌っていう生徒と手を組んでるやつだと思うわ」
「!」
やっぱり、文音も千歌の件を知っている。先程の場にいた全員には知らされているのだろう。
「文音さん。“魚”って、もしかして……千歌ちゃんや魔物に関する話をしていたんですか」
「そうよ。明日の式が妨害、襲撃される可能性を考えて、対策をね。その話以外は、わざと隠さず式神に聞かせたんだけど……」
「わざと?」
紬は思わぬ言葉に眉をはね上げてから、口元に指を当てた。
「油断させるために、ですか?」
「そ。ご飯食べながら呑気に話し合いなんて、向こうも拍子抜けでしょ?……これでほくそ笑んでたら腹立つけど……!」
「どうどう……」
握り拳を作る文音をなだめると、彼女は「とにかくっ」と咳払いをする。
「朝から式神がうろちょろしてたのは分かってたから、焔様に提案して、ひと芝居打ったってわけ。これで相手は、自分たちの所業は気付かれていない、なんて思ってるはずよ。」
「なるほど」
紬は相槌を打ちながら、“魚”に関するやり取りを思い返す。
沖と連は、“骨がある魚を食べる”のが得意ではない。一方で文音は、それを率先して担える。
妨害や襲撃を想定した対策を話していたのなら──あれは恐らく、役割や立ち回りを決めていたのだ。
「有事の際は、文音さんが武力行使。沖さんと連さんが捕獲や援護を担当……ですか?」
「大体そんなところよ。わかってるじゃない」
ふふんと満足げに笑う文音。しかし、瞬きと同時にその表情が一変、涼やかなものになる。
「巫女様。あんたが、千歌とかいう生徒をどう思ってるかは知らないけど……あたしたちは容赦しないわ。」
「!」
「明日、何か行動を起こしたら、その場で引っ捕らえて牢屋にぶち込む。何も無かったなら、一刻も早く罪の証拠を揃えて、尋問する。」
その凄むような声に息を飲む。
「まだ子供だとか関係ない、そいつは奥様を殺すところだった。しかも魔物なんかを使って……!」
「……」
「絶対に許される所業じゃないわ。紅蓮邸が、然るべき処罰を与える。」
文音の瞳には、鋭い瞳孔の奥には、深く静かな怒りがあった。苛烈な炎を燃やしていないことが、かえって恐ろしくて、紬は何も言えずに押し黙った。
(……この屋敷の人達は、奥様のことをとても大切に思っている。きっとみんな、文音さんと同じ気持ちなんだわ)
魔物と手を組み、日和を死に至らしめようとした、一人の人間への怒り。その怒りは憎しみ、恨みへと姿を変える。
もちろん紬とて、千歌の犯した罪を許せるとは思えない。けれど──
(千歌ちゃんは、どうしてあんなことをしたのか。私達は何も知らない。)
何も知らぬまま憎むのは、果たして正しいことだろうか。
かつての暁の里は、そうして崩壊してしまうところだった。一度生まれた大きな亀裂は、千年の時を経た今でも完全に直ることはない。その歴史をまた繰り返すのだろうか。
(そんなこと……日和様が望むとは、思えないのに)
紅蓮邸は千歌を許さない。
この里の為に、みんなの為に──自分は郷守の巫女として、どうするべきだろうか。
「──ん?」
ふと、文音は耳を動かして、屋敷の外に意識を向けた。
「どうしました?」
「なんか、外が騒がしいわ。里中が騒いでいるみたい」
「里中が……あっ」
紬はそうだと思い当たって、声を上げる。
「紅蓮邸が、祝言と再生の儀を執り行うことを公表したんですよ!」
「ああっそっか!そういえば、お昼ご飯の後に~っておっしゃってたわね、焔様」
いよいよだ。一世一代の大仕事が、明日に迫っているという実感が湧いてくる。
今、里のみんなは何を言い合っているのだろう。喜んでくれているだろうか、それとも──
「私、少し外に出てきます」
「えっ?……ああちょっと、目の色は隠していきなさいよ!?」
「時紀さんのところに寄りますから、大丈夫」
「本当に気をつけてよね!あんたの正体、絶っ対にバレちゃいけないんだから!」
百聞は一見に如かず。善は急げだ。
文音が慌てて叫ぶ声を背中に聞きながら、紬は、廊下を駆けていった。
0
あなたにおすすめの小説
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
働きませんわ。それでも王妃になります
鷹 綾
恋愛
「私は働きませんわ」
そう宣言して、王太子から婚約破棄された公爵令嬢エルフィーナ。
社交もしない。慈善もしない。政務にも口を出さない。
“怠け者令嬢”と陰で囁かれる彼女を、王太子アレクシスは「王妃に相応しくない」と切り捨てた。
――だが彼は知らなかった。
彼女が動かないからこそ、王家は自力で立つことを覚えたのだということを。
エルフィーナは何もしない。
ただ保証を更新せず、支援を継続せず、静かに席を外すだけ。
その結果――
王家は自らの足で立つことを強いられ、王太子は“誰の力にも頼らない王”へと変わっていく。
やがて外圧が王国を揺らしたとき、彼は気づく。
支配でも依存でもなく、並んで立てる存在が誰だったのかを。
「君と並びたい」
差し出されたのは、甘い救済ではない。
対等という選択。
それでも彼女の答えは変わらない。
「私は働きませんわ」
働かない。
支配しない。
けれど、逃げもしない。
これは――
働かないまま王妃になる、公爵令嬢の静かなざまあ恋愛譚。
優雅で、合理的で、そしてどこまでも強い。
“何もしない”という最強の選択が、王国を変えていく。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
婚約者が最凶すぎて困っています
白雲八鈴
恋愛
今日は婚約者のところに連行されていました。そう、二か月は不在だと言っていましたのに、一ヶ月しか無かった私の平穏。
そして現在進行系で私は誘拐されています。嫌な予感しかしませんわ。
最凶すぎる第一皇子の婚約者と、その婚約者に振り回される子爵令嬢の私の話。
*幼少期の主人公の言葉はキツイところがあります。
*不快におもわれましたら、そのまま閉じてください。
*作者の目は節穴ですので、誤字脱字があります。
*カクヨム。小説家になろうにも投稿。
【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係
ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる