郷守の巫女、夜明けの嫁入り

春ノ抹茶

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第三十三話︰里の為ならば

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「時紀さん!」
「うわっ」
「おー巫女様、外出かい?」

 襖を勢いよく開け放つと、日暮が驚いて振り返る。隣の時紀はすぐに要件を察して、“幻影”の妖術を使ってくれた。

「俺の部屋なんだけど……せめて開ける前にひと声かけるとかさあ……」
「ごめんなさい、ちょっと急用で。」
「夫婦で嫌なところが似てきたな」

 まったく悪びれない紬に大きく肩を落としつつ、「なんで外に?」と探るように聞いてくる日暮。

「気になるじゃないですか、巫女が現れたと知った皆さんの反応。」
「ふーん。ちゃんと、里に興味あるんだ。」
「もちろん。これから自分が守っていく里ですから、現状をしっかりこの目で見ないと。」

 そう言って、色を変えたばかりの自分の瞳を指さしてみせると、彼は「そ」とちゃぶ台に肘をついた。

「なんていうか……あんたが巫女で良かったよ。」
「!」
「本当は、今からの外出は止めた方がいいんだけどさ。あんたのやることだから、俺たちは目ぇ瞑っとく。」

 いつも通り気怠げな様子の日暮だが、その眼差しはどこか柔らかかった。時紀は微笑んで、日暮の言葉に頷いている。

「明日の式、俺らが直接関わるこたァねえけど、いい席で見てますよ。どーんとやっちまいな巫女様」
「……」

 (……私が、やるべきこと……か)

 紬は胸に手を当てて、ほんの少し目を伏せた。
 彼らは、自分を認めてくれている。そして信じてくれている。明日もこれからも立派にやり遂げ、暁の里を守ってみせると。

「……時紀さん。ひとつ、頼みごとが。」
「頼み?」

 誰かを憎んで悪に手を染めるのは、理由があるはず。その理由を知らずに憎しみで返すだなんて、やっぱり間違っている。
 千歌の憎悪の理由を知るべきだ。負の歴史を繰り返さないためにも。断罪はそれからでも遅くない。

「借りておきたい物があります」

 決心がついた。
 私は里の為に動く。里の為ならば──紅蓮邸の意思にも背く。
 それが私の、郷守の巫女の選択だ。






 人目を盗むように門をくぐった紬は、屋敷の外へと繰り出した。
 里入りの日に着てきた着物、傍目からは色が変わって見える瞳、三つ編みに結った髪。になりきって、騒がしい店屋通りを歩く。
 今日の天気は、あいにくの曇り空だ。

「郷守の巫女が現れたって!」
「どんな人だろう?」
「まさか“二百年に一度”に立ち会う日が来るとはねぇ……」

 この時ばかりは、どんよりとした空模様を気に留める者はいない。
 どこを見渡しても皆、巫女の話題で持ちきりである。

「これで、魔物に怯えて過ごす心配もなくなるわい」
「楽しみですね。明日の式が」

 聞く限りは、前向きな言葉が多い。紬はほっと胸を撫で下ろしながら、店に立ち寄るなどして、もう少し様子を探ってみる。

「へいらっしゃい!嬢ちゃん、聞いたかい?巫女様が現れたんだと!」

 八百屋の店主と目が合うと、快活な笑顔で話しかけられた。その逞しい腕には鱗が見える。

「もちろん。里は朝から大騒ぎですね」
「待ちに待った朗報だからな。この頃の里は、どうも空元気って感じだっただろ?巫女様が現れりゃあもう安心だ。」
「……!ええ。そうですね。」

 来たばかりの紬にはあまり分からなかったが、今の里は、本来の活気を取り戻していないのだ。魔物という驚異に生活が脅かされる中、誰もが笑顔の裏で、不安を隠し抱いている。

「──フン。若造が、浮かれおって」
「!虎助トラスケのじいさん」

 店主が振り返った先を見ると、背中を丸めた一人の老人がいた。気難しい顔をして、口をへの字に曲げている。

「巫女など所詮は人間の小娘。小娘ごときがこの里を救えるか、バカバカしい。」
「おいおい、じいさんは実際に見たことがあるんだろ?先代の巫女様を。それでも認めねえのかい」
「あやつは結界を張っただけよ」
「十分じゃねえか……」

 やれやれと息を吐いて、店主は困ったように笑ってみせる。

「悪いな嬢ちゃん。このじいさん、人間嫌いなんだ。」
「いえ……」

 紬は曖昧に返事をしながら、老人に目を向ける。

「……あやかしを恐れる人間が、救うことなぞ出来るものか。」

 シワだらけの口元から、ぽつりと声がこぼれた。その言葉は脳にこびりつくようだった。
 紬は目を見張ってから、静かに唇を結んで、彼の顔をじっと見つめた。

「──さてと、話し込んじまったな。嬢ちゃん、何か買ってくかい?」
「!そう、ですね。じゃあ……」

 本来は咎められるらしい外出をしているのだ。野菜や果物を買っていけば、こっそり帰ったとて誤魔化しがきかなくなってしまう。
 しかし、値札で強調されている野菜が気になって、紬はつい「これをください」と口にした。

「あいよ!まいどあり!」

 ──八百屋を離れた紬は、手に提げた袋を見下ろして、小さく肩を落とす。
 つい買ってしまった。この野菜が物珍しいのがいけない。金色のトマトだなんて一体どんな味がするのやら。
 これでしらばっくれることは出来なくなった。勝手に外出したことは素直に認めて、怒られよう。
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