33 / 41
第三十三話︰里の為ならば
しおりを挟む
「時紀さん!」
「うわっ」
「おー巫女様、外出かい?」
襖を勢いよく開け放つと、日暮が驚いて振り返る。隣の時紀はすぐに要件を察して、“幻影”の妖術を使ってくれた。
「俺の部屋なんだけど……せめて開ける前にひと声かけるとかさあ……」
「ごめんなさい、ちょっと急用で。」
「夫婦で嫌なところが似てきたな」
まったく悪びれない紬に大きく肩を落としつつ、「なんで外に?」と探るように聞いてくる日暮。
「気になるじゃないですか、巫女が現れたと知った皆さんの反応。」
「ふーん。ちゃんと、里に興味あるんだ。」
「もちろん。これから自分が守っていく里ですから、現状をしっかりこの目で見ないと。」
そう言って、色を変えたばかりの自分の瞳を指さしてみせると、彼は「そ」とちゃぶ台に肘をついた。
「なんていうか……あんたが巫女で良かったよ。」
「!」
「本当は、今からの外出は止めた方がいいんだけどさ。あんたのやることだから、俺たちは目ぇ瞑っとく。」
いつも通り気怠げな様子の日暮だが、その眼差しはどこか柔らかかった。時紀は微笑んで、日暮の言葉に頷いている。
「明日の式、俺らが直接関わるこたァねえけど、いい席で見てますよ。どーんとやっちまいな巫女様」
「……」
(……私が、やるべきこと……か)
紬は胸に手を当てて、ほんの少し目を伏せた。
彼らは、自分を認めてくれている。そして信じてくれている。明日もこれからも立派にやり遂げ、暁の里を守ってみせると。
「……時紀さん。ひとつ、頼みごとが。」
「頼み?」
誰かを憎んで悪に手を染めるのは、理由があるはず。その理由を知らずに憎しみで返すだなんて、やっぱり間違っている。
千歌の憎悪の理由を知るべきだ。負の歴史を繰り返さないためにも。断罪はそれからでも遅くない。
「借りておきたい物があります」
決心がついた。
私は里の為に動く。里の為ならば──紅蓮邸の意思にも背く。
それが私の、郷守の巫女の選択だ。
人目を盗むように門をくぐった紬は、屋敷の外へと繰り出した。
里入りの日に着てきた着物、傍目からは色が変わって見える瞳、三つ編みに結った髪。ただの人間になりきって、騒がしい店屋通りを歩く。
今日の天気は、あいにくの曇り空だ。
「郷守の巫女が現れたって!」
「どんな人だろう?」
「まさか“二百年に一度”に立ち会う日が来るとはねぇ……」
この時ばかりは、どんよりとした空模様を気に留める者はいない。
どこを見渡しても皆、巫女の話題で持ちきりである。
「これで、魔物に怯えて過ごす心配もなくなるわい」
「楽しみですね。明日の式が」
聞く限りは、前向きな言葉が多い。紬はほっと胸を撫で下ろしながら、店に立ち寄るなどして、もう少し様子を探ってみる。
「へいらっしゃい!嬢ちゃん、聞いたかい?巫女様が現れたんだと!」
八百屋の店主と目が合うと、快活な笑顔で話しかけられた。その逞しい腕には鱗が見える。
「もちろん。里は朝から大騒ぎですね」
「待ちに待った朗報だからな。この頃の里は、どうも空元気って感じだっただろ?巫女様が現れりゃあもう安心だ。」
「……!ええ。そうですね。」
来たばかりの紬にはあまり分からなかったが、今の里は、本来の活気を取り戻していないのだ。魔物という驚異に生活が脅かされる中、誰もが笑顔の裏で、不安を隠し抱いている。
「──フン。若造が、浮かれおって」
「!虎助のじいさん」
店主が振り返った先を見ると、背中を丸めた一人の老人がいた。気難しい顔をして、口をへの字に曲げている。
「巫女など所詮は人間の小娘。小娘ごときがこの里を救えるか、バカバカしい。」
「おいおい、じいさんは実際に見たことがあるんだろ?先代の巫女様を。それでも認めねえのかい」
「あやつは結界を張っただけよ」
「十分じゃねえか……」
やれやれと息を吐いて、店主は困ったように笑ってみせる。
「悪いな嬢ちゃん。このじいさん、人間嫌いなんだ。」
「いえ……」
紬は曖昧に返事をしながら、老人に目を向ける。
「……あやかしを恐れる人間が、救うことなぞ出来るものか。」
シワだらけの口元から、ぽつりと声がこぼれた。その言葉は脳にこびりつくようだった。
紬は目を見張ってから、静かに唇を結んで、彼の顔をじっと見つめた。
「──さてと、話し込んじまったな。嬢ちゃん、何か買ってくかい?」
「!そう、ですね。じゃあ……」
本来は咎められるらしい外出をしているのだ。野菜や果物を買っていけば、こっそり帰ったとて誤魔化しがきかなくなってしまう。
しかし、値札で強調されている野菜が気になって、紬はつい「これをください」と口にした。
「あいよ!まいどあり!」
──八百屋を離れた紬は、手に提げた袋を見下ろして、小さく肩を落とす。
つい買ってしまった。この野菜が物珍しいのがいけない。金色のトマトだなんて一体どんな味がするのやら。
これでしらばっくれることは出来なくなった。勝手に外出したことは素直に認めて、怒られよう。
「うわっ」
「おー巫女様、外出かい?」
襖を勢いよく開け放つと、日暮が驚いて振り返る。隣の時紀はすぐに要件を察して、“幻影”の妖術を使ってくれた。
「俺の部屋なんだけど……せめて開ける前にひと声かけるとかさあ……」
「ごめんなさい、ちょっと急用で。」
「夫婦で嫌なところが似てきたな」
まったく悪びれない紬に大きく肩を落としつつ、「なんで外に?」と探るように聞いてくる日暮。
「気になるじゃないですか、巫女が現れたと知った皆さんの反応。」
「ふーん。ちゃんと、里に興味あるんだ。」
「もちろん。これから自分が守っていく里ですから、現状をしっかりこの目で見ないと。」
そう言って、色を変えたばかりの自分の瞳を指さしてみせると、彼は「そ」とちゃぶ台に肘をついた。
「なんていうか……あんたが巫女で良かったよ。」
「!」
「本当は、今からの外出は止めた方がいいんだけどさ。あんたのやることだから、俺たちは目ぇ瞑っとく。」
いつも通り気怠げな様子の日暮だが、その眼差しはどこか柔らかかった。時紀は微笑んで、日暮の言葉に頷いている。
「明日の式、俺らが直接関わるこたァねえけど、いい席で見てますよ。どーんとやっちまいな巫女様」
「……」
(……私が、やるべきこと……か)
紬は胸に手を当てて、ほんの少し目を伏せた。
彼らは、自分を認めてくれている。そして信じてくれている。明日もこれからも立派にやり遂げ、暁の里を守ってみせると。
「……時紀さん。ひとつ、頼みごとが。」
「頼み?」
誰かを憎んで悪に手を染めるのは、理由があるはず。その理由を知らずに憎しみで返すだなんて、やっぱり間違っている。
千歌の憎悪の理由を知るべきだ。負の歴史を繰り返さないためにも。断罪はそれからでも遅くない。
「借りておきたい物があります」
決心がついた。
私は里の為に動く。里の為ならば──紅蓮邸の意思にも背く。
それが私の、郷守の巫女の選択だ。
人目を盗むように門をくぐった紬は、屋敷の外へと繰り出した。
里入りの日に着てきた着物、傍目からは色が変わって見える瞳、三つ編みに結った髪。ただの人間になりきって、騒がしい店屋通りを歩く。
今日の天気は、あいにくの曇り空だ。
「郷守の巫女が現れたって!」
「どんな人だろう?」
「まさか“二百年に一度”に立ち会う日が来るとはねぇ……」
この時ばかりは、どんよりとした空模様を気に留める者はいない。
どこを見渡しても皆、巫女の話題で持ちきりである。
「これで、魔物に怯えて過ごす心配もなくなるわい」
「楽しみですね。明日の式が」
聞く限りは、前向きな言葉が多い。紬はほっと胸を撫で下ろしながら、店に立ち寄るなどして、もう少し様子を探ってみる。
「へいらっしゃい!嬢ちゃん、聞いたかい?巫女様が現れたんだと!」
八百屋の店主と目が合うと、快活な笑顔で話しかけられた。その逞しい腕には鱗が見える。
「もちろん。里は朝から大騒ぎですね」
「待ちに待った朗報だからな。この頃の里は、どうも空元気って感じだっただろ?巫女様が現れりゃあもう安心だ。」
「……!ええ。そうですね。」
来たばかりの紬にはあまり分からなかったが、今の里は、本来の活気を取り戻していないのだ。魔物という驚異に生活が脅かされる中、誰もが笑顔の裏で、不安を隠し抱いている。
「──フン。若造が、浮かれおって」
「!虎助のじいさん」
店主が振り返った先を見ると、背中を丸めた一人の老人がいた。気難しい顔をして、口をへの字に曲げている。
「巫女など所詮は人間の小娘。小娘ごときがこの里を救えるか、バカバカしい。」
「おいおい、じいさんは実際に見たことがあるんだろ?先代の巫女様を。それでも認めねえのかい」
「あやつは結界を張っただけよ」
「十分じゃねえか……」
やれやれと息を吐いて、店主は困ったように笑ってみせる。
「悪いな嬢ちゃん。このじいさん、人間嫌いなんだ。」
「いえ……」
紬は曖昧に返事をしながら、老人に目を向ける。
「……あやかしを恐れる人間が、救うことなぞ出来るものか。」
シワだらけの口元から、ぽつりと声がこぼれた。その言葉は脳にこびりつくようだった。
紬は目を見張ってから、静かに唇を結んで、彼の顔をじっと見つめた。
「──さてと、話し込んじまったな。嬢ちゃん、何か買ってくかい?」
「!そう、ですね。じゃあ……」
本来は咎められるらしい外出をしているのだ。野菜や果物を買っていけば、こっそり帰ったとて誤魔化しがきかなくなってしまう。
しかし、値札で強調されている野菜が気になって、紬はつい「これをください」と口にした。
「あいよ!まいどあり!」
──八百屋を離れた紬は、手に提げた袋を見下ろして、小さく肩を落とす。
つい買ってしまった。この野菜が物珍しいのがいけない。金色のトマトだなんて一体どんな味がするのやら。
これでしらばっくれることは出来なくなった。勝手に外出したことは素直に認めて、怒られよう。
0
あなたにおすすめの小説
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
退屈令嬢のフィクサーな日々
ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。
直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。
夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
働きませんわ。それでも王妃になります
鷹 綾
恋愛
「私は働きませんわ」
そう宣言して、王太子から婚約破棄された公爵令嬢エルフィーナ。
社交もしない。慈善もしない。政務にも口を出さない。
“怠け者令嬢”と陰で囁かれる彼女を、王太子アレクシスは「王妃に相応しくない」と切り捨てた。
――だが彼は知らなかった。
彼女が動かないからこそ、王家は自力で立つことを覚えたのだということを。
エルフィーナは何もしない。
ただ保証を更新せず、支援を継続せず、静かに席を外すだけ。
その結果――
王家は自らの足で立つことを強いられ、王太子は“誰の力にも頼らない王”へと変わっていく。
やがて外圧が王国を揺らしたとき、彼は気づく。
支配でも依存でもなく、並んで立てる存在が誰だったのかを。
「君と並びたい」
差し出されたのは、甘い救済ではない。
対等という選択。
それでも彼女の答えは変わらない。
「私は働きませんわ」
働かない。
支配しない。
けれど、逃げもしない。
これは――
働かないまま王妃になる、公爵令嬢の静かなざまあ恋愛譚。
優雅で、合理的で、そしてどこまでも強い。
“何もしない”という最強の選択が、王国を変えていく。
勇者の婿取り~強面女性騎士と報奨の王子~
小西あまね
恋愛
国王が布告を出した。強大な魔物を倒した勇者に王女を与える--
クレシュは顔に大きな傷がある頑健な強面騎士。魔物討伐は職務を果たしただけだったのに、勇者として思わぬ報奨を得てしまい困惑する。
「……うちに美人がいるんです」
「知ってる。羨ましいな!」
上司にもからかわれる始末。
--クレシュが女性であったために、王女の代わりに王子ヴェルディーンを婿に与えられたのだ。
彼も彼なりに事情があり結婚に前向きで…。
勇猛果敢で生真面目な27歳強面女性騎士と、穏やかだが芯の強い美貌の24歳王子。
政争やら悪者退治やら意外と上手くいっている凸凹夫婦やらの話。
嫉妬や当て馬展開はありません。
戦闘シーンがあるので一応残酷な描写ありタグを付けますが、表現は極力残酷さを抑えた全年齢です。
全18話、予約投稿済みです。
当作品は小説家になろうにも投稿しています。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる