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第一話︰舞い込んだ縁談
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「そのヘソクリは、居間のタンスの二段目にありますよ。多分、服と服の間に挟まっているかと」
「タンス……そうだ、タンスだ!言われてみりゃあそこに隠した記憶がある。ありがとう、ちょっくら探してくるよ」
善は急げと戸口を飛び出し、いそいそと去っていく相談者の彼を見送って、紬はふうと一息ついた。
「やっぱりつむぎさん、すごいね!こっそり隠したお金の場所まで分かっちゃうんだもん」
彼女を取り囲んではしゃぐのは、今日も遊びに来ている近所の子どもたち。
「もちろん。金額までばっちり。……それにしてもさっきの明蔵さん、最近失くし物の相談が増えてきたわね。お年かしら……」
「めいぞーさん、もうおじいちゃんだ~」
心配どころか無邪気に笑う子どもたちを見て、紬はつられて微笑んだ。
「つむぎさんの顔、今日もかちこちだね」
「こういうの、ぶらいそー?っていうんだって」
「……無愛想、ね。」
微笑んでいるつもりになっていただけらしい。やっぱり、思ったことを顔に出すのは苦手だ。
「どこで覚えてきたの、そんな言葉」と肩を落としてみせると、子どもたちはころころと、愉快そうな声を上げるのだった。
────ここは東の果ての小さな村、朝日村。
今年で二十になる村娘の紬には、生まれつき不思議な特技がある。
その特技というのが、本人曰く「占い」だ。
四つの頃、カンカンに晴れた空の下で「あしたは雨だね」と先の天気を言い当てて、母を驚かせた。
父が物を失くせば物の在り処を言い当てて、友人が考え込んでいるようだったら、悩み事を言い当てた。
どうして分かるのか、どうやっているのかと聞かれても、本人は決まって「占い」だと言い張る。
そんな訳で、紬はいつしか“占い娘”と呼ばれ、村の外までその名が知られるようになった。
「僕もつむぎさんみたいに占いたい!どうやってるの?」
「わたしも教えてほしい!」
「オレもー!」
手を挙げてつめ寄ってくる子どもたちを、まあまあと落ち着かせながら、紬はお決まりの宥め文句を口にする。
「教えられるものなら、教えたいんだけどね。私の占いは、練習して身につけるようなものじゃなくて──」
言いかけたその時。
家の外から、ドタドタと慌ただしい足音がやってくるのが聞こえた。
「つ、つ、紬ちゃあん!!」
「!?」
戸口に駆け込んできたのは、近所に住む芳江だ。彼女はよく採れたての野菜をおすそ分けしてくれる。
勢い余って倒れ込みそうな芳江を見て、紬は慌てて立ち上がった。
「な……なにごとですか」
「はあっはあっ……ちゅ、中央から……!」
芳江は肩を上下させて、まだ息が整わないうちに声を上げる。
「中央の神楽から、遣いが来たんだよ……!それも、とんでもなく男前の!」
「遣い……?」
神楽といったら、中央でも一、二を争う大国だ。そんな国からの遣いとやらが、どうしてこんな辺鄙な田舎に。
「ぼうっとしてる場合じゃないよっ。あの方、紬ちゃんを探しにここまで来たんだ。“占い娘”と会って話がしたいって!」
「……私?」
思いがけない指名に自分を指さして、気の抜けた声を上げた直後。芳江の夫、三郎の「こ、こちらです……!」という声が聞こえてきた。
芳江の横から戸口に現れたのは、すらりと背が高く、「とんでもなく男前」という言葉に大きく頷けるような若い青年。
「初めまして。主より遣わされ参りました、彗月と申します。」
「……」
「貴女が噂の“占い娘”──で、間違いはありませんか?」
思わず見入ってしまって、彼の挨拶と名前とを聞き逃すところだった。
「……はい。紬と、いいます」
「紬さんですね。少々、お時間をいただいても?」
朝日村──東の果てと、中央の神楽の国とでは、使われる言語が違うはず。しかし彼は少しの淀みもなく、こちらの言葉を綺麗に話している。
(いただいても?って……断って許されるような空気じゃないわよね)
こちらをとらえて逃がさない彗月の笑顔は、ニコニコと手本のように整っている。人当たりが良いというよりは、なんだか底知れない。
「……」
紬は目だけを動かして、辺りを見回す。
低い天井、ぼんやりとした照明、子ども数人が集まっていることで際立つ狭さ。ここはお世辞にも立派とは言えないボロ家だ。
そんなボロ家の戸口に立つのは、明らかに異質な雰囲気をもつ白皙の美青年。目に馴染まない。紬からしてみれば、この家と彗月の相性は凄まじく悪かった。
彼の言う「お話」が立ち話ではないことはわかる。
つまり彼は、この家に足を踏み入れようとしている。
「……こんなボロ家で良ければ……」
遠慮がちに口を開いて答えると、彗月は「ありがとうございます」と言って、躊躇いなく玄関に入ってきた。
眉目秀麗がこちらに歩いてくる。なんてことを考えたところで、ふと、彗月の後ろに二人の人物が控えていることに気がついた。
(いつの間に?……彗月さんに気を取られすぎたかしら)
同じ面で顔を隠している二人は、少し戸惑うように見合ってから、遅れて玄関に入ってくる。
三人揃って高貴な身なりで、このボロ家に足を踏み入れようというのだから、そちらが正しい反応である。
「……なんて貧相な。狭くて薄暗い……」
「ああ、嵐など来たらひとたまりもなく壊れそうだ……彗月様、本当に良いのですか?このような場所で」
覆面の男たちも、流暢に東の言葉を話すことが出来ている。
中央の言語教育は優秀ねと思いながら、紬は急いで来客用の座布団を揃えた。
「どうぞ、こちらにお掛けください」
「ありがとうございます。」
「な、なんだこの薄っぺらい座布団は……?」
「我々をこんなものに座らせる気か!」
にこやかに礼を言う彗月に対し、憤慨する二人。
覆面の彼らは、先程から口を開けば文句ばかり。ただその文句の数々は全て言われる筋合いがあるので、どうしたものか。
「申し訳ございません、我が家にはこの座布団しか無く……」
「ほとんど床に座るようなものだ!せめてもう一枚重ねろ」
「ええ、そんな枚数は……」
無いものを重ねることはできない。本当にどうしたものかと困っていると、覆面の男は馬鹿にするように「フン」と鼻を鳴らした。
「これだから貧乏人は──」
「よしなさい沖」
「しかし、彗月様」
彗月は表情を崩さないまま、食い下がる彼にピシャリと言い放つ。
「突然の訪問を受け入れて頂いたのだから、無礼な物言いは控えるように。私や主の顔に泥を塗るのはやめてくれるかな」
言われた覆面の男──沖は、ぐっと言葉を詰まらせて口をつぐんだ。
彗月はそんな彼を気にする様子もなく、「失礼」と紬の向かいに腰を下ろす。一つ一つの所作が綺麗だ。また見入ってしまうと同時に、感心する。
雪のように白い髪、すっと通った鼻筋、たたえた笑みを崩さない口元、常に弧を描いて瞳を見せない目元──神様が腕によりをかけて生み出したに違いないその容貌を、思わずじっと見つめていると、彗月はふと笑った。
「そんなに珍しいですか?私の顔は」
「!すみません。あんまり綺麗だったもので、つい」
「はは、ありがとうございます。」
容姿を褒められても一切の動揺を見せない。言われ慣れているんだろう。
突然、謎の長身男性が三人も来訪してきたためか、子どもたちはいそいそと紬の背中に隠れていた。しかし彼らが腰を下ろして、目線が低くなった途端に、緊張がとけたようにはしゃぎだす。
「お兄さん、誰?かっこいい!」
「背がすごく高かったねぇ!」
「こら、やめなさい」
下手に無礼を働くわけにはいかない。紬は慌てて子どもたちを止める。
「今からこちらの方々と大事なお話をするから……今日はみんな、お家に帰って。」
「えーなんでー?私たちも聞きたい~!」
出ていくことを促しても、駄々をこねて聞いてくれない。まずい、覆面の彼が苛立ち始めた気配がする。
「そちらの子どもたちは?」
「すみません、近所の子たちです。うちにはよく遊びに来ていて……あ、ほら。いい子にしてくれたら、後でたくさん占ってあげるから。なんでも聞いていいよ」
「ほんとぉ!?」
「ほんと、ほんと。」
ぶらさげた餌にまんまと食いつき、目を輝かせる子どもたち。すかさず三郎が「よし、じゃあみんなで外で遊ぼうか!」と、子どもたちを引き受けた。
「ありがとうございます、三郎さん」
「いやいや。いいんだよ」
子どもたちはわらわらと靴を履いて出て、家の外からこちらに手を振る。
「じゃーねーつむぎさん!お兄さん!」
「占い、やくそくだからねー!」
「はいはい、またね。」
手を振り返して見送ってから、紬は気を取り直して、三人に向き直った。
「お騒がせしました」
「全くだ。幼子は煩くて仕方がな……うッ!」
「失礼、お気になさらず。」
「おお……」
にこやかな顔のまま、沖の横っ腹に肘を入れる彗月。
引き締まった身体から繰り出される肘打ちにはどうやら相当な威力があるらしく、食らった沖は短くうめき声を上げて、静かに悶絶していた。
もう一方の覆面男はというと、仲間の惨状を見て震え上がり、気配を消すように黙り込んでいる。
「さて。まず先に確認しておきたいことが。失礼ですが、紬さんは現在おいくつですか?」
彗月は、何事も無かったかのように口を開いた。
「はい。今年で二十になります。」
「配偶者、もしくは婚約者、恋人はいらっしゃいますか?」
「いませんし、いたこともありません。」
今まで頂いたお見合いの話は、全部お父さんが蹴ってしまったのよね……と、散々焼き捨てられてきたお見合い写真の数々に、一瞬だけ思いを馳せる。
「分かりました、ありがとうございます。……それでは本題に移りましょう」
「……はい。」
紬は反射的にぴんと背筋を伸ばして、強ばった顔で身構える。
それほど間も置かず、彗月は単刀直入に、衝撃の言葉をぶつけてきた。
「どうか、貴女の力をお借りしたい。私の妻となり、我々の住まう地に来て頂けませんか?」
「はい。──はい?」
「タンス……そうだ、タンスだ!言われてみりゃあそこに隠した記憶がある。ありがとう、ちょっくら探してくるよ」
善は急げと戸口を飛び出し、いそいそと去っていく相談者の彼を見送って、紬はふうと一息ついた。
「やっぱりつむぎさん、すごいね!こっそり隠したお金の場所まで分かっちゃうんだもん」
彼女を取り囲んではしゃぐのは、今日も遊びに来ている近所の子どもたち。
「もちろん。金額までばっちり。……それにしてもさっきの明蔵さん、最近失くし物の相談が増えてきたわね。お年かしら……」
「めいぞーさん、もうおじいちゃんだ~」
心配どころか無邪気に笑う子どもたちを見て、紬はつられて微笑んだ。
「つむぎさんの顔、今日もかちこちだね」
「こういうの、ぶらいそー?っていうんだって」
「……無愛想、ね。」
微笑んでいるつもりになっていただけらしい。やっぱり、思ったことを顔に出すのは苦手だ。
「どこで覚えてきたの、そんな言葉」と肩を落としてみせると、子どもたちはころころと、愉快そうな声を上げるのだった。
────ここは東の果ての小さな村、朝日村。
今年で二十になる村娘の紬には、生まれつき不思議な特技がある。
その特技というのが、本人曰く「占い」だ。
四つの頃、カンカンに晴れた空の下で「あしたは雨だね」と先の天気を言い当てて、母を驚かせた。
父が物を失くせば物の在り処を言い当てて、友人が考え込んでいるようだったら、悩み事を言い当てた。
どうして分かるのか、どうやっているのかと聞かれても、本人は決まって「占い」だと言い張る。
そんな訳で、紬はいつしか“占い娘”と呼ばれ、村の外までその名が知られるようになった。
「僕もつむぎさんみたいに占いたい!どうやってるの?」
「わたしも教えてほしい!」
「オレもー!」
手を挙げてつめ寄ってくる子どもたちを、まあまあと落ち着かせながら、紬はお決まりの宥め文句を口にする。
「教えられるものなら、教えたいんだけどね。私の占いは、練習して身につけるようなものじゃなくて──」
言いかけたその時。
家の外から、ドタドタと慌ただしい足音がやってくるのが聞こえた。
「つ、つ、紬ちゃあん!!」
「!?」
戸口に駆け込んできたのは、近所に住む芳江だ。彼女はよく採れたての野菜をおすそ分けしてくれる。
勢い余って倒れ込みそうな芳江を見て、紬は慌てて立ち上がった。
「な……なにごとですか」
「はあっはあっ……ちゅ、中央から……!」
芳江は肩を上下させて、まだ息が整わないうちに声を上げる。
「中央の神楽から、遣いが来たんだよ……!それも、とんでもなく男前の!」
「遣い……?」
神楽といったら、中央でも一、二を争う大国だ。そんな国からの遣いとやらが、どうしてこんな辺鄙な田舎に。
「ぼうっとしてる場合じゃないよっ。あの方、紬ちゃんを探しにここまで来たんだ。“占い娘”と会って話がしたいって!」
「……私?」
思いがけない指名に自分を指さして、気の抜けた声を上げた直後。芳江の夫、三郎の「こ、こちらです……!」という声が聞こえてきた。
芳江の横から戸口に現れたのは、すらりと背が高く、「とんでもなく男前」という言葉に大きく頷けるような若い青年。
「初めまして。主より遣わされ参りました、彗月と申します。」
「……」
「貴女が噂の“占い娘”──で、間違いはありませんか?」
思わず見入ってしまって、彼の挨拶と名前とを聞き逃すところだった。
「……はい。紬と、いいます」
「紬さんですね。少々、お時間をいただいても?」
朝日村──東の果てと、中央の神楽の国とでは、使われる言語が違うはず。しかし彼は少しの淀みもなく、こちらの言葉を綺麗に話している。
(いただいても?って……断って許されるような空気じゃないわよね)
こちらをとらえて逃がさない彗月の笑顔は、ニコニコと手本のように整っている。人当たりが良いというよりは、なんだか底知れない。
「……」
紬は目だけを動かして、辺りを見回す。
低い天井、ぼんやりとした照明、子ども数人が集まっていることで際立つ狭さ。ここはお世辞にも立派とは言えないボロ家だ。
そんなボロ家の戸口に立つのは、明らかに異質な雰囲気をもつ白皙の美青年。目に馴染まない。紬からしてみれば、この家と彗月の相性は凄まじく悪かった。
彼の言う「お話」が立ち話ではないことはわかる。
つまり彼は、この家に足を踏み入れようとしている。
「……こんなボロ家で良ければ……」
遠慮がちに口を開いて答えると、彗月は「ありがとうございます」と言って、躊躇いなく玄関に入ってきた。
眉目秀麗がこちらに歩いてくる。なんてことを考えたところで、ふと、彗月の後ろに二人の人物が控えていることに気がついた。
(いつの間に?……彗月さんに気を取られすぎたかしら)
同じ面で顔を隠している二人は、少し戸惑うように見合ってから、遅れて玄関に入ってくる。
三人揃って高貴な身なりで、このボロ家に足を踏み入れようというのだから、そちらが正しい反応である。
「……なんて貧相な。狭くて薄暗い……」
「ああ、嵐など来たらひとたまりもなく壊れそうだ……彗月様、本当に良いのですか?このような場所で」
覆面の男たちも、流暢に東の言葉を話すことが出来ている。
中央の言語教育は優秀ねと思いながら、紬は急いで来客用の座布団を揃えた。
「どうぞ、こちらにお掛けください」
「ありがとうございます。」
「な、なんだこの薄っぺらい座布団は……?」
「我々をこんなものに座らせる気か!」
にこやかに礼を言う彗月に対し、憤慨する二人。
覆面の彼らは、先程から口を開けば文句ばかり。ただその文句の数々は全て言われる筋合いがあるので、どうしたものか。
「申し訳ございません、我が家にはこの座布団しか無く……」
「ほとんど床に座るようなものだ!せめてもう一枚重ねろ」
「ええ、そんな枚数は……」
無いものを重ねることはできない。本当にどうしたものかと困っていると、覆面の男は馬鹿にするように「フン」と鼻を鳴らした。
「これだから貧乏人は──」
「よしなさい沖」
「しかし、彗月様」
彗月は表情を崩さないまま、食い下がる彼にピシャリと言い放つ。
「突然の訪問を受け入れて頂いたのだから、無礼な物言いは控えるように。私や主の顔に泥を塗るのはやめてくれるかな」
言われた覆面の男──沖は、ぐっと言葉を詰まらせて口をつぐんだ。
彗月はそんな彼を気にする様子もなく、「失礼」と紬の向かいに腰を下ろす。一つ一つの所作が綺麗だ。また見入ってしまうと同時に、感心する。
雪のように白い髪、すっと通った鼻筋、たたえた笑みを崩さない口元、常に弧を描いて瞳を見せない目元──神様が腕によりをかけて生み出したに違いないその容貌を、思わずじっと見つめていると、彗月はふと笑った。
「そんなに珍しいですか?私の顔は」
「!すみません。あんまり綺麗だったもので、つい」
「はは、ありがとうございます。」
容姿を褒められても一切の動揺を見せない。言われ慣れているんだろう。
突然、謎の長身男性が三人も来訪してきたためか、子どもたちはいそいそと紬の背中に隠れていた。しかし彼らが腰を下ろして、目線が低くなった途端に、緊張がとけたようにはしゃぎだす。
「お兄さん、誰?かっこいい!」
「背がすごく高かったねぇ!」
「こら、やめなさい」
下手に無礼を働くわけにはいかない。紬は慌てて子どもたちを止める。
「今からこちらの方々と大事なお話をするから……今日はみんな、お家に帰って。」
「えーなんでー?私たちも聞きたい~!」
出ていくことを促しても、駄々をこねて聞いてくれない。まずい、覆面の彼が苛立ち始めた気配がする。
「そちらの子どもたちは?」
「すみません、近所の子たちです。うちにはよく遊びに来ていて……あ、ほら。いい子にしてくれたら、後でたくさん占ってあげるから。なんでも聞いていいよ」
「ほんとぉ!?」
「ほんと、ほんと。」
ぶらさげた餌にまんまと食いつき、目を輝かせる子どもたち。すかさず三郎が「よし、じゃあみんなで外で遊ぼうか!」と、子どもたちを引き受けた。
「ありがとうございます、三郎さん」
「いやいや。いいんだよ」
子どもたちはわらわらと靴を履いて出て、家の外からこちらに手を振る。
「じゃーねーつむぎさん!お兄さん!」
「占い、やくそくだからねー!」
「はいはい、またね。」
手を振り返して見送ってから、紬は気を取り直して、三人に向き直った。
「お騒がせしました」
「全くだ。幼子は煩くて仕方がな……うッ!」
「失礼、お気になさらず。」
「おお……」
にこやかな顔のまま、沖の横っ腹に肘を入れる彗月。
引き締まった身体から繰り出される肘打ちにはどうやら相当な威力があるらしく、食らった沖は短くうめき声を上げて、静かに悶絶していた。
もう一方の覆面男はというと、仲間の惨状を見て震え上がり、気配を消すように黙り込んでいる。
「さて。まず先に確認しておきたいことが。失礼ですが、紬さんは現在おいくつですか?」
彗月は、何事も無かったかのように口を開いた。
「はい。今年で二十になります。」
「配偶者、もしくは婚約者、恋人はいらっしゃいますか?」
「いませんし、いたこともありません。」
今まで頂いたお見合いの話は、全部お父さんが蹴ってしまったのよね……と、散々焼き捨てられてきたお見合い写真の数々に、一瞬だけ思いを馳せる。
「分かりました、ありがとうございます。……それでは本題に移りましょう」
「……はい。」
紬は反射的にぴんと背筋を伸ばして、強ばった顔で身構える。
それほど間も置かず、彗月は単刀直入に、衝撃の言葉をぶつけてきた。
「どうか、貴女の力をお借りしたい。私の妻となり、我々の住まう地に来て頂けませんか?」
「はい。──はい?」
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