郷守の巫女、夜明けの嫁入り

春ノ抹茶

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第二話︰暁の里を守る者

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 相槌を打つ隙も与えずに彼が言い放ったのは、異国ではプロポーズと言われるもの。つまりは結婚の申し出だった。
 今のは耳を疑うようだが紛れもない、プロポーズだった。

 紬が唇を動かすよりも先に、戸口から息を潜めて覗いていた芳江が、キャーと甲高い声を上げた。

「やだっなになに、紬ちゃんてばこの方と結婚するの!?」
「待って、待って芳江さん、走り出すのは待って下さい!状況を飲み込む時間を下さい」

 解き放てば間違いなく村の端まで言って回る芳江を制止しながら、紬は目を丸くして、彗月の顔を見る。
 相変わらずニコニコと崩れない笑みが、そこにある。

「……ええと……え?妻、ですか?」
「はい。」
「それはつまり……結婚する、ということですよね」
「ええ。」
「私と、彗月さんが?」
「私と、貴女がです。」

 しつこいくらいに確認しても訂正の言葉が返ってこない。聞き間違いではなかったらしい。

「……詳しく、お話を聞かせていただいても?」

 現実味が無さすぎる。百歩譲って聞き間違いでないとしても、何かしらの手違いというか、そういうものがある気がしてならない。
 紬がとにかく詳しい説明を求めると、彗月は少しの間をおいてから、「ええ」と口を開いた。

「まず、“暁の里”というのはご存知ですか?我々はその里からやってきました」
「あかつきの……」

 頭の中を探ってみるものの、聞き覚えもない。彼らは神楽の国からの遣いだそうだし、その国の中にある里だろうか。

「いいえ、存じ上げません」
「そうでしょうとも。暁の里のは神楽の国に存在しますが……神楽の国民でさえ、里を知る者はほとんどいませんから」
「……?それは……どうしてでしょう」

 首を傾げて聞くと、彗月は紬を見つめる。
 そして、突拍子もないことを口にした。

「古来より現世に住まう、人ならざるものの存在を“あやかし”と言います。」
「……へ」

 思わず気の抜けた声がもれる。
 構わず、彼は続ける。

「暁の里は、あやかしと人間とが共存している、唯一の里なのです。」

 ──あやかしと、人間が、共存している里。

「里自体は、いわゆる異空間にあります。神楽にはその異空間への入口があるだけ──ですから正確には、我々が神楽の遣いだというのも、少し違う。」
「…………」

 紬は口を閉じるのも忘れて、ただただ驚き固まった。
 ここは……笑うところだろうか。
 いやしかし、とても冗談を言っているようには見えない。間違いなく、笑い飛ばす空気ではないことは分かる。

「……あやかし、というのは、伝承としてはよく聞いたことがあります。けれど……本当にいるだなんて──」

 続きを言いかけた口が止まる。
 ありえない。だなんて、自分が言えたことではない。紬は黙って彗月に目を向けた。

「否定できないでしょう?貴女は」

 その考えを見透かしたように、口の端を上げる彗月。紬がそっと頷くと、彼は話を進める。

「我が里ではこの頃、とある問題がありまして。」
「問題?」
「魔物​──というのは、負の感情や言霊から生まれる存在のことを指しますが、その魔物の侵入を防ぐ結界が、非常に弱まっているのです。」

 曰く魔物は、人やあやかしを病に侵す瘴気を操る。魔物が特に好んで狙うのは、妖力を持つあやかし。
 そのため、歴代の“郷守さともり巫女みこ”が退魔の結界を張ることで、あやかしが集う里の安寧を保ってきたそうな。

「紬さん。貴女には、私の妻となることで里入りをし、先程申し上げた問題を解決していただきたい。暁の里を守っていただきたいのです。」
「なるほど。私が里を……なんですって?」

 流れで相槌を打とうとして、思いもよらない頼みに耳を疑った。

「ちょっと、待ってください。何が何だか……退魔の結界とやらが弱まっているのが問題で、その結界を張ったのは、郷守の巫女という話でしょう?それなのに」

 どうして私が、と言いかけたところで、その答えがふっと頭に思い浮かぶ。

「……まさか。私がその、“郷守の巫女”になるんですか?」
「話が早くて助かります」

 いい笑顔をしてみせる彗月。
 話が壮大になってきた。何やら、とんでもないことになってしまったかもしれない。この時ばかりは、露骨に引きつった顔を見せない自分の、鉄の表情筋に感謝した。

「正確には、貴女は生まれながらにして郷守の巫女である、と言って差し支えありません。」
「……というと?」
「郷守の巫女とは、里がある異空間を作り出した“始まりの巫女”の、のことを指します。郷守の巫女が現れるのは二百年に一度……結界が弱まる周期と同じくらいなので、まさに、里を守るために現れる存在ですね」
「…………」

 紬は自分を指さし、念を押して聞く。

「私は、その始まりの巫女の生まれ変わり。だから、里を守るべき郷守の巫女であると……そういうことですね?」
「ええ。間違いなく。」

 躊躇いなく頷かれた。間違いなくとまで言い切られた。
 紬は思わず、額に手を当てる。

「……」

 しかし、よく理解できた。できてしまった。
 今の話は紬にとって、驚くほど腑に落ちるものだった。
 何故なら心当たりがあったから。自分が郷守の巫女であるという証が、自分自身にあると察したから。それも、ずいぶんと分かりやすい形で。

「……私のこの目の色、父から遺伝したものでも、母から遺伝したものでもないんです。これって──」
「お察しの通り。歴代の郷守の巫女は例外なく、金色の瞳を持って生まれています。」

「この子の目はどうしてステキな金色なのかしら」と不思議そうにしていた母、「綺麗だからなぁきっと神様からの贈り物だな」と頭を撫でてきた父の姿を、ふと思い出す。
 幼い日の和やかな記憶だが、今となってはある意味、父の言っていたことが正解だったのだ。紬は思わず遠い目をした。

「瞳の色の他にも、思い当たる節があるのでは?」
「……どこまでお見通しなんですか。彗月さんは」
「はは、そんなに怪訝そうにしないでください。“占い娘”の噂を聞きつけただけですよ。」
「……」

 こうなったら、もう隠したって仕方がない。隠す必要が無いのだ。この人相手には。
 紬は小さく息を吐いてから、真っ直ぐに彗月を向いた。

「そうですね。私には生まれつき、不思議な力があります。先の天気を当てられるし、失くし物の場所を当てられる。それらは占いだと言って誤魔化してきましたが……本当は占ってなんかいない。」

 彗月は頷いた。そして紬に問いかける。

「貴女には、何が視えていますか?」
「────過去。それから、少し先の未来です。」
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