【完結】呪われ姫と名のない戦士は、互いを知らずに焦がれあう 〜愛とは知らずに愛していた、君・あなたを見つける物語〜

文野さと@書籍化・コミカライズ

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49 光は闇を包み、闇は光に焦がれる 5

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「よう来たのう」
 黒い服の女が椅子に座っている。
 そこは予想していたような、暗い部屋ではなかった。
 ジュリアが現れたような豪華な部屋でもなく、この大陸では見かけない風変わりな家具が、具合良く置かれた居心地の良い居間のようなしつらいである。
 もちろん幻影だろうが、レーゼとナギには意外だった。
 正面を向いているのに、女の顔はよくわからない。人間の視覚に認識されないような術が、かけられているのかも知れなかった。
「本当によくここまで来たものだ。座れとはさすがに言わんが、この部屋は現実にある場所だ。触れても害はない」
 エーヴィルの塔から魔力によって、別の空間に繋がっているのだろうか?
 ちろちろと燃える炉の火は暖かく、香草の良い香りもする。
「エニグマか」
 ナギは低く問うた。
「ああ、人は我をそう呼ぶな。それで、そなたらの名は?」
「知っているでしょうに、なんでわざわざ聞くの?」
 ナギの隣に立つレーゼが厳しく言った。
「もちろん知っているとも。だが、名乗りはするものだ」
「私はレーゼ。レーゼルーシェ・ビャクラン・ゴールディフロウ」
「俺はナギだ」
「ゴールディフロウ。アルトア大陸で一番古い王家の家名である。我も昔はその名を持っておったようだ。もう誰も覚えてはおらぬがの」
「そういえば、あなたは私の祖先だったわね」
「そうだ。我らの血は繋がっておる」
「二人ともゴールディフロウ王家では、不吉とされる色相を持っているわ」
 レーゼは白藍、エニグマは黒。どちらも、金色や赤など原色を尊ぶ王家からは忌み嫌われる色である。
「そうだな。だが、そなたの持つ色相は、葬儀に使われたくらいだから、少しは尊重されていたかもな」
 エニグマはレーゼの瞳と髪、そして鎧を眺めている。
「なかなか美しい鎧だ」
「そうでしょう?」
 二人の会話を聞いていると、まるで親しい間柄の叔母と姪のようでもある。
「ゴールディフロウは、遥か昔は大陸南西の小国で、色相による差別などなかったものを、のちの時代に砂金や宝石の採れる川が見つかってから、価値観は変わった。歴史の中ではようあることである」
「王族に金髪が多いのも、その価値観を高めることになったという訳ね」
「そう、同族婚も一時はあった。さすがに年月と共に、それは避けられるようになったが、近隣諸国より金色を持つ貴族との婚姻は推し進められたでの。ゴールディフロウはその名の通り、物理的にも思想的にも、拝黄金はいきん主義者が治める俗物の国となったのだ。故に魔力は無くしていった」
「……」
「のう、レーゼルーシェ姫。そなたさえ良ければ、私のところに来ぬか? そなたにもかつて、王家に流れていた魔力が潜んでおるのは知っている。私と共にくれば、長い時を老いずに生きることができるぞ」
「エニグマ」
 口を挟んだのはナギだ。
「お前の姉のゾルーディアは、王宮での記憶を持っていたぞ」
「なに?」
 エニグマは今まで完全に無視していたナギの方へ、ぐるりと身を捻った。
「でたらめを。我ら姉妹は、この漆黒の髪と目を持っていたがために、生まれてすぐに東の大陸に売られたのだ。運よく我らの師である、東の魔法使いに出会わなければ、すぐにでも死んでいたであろうよ。ここは我が育った魔法使いの家だ。あの愚かな姉が何を世迷言を申したか知らぬが、我には王宮での記憶などない」
「本当か、マリエラ」
「……な、に?」
 エニグマは限界までその目を見開いた。
「い……いま、なんと申した」
「お前に与えられた真の名前だ、マリエラ。そして双子の姉はサルビラと呼ばれていた」
「き……」
 エニグマの姿は不意に大きくなった。
「きえええええええええ!」
 ものすごい叫びがほとばしったかと思うと、今までの心地よさげな居間は瞬時に消えた。
「レーゼ! 気をつけろ!」
 そこは強い海風の吹き荒ぶ山の頂上、エーヴィルの塔の真上だった。
 空間が戻ったのだ。
 足元はおおむね平らだが、石塊いしくれでごつごつしている。鋭い棘を持ついばらに名残の花が咲き残っているのが、妙に場違いだ。
「この嘘つきの小童こわっぱめが! 偽りばかり申しおって! 我はエニグマ。東の大陸の魔法使いにつけられた名である! それ以外の名は持たぬ。マリエラなどと言う、ふざけた名前で呼ばれたことなどない!」
「では俺が呼んでやる。マリエラ! お前の罪を償え!」
「黙れ黙れ黙れ! 死ぬがいい!」
 叫びながらエニグマは、掌を擦り合わせて血の塊を作りだし、ナギに向かって投げつけた。
 ナギはそれを鞭で払い落とす。塊はすぐに飛び散るが、毒が含まれているようで、それを浴びた荊の花がたちまちしおれていく。

 大量に肌にかかると厄介だな。

 ナギは口布を引き上げるが、その間に血の玉は次々に作られ、投げつけられる。ここには身を隠せるところが一つもない。ナギはもう、攻撃はせずに回避することに専念した。彼の身体能力があってこその神技である。
 レーゼはと見ると、彼女も面頬を下げて身構えていた。
 鎧にも幾らか血はかかったようだが、すぐに蒸発していく。これもビャクランの力のようだった。

 レーゼはひとまず安全か。
 いくら魔女でも、そう大量に血を放出し続けられないはずだ。

 そう考えたナギは、血の玉を回避しながら、少しずつエニグマへと近づいていった。
「来るかや!? 戦士よ! これならどうじゃ!」
 吹き付ける湿った海風は塩の槍となった。ナギは唇の端で笑う。彼にとっては物理的な攻撃の方が都合がいいのだ。
 しかし、槍は一本ではなかった。いくつもの鋭い切っ先を持つ無数の針へと変化したのだ。それらが全方向からナギに向かって降り注ぐ。
 ナギは鞭と剣で対抗する。塩の槍は砕いてもすぐに結晶し、まるで生き物のように軌道を変えては襲い掛かった。
 鞭の方が広範囲の攻撃を防げるが、いくつかは躱しきれずに防具を突き破った。
「ナギ!」
「かすり傷だ! 来るな!」
 レーナを見ずにナギは怒鳴る。その頬を槍が掠め、口布が裂けた。
「ほうほう。そうであったなぁ」
 エニグマはにいっと笑った。
 改めて風をり合わせて無数の槍を作ると、ナギの真上にハリネズミのように集める。
 そしてあえて一斉攻撃はしないで、ナギがその場から動けないように、一呼吸のの間を置きながら波状攻撃を繰り出した。
「くそっ! キリがない!」
 全て撃ち落としたとき、ナギの体には無数の裂傷れっしょうが走っていた。深く抉れているものもあり、血が滴っている。
 しかし、そんなものに構っている余裕はなかった。
 振り向いたナギの視線の先に──。
 レーゼの背後には、ひたりと寄り添い立つエニグマの姿があった。

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