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48 光は闇を包み、闇は光に焦がれる 4
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この感覚はなんだ?
厄災の魔女と呼ばれる女は、自分だけの居心地のいい空間で身じろいだ。
もう長いことここにいる。
ここだけが彼女の居場所だ。
それなのに。
この感覚。もう長いこと忘れていた感情……なんだろう?
確か名前があったはず。
いや違う。
そんな感情などない。
我にあるのは憎しみのみ。
憎悪と憤怒の炎で、この世界の人間を焼きつくすためだけに、二百年生き抜いてきた。
何万人と人間を殺し、ギマとして人の尊厳を奪ってやった。
我らを見かぎり、東の大陸に流した王家も祖国も滅ぼした。
たった一人の姉ですら愛さなかった。
誰も我には敵わない。
誰も我の元へ辿り着けない。
なのに奴らはどうして諦めぬ?
彼らの心の中の恐れを突き、傷を抉り、ありとあらゆる損傷を与えているのに。
なぜ、彼らは怯まず、こちらへ向かおうとする?
我は”厄災の魔女”エニグマだ。
そう、エニグマだ。
誰がそう名づけたのだったか?
そもそも、生まれた頃の我らに、こんな名があったのか?
遠い昔、呼ばれていた名があったのか?
エニグマは頭を振った。
──やめよ。
そのような古のことを思い出して、今更どうなる。
我が名はエニグマ。この世界に厄災をもたらすもの。
それでよい。
身の程を弁えず、我には向かおうとする者どもの命を刈り取ってやる。
だから──そう。
心の奥から滲み出る、胸を痛むような感覚は封じてしまおう。
そう、気がつかなければ、なんということもない。
さぁ、来るが良い。我の血の末裔と黒き戦士よ。
おお、久々に血がざわめく。
血が──血を! もっと!
我に血を捧げよ!
エニグマはゆっくりと身を起こした。
***
「ブルー!」
オーカーは、前に倒れかかるギマの体を足で蹴飛ばしてながら、リーダーの名を呼んだ。
「こっちはだいぶ少なくなった! そっちはどうだ?」
デューンブレイドたちは島の南側のギマを制圧し、今は東側で戦っている。
北にはナギ達が飛び込んだ山が迫り出しているから、西を押さえたら、外にいるギマ達をほぼ片付けたことになるのだ。
「ああ。こっちもあらかた片付けた。白藍の使徒の連中は、島の西側で戦っているはずだ。支援を出せそうか?」
樹海での戦いはやや収まりを見せていた。
「ああ。イスカの海軍で陸戦の訓練を受けた奴が追いついてきたから、そいつらに援軍を頼もう。伝令!」
「は!」
「ジャルマやイスカの守備隊の隊長は、まだ生き残っているか?」
「はい。ジャルマの守備隊長セザリオ様は、負傷されたようですが、幸いギマの血はかかっておらず、なんとか海岸に踏みとどまっておられます」
「わかった。なら伝えてくれ、無事な船を島の西側に回してくれとな。苦戦しているようなら加勢してやってくれ。あと、できたらこっちにも戦況を伝えて欲しい。くれぐれも五人一組で行動しろよ。伝令がやられたら、俺たちには戦況がわからない。今はレーゼの支援がないから」
「はいっ!」
伝令達はすぐさま命令を実行するため、走り去った。
「馬がもっといたらな」
「しょうがないさ……船だもん、そんなに数は運べねぇ。あ、おい! あれは」
海岸側の森の中から、足を引き摺りながら出てくる人影がある。
「ギマか!?」
「いやあれは……」
ブルーは惹かれた目を凝らした。
「サップだ!」
「サップ! 無事だったか!?」
「ええ……はい。俺はギマじゃありませんよ」
「ははは! そんな情けない顔のギマはいねぇよ。よく無事だったな」
「なんとか。でも馬は犠牲になっちまいました。俺によく懐いていた奴だったのに」
サップは悔しそうに拳を握りしめる。
「でも、ギマ達がブルーさん達に引かれて、奥へと戻っていったので助かりました。戦況はどうですか?」
「まだ油断はできないが、島の南と東の森は大方押さえた感じだ。今、西の方に伝令を出した。カーネリアを見なかったか?」
「途中ではぐれちまいまして。でもクチバさんと一緒だったから、多分大丈夫だと思います。中はどうなってるんですか?」
「わからない。入口は一つのようだったし、俺たちが試した時は闇に弾かれて入れなかった。結界だ。ナギとレーゼは向こうが受け入れたんだろう。あいつらはやっぱり特別なんだ」
「二人はきっと戦っていると思います」
「そうだな。もし魔女がそっちに気を取られていたなら、もしかしたら俺たちも中に入れるかもしれない」
「なるほど、試す価値はありそうだな」
オーカーが来た道を振り返る。もうギマは出てこなくなった。
「俺たちも行きましょう!」
サップは首を振り上げ、『亡者の牢獄』、エーヴィルの塔を睨みつけた。
***
「レーゼ」
ナギは両腕でレーゼを抱き締めていた。
鎧を着ていても、腕の中の存在は小さく儚い。
しかし、彼女はもう震えてはいなかった。
昔からそうだった。絶望的な自分の運命にも怯えてなどいなかった。
弱そうに見えて強い娘。
「ナギ。私はもう大丈夫。進もう」
「ああ。だけどもうちょっとだけ。今はあいつの気配がとても弱い」
「そうね。私もそう感じる」
「今だけだ」
ナギはそう言って、ますます深くレーゼを抱き込む。
「レーゼが俺に力をくれる」
「ほんと? ならもっとぎゅってしていいよ」
「うん……じゃあ、口づけしても?」
「え? あ……うん」
レーゼはナギの腕の中でそっと上を向いた。面頬は外していたが、兜が背後に落ちる。ビャクランが気を効かしてくれたのだ。
白藍の髪が一筋流れた。
「ああ。レーゼ、あなたは」
闇の中で交わす口づけは、お互いの熱のみに集中できることを、ナギは初めて知った。
レーゼの唇はどこまでも柔らかく温かい。
ここが戦場でないのなら、もっと味わいたかった。
もっと奥まで、その体液までも。
「ありがとう」
ナギは名残惜しげに腕を解く。途端に気持ちが切り替わった。
「力出た?」
「ああ。もう無敵だ」
「そう? 良かった。いつでも言ってね」
レーゼはナギの気持ちなど知らぬげに微笑んだ。
「でも、本当にエニグマの気配はかなり弱ってる……ていうか、なんか萎んでる気がする」
「そうだな、奴も疲れてるんだ。島の生成、それから海戦。彼女は膨大な魔力を使っているはずだから」
「うん。多分この先に彼女はいる。うずくまってる感じがするね」
二人は再び手を取った。向こうにひときわ闇が濃いところがある。
レーゼとナギは手を繋いだまま進む。
闇の奥で蠢く気配がひとつ。それはこちらを見ている。激しい憎しみを込めて。
二人は目を見交わし合う。
それから一緒に闇の中へと飛び込んだ。
**
31日完結予定です
厄災の魔女と呼ばれる女は、自分だけの居心地のいい空間で身じろいだ。
もう長いことここにいる。
ここだけが彼女の居場所だ。
それなのに。
この感覚。もう長いこと忘れていた感情……なんだろう?
確か名前があったはず。
いや違う。
そんな感情などない。
我にあるのは憎しみのみ。
憎悪と憤怒の炎で、この世界の人間を焼きつくすためだけに、二百年生き抜いてきた。
何万人と人間を殺し、ギマとして人の尊厳を奪ってやった。
我らを見かぎり、東の大陸に流した王家も祖国も滅ぼした。
たった一人の姉ですら愛さなかった。
誰も我には敵わない。
誰も我の元へ辿り着けない。
なのに奴らはどうして諦めぬ?
彼らの心の中の恐れを突き、傷を抉り、ありとあらゆる損傷を与えているのに。
なぜ、彼らは怯まず、こちらへ向かおうとする?
我は”厄災の魔女”エニグマだ。
そう、エニグマだ。
誰がそう名づけたのだったか?
そもそも、生まれた頃の我らに、こんな名があったのか?
遠い昔、呼ばれていた名があったのか?
エニグマは頭を振った。
──やめよ。
そのような古のことを思い出して、今更どうなる。
我が名はエニグマ。この世界に厄災をもたらすもの。
それでよい。
身の程を弁えず、我には向かおうとする者どもの命を刈り取ってやる。
だから──そう。
心の奥から滲み出る、胸を痛むような感覚は封じてしまおう。
そう、気がつかなければ、なんということもない。
さぁ、来るが良い。我の血の末裔と黒き戦士よ。
おお、久々に血がざわめく。
血が──血を! もっと!
我に血を捧げよ!
エニグマはゆっくりと身を起こした。
***
「ブルー!」
オーカーは、前に倒れかかるギマの体を足で蹴飛ばしてながら、リーダーの名を呼んだ。
「こっちはだいぶ少なくなった! そっちはどうだ?」
デューンブレイドたちは島の南側のギマを制圧し、今は東側で戦っている。
北にはナギ達が飛び込んだ山が迫り出しているから、西を押さえたら、外にいるギマ達をほぼ片付けたことになるのだ。
「ああ。こっちもあらかた片付けた。白藍の使徒の連中は、島の西側で戦っているはずだ。支援を出せそうか?」
樹海での戦いはやや収まりを見せていた。
「ああ。イスカの海軍で陸戦の訓練を受けた奴が追いついてきたから、そいつらに援軍を頼もう。伝令!」
「は!」
「ジャルマやイスカの守備隊の隊長は、まだ生き残っているか?」
「はい。ジャルマの守備隊長セザリオ様は、負傷されたようですが、幸いギマの血はかかっておらず、なんとか海岸に踏みとどまっておられます」
「わかった。なら伝えてくれ、無事な船を島の西側に回してくれとな。苦戦しているようなら加勢してやってくれ。あと、できたらこっちにも戦況を伝えて欲しい。くれぐれも五人一組で行動しろよ。伝令がやられたら、俺たちには戦況がわからない。今はレーゼの支援がないから」
「はいっ!」
伝令達はすぐさま命令を実行するため、走り去った。
「馬がもっといたらな」
「しょうがないさ……船だもん、そんなに数は運べねぇ。あ、おい! あれは」
海岸側の森の中から、足を引き摺りながら出てくる人影がある。
「ギマか!?」
「いやあれは……」
ブルーは惹かれた目を凝らした。
「サップだ!」
「サップ! 無事だったか!?」
「ええ……はい。俺はギマじゃありませんよ」
「ははは! そんな情けない顔のギマはいねぇよ。よく無事だったな」
「なんとか。でも馬は犠牲になっちまいました。俺によく懐いていた奴だったのに」
サップは悔しそうに拳を握りしめる。
「でも、ギマ達がブルーさん達に引かれて、奥へと戻っていったので助かりました。戦況はどうですか?」
「まだ油断はできないが、島の南と東の森は大方押さえた感じだ。今、西の方に伝令を出した。カーネリアを見なかったか?」
「途中ではぐれちまいまして。でもクチバさんと一緒だったから、多分大丈夫だと思います。中はどうなってるんですか?」
「わからない。入口は一つのようだったし、俺たちが試した時は闇に弾かれて入れなかった。結界だ。ナギとレーゼは向こうが受け入れたんだろう。あいつらはやっぱり特別なんだ」
「二人はきっと戦っていると思います」
「そうだな。もし魔女がそっちに気を取られていたなら、もしかしたら俺たちも中に入れるかもしれない」
「なるほど、試す価値はありそうだな」
オーカーが来た道を振り返る。もうギマは出てこなくなった。
「俺たちも行きましょう!」
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「レーゼ」
ナギは両腕でレーゼを抱き締めていた。
鎧を着ていても、腕の中の存在は小さく儚い。
しかし、彼女はもう震えてはいなかった。
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弱そうに見えて強い娘。
「ナギ。私はもう大丈夫。進もう」
「ああ。だけどもうちょっとだけ。今はあいつの気配がとても弱い」
「そうね。私もそう感じる」
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ナギはそう言って、ますます深くレーゼを抱き込む。
「レーゼが俺に力をくれる」
「ほんと? ならもっとぎゅってしていいよ」
「うん……じゃあ、口づけしても?」
「え? あ……うん」
レーゼはナギの腕の中でそっと上を向いた。面頬は外していたが、兜が背後に落ちる。ビャクランが気を効かしてくれたのだ。
白藍の髪が一筋流れた。
「ああ。レーゼ、あなたは」
闇の中で交わす口づけは、お互いの熱のみに集中できることを、ナギは初めて知った。
レーゼの唇はどこまでも柔らかく温かい。
ここが戦場でないのなら、もっと味わいたかった。
もっと奥まで、その体液までも。
「ありがとう」
ナギは名残惜しげに腕を解く。途端に気持ちが切り替わった。
「力出た?」
「ああ。もう無敵だ」
「そう? 良かった。いつでも言ってね」
レーゼはナギの気持ちなど知らぬげに微笑んだ。
「でも、本当にエニグマの気配はかなり弱ってる……ていうか、なんか萎んでる気がする」
「そうだな、奴も疲れてるんだ。島の生成、それから海戦。彼女は膨大な魔力を使っているはずだから」
「うん。多分この先に彼女はいる。うずくまってる感じがするね」
二人は再び手を取った。向こうにひときわ闇が濃いところがある。
レーゼとナギは手を繋いだまま進む。
闇の奥で蠢く気配がひとつ。それはこちらを見ている。激しい憎しみを込めて。
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