救国の代償で白髪になった聖女、一度のミスを理由に「無能の戦犯」として追放される ~隣国の覇王に拾われ、愛され、奇跡の力を見せつける~

スカッと文庫

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第8話:亡国の残響

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バルドル帝国の戴冠式から数日。帝都は今なお祝祭の余韻に包まれ、街の至る所で聖女アリシアを称える歌が響いていた。
しかし、平和な空気が流れる帝国の境界線――かつてプロスペル王国と呼ばれた場所との境には、どす黒い負の感情が渦巻いていた。

帝国の黄金の結界のすぐ外側。
そこには、命からがら魔物の群れから逃げ延びた王国の生き残りたちがいた。かつてアリシアを「戦犯」と罵った高官たちや、セシリアを聖女と崇めていた神官たちだ。彼らの服はボロボロに裂け、顔は恐怖と飢えで土色に変色している。

「……アリシア、アリシアを出せ……! 彼女は、我が国の聖女だ……!」
一人の老神官が、結界に指を触れようとして激しい火花に弾き飛ばされる。
「彼女さえ戻れば、王国は再建できる! 帝国が彼女をたぶらかしているんだ! 返せ、我らの道具を返せ!」

彼らはまだ、自分たちが何をしたのかを理解していなかった。
失ったものが「一人の少女の心」ではなく、ただの「便利な装置」であるかのように、今なおアリシアを所有物として扱おうとしていた。

その時、結界の向こう側から、一団の影が現れた。
漆黒の騎馬に跨るラグナール陛下と、その隣で純白の馬を操るアリシアだ。

「……まだ、あのような連中が残っていたのか」
ラグナール陛下の声には、底冷えするような殺意が混じっていた。
「アリシア、あやつらは貴様を『道具』と呼んだ。我が帝国の皇后に対し、死よりも重い侮辱だ」

私は、結界越しに彼らを見つめた。
かつて私が、夜を徹して魔力を注ぎ込み、その生活を守ってあげていた人々。感謝の言葉一つなく、当然のように私の犠牲を享受していた者たち。

「アリシア様! お願いです、戻ってください!」
私と目が合った瞬間、老神官が泣き叫びながら縋り付いてきた。
「貴女がいないせいで、神殿は焼け落ち、王太子の遺体すら魔物に……! 貴女は慈悲深いのでしょう!? この通りだ、どうか我らをお救いください!」

私は静かに馬を下り、結界のぎりぎりまで歩み寄った。
かつてなら、彼らの涙を見て心が痛んだかもしれない。けれど、今の私の胸にあるのは、冷え切った静寂だけだった。

「お救いください……? どの口が、それを言うのですか」

私の声は、結界の振動と共に増幅され、荒野に響き渡った。

「私が大氾濫からあなたたちを守った時、あなたたちは何と言いましたか? 私が髪を白くしてまで耐えた苦労を、誰一人として労わらなかった。それどころか、私が維持していた壁が壊れたと、私を石で打ち、雨の中に放り出したのは、あなたたちです」

「そ、それは……殿下が仰ったことで……我々は……!」

「いいえ。あなたたちも同罪です。嘲笑い、蔑み、私の絶望をエンターテインメントのように楽しんでいた。……今、あなたたちが受けているのは、私が受けていた痛みの一片に過ぎません」

私は右手をゆっくりと掲げた。
指先から溢れ出すのは、もはや王国時代の「守るための光」ではない。不浄を焼き尽くし、因縁を断ち切るための「断罪の光」だ。

「アリシア、やめろ! 聖女が人を殺めるつもりか! 呪われるぞ!」

「呪いなら、あの日、あなたたちに捨てられた時に既に受けています。……そして、今の私はもう、聖女という名の奴隷ではありません」

私は、結界の外側に残っていた王国の「未練」をすべて消し去るべく、魔力を解放した。
それは攻撃魔法ではない。
「拒絶」の魔法だ。

私の光が波及すると、結界の外側にいた者たちの記憶から、私の魔力の残滓がすべて剥ぎ取られていく。彼らが唯一の希望として縋っていた「アリシアの加護」という記憶の鎖が、粉々に砕け散った。

「ああ……あああああ! 光が、光が見えない……!」

彼らは、私が最後に与えていた「微かな温もり」すら失い、本当の意味で闇の中に放り出された。
魔物の咆哮が近づいてくる。けれど、私はもう、その後の光景を見るつもりはなかった。

「帰りましょう、ラグナール陛下。ここにはもう、見るべきものはありません」

私は陛下の差し出した手を取り、再び馬の背に飛び乗った。
背後で聞こえる絶望の声は、風にかき消されていく。

「……強くなったな、アリシア」
ラグナール陛下が、私の腰を抱き寄せ、耳元で囁く。
「ああ。貴様を汚すものは、過去の亡霊であっても許さぬ。これからは、我の愛だけで貴様を満たそう」

帝都へ向かう道中、私は一度だけ空を見上げた。
真っ白な私の髪は、夕陽を浴びて黄金色に輝いている。
それは、失った過去への決別と、愛に満ちた未来への祝福のように見えた。
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