俺が推しの代わりなんか出来るわけがないだろう?

蒼風

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Ⅰ.声優とガチ恋勢と深夜のファミレス

2.唐突な結婚報告は人気声優の特権。

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 なにはともあれ、これでスマートフォンを操作できる。もし仮に、俺の肉体にあややの精神が宿っているとすれば。

「うわ、凄い着信の数……」

 とんでもなかった。

 通知を確認していると、おびただしい数の着信があることに気が付く。その殆どは同じ電話番号から。そして、俺はその数字に見覚えがあった。それは、

「俺の…………携帯だな」

 自分の番号だった。

 確定、とまでは行かないものの、これでほぼ核心が持てた。今、俺の肉体には、あややの精神が宿っている。

 その時だった。

「わっ」

 スマートフォンが振動する。着信だ。その番号はやはり先ほどと同じく、俺の携帯番号。間違いない、あややがかけてきているのだ。

 俺は、自分の者とは違う、使い慣れないスマートフォンを操作して、何とか通話状態に、

『ちょっと!なんですぐ出ないのよ!』

 怒鳴り声だった。声は間違いなく俺のものだが、口調が全然違う。漫画とかではよく見るけど、実際に自分の声で、全く違う喋り方されると気味が悪い。

 俺はすぐに弁明する。

「いや、だってスマフォの電源切ってあったから……っていうか、君、あやや……だよね?」

 スマートフォン越しの声は更に大きくなり、

『はぁ!?ちょっと、やめてよ。どこの誰かも分からない男に、「あやや」なんて呼ばれる筋合いないんですけど!』

「いや、だって、そう呼んでくれって、自分で言ってるだろ」

『言ってるけど、それはあくまでファンサービス。一対一で、どこの誰かも分からない男に「あやや」だなんて……気持ち悪い』

 酷い言われようだ。「あやや」っていう呼び名は、昔ラジオ番組を通じて公募した、れっきとした、公式のあだ名じゃないか。イベントとかでだって、そう呼んでくださいねって言ってるって聞くし。それに何より、

「どこの誰かも分からない男っていうけど、俺だってあやや……咲花さくはなあやめのファンだぞ。そのファンが、自分からそう呼んでくれって言ったあだ名で呼んでるのに、気持ち悪いは酷いだろ」

『あーうるさいうるさいうるさい!気持ち悪いものは気持ち悪いの。とにかく、あやや呼びはやめて』

「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」

『あやめ様』

「…………で、だけど、咲花さん」

『…………(チッ!)』

 今舌打ちした?舌打ちしたよね?仮にも一ファンに対して。とんでもないな。

 いや、まあ、ファンサはいい一方で、割と表裏がないっていうか、建前でぶりっ子とかをしないのは確かなんだけど、まさかこんな対応をされるとは。困ったもんだ。
そして何よりも困るのは、そんな対応をされてる俺が、ちょっと嬉しいことだ。こんなに末期だとは思ってなかった。ここに病院を立てよう。

「非現実的な仮説ではあるんだけど、俺と咲花さんは、どうも精神が入れ替わっちゃったぽい。だから、状況を把握して、今後の対策を立てるために、直接会いたい……んだけど、今どこにいるかな?」

『…………アンタの家』

「分かった。それならこれからそこに」

『ちょっと待った!』

「……何?」

『アンタ。まさかとは思うけど、そのままの恰好で、アンタの……今私がいる、この部屋まで来るつもり?』

「そうだけど、それが何か?」

『はぁ~~~~』

 今度はため息。それも俺に聞かせるためみたいな、芝居がかった大きいやつ。そんなところで演技力を見せないでほしい。そして、舌打ちに続いて、ため息というトンデモ塩対応をされているのにも関わらず、ちょっと嬉しくなっちゃう俺のこのバグった思考回路はどこにいったら修理してもらえるんだろうか。

 あやや……もとい咲花は、物わかりの悪い子供に言い聞かせるみたいに、

『あのね?アンタは今、私……咲花あやめの身体な訳。アンタから見た視界はそんなに変わりないでしょうけど、周りからはしっかり目立つの。そのアンタが、男の部屋になんかいってごらんなさい。下手したら大問題よ』

「そうかなぁ?漸く厳しい基準を満たす彼氏を見つけたんだね、おめでとうってなるだけな気もするけど」

 それを聞いた咲花は本日二度目のクソデカため息をついて、

『はぁ~~~~……いい?私がモテないとか、少女漫画みたいな恋愛を求めてるせいで、基準を満たす男が現れないとか。そんなこと本気で思ってるなら、今すぐ目を覚ましなさい。そんなことないから。ホントに。分かった?』

「そ、そ、そ、そ、そ、そ、そんな、こと、な、な、な、な、な」

『うわ凄い動揺……』

 そこでスマートフォン越しの咲花(声は残念なことに俺の物だ)がくすりと意地悪げに笑い、

『あ、もしかしてアンタ。あれ?声優さんにガチで恋しちゃってる質?ごめんなさいねー、夢持たせちゃって。でも、残念。私にはちゃんと彼氏がいて、時が来たら結婚するつもりな。残念でした~』

 瞬間。

 意識が飛んだ、気がした。

 その後、咲花からの割とガチ目の謝罪と、本気の心配を受けて何とか生還し、俺たちは俺、山都の住んでいるマンション近くにある、二十四時間営業のファミリーレストランで落ち合うことになった。

 うるさい。ガチ恋じゃないやい。

 ……ぐすん。
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