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chapter.3
20.逃走
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暫くの静寂を経て、最初に口を開いたのは智花だった。
「え、どういうこと?なんでここにその子がいるわけ?」
声のトーンは今日聞いた中で一番低いものだった。
予感は、的中した。
次に口を開いたのは沙智だった。
「あ、あの、さっきその、西園寺くんからその、友達申請があって。そのアイコンが、『まちハレ』のやつだったから、嬉しくなっちゃって。それで、その、店長から、今日も来てるっていう話を聞いたから、その」
支離滅裂というのはこのことだ。
だが、大体言いたいことは伝わってきた。
要は「友達申請が飛んできた瑠壱のRINEアイコンが『間違いだらけのハーレムエンド』だったことで盛り上がり、それと前後する形で店長──吟二から連絡があった」ということだろう。
もしかしたら、カラオケハウスに女を連れ込んでいるぞ、といった類のものだったかもしれないし、単純に、今日も来てるぞくらいの話だったかもしれない。
ただひとつだけ分かるのは、吟二が最悪のタイミングで沙智に情報を流した、ということだ。何が味方だ。完全に敵じゃないか。
智花が「ふーん……」と鼻を鳴らし、
「で?あんたはそれを知ってたからカラオケをほっぽり出して地上に出たってこと?分かってるわよね?これ、一応デートなんだけど」
「デーっ……!」
沙智がこれでもかと言わんばかりに驚く。その反応は「デート」というフレーズに対してなのか、それとも「瑠壱と智花がデートをしていた」という事実に対してなのかはよく分からない。
智花はなおも問い詰める。
「ねえ。どうなの?聞いてるわけ?」
いやだ。
この空間は、いやだ。
空気が凄く薄い。
折角地上に出たのに、これじゃなんの意味もないじゃないか。
このままじゃ酸欠で倒れてしまう。瑠壱はそう考えると、ふらふらっと、あてどなく歩き出す。
「あ、西園寺くん」
「あ、こら、待ちなさい瑠壱!」
二人から呼び止められたような気がするけど、そんなものは耳に入ってこない。とにかく酸素の濃いところに行かないと、ある程度なら人間だって息を止めていられるが、それだって限度がある。いそがないと。
はやる気持ちが抑え切れず、ゆったりとした歩みは、やがて駆け足に変わり、その駆け足は次第に全力疾走に変わる。
はやく。
酸素のあるところに。
呼吸が出来るところに。
どこを目指すでもなく一目散にかけていると、やがて体力の限界が来る。依然として強く降りしきる雨の中、瑠壱は膝をついて立ち止まる。
遅れて、忘れていたように呼吸を再開する。なんのことはない。酸素が薄かったのではなく、呼吸をしていなかっただけだ。そんな当たり前のことにすら、さっきまでの瑠壱は頭が回っていなかった。
遅れて汗が噴き出してくる。長い距離を全力疾走してきたのだから当たり前だ。雨粒でもぬぐい切れない額の汗を何度も何度も拭い去ろうとする。
やがて、呼吸も少し落ち着き、現在地を確認しようと顔を上げたその瞬間、
「…………あ?」
一台の車が、瑠壱の前で止まった。
ぱっと見でも分かる、かなりの高級車だ。リムジンというやつだろうか。
一般の車両に比べるとやや長めの車体に、黒い光沢。おまけに外から内部を見ることが出来ないスモークガラスまでついている。もしかしたら防弾仕様になっているかもしれない。
ナンバーなどは瑠壱の立っている位置からはうかがい知ることが出来ないが、こんな車に乗るのなんて概ね政治家か、やくざか、
窓が、開いた。
車内から顔が生えてくる。
見覚えのない顔だった。
歳は……瑠壱と同じくらいだろうか。明るめの茶髪は長めで、かなりのウェーブがかかっているが、天然のものなのかは判別がつかない。
顔立ちは整っているが、近寄りがたい美人という感じは全くなく、接しやすさを感じる。
目はやや細めで、どうも意図的に細めにしているような気がするが、これは瑠壱の勘違いかもしれない。
そして、信じがたいことに、藤ヶ崎学園高等部の制服を着ていた。しかも瑠壱と同じ三年生のものだ。もっとも、これで一年生だった日には、世界の法則性を疑いにかかってしまいそうだが。
「どしたのこんなところで?君ってあれだよね?藤ヶ崎《うち》の生徒だよね?大丈夫?傘忘れたの?」
純粋に心配する視線と、声が向けられる。瑠壱はようやっとひねり出したといった感じで、
「そう、ですね。忘れちゃって」
忘れた、で済まないのは状況を見れば分かることである。
制服の上着は来ていない。荷物は一切持っていない。長時間雨に打たれたとしか思えないくらいのびしょびしょ具合。雨具を忘れてきただけではまずこうはならない。
だが、それを聞いた女子は、
「そっかー……それは大変だったね。ねえ、千秋ちゃん。この子、拾ってもいいかな?」
そんな違和感など気にせず……いや、最初からどうでも良かったかのように車内の人間と話を進める。と、いうよりも、
「……千秋?」
瞬間。
半開き状態だった窓が全開になる。
そのおかげで車内の光景が瑠壱からも丸見えとなったのだが、その視線の先。窓から顔を出していた女子の後ろに、
「やあ、西園寺。また、会ったな」
冷泉千秋。
藤ヶ崎学園高等部の現・生徒会長の姿があった。
「え、どういうこと?なんでここにその子がいるわけ?」
声のトーンは今日聞いた中で一番低いものだった。
予感は、的中した。
次に口を開いたのは沙智だった。
「あ、あの、さっきその、西園寺くんからその、友達申請があって。そのアイコンが、『まちハレ』のやつだったから、嬉しくなっちゃって。それで、その、店長から、今日も来てるっていう話を聞いたから、その」
支離滅裂というのはこのことだ。
だが、大体言いたいことは伝わってきた。
要は「友達申請が飛んできた瑠壱のRINEアイコンが『間違いだらけのハーレムエンド』だったことで盛り上がり、それと前後する形で店長──吟二から連絡があった」ということだろう。
もしかしたら、カラオケハウスに女を連れ込んでいるぞ、といった類のものだったかもしれないし、単純に、今日も来てるぞくらいの話だったかもしれない。
ただひとつだけ分かるのは、吟二が最悪のタイミングで沙智に情報を流した、ということだ。何が味方だ。完全に敵じゃないか。
智花が「ふーん……」と鼻を鳴らし、
「で?あんたはそれを知ってたからカラオケをほっぽり出して地上に出たってこと?分かってるわよね?これ、一応デートなんだけど」
「デーっ……!」
沙智がこれでもかと言わんばかりに驚く。その反応は「デート」というフレーズに対してなのか、それとも「瑠壱と智花がデートをしていた」という事実に対してなのかはよく分からない。
智花はなおも問い詰める。
「ねえ。どうなの?聞いてるわけ?」
いやだ。
この空間は、いやだ。
空気が凄く薄い。
折角地上に出たのに、これじゃなんの意味もないじゃないか。
このままじゃ酸欠で倒れてしまう。瑠壱はそう考えると、ふらふらっと、あてどなく歩き出す。
「あ、西園寺くん」
「あ、こら、待ちなさい瑠壱!」
二人から呼び止められたような気がするけど、そんなものは耳に入ってこない。とにかく酸素の濃いところに行かないと、ある程度なら人間だって息を止めていられるが、それだって限度がある。いそがないと。
はやる気持ちが抑え切れず、ゆったりとした歩みは、やがて駆け足に変わり、その駆け足は次第に全力疾走に変わる。
はやく。
酸素のあるところに。
呼吸が出来るところに。
どこを目指すでもなく一目散にかけていると、やがて体力の限界が来る。依然として強く降りしきる雨の中、瑠壱は膝をついて立ち止まる。
遅れて、忘れていたように呼吸を再開する。なんのことはない。酸素が薄かったのではなく、呼吸をしていなかっただけだ。そんな当たり前のことにすら、さっきまでの瑠壱は頭が回っていなかった。
遅れて汗が噴き出してくる。長い距離を全力疾走してきたのだから当たり前だ。雨粒でもぬぐい切れない額の汗を何度も何度も拭い去ろうとする。
やがて、呼吸も少し落ち着き、現在地を確認しようと顔を上げたその瞬間、
「…………あ?」
一台の車が、瑠壱の前で止まった。
ぱっと見でも分かる、かなりの高級車だ。リムジンというやつだろうか。
一般の車両に比べるとやや長めの車体に、黒い光沢。おまけに外から内部を見ることが出来ないスモークガラスまでついている。もしかしたら防弾仕様になっているかもしれない。
ナンバーなどは瑠壱の立っている位置からはうかがい知ることが出来ないが、こんな車に乗るのなんて概ね政治家か、やくざか、
窓が、開いた。
車内から顔が生えてくる。
見覚えのない顔だった。
歳は……瑠壱と同じくらいだろうか。明るめの茶髪は長めで、かなりのウェーブがかかっているが、天然のものなのかは判別がつかない。
顔立ちは整っているが、近寄りがたい美人という感じは全くなく、接しやすさを感じる。
目はやや細めで、どうも意図的に細めにしているような気がするが、これは瑠壱の勘違いかもしれない。
そして、信じがたいことに、藤ヶ崎学園高等部の制服を着ていた。しかも瑠壱と同じ三年生のものだ。もっとも、これで一年生だった日には、世界の法則性を疑いにかかってしまいそうだが。
「どしたのこんなところで?君ってあれだよね?藤ヶ崎《うち》の生徒だよね?大丈夫?傘忘れたの?」
純粋に心配する視線と、声が向けられる。瑠壱はようやっとひねり出したといった感じで、
「そう、ですね。忘れちゃって」
忘れた、で済まないのは状況を見れば分かることである。
制服の上着は来ていない。荷物は一切持っていない。長時間雨に打たれたとしか思えないくらいのびしょびしょ具合。雨具を忘れてきただけではまずこうはならない。
だが、それを聞いた女子は、
「そっかー……それは大変だったね。ねえ、千秋ちゃん。この子、拾ってもいいかな?」
そんな違和感など気にせず……いや、最初からどうでも良かったかのように車内の人間と話を進める。と、いうよりも、
「……千秋?」
瞬間。
半開き状態だった窓が全開になる。
そのおかげで車内の光景が瑠壱からも丸見えとなったのだが、その視線の先。窓から顔を出していた女子の後ろに、
「やあ、西園寺。また、会ったな」
冷泉千秋。
藤ヶ崎学園高等部の現・生徒会長の姿があった。
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