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第五章 異世界出張、新能力習得への修行

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 その国は山脈に囲まれ、それを城壁として利用しているかのようにそこへ鎮座していた。
 ――セビュマス王国。地形を上手く利用して構えられた門の前には、二人の門番が立っている。

「……」

 珍しく辺りを騒ぎ立てずに到着した嶺二とレキナ。両者の手には透明な宝石が握られている。嶺二は堂々と、レキナはおずおずと門へ近づいて行った。

「止まって下さい」

 何食わぬ顔で突き進もうとした嶺二が門番に止められる。透明な宝石は何のためにその手に握られているのか。
 嶺二の見せつけるように掲げられた指先でキラリとそれが光沢を放った。

「これでいいか?」

 レキナも急いで同じものを見せた。それを見た二人の門番はすぐに門へ体を預け、押し出すように鈍重な鉄の扉を開ける。

「王都へようこそ」
「どうぞ、お入りください」

 嶺二とレキナを疑う素振りも見せない門番たちは、素直に歓迎してくれているようだ。

「どもども~」

 嶺二は軽く手を振りながら門を通過する。レキナは門番を警戒するように見やり、彼の後ろをついていった。
 門を潜れば、次に視界で広がったのは穏やかな街並み。この辺りに建ち並んでいる建物は主に住居のようだ。
 王都というだけあって、建物や人の数は多いがゆったりとした雰囲気。それも夕日に照るレンガの暖色が大きく貢献しているように思える。
 弓や剣などといった武器や、イノシシなどの動物をぶら下げて歩いている者がちらほら見受けられるが、時間帯的に狩りの帰りだろうか。
 そんな街並みを進む嶺二の肩が通行人とぶつかった。大きな動物を肩に吊るしている屈強な男。それを見たレキナは反射的に嶺二の背後に隠れるが、その男が向けてきたのは笑顔だ。

「ごめんよ兄ちゃん!」
「おう……大丈夫だ。こっちこそ悪かったな」

 男は不満げな表情など一切見せることなく通過していく。レキナは嶺二の背中から顔を出して、去っていく男を不思議そうに見つめながら呟く。

「エルフって穏やかな性格なんだね。この国に住んでる人の大半はエルフだって聞くし、きっとあの人もそうだよ」
「ルークもそんな感じだったしな。この街並みも、マインアストル帝国に比べたらずいぶんと落ち着いてる」

 そんなことを話しながらボーっと歩み続けて数十分。空はだいぶ暗くなっていた。そこでレキナが、嶺二の服を軽く引っ張る。

「ねぇ、私たち今どこに向かってるの?」
「ルークの別荘だぞ? 鍵はちゃんと持ってる」

 嶺二はルークから渡された鉄のリングを見せながら言った。

「それはいいんだけど、別荘がどこにあるか知ってるの?」
「知らん」
「え……じゃあ私たち宛もなく歩いてるってこと?」
「お、おう……」

 夕方の空が、夜といえるほどに暗くなるまで宛もなく歩いていたということになる。見知らぬ場所でありながらも、宛も無く歩いていたのはこの王都のまったりとした雰囲気に飲まれてしまったせいか。

「とりあえず通行人に聞いてみるか」

 ルークの話からすると、王都の者なら別荘の場所を知っているようなので、人を選ばずに済みそうだ。
 しかしレキナは不安そうな表情で言う。

「とは言ってもね嶺二。もうここら辺には……」

 人がいない。つい数十分前までは多くの通行人がいたというのに、日が落ちる頃になると途端にそれは見受けられなくなった。
 嶺二とレキナがいるこの場所は、まだ王都の中心部とは言えないのだがそれでも王都の中だ。日が落ちて間もない今だと、まだまだ賑わっていてもおかしくは無い。

「いつの間に消えやがったんだ……あいつら」

 建ち並ぶ住居の窓から漏れ出る灯りで、視界は辛うじて保たれていた。それがあって気付きにくいが、ここには街灯がない。
 穏やかな雰囲気は度を超えると不気味だ。今では嶺二とレキナの足音だけが街に響いている。

「ったく……門限に厳しい国かよここは」

 とは言いつつも、不自然を思った嶺二は警戒するように辺りへ視線を配りながら歩く。それに加えレキナが背後にいる事と、今鳴っている足音が二人分のものであるかを確認するために、聴覚も研ぎ澄ました。
 レキナからの問いかけに、嶺二は小声で返す。

「ねぇ嶺二」
「……何だ?」
「何でそんなに真剣な顔してるの? いつもはきょとんとしたバカ面なのに」
「今は静かにしてろ。さすがに何か変だ」

 レキナは気の抜けるようなため息をついた。

「ああ、ごめん嶺二。言うの忘れてたけど……」
「……ん?」
「エルフは夜になると身体能力が低下してしまう種族なの。だから日が落ち始める頃にはみんな、家に帰って安静にしてるってワケ」

 嶺二は立ち止まって振り向き、レキナの両脇を抱えてひょいと持ち上げると叫んだ。

「もっと早く言え!」
「わーい! 嶺二は力持ちだね!」
「ったく……」

 抱え上げられて嬉しそうな表情のレキナを地面に下ろした嶺二は、顎に手を当てて考えるような素振り。

「どうしたものかねぇ……」

 不安は拭えたが、それでもまだ問題はあった。通行人がいなければルークの別荘がどこにあるのかを聞き出せない。しかもレキナが言っていたエルフの習性を考えると現在、セビュマス王国自体がほぼ眠っている状態ということになる。この広大な王都を歩き回って地道に別荘を探し出すのは良策とは思えない。
 ならばと思いついた嶺二の案は。

「邪魔するぜ~」

 家宅侵入。躊躇なく近場のドアを開けた。
 彼の背中をきょとんとした顔で見守っていたレキナは、すぐに血相を変えて飛びつく。

「え、ちょ……! 嶺二のバカ! 何してるの!?」
「何って。別荘の在処 ありかを聞き出すんだろ?」
「そうだけどそうじゃなくて! ……あっ」

 嶺二の服を引っ張っているレキナの目がそこへ向く。

「どちら様でしょうか?」
「えっと……あの」

 この家に住む男性が現れた。壁に手を着きながら二人を見つめている。少し驚いた様な表情をしているが無理もない。この国では日が落ちた時間帯に家を訪ねてくる者などいないはずだからだ。
 嶺二はその者を見るなり手を挙げて訊く。

「よう。ルークの別荘を教えてくれ。どこにあるんだ?」
「ルーク様の……? ええと、あなたは?」

 嶺二が親指を自分に向けて口を開いた瞬間、レキナが割り込む。

「ああえっと! 私たちはルークさんの友達で、マインアストル帝国から来た……ま、魔族なんです」
「そうでしたか。ルーク様の別荘は王都の中心部にあります。その近辺では警備の魔族が巡回していますので、その方達に聞けば分かるはずです」
「わ、分かりました! ありがとうございます! お邪魔しました~!」

 知りたいことを聞き出せたレキナはぐいぐいと、嶺二を引っ張って外に出る。

「ふぅ~、何とか聞き出せた……」
「レキナ、お前疲れてるのか」
「むっ……」

 レキナは頬を膨らませて嶺二を睨みつける。何食わぬ顔の嶺二は彼女を抱えてボーっと空を眺めた。

「王都の中心部って言ってたな……この方向か?」
「私たちは門から真っ直ぐに歩いて来たから、この先で合ってるんじゃない?」
「んじゃ、行くか」

 嶺二が空を見据えたまま深く膝を曲げる。その直後に、レキナは彼の服を強く握って言う。

「ちょっと待って嶺二。あまりうるさくしたらダメだよ? 分かるでしょ? エルフは穏やかな種族で――」

 言い切る前に、レキナの視界では広大な王都が一望できていた。
 レキナは突き進む嶺二の懐から決して見下ろさず、先を見据えた。
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