21 / 60
一章
21 邂逅
しおりを挟む
きっともう沢西君たちも駐車場に戻っている頃だろうな。薄らそう思っていた。だから彼らと公園で鉢合わせる事もないと考えていた。
思った通り、公園に彼らの姿はなかった。だが。
トイレの建物へ向かおうとしていた足が止まる。男子トイレから誰か出て来た。その人は何やらブツブツ呟いていた。
「でもな。やっぱり怖いんだよ。満足にユララを再現できる筈がない。いたいけな女子高生が頑張ってなり切っているのにオレはそれを見て幻滅してしまう心の醜さをまざまざと思い知って自分にも幻滅してしまう……」
花織君だ。何を言っているのかよく理解できなかった。それまで早口で小さく呟いていた花織君は何か考え込むように暫く沈黙していた。私はそんな彼を近くの木陰から窺っていた。
どう対処しようか思考しているうちに朔菜ちゃんがトイレから出て来た。「走ったから汗かいちゃった」と独り言ちて上着を脱いでいる。
動作の途中でやっと花織君の存在に気付いたようだ。彼女は目を大きくして動きを止めた。
トイレの前で朔菜ちゃんと花織君の目が合うのを、少し離れた所から見ていた。花織君がポツリと言った。
「現世に舞い降りし女神……?」
目を見開いていた朔菜ちゃんが踵を返した。逃げようとしていた彼女の腕が花織君に掴まれる。
「何だよこれ……! 聞いてない!」
焦りを孕んだ声で花織君が朔菜ちゃんに詰め寄っている。朔菜ちゃんは彼の手を乱暴に振り払って駐車場のある方面へ走って行った。呆然とした顔で彼女の去った方向を見ていた花織君の呟きが聞こえた。
「聞いてねぇぞ。こんな…………半端ねぇクオリティだって」
朔菜ちゃんを追いかけて歩道を走っていた。
「あっ! ユララだ!」
近くを通り過ぎた車の窓から子供が朔菜ちゃんへ手を振っている。朔菜ちゃんの足がゆっくりと止まり、腕に持っていた上着を羽織っている。その間に追いつく事ができた。
「朔菜ちゃんっ! ……やっと、追いついたっ……!」
息も切れ切れに話し掛ける。朔菜ちゃんが振り返った。
私はホッとして膝に手を置いた。走って速くなった心臓を落ち着けようと試みる。朔菜ちゃんも胸を押さえて息を整えていた。
「花織君に見られてびっくりしたのは分かるけど」
指摘する。朔菜ちゃんはゾッとした時するみたいな顔で言う。
「まさかいるとは思わなかったから、マジでビビったよ」
駐車場に戻ると木の柵に腰を下ろす格好で沢西君と理お兄さんが喋っていた。
「あっ! 先輩!」
沢西君が私たちを見つけてこっちへ来る。それまで私の隣にいた朔菜ちゃんが急に走り出してトイレの建物の中へ消えた。
「……そんなに見られるの嫌なんですかね? さっき戻って来た二人もオレたちをさけるようにトイレに駆け込んでましたし」
沢西君が不服そうにぼやいている。
「皆、恥ずかしがり屋だから……。あ! 後で写真を共有するね!」
朔菜ちゃんたちから、写真はこのメンバー内でだけ共有してもいいと許可をもらっていた。
いつの間にか沢西君の後方に理お兄さんが立っていて話し掛けられた。
「ちょっと個人的な頼み事なんだけど、写真は共有しないでほしい。春夜と花織には。俺にだけ全部送ってくれると助かる」
「え……?」
理お兄さんの頼み事の意図が分からず、困惑してその目を見返す。完璧とも言える落ち度のないスマイルは微塵も揺らがず、そこから考えを計り知る事はできなかった。彼は愉快そうに「花織には秘密にしてね」と人差し指を口に当てるジェスチャーをした。
沢西君はそれでいいのかな? そう思って沢西君に視線を移した。彼は私と目を合わせて頷いた。
それから少しして花織君が戻って来た。その十五分後くらいに朔菜ちゃんたちがトイレから出て来た。
朔菜ちゃんもさりあちゃんも来た時と同じ私服姿に戻っている。髪型も普段のもので、ユララメイクも跡形もなく落とされていた。
そんな朔菜ちゃんを花織君が少し離れた場所から悲愴な面持ちで見つめている。
朔菜ちゃんが理お兄さんたちに頭を下げた。
「今日、ここへ連れて来ていただいてありがとうございました。一生の思い出になりました。もう高二だし、これでユララの事はスパッと忘れようと思っています」
顔を上げた彼女は晴れやかに微笑んだ。
帰りの車内。問題(?)は水面下でジワジワ進行していた。
「ちょ……、花織が凄い目付きでこっち見てくるんだけど……。あんたの兄ちゃんでしょ? 何とかなんないの?」
後方に座る朔菜ちゃんが前の席にいる沢西君にクレームを出している。助手席に座っている花織君が朔菜ちゃんの方を血走った目で凝視しているからだ。
「私、何かした?」
朔菜ちゃんは頻りに首をひねっていた。
思った通り、公園に彼らの姿はなかった。だが。
トイレの建物へ向かおうとしていた足が止まる。男子トイレから誰か出て来た。その人は何やらブツブツ呟いていた。
「でもな。やっぱり怖いんだよ。満足にユララを再現できる筈がない。いたいけな女子高生が頑張ってなり切っているのにオレはそれを見て幻滅してしまう心の醜さをまざまざと思い知って自分にも幻滅してしまう……」
花織君だ。何を言っているのかよく理解できなかった。それまで早口で小さく呟いていた花織君は何か考え込むように暫く沈黙していた。私はそんな彼を近くの木陰から窺っていた。
どう対処しようか思考しているうちに朔菜ちゃんがトイレから出て来た。「走ったから汗かいちゃった」と独り言ちて上着を脱いでいる。
動作の途中でやっと花織君の存在に気付いたようだ。彼女は目を大きくして動きを止めた。
トイレの前で朔菜ちゃんと花織君の目が合うのを、少し離れた所から見ていた。花織君がポツリと言った。
「現世に舞い降りし女神……?」
目を見開いていた朔菜ちゃんが踵を返した。逃げようとしていた彼女の腕が花織君に掴まれる。
「何だよこれ……! 聞いてない!」
焦りを孕んだ声で花織君が朔菜ちゃんに詰め寄っている。朔菜ちゃんは彼の手を乱暴に振り払って駐車場のある方面へ走って行った。呆然とした顔で彼女の去った方向を見ていた花織君の呟きが聞こえた。
「聞いてねぇぞ。こんな…………半端ねぇクオリティだって」
朔菜ちゃんを追いかけて歩道を走っていた。
「あっ! ユララだ!」
近くを通り過ぎた車の窓から子供が朔菜ちゃんへ手を振っている。朔菜ちゃんの足がゆっくりと止まり、腕に持っていた上着を羽織っている。その間に追いつく事ができた。
「朔菜ちゃんっ! ……やっと、追いついたっ……!」
息も切れ切れに話し掛ける。朔菜ちゃんが振り返った。
私はホッとして膝に手を置いた。走って速くなった心臓を落ち着けようと試みる。朔菜ちゃんも胸を押さえて息を整えていた。
「花織君に見られてびっくりしたのは分かるけど」
指摘する。朔菜ちゃんはゾッとした時するみたいな顔で言う。
「まさかいるとは思わなかったから、マジでビビったよ」
駐車場に戻ると木の柵に腰を下ろす格好で沢西君と理お兄さんが喋っていた。
「あっ! 先輩!」
沢西君が私たちを見つけてこっちへ来る。それまで私の隣にいた朔菜ちゃんが急に走り出してトイレの建物の中へ消えた。
「……そんなに見られるの嫌なんですかね? さっき戻って来た二人もオレたちをさけるようにトイレに駆け込んでましたし」
沢西君が不服そうにぼやいている。
「皆、恥ずかしがり屋だから……。あ! 後で写真を共有するね!」
朔菜ちゃんたちから、写真はこのメンバー内でだけ共有してもいいと許可をもらっていた。
いつの間にか沢西君の後方に理お兄さんが立っていて話し掛けられた。
「ちょっと個人的な頼み事なんだけど、写真は共有しないでほしい。春夜と花織には。俺にだけ全部送ってくれると助かる」
「え……?」
理お兄さんの頼み事の意図が分からず、困惑してその目を見返す。完璧とも言える落ち度のないスマイルは微塵も揺らがず、そこから考えを計り知る事はできなかった。彼は愉快そうに「花織には秘密にしてね」と人差し指を口に当てるジェスチャーをした。
沢西君はそれでいいのかな? そう思って沢西君に視線を移した。彼は私と目を合わせて頷いた。
それから少しして花織君が戻って来た。その十五分後くらいに朔菜ちゃんたちがトイレから出て来た。
朔菜ちゃんもさりあちゃんも来た時と同じ私服姿に戻っている。髪型も普段のもので、ユララメイクも跡形もなく落とされていた。
そんな朔菜ちゃんを花織君が少し離れた場所から悲愴な面持ちで見つめている。
朔菜ちゃんが理お兄さんたちに頭を下げた。
「今日、ここへ連れて来ていただいてありがとうございました。一生の思い出になりました。もう高二だし、これでユララの事はスパッと忘れようと思っています」
顔を上げた彼女は晴れやかに微笑んだ。
帰りの車内。問題(?)は水面下でジワジワ進行していた。
「ちょ……、花織が凄い目付きでこっち見てくるんだけど……。あんたの兄ちゃんでしょ? 何とかなんないの?」
後方に座る朔菜ちゃんが前の席にいる沢西君にクレームを出している。助手席に座っている花織君が朔菜ちゃんの方を血走った目で凝視しているからだ。
「私、何かした?」
朔菜ちゃんは頻りに首をひねっていた。
0
あなたにおすすめの小説
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話
家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。
高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。
全く勝ち目がないこの恋。
潔く諦めることにした。
失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?
さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。
しかしあっさりと玉砕。
クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。
しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。
そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが……
病み上がりなんで、こんなのです。
プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる