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6 気になる人
しおりを挟むバイトの勤務時間が終わる一時間前、今日は来ないのかなと気になっていたお客さんが来店した。
「いらっしゃいませ」
声を掛ける。その人が顔を上げた。
「あ……こんちは」
挨拶してくれた!
彼の視線は下に逸れていて目は合わなかったけど。たったそれだけの事でバイトの疲れも吹っ飛ぶ程に気分が浮上した。
「こんにちはっ」
私も挨拶を返した。今日のお客さんは水色のシャツに黒のズボン姿で大きめの黒いリュックサックを背負っている。
彼がよく座っている窓際のテーブル席へ案内する。この時間帯はお客さんの出入りも少なく割とどの席でも座れる。落ち着いて読書するのにもいいと思う。
「知ってる?」
店内を移動中、お客さんが喋り掛けてきた。何だろうと振り返った。
「この前、俺がここで読んでいた本のシリーズって店員さんも読んでるよね? 今月新刊が出るらしいね」
「えっ?」
新刊? 最近色々あったので中々サイトをチェックできていなかった。
「知らなかったです。ありがとうございます!」
バイトが終わったら詳しく調べてみよう!
「あのシリーズ面白いよね」
ずっと言われてみたかった言葉を今……お客さんがくれた。これまで周りに語り合える知り合いがいなかったので凄くジーンとしてしまった。
「店員さん?」
「あっ、ありがとうございます。こんな……好きな本について話せる知り合いが今までいなかったので凄く嬉しくて……」
「そうなんだ?」
お客さんは朗らかに相槌を打ってくれた。
「実は俺も。初めて会った、あの本を読んでる人に! びっくりしたし、スゲー嬉しかった」
えっ? そんな風に言ってもらえるなんて……!
「あのっ! もしよかったら……」
気持ちが高ぶって何か言いそうになった時。
「ンッんぅ! ンんんッ!」
突如店長の咳払いが聞こえ我に返った。ハッとする。私は今、何を言おうと……。しかも仕事中なのに。言葉を呑んだ。
お客さんの案内も終わり踵を返そうとしたところで呼び止められた。
「店員さん今日……銀河に会ったよね?」
驚いて振り向いた。彼は何か探ろうとしている雰囲気の目付きで見返してきた。何で彼の口から銀河君の話題が出るんだろう。
「えっと、はい」
戸惑いながらも返事をした。
『あっ』
頭の隅で小さく己花さんの声が響いた。
『己花さん?』
『ごめんなさい。今日はバイトに遅刻しそうで慌てていたでしょう? だから……』
『何か私に言っていない事があるのね』
「もし迷惑じゃなかったら、その……。相談に乗ってほしい事があるんだ。勤務が終わった後、時間をもらえないかな?」
お客さんとの話で己花さんとの会話を中断した。一体どんな相談だろう。少しの間、考えを巡らせた。彼の表情は暗く、何か悩みを抱えているのかもしれないと感じた。
「分かりました。一時間くらい待ってもらう事になるんですけど大丈夫ですか?」
承諾した事を伝えると相手の表情が明るくなったように見えた。
「ありがとう。ここの近くに小さな公園があるんだけど……」
言われて思考する。この近くの公園……。坂を上った所に一カ所、心当たりがあった。確認のため口にする。
「桜公園ですね」
お客さんは表情を緩めて頷いた。
「そこで待ってる」
気になる人と約束をした。
窓の外は大分日が落ちている。暖色系の照明に彼の短めの黒髪が艶々していた。ふわふわした気分だ。現実味がないように思った。
バイトが終わった後、急いで待ち合わせ場所へ向かった。
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