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プロローグ
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星詠暦二〇四年十二月二十四日
以下、私の罪の記録。
エトワールシリーズ。計一〇八回の実験の末、成功体は◾️◾️◾️体。人知を超えたその力は我々人類に勝利と繁栄をもたらしてきた、が、同時に多くの犠牲を払った。煩悩を抱えた人間が踏み入れてはいけない領域だったのだ。私、◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️の名の元にエトワールシリーズの研究を永久凍結とする。もしこの手記を見ている者がいるのならどうか私の意思を継いでほしい。
きっと今日でこの長かった戦争は終わりへと向かうだろう。願わくば先に待つ世界であの子が—————
血が付着し、所々読めなくなっていた手記はそこで途切れていた。それ以前のページも汚れていたり破れていたりでほとんど読めない。書斎でそれを読んでいた老人は、まるで求めるものが手に入らない子供のように顔をしかめる。
「争い合う人類に天よりもたらされた制裁……か」
十年前、エトワールシリーズと呼ばれる兵器によって起こった惨劇''星の制裁''。たった一つの兵器は戦場にいた全ての命をまるで天を翔る流星のように一瞬にして奪っていったという。生存者無し。そのため星の制裁をもたらしたとされるエトワールシリーズの情報は一切ない。どんな形状だったのかなど未だに不明である。現場に残されていた数少ない記録の数々を照合してみても分かったのは"星のとても綺麗な夜だった"という事だけ。あの日戦場にいた者たちは一体何を見たというのだろうか。エトワールシリーズの研究に関わっていたであろう科学者のこの手記からも然程情報は得られなかった。
ボロボロの手記を机に置くと老人は立ち上がり窓の外を見つめる。
「いつの世も星は天高く人間を嘲るのか」
漆黒の闇を照らす光が誘うのは希望か、それとも……。
トントン
「入れ」
不意にノックされた音に老人は振り向き、部屋へ入るよう促す。
「失礼します」
部屋に入ってきたのは、肩より少し長めの白髪が目立つ長髪を黒い髪紐で結った六十代ほどの男性。男は癖なのだろうか、眉間に微かに皺を寄せたような表情をしており、スッと筋の通った鼻にはツルのない眼鏡がかけられていた。
「状況はどうだ、ドーヴェ?」
ドーヴェと呼ばれた男性は手にしていた資料と思わしき紙の束を差し出しながら淡々と用件を伝える。
「隣国オルフェンディアが南西の国々と同盟を結んだ模様です。体制を整え次第攻めてくるでしょう。このまま攻め入られれば一般市民たちの生活にも影響が出ると思われます」
老人は受け取った資料に一通り目を通すと、無言で立ったままのドーヴェに先程まで読んでいたとある科学者の手記を手渡す。
「これは?」
ドーヴェは懐から取り出したハンカチで包むように血で染まった手記を受け取ると老人の方を見る。
「攻め入られる前に先手を打つ。その力さえあれば我が国の勝利は確実だ」
ニィッと口角を引きつらせ不気味に笑う老人を訝しげな目で見ながらドーヴェは手記を開く。
「エトワールシリーズ…………!?しかしこれらの兵器は十年前の星の制裁後に一部の科学者たちによって破壊されたはずでは……」
エトワールシリーズ—————過去の大戦で国に属そうとせず、己の欲求を満たすことだけを追い求めた科学者たちによって生み出された最高傑作の兵器たち。その形態・能力は様々で全貌は未だ謎に包まれているが、皆共通してどこかに赤黒い製造番号が刻まれていることが特徴である。その威力も凄まじく、数多くの戦場で名を馳せ、戦争の"花形"と呼ばれたことがその総称の所以である一つであろう。しかし強大すぎる力故、十年前にそれらに関する全ての研究の永久凍結が決定したはず。
「いや、実際のところほぼ行方不明だ。何せ二百年前から存在されると言われる兵器だ。一部の科学者しかその全容を知る者がおらず凍結作業は進んでいない。それらを先に探し出し我が軍の手中に収めるのだ。まずはその手記の持ち主と思われる科学者を特定しろ。きっとそこに星の制裁を起こしたエトワールシリーズの情報もあるはずだ」
どこにあるのか、どんなものなのかも分からないものを探せという無理難題にドーヴェの眉間に寄る皺が先程よりほんの少しだけ濃くなる。
「かしこまりました」
ドーヴェは一礼し老人に背を向けると部屋を後にしようとするが、「ああ、そうそう」という言葉に足を引き止める。
「彼は元気か?」
先程無理難題を押し付けられたにも関わらず然程変わることのなかった表情に嫌悪という色が足されていく。
振り返らずただ沈黙するドーヴェを見て老人はフッと笑う。
「期待している。アルカディオ軍総司令官ドーヴェ・ソフォス・アルカディオ殿?」
まるで煽るような言い方に対し冷静に、しかし少々皮肉気味にドーヴェは答える。
「………失礼します、父上」
"父上"、ドーヴェは老人をそう呼ぶと今度こそ部屋を後にした。
ドーヴェが部屋から出て行くと老人は胸のあたりを押さえながら苦しそうに窓枠に手をつく。窓ガラスに薄っすらと写ったその姿は顔や身体中に包帯が巻かれ、腕は痩せ細っており、まるでミイラのようだった。
「時間がない…この計画のためにも早く奴を……」
そう呟いた老人は窓の向こうで煌々と輝く星の一つを指で潰すような仕草した。
以下、私の罪の記録。
エトワールシリーズ。計一〇八回の実験の末、成功体は◾️◾️◾️体。人知を超えたその力は我々人類に勝利と繁栄をもたらしてきた、が、同時に多くの犠牲を払った。煩悩を抱えた人間が踏み入れてはいけない領域だったのだ。私、◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️の名の元にエトワールシリーズの研究を永久凍結とする。もしこの手記を見ている者がいるのならどうか私の意思を継いでほしい。
きっと今日でこの長かった戦争は終わりへと向かうだろう。願わくば先に待つ世界であの子が—————
血が付着し、所々読めなくなっていた手記はそこで途切れていた。それ以前のページも汚れていたり破れていたりでほとんど読めない。書斎でそれを読んでいた老人は、まるで求めるものが手に入らない子供のように顔をしかめる。
「争い合う人類に天よりもたらされた制裁……か」
十年前、エトワールシリーズと呼ばれる兵器によって起こった惨劇''星の制裁''。たった一つの兵器は戦場にいた全ての命をまるで天を翔る流星のように一瞬にして奪っていったという。生存者無し。そのため星の制裁をもたらしたとされるエトワールシリーズの情報は一切ない。どんな形状だったのかなど未だに不明である。現場に残されていた数少ない記録の数々を照合してみても分かったのは"星のとても綺麗な夜だった"という事だけ。あの日戦場にいた者たちは一体何を見たというのだろうか。エトワールシリーズの研究に関わっていたであろう科学者のこの手記からも然程情報は得られなかった。
ボロボロの手記を机に置くと老人は立ち上がり窓の外を見つめる。
「いつの世も星は天高く人間を嘲るのか」
漆黒の闇を照らす光が誘うのは希望か、それとも……。
トントン
「入れ」
不意にノックされた音に老人は振り向き、部屋へ入るよう促す。
「失礼します」
部屋に入ってきたのは、肩より少し長めの白髪が目立つ長髪を黒い髪紐で結った六十代ほどの男性。男は癖なのだろうか、眉間に微かに皺を寄せたような表情をしており、スッと筋の通った鼻にはツルのない眼鏡がかけられていた。
「状況はどうだ、ドーヴェ?」
ドーヴェと呼ばれた男性は手にしていた資料と思わしき紙の束を差し出しながら淡々と用件を伝える。
「隣国オルフェンディアが南西の国々と同盟を結んだ模様です。体制を整え次第攻めてくるでしょう。このまま攻め入られれば一般市民たちの生活にも影響が出ると思われます」
老人は受け取った資料に一通り目を通すと、無言で立ったままのドーヴェに先程まで読んでいたとある科学者の手記を手渡す。
「これは?」
ドーヴェは懐から取り出したハンカチで包むように血で染まった手記を受け取ると老人の方を見る。
「攻め入られる前に先手を打つ。その力さえあれば我が国の勝利は確実だ」
ニィッと口角を引きつらせ不気味に笑う老人を訝しげな目で見ながらドーヴェは手記を開く。
「エトワールシリーズ…………!?しかしこれらの兵器は十年前の星の制裁後に一部の科学者たちによって破壊されたはずでは……」
エトワールシリーズ—————過去の大戦で国に属そうとせず、己の欲求を満たすことだけを追い求めた科学者たちによって生み出された最高傑作の兵器たち。その形態・能力は様々で全貌は未だ謎に包まれているが、皆共通してどこかに赤黒い製造番号が刻まれていることが特徴である。その威力も凄まじく、数多くの戦場で名を馳せ、戦争の"花形"と呼ばれたことがその総称の所以である一つであろう。しかし強大すぎる力故、十年前にそれらに関する全ての研究の永久凍結が決定したはず。
「いや、実際のところほぼ行方不明だ。何せ二百年前から存在されると言われる兵器だ。一部の科学者しかその全容を知る者がおらず凍結作業は進んでいない。それらを先に探し出し我が軍の手中に収めるのだ。まずはその手記の持ち主と思われる科学者を特定しろ。きっとそこに星の制裁を起こしたエトワールシリーズの情報もあるはずだ」
どこにあるのか、どんなものなのかも分からないものを探せという無理難題にドーヴェの眉間に寄る皺が先程よりほんの少しだけ濃くなる。
「かしこまりました」
ドーヴェは一礼し老人に背を向けると部屋を後にしようとするが、「ああ、そうそう」という言葉に足を引き止める。
「彼は元気か?」
先程無理難題を押し付けられたにも関わらず然程変わることのなかった表情に嫌悪という色が足されていく。
振り返らずただ沈黙するドーヴェを見て老人はフッと笑う。
「期待している。アルカディオ軍総司令官ドーヴェ・ソフォス・アルカディオ殿?」
まるで煽るような言い方に対し冷静に、しかし少々皮肉気味にドーヴェは答える。
「………失礼します、父上」
"父上"、ドーヴェは老人をそう呼ぶと今度こそ部屋を後にした。
ドーヴェが部屋から出て行くと老人は胸のあたりを押さえながら苦しそうに窓枠に手をつく。窓ガラスに薄っすらと写ったその姿は顔や身体中に包帯が巻かれ、腕は痩せ細っており、まるでミイラのようだった。
「時間がない…この計画のためにも早く奴を……」
そう呟いた老人は窓の向こうで煌々と輝く星の一つを指で潰すような仕草した。
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