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1章

スマホがある

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 俺は鞄を失った。凛音がテントを片付けて、リュセラの治療を終える。俺とリュセラは魔力を奪われた事で、ひどい脱力感に襲われる。

 そんな中で俺はスマホと向き合っていた。スマホは少女の姿になる。白髪で華奢な体、服装はピッチリとした白のボディースーツ。未来人みたいだ。

「私が助けてあげるわ、スマホは何でも出来る最新の道具なんだから!」

 スマホは胸を張った。その白いボディースーツの胸元に光が灯り、写真が写し出させる。俺がカメラを使わない時に取った景色の写真だ。

「スゴいな。でも電波来てないよな」

 体の表面をスクロールすると、他の写真が写し出される。

「しゃ、写真と日記位なら見直せるから!」

「ありがとう。後でな」

「悠人、落ち着き無いから写真見ててもいいのよ」

 凛音からの提案だ。確かに俺は手が震えてるし不安はぬぐえない。シナモンさえあれば何て事無いのに。

「写真を見れば落ち着くけど、スマホの充電が無くなるかもしれない」

「あー、帰った時に連絡したいもんね」

 俺はダンジョンから戻った時に家族に連絡を取らないとならない。

 学校をサボったし、妹の世話もサボっている、さらにバイトもサボった。緊急事態だったとは言え、何日も空けると心配するだろう。

「そのために急がないとな」

 自然と俺の手は、有りもしない鞄に伸びていた。

「悠人、俺をアーツにしてくれ!」

「さっきの悲劇教団の人も言っていたが、アーツってなんだ?」

「知らないのか? 冒険者なのに」

「俺は冒険者じゃない、学生だ」

「私は冒険者だよー」

「凛音も学生だからな!」

「トライし続ける限り、私は冒険者」

「危なっかしいがな」

「今時珍しいな、では僕が教えてやろう」

 リュセラは大きな鞄からカードを三枚取り出した。その内一枚を俺たちに見せる。免許証のように写真が入る枠があり、下には道具の名前が並んでいて、隣に数字が書かれている。そのどれもが規則性の無い大きい数字だ。

 何より驚いたのはこのダンジョンの暗闇で見えること。カードが発光しているのだ。

「これは冒険者の身分証明だ、アーツカードと呼ばれる。写っているのはアーツ一覧だ」

「杖にお玉に鍋、リュセラの持ち物か。他にもいっぱい書いてあるな」

「そうだ、持ち物の中で自分と契約したものをアーツと呼ぶ」

「アーツにすると何か良いことがあるの?」

「そのものの機能や能力を拡張できる、更に極めれば高度を高めたり、様々な変化を与えられる」

「それであのお玉が壊れなかったのか」

 リュセラの扱っていたお玉は百均製品にしては固かったからだ。

「隣の数字はなに?」

「ポイントだな。どれだけ使い、どれほど頼りにしたかで数値が上がる。このポイントを扱えば、機能や能力の拡張が出来る」

「スゴーい。トライしたい!」

 凛音がリュセラの方へ近づくとリュセラは恥じらいからか目をそらして、後退する。

「丁度予備が幾つか有る。それをやる。だからその、落ち着いてくれ」

 俺と凛音はカードを受け取った。すると、カードの枠に自分の顔が浮かび上がる。

「すごい、魔法使ったみたい!」

「さっきから使いまくってるよな」

「それで俺をアーツにしてくれるか?」

「いいぞ」

 トラバサミから光が湧き、カードへと吸収された。トラバサミの名前が俺の持つカードに表示される。

「ありがとう」

 俺が感謝すると、今度は俺から光がでて、カードへと入る。トラバサミの隣に一が表示された。

「こんなことでポイント入るのか」

「大事なことだろ、感謝は。言葉だけでは滅多に入らないがな」

「そうだな」

「私も、私もアーツにして!」

 スマホが俺の前に躍り出た。だが、スマホの電力は温存しておきたい。

「そのうちな」

 スマホはシュンと肩を落とした。ダンジョンの中でさえなければきっと安らぎのために通販でスパイスを探したりしたかった。

「悠人は鞄を探したいのだな!」

「ああ。でもトラバサミは罠だからキツいんじゃないか?」

「言っただろ、俺は虎だ。この姿なら嗅覚が鋭い。犬ほどではないが、あのスゴい匂いの鞄なら探せるぞ」

「それはいい意味の匂いだよな?!」

「じゃあ、探索開始!」

 鞄の匂いを辿って進む。ダンジョンの奥深く、不気味で薄暗い通路はやや変化していった。鉄のマネキンや武器の他に少しの植物が生えている。

 たどり着いたのは川だった。川の流れは穏やかで、川底の岩が見て取れる。天井が一気に高くなり、相変わらず色んなものが落ちている。

「あれは!」

 先行していたトラバサミを追い越して俺は落ちているものを拾った。

「クローブ!」

「グローブ?」

「カレーのスパイスのクローブ」

「なんで持ってるのか謎だけど、敵が落としていったのかな?」

「恐らく撹乱だ。見ろ、後ろにも前にもビンが置いてある」

「ナツメグ! ブラックペッパー!」

 俺は急いで回収して、フタを開けて匂いを嗅いだ。シナモン程ではないが安心する。

「傷んでない、良かった」

「悠人はカレー屋、なんで持ってるの?」

「以前急にカレーが食いたくなってな、それから常備してるんだ」

「キャンプ場じゃないんだから。鍋とかもないと」

「持ってたぞ。水と食材はスーパーで買うし」

「ガチの人だ」

 俺はスパイスを抱えながら、川沿いの道に目をやる。右か左かどちらに悲劇教団が居るのか。
間違えたら逃がしてしまう。スパイスを取り残してしまうわけにも行かない。

「申し訳ない悠人、俺の鼻がもっと良ければ」

「アナログな道具では限界でしょ! 悠人、私を頼って?」

 スマホは笑顔で俺に迫った。

「今は止しとけよ、電波がないだろ!」

 俺は自分の発言に驚いた。頑張ったトラバサミに対して、失礼な態度を取ったスマホを嗜めるつもりが、俺自身の怒りをぶつけてしまった。

 スマホは怯えた表情になり、川沿いを走って行ってしまった。

「悠人、お前の発言は誰のためだった?」

 俺は走り出した。スマホに対して言いすぎた。それも自分が安心するために、スマホの気持ちを無視しすぎたのだ。だからスマホの方へと走った。

 川沿いの短い草の上を走り進んでいくと、スマホを見つけた。彼女は壁際で体育座りをして川を眺めたいた。

「スマホ!」

「探してはくれるんだ……」

「俺は間違っていた。電池切れになることが怖くて放置した。ごめん!」

「そうだったんだ。確かに電力少なくなってきたから」

 俺はポケットからカードを取り出した。

「アーツになってくれるか?」

「仕方ないわ、なってあげる」

 スマホは立ち上がり指先でカードに触れた。指から光が現れ、カードへと吸収される。

 カードにはスマホが記載された。その隣のポイントは千を越えている。

「私に頼りっぱなしだね!」

「毎日開いてたからな。でも、鞄は見つからないままだが」

「私に任せなさい! 実はこのダンジョンに入ってから、私はカメラと話をしてたの」

「何を?」

「どっちが悠人に愛されてるかって、互いに写真を送り合って」

「そんな機能が有ったのか。でも電波が……。無くても出来るのか?」

「うん。ポイントを使えばいいのよ! 私とカメラは一杯ポイントがあったから」

 スマホは体の画面に写真を写した。スマホでない高画質なカメラで撮った写真だ。

「私が電波を出してカメラに連絡する。カメラが画像を送ってくれる、後はその場所を探せばいい!」

「行ける、でも充電はどうする?」

「それもポイントで出来たよ」

 アーツによる機能の拡張だ。そこまで出来ると全能な気がする。ポイントがあってこそなのだが。

 来た道を戻り、凛音とリュセラに合流した。敵の居場所を突き止め、鞄を取り戻して見せる。
 道中で拾ったスパイスを手に抱えているので、動きが鈍る。怪我の時点で鈍ってるが。
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