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1章

草原の脅威7

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 ダンジョンの天井から放たれた光が、檻の中に居る敵を照らし出す。ローブに身を包んだ敵の男は檻の中で歩いて格子に近づいた。

 檻の格子を軽くノックした。

「檻、呼べ」

 草原から可憐なウサギたちが一斉に姿を現した。彼らは跳ね回り、そのかわいらしさは、魅了の魔法で倍増されている。

 俺のアーツとなったゴールドボーイは俺の周りを飛び、いつでも動ける体勢だ。俺もシナモンをいつでも嗅げるように構える。

「魔法ってどう使うんだ?」

「魔法はイメージをすれば使える、形と機能だけ分かれば何でも出きる」

 凛音がやっていた火の玉を思い出した。杖から放たれた火の玉は、本物の火と同じように燃えていた。

 俺も同じようにすれば良いんだ。

「今の状況は危険だ、覆すなら金貨の大波をイメージしろ!」

 敵のウサギが俺たちに近づき、包囲している。半端な物をイメージしても敵に勝てない。

 大きな波だ、うねる、押し流す、重たく。そして、金色で……。

「出来るか!」

「何故だ?!」

「貧乏なんだよ! そんな豪華なもの、想像しただけで手が震える!」

 小銭を貯めてる俺に、金貨なんて。本当に手が震えて持っていたシナモンを落とした。

「あー!」

 落ちたシナモンをゴールドボーイが金貨でキャッチする。彼は金貨の固さなのに、繊細な事が出来るな。

「ありがとう」

「前をみろ悠人!」

 視線を前に向けると、跳び跳ねたウサギが沢山、俺に向かって……。

 ウサギは俺に着地した。ふわふわする体毛が心地よく、思わず受け止めた。続々と俺に飛び込んでくるウサギと心地の良い温かさに、撫で回したい衝動が沸いてくる。

 これは勝てない。敵の魔法は完全に決まったのだ。俺のような素人ではどうしようもない魅了の魔法。

「悠人、何でも良い。何か出すんだ!」

 ゴールドボーイの呼ぶ声がする。声が遠退いていく。

 このままふわふわの喜びに溺れてしまおうかと考えている自分がいる。初めてのダンジョン探索にしては頑張ったよな俺。

 父さんなら、上手くやれたのかな……。

 ここまでの道を進み、敵を退け、仲間と楽しくできた。それだけで……。

 それだけじゃダメだ!

「もう届かないのは嫌なんだ!」

 妹の足を治す、治さないと!

 手を伸ばせと願った。諦めるにはまだ早い。

 ウサギをかき分けて伸ばした手の先に黄金の手が見える。俺の手ではない。細かな金貨が集まった大きな大きな手が浮遊している。

「これが、魔法か?」

「ああ、動かしてみろ」

 俺は自分の手を動かした。同じように金貨の手も動く。そして、俺にのし掛かっていたウサギを柔らかく掴み引き剥がした。

「覚えたてのお前に、魔法が扱えるものか!」

 檻の中の男が、格子を強打した。すると、動物園中の動物が押し寄せてきた。ライオンやゾウの足音はかなり大きく、動物たちに捕まったら一溜りもない。

「悠人、動物が来る前に防げ!」

 塞き止める物をイメージしないと。すぐにイメージできて、身近なもの。

「百均の食品トレイ!」

 金貨達で形作られたのは、金属で出来たトレイだ。百均のはやや頑丈さに欠けるが、ゴールドボーイは金貨だ。頑丈はある。金貨なので隙間があるかもたが。

 いくつものトレイが現れ、動物達の進行を妨げた。

「すごいな、形状は自由自在なのか!」 

「物のチョイスが安上がりだな……」

「悪かったな! でも、なぜ百均を知っている?」

 ゴールドボーイがなぜ現代の店を?

 後で聞いた方がいい。今は敵を倒すことを考えよう。檻の中の男に目を向ける。彼の笑みは崩れていない。

「呼んだのが動物だけだと思うか?」

 体を動かそうとした俺の腕を誰かが掴んだ。見ると凛音だ。洗脳されているのか、目が虚ろだ。そして、俺を押し倒す。

 押さえ込まれたら勝てない。だが凛音がキョロキョロと落ち着かない様子なのに気がつく。

 周りに浮いている金貨を一枚取って凛音の目の前に差し出した。

 一瞬だけ目に光が戻り金貨を受け取った。そして、座り込み観察し始めた。

「トライがあって良かった」

 この魅了の魔法による洗脳は、やや意識があるようだ。

「悠人、次が来る」

 俺は周りを見回した、そこにはリュセラの姿がある。お玉を構えて、こちらに向けて走り出した。

「俺が話に聞いたのは、リュセラが最強の魔法使いってことだけだ」

「実際に強いけど、魔法を使っているの見たことない」

 リュセラのあの驚異的な近接戦闘力だけでも相当なものだ。

「防げるかゴールドボーイ?」

「出来るが、体が持たないな。あの筋力に掴まれたらアウトだ」

「悠人、凛音を使いなさい! 意識が逸れるはず」

 声のほうを見ると、近いところの檻の横から鍋がこちらを見ている。

「分かった!」

 俺は金貨で出来た手を更に大きくして、凛音を足元から掬い上げるとリュセラの前を通過させた。

 リュセラの視線は凛音に向けられて、金貨の手の方向へ追いかけていった。助けようとしているのかな?

「今のうちだ、ゴールドボーイ。檻の格子を引っ張って開けるぞ」

 檻の方を見ると前にはアライが立っていた。

「アライさんならハーブだな!」

 俺は鞄に手を伸ばして気がつく。トラバサミに預けていた事を。

「どうにか、傷つけずに捕まえたい」

「相手は悲劇教団、悠人よりは戦闘に慣れている。それに年上のアライのが力があるぞ」

「そう言えば彼、武器持ってないよな」

 金貨の手でアライを掴み、そのまま押さえ込んだ。
 そして、檻の中の男は慌てた様子で周囲を見た。周りにいる人間も動物も何とか無力化してあるので相手に味方はいない。

 金貨の手で格子を掴み引っ張ると、簡単に開いた。

 敵は抵抗する様子はない。

 だが、敵の男は何かに怯えた様子だ。アライもそうだった。俺は勝ったが、傷つけるつもりはない。相手も傷つけるつもりはなかったようだが。彼らの怯えの理由は無いはずなのに。
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