甘い夜にわたしを食べないで

志藤みかづき

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第10夜

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(黎夜!)

 かなしばりにあったかのようにいまだ緋香梨の身体は動かない。
 自由にならない身体にもどかしさを感じながら、心の中で待ち人の名前を呼ぶ。


「ひーちゃ……ん……?は………?、それ……お前、ひーちゃんを……。
俺の、ひーちゃんを、汚すなあああああ!」


 薄暗い保健室で裸に剥かれた緋香梨に跨がった緑川―――吸血鬼の魔人種としての本性に露わにした姿―――を見て、黎夜はぴしりと固まるも、すぐに拳を握って向う。


「先生に手を挙げるなんて職員会議ものですよ?
というか、ボクのヴァンパイア姿を見てひるまないとはさすがですね。
ですが、ボクの宝条さん食事の味を損なうどころか、食事自体を邪魔するなんて論外ですよ」


 長く伸びた亜麻色の髪をかきあげ、緑川は鋭く伸びた爪の指先を黎夜に向ける。

 
「――――Don't be a hero!
いい加減、邪魔なので、大人しくしてくださいよ!!」


「ぐ……ぁっ!」


 怒気をこめるように緑川が叫べば、空気が大きく震え、圧縮される。
 圧縮された空気は、指先の延長線上にいた黎夜に叩きつけられる。黎夜は背後に吹っ飛ぶ。
 がしゃがしゃがしゃんと派手な音を立て、背中から薬棚に叩きつけられた黎夜が、ずり落ちる。衝撃に戸棚から薬等の医療道具が飛び出し、脊髄を打ちつけ唸る黎夜の頭の上に降り落ちる。


「ぃ……ぁっ」


 黎夜のうめき声と衝撃音に、緋香梨は麻痺したように動かし辛い口元で、なんとか名前を呼ぼうとする。
 眼球だけを動かして、黎夜が吹き飛ばされたほうを見る。緋香梨の言葉ならば普段はどんな囁きすらも聞き逃さない黎夜が、反応を示さない。衝撃でフードが脱げ去った黎夜は、俯き、何度か言葉にならない言葉を呟き、そのまま静かになった。


「大丈夫、ただの脳しんとうですよ。
黒崎君のことよりも、これからボクに血を吸われて死ぬ自分のことを心配したほうがいいですよ?宝条さん」


 黎夜という邪魔者を排除した緑川はそう言って微笑む。
 緋香梨の恐怖を煽るかのように、チョーカーを身につけた首筋を鋭く尖った爪先でなぞり、傷つける。

 白い肌に、赤い線が走り、つうっと血が流れ。
 芳醇な甘い血の香りが鼻をくすぐり、緑川は濁った金色の瞳を細めてうっとりする。


(やだ。いやだ、いやだ、いやだ!)


 緑川のおぞましさに、緋香梨の身体がかたかたと震え始める。


 ココア色の大きな瞳を涙の膜が覆い、決壊寸前になって。


 黒と金の大きなかたまりが弾丸のように保健室に飛び込み、恐怖に満ちた雰囲気を蹴散らす。


「――――黒崎黎夜が魔人種かとアタリをつけていたが、あなたが魔人種でしたか、緑川先生!」


 眩しいまでの金髪に、澄み渡る空のように青い瞳。
 金と銀の交じり合った十字架の刺繍された黒いカソックを身につけた聖が保健室に転がり込むように乗り込み、その手にきつく握り締めた銀の十字架を掲げ、叫ぶ。


「【血と銀のEven盟約によってthough I応えよwalk我は断罪のthrough 鋼、汝とtheともにvalley of歩むof theものshadow ofなりdeath!】」


 聖の言葉に呼応するように十字架が、金属の光沢だけではない光を自ら放ちだす。


 聖の首にかかった白のステラがふわりと風圧に舞い上がり。


 掲げられた十字架が聖の指の隙間から溶け出し、硬質なうつくしい長髪の女の形を取り、最後にステラがその膨らみを隠すように巻きついた。


「【我がI will魂をfear no糧に、evil,その威をfor you天にare with知らしめたまえ。me.】アルギュロス、宝条さんを傷つけないようにその男を拘束しろ!ヴァンパイアはどれだけ痛めつけても構わない!」


魔人種共存推進機関MCPO……!それに、そいつは精霊!純人種の犬に成り下がった我々魔人種の面汚しの力ですね……!?」


「―――その通りさ、Go、アルギュロス!」


 声なき声をあげるようにしてアルギュロスと呼ばれた銀色の女―――精霊が、前に飛び出す。


 緑川も黎夜のときのようにはいかないのか。
 指先を向けてなんらかの力を行使しようとするも、すぐに苛立ったように舌打ちし、片腕で霧を払うような仕草をした。
 チリチリと黒い炎となって焦げついていたマントが、腕を払う仕草とともに大きくたなびく。


 向かってくるアルギュロスをいなすかのように黒炎の壁が立ちはだかり、アルギュロスが怯えるように身体を反らす。空中で待機し、アルギュロスの凹んだ形の瞳と、緑川の濁った金色の瞳がぶつかり合う。聖は瞬きもせずにアルギュロスを見つめ、力を補給する。


 先行したのはアルギュロスだった。
 その細い腕を大きく広げ、身体を反らして仰ぐ。
 コォォァァァァァアと人には出せない声を出して叫び、その身体から弾丸の雨の如く銀を降らす。
 どひゅん、どひゅんと降り注ぎ、緑川から外れた銀が、保健室の床にめり込む。
 暴力的な数の銀に、緑川の炎の壁の勢いが衰える。


「魔人種ですらない精霊に此処まで苦しめられるとは。つまらない純人種のフリがボクも長過ぎましたかね。―――ここいらで、パワーアップといきましょうか?ねえ、宝条さん」


(!)


「パワーアップだと……?まさか……!?」


 額に汗を浮かべた緑川がニッコリ微笑み、片手で炎を維持したままで、緋香梨に覆い被さってきた。
 そうして舌先で先ほど傷をつけ流した血を舐めとる。たったそれだけの血で、黒炎の威力が増し、アルギュロスの銀に対抗するように炎の弾丸となって彼女を襲う。


「アルギュロス!―――そうか、宝条さん……いや、宝条緋香梨、君は<黄金血おうごんけつ>だったのか……!」


(黄金、血?)


 炎の勢いに負け、優性だったアルギュロスがはじけ飛ぶ。
 水銀のように形を失い、液体となって聖の足元に飛び散る。


「形勢の立て直しは認めませんよ」


 ステラだけを床に残し、水銀が聖の手元の十字架に戻ろうとするのを、緑川は腕をしならせて、炎を鞭のように扱い十字架を弾き飛ばした。


 からんからんと音を立てて十字架が床を滑り、廊下のほうに行って、壁にぶつかる。



「くぅっ」


 一瞬の接触で、触れ合った部分のじゅぅっと聖の手の肉が焼ける。


 整った聖の顔が痛みに歪み、悔しそうに緑川を睨みつける。


 そして、十字架に還りかけていたアルギュロスの水銀は、十字架が聖の手から離れた瞬間に動きを止め、完全な水銀となり床の上で完全に静止した。


「ふふ、万事、休すってやつですねえ?MCPOの星宮君。
そして、That's right!大正解です。
そう、宝条さんはね、ボクら魔人種にとって最高の美食であり、簡単に存在を高めてくれる―――いわゆる<黄金血>なんですよ」


「クソ、サイアクだ……!だから、お前は病院や女たちを襲ったのか……!」


「もちろん。このハロウィンという最も魔人種の力が昂ぶる時期に、最高のご馳走を食べるため。
少し我慢できなくて健康診断で採取した宝条さんの血を病院に侵入して味見してして、そのことを隠蔽するためにマズイ血を漁ったりしてカモフラージュしていただだけです」


MCPOうちの保護下にいない<黄金血>が、呑気に生きてるとは思わないさ……!」


「それはボクも同意しますよ、星宮君。
<黄金血>は下手したら生まれると同時に搾取される運命。
ここまで生きてること自体が奇跡ですからね」


 悔しそうな聖の言葉に、緑川がしみじみと頷きながら、さきほど血を舐めた緋香梨の首筋を撫でた。
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